V.岐阜県の刃物製造業の課題と方向性

 これまで述べてきたことを踏まえ、岐阜県の刃物製造業の課題と方向性について検討していきたい。

V−1.岐阜県刃物製造業の課題

(1)汎用的な技術力・品質意識について
 関市産の刃物の6割以上が海外に出ていったという輸出全盛時代には、日本の刃物の品質が世界的にも高く評価されていたことから「作れば売れる」といった状況であった。また、海外ではまな板は使わず手の上でものを切るため、切れすぎる刃物は自分の手まで切ってしまう可能性があるとか、刺身を食べない等の食文化の違いから、品質のさほど高くない製品であっても十分に販売が可能であったとの指摘もある。
 したがって、加工精度の高さよりも普及品を量産することが求められ、安い原材料を用いてコストダウンをはかり、とりわけ工程加工業者は、デザインはメ−カ−任せで、言われたとおりものを作れば大きな利益を得られたようである。
 こうした背景が、一部工程加工業者の技術レベルの高度化を妨げる要因となり、多少の誤差を容認し、その手直し工程を慢性化させることとなったとする厳しい指摘もある。もちろん工程加工業者においてもこだわりを持って高度な技術を追求しているものも存在しており、淘汰が進むなかで相応の技術レベルを持つものが生き残ったとされるが、今後、汎用的な技術力を確立し、高度な品質意識を持って新分野へ展開することもひとつの発展可能性であることを考えれば、努力の余地があるかも知れない(注1)。

(2)機械化と技能伝承の問題について
 機械化については、工程加工業者の高齢化・減少に対する危機感や効率化の観点などから、種−検討がなされてきた。刃物の分野は、最終的には職人の勘に依存する部分が大きく、難しい面が多いとされるが、県の金属試験場で、はさみの刃付けシステムが研究・試作されたり、一部企業においては、自動刃付けロボットを導入し、スピ−ド化、均質化を実現している例もある。
 機械生産が進展すれば、手づくりの品質の高さが失われるとの指摘もあるが、均質・精密性においては今や相当なレベルにあり、むしろ品質管理の側面からは好ましい面が多いとの意見は傾聴に値する。
 また、「機械化=コストダウン」と捉える向きもあるが、機械自体が非常に高価であり、現状のような少量生産ではペイするのが難しく、むしろ人間による方が、小回りが利き安く上がる面があるとの声が聞かれた。
 機械化に取り組む動機として、「他社との差別化を図るための新商品の製造」を上げている経営者もいる。他産業においてもNC工作機械等を活用することで、さほど熟練技能を要すことなく、高度な製品づくりをしている例がある。人件費の削減というよりも、導入コストを跳ね返すだけの魅力ある製品づくりのためにあえて機械化に取組むという積極的な姿勢が望まれるのではないだろうか。
 後継者や技能伝承については、業界自体の収益が改善していけば自ずと解決していく問題であり、若者にとっても魅力ある職業に変わっていくべきだとの意見があった(注2)。

(3)産地問屋の意義について
 流通システムの効率化のため、他製品では流通の簡素化が進んでいるが、刃物製品は多品種・少量である。そのため、現状では直販割合の拡大は難しく、産地問屋の存在意義は依然として大きいとの意見も多い。ただ、今後大きな流通変化の波が押し寄せる可能性もあり、情報収集力や商品開発力等を強化して差別化を図る余地はあると思われる(注3)。

(4)製品開発競争について
 関市刃物業界の分業体制の中では、その密着性・相互依存性等から下請業者を通して新商品開発情報が比較的容易に入手できるとの話がある。それをメリットであるという捉え方をする企業経営者も存在するが、せっかく独自の新製品を開発してもヒットすればすぐ真似をされてしまい、最終的には価格競争に突入していくということになり困るとの見方をする経営者もいる。良い意味でのライバルとしてお互いが独自のアイデアを競いながら伸びていかなければ、今後、内需拡大が望めない中、海外との競合に打ち勝っていくのは難しいと考えられる(注4)。

(5)情報発信能力・販売力の強化について
 技術力を持ちながら、積極的な情報発信や販売戦略といった面では改善の余地があり、今後情報化社会の進展によるインタ−ネットショッピングの広がり等も視野に入れながら、さらに販路を拡大していくべきだとの意見が聞かれた(注5)。

(6)中国、東南アジア諸国等との分業関係について
コスト削減を目的として生産工程の一部を海外に移すのは、納期の不確かさや発注量の規模の問題から難しい面があるようである。軽便カミソリを除くと、新規のアイデア製品等、高価格品については日本で生産し、低価格品については中国や東南アジア諸国等で生産された既存商品の輸入販売により品揃えを豊富にしていく方向も考えられる(注6)。

V−2.岐阜県刃物製造業の今後の方向性

 岐阜県(関市)において刃物製造業をさらに発展させていくためには、各企業・業者が自らの技術力や取引の現状を客観的に認識し、将来へ向けてのスタンスを明確にしていくことが求められる。ここでは今後進むべき2つの方向性について検討してみる。

(1)高品質な匠的世界の追求
 1つには、量よりも徹底して高度な品質、価値、趣味性の高さを追求する方向が考えられる。その対象は、こだわりを持ったマニアやプロであり、技術向上への不断の努力が求められる。ポケットナイフを中心として品質やデザインへのこだわりを持った業者が存在しており、アメリカをはじめとして海外市場においても高い評価を獲得している。関市の主流はファクトリ−ナイフであるが、手作りの風合いを感じさせる製品が存在し、価格競争を回避していると言われる。他の製品分野においても、例えば10万円を超えるような高級包丁など、こうしたこだわりを持ったものを追求していくことは可能であるが、高度な技術とともに相当な情熱を持って取り組む必要があり、どの企業もこうした方向を目指せるとは限らない。メ−カ−のみならず工程加工業者も技術のレベルアップが求められるだろう(注7)。

(2)ニッチ市場の追求
 大手企業が手がけることができない分野の市場を開拓する方向である。刃物は生活必需品であり、ある意味で成熟した分野ではあるが、消費者のニ−ズにあった製品、さらにはニ−ズを喚起するような提案型の商品開発をすることにより、新たな需要の掘り起こしが可能になるとみられる。ニッチ市場を追求するためには、多様な商品を低コスト・均質なレベルでスピ−ディ−に供給することや、商品企画・開発力の強化が重要となってくる。 時代の流れを敏感にキャッチし、ニ−ズを先取りした商品を積極的に企画・開発した例として、子ども、高齢者、障害者でも違和感なく使用できるユニバ−サルデザインを意識した製品が他産地において生産され、マスコミ等でも大きく紹介されている。関市においても近年の環境意識の高まりに対応したリサイクル、エコロジ−商品が好評であると聞いているが、新たな課題に意欲的に取り組む姿勢は、産地全体のブランドイメ−ジの向上につながるものだと考えられる(注8)。

注1:「鋏読本」佐野裕二著 新門出版社、「関市地域工業振興診断実習報告書」中小企業総合事業団、中小企業大学校東京校等を参考にした。
注2〜注6:刃物製造関連企業に対するヒアリング調査をもとに、(財)岐阜県産業経済研究センタ−でまとめた。
注7,8:「日経ビジネス1999年10月25日号」日経BP社、「ものづくりの方舟」赤池学著 講談社、「関市地域工業振興診断実習報告書」中小企業総合事業団、中小企業大学校東京校等を参考に、(財)岐阜県産業経済研究センタ−でまとめた。

(参考文献)

    「日本型産業集積の未来像」清成忠男、橋本寿朗編著 日本経済新聞社
    「関市史-刃物産業編」関市
    「新潟県燕・三市条地域産業インタビュ−調査報告集」
    「関市地域工業振興診断実習報告書」中小企業総合事業団、中小企業大学校東京校
    「商品流通ハンドブック」日経産業消費研究所編
    「鋏読本」佐野裕二著 新門出版社
    「岐阜県百科事典」岐阜日日新聞社
    「第8次新版業種別貸出審査事典−第4巻」(社)金融財政事情研究会
    「関市の工業」関市
    「経済月報」十六銀行総合企画部
    「日経ビジネス1999年10月25日号」日経BP社
    「ものづくりの方舟」赤池学著 講談社

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