9 地域・社会

テレワーク型社会の政策課題


佐藤孝治
(神奈川大学経済学部助教授)


1. はじめに
  わが国におけるテレワークへの取り組みは、 1980年代半ばより、 東京一極集中の是正やゆとりのあるワークスタイルの実現に向けて行われてきた。 1990年代になってからは、 インターネットをはじめとする情報通信技術の飛躍的な発達の中で、 分散型オフィスを活用した新しい働き方としての 「テレワーク」 が現実的なものになり、 その普及への関心が高まりつつある。 また、 企業においても長引く景気低迷や、 戦後の経済システムの構造的な転換期を迎えて、 経営の構造改革に本格的な取り組みがなされ、 従業員の個性尊重と生産性向上を実現するための一つのツールとして 「テレワーク」 を導入しようとする気運が高まってきた。
  テレワークは、 深刻化する大都市の通勤混雑問題を改善するだけでなく、 職住近接による余暇の創出、 個人のゆとりと豊かさの実現、 企業の災害時のリスク分散などの効果をもたらすと考えられる。 テレワークは、 勤労者だけでなく、 企業、 社会に対して大きな雇用効果をもたらすことが予想されており、 更なる普及推進に向けて今後の政策展開が必要である。 本稿では、 テレワーク普及の背景や最近の動向などを整理することにしたい。

2. テレワーク普及の背景
2.1 テレワークの定義
  ここで言うテレワークとは、 テレ 「Tele遠い、 遠隔」 とワーク 「Work働く、 仕事」 とを組み合わせた造語で、 電話、 ファクシミリ、 パソコンなどの情報通信手段を活用して、 場所と時間とを自由に使った柔軟な働き方を指す。 テレワークは 「雇用労働者が、 通勤負担が軽減されるような、 業務上の管理者から離れた場所(サテライトオフィス、 自宅等)で情報通信を活用しつつ、 終日(1労働単位で)勤務することであって、 企業内の制度に則って行われるもの(頻度に関しては、 全労働日において行う場合から、 週1日程度や月1回程度不定期に行う場合まで含む)」 といった対象を雇用労働者の通勤の代替に限定した定義と、 「情報通信手段を活用した働き方」、 「業務関連の移動を情報通信を活用して代替することの全て」 といった雇用労働者だけでなく、 自営業者も対象とし、 外出時の一時利用も含む広義の定義がある。
  ここでは、 雇用労働者だけでなく、 自営業者、 NPO・NGOなども対象とし、 外出時、 出張時の一時利用や集合的に遠隔地のデータ入力等を行う情報処理センターでの勤務も含む広い意味で 「テレワーク」 という言葉を用いることにする。 テレワークを実践する場所としては、 ホームオフィス(在宅勤務)、 サテライトオフィス、 テレワークセンター、 モバイルオフィス(直行直帰)、 SOHOなどがある。

2.2 テレワークの社会的背景
●高度情報化の進展
  情報通信技術は、 コンピュータの急速な進歩に伴い飛躍的な発展を遂げている。 18世紀末から19世紀にかけての産業革命にも比較されるこの激しい変化は、 経済、 産業、 文化、 生活などに極めて大きな影響を与えていることから情報通信革命と呼ばれることが多い。 テレワークの普及もこのような情報通信技術の発展が前提となっている。
  インターネットなどのグローバルなネットワークの構築は、 国境を越えた情報の交流を飛躍的に増大させ、 ネットワークを利用したビジネスや研究などが拡大している。 このようなバーチャルな活動は場所的な制約や時間的な制約を縮小させる効果を持っており、 「いつでもどこでも」 仕事をすることが可能になってきた。  電子メール、 移動通信、 EDI、 インターネットなどの普及やグループウェア、 電子商取引、 電子決済などの実用化によって、 新規ビジネスの創造が盛んとなり、 ネットワークの活用により地方でも都市型の生活・ビジネス支援産業の存立が可能となっている。
●産業・経済環境の変化
  経済のグローバル化、 規制緩和等の動きの中で、 わが国の企業は大競争時代に直面している。 そのような環境では、 日本的雇用関係と言われた年功序列主義、 集団主義から能力主義、 個性尊重への転換、 生産現場重視から企画・アイデア重視への転換が必要となっている。 欧米に比べて低いと言われるホワイトカラーの生産性の向上や、 創造性の発揮の必要から、 わが国の就業管理も時間管理から目標管理への転換が進み、 働き方もフレックスタイム、 在宅勤務、 サテライトオフィス勤務、 直行直帰制などフレックスワークの導入が増加している。
  わが国の経済は、 高度成長から低成長に移行しているが、 これはバブル崩壊の後遺症だけではなく、 土地・労働力などの高コスト化、 円レートと購買力平価との乖離、 人口の高齢化などに加えて、 流通など低生産部門が温存されていることなどによる構造的なものである。 このような産業を取り巻く国内外の急激な環境変化に対して、 規制緩和による競争の促進、 先端的な研究開発型企業の育成、 創造的なワークスタイルへの転換などの対応策が課題となっている。
  一方、 首都圏を中心とした大都市圏では、 勤労者の勤務地が都心部に集中する一方で、 地価高騰などの要因により勤労者の居住地は大都市周辺部へ外延化しており、 通勤距離はますます長くなる傾向にある。
●高齢化・少子化の進行
  厚生省社会保障・人口問題研究所による 「日本の将来推計人口」 (1997年1月)では、 65歳以上人口が2015年には25.2%、 2049年には32.3%へと上昇していくことが予測されている。 高齢化の急激な進展によって生産年齢人口の大幅な減少が予測されるが、 それをカバーするために女性や高齢者などの労働力を活用する必要性が生じてくる。 そのためにも、 遠距離通勤や混雑の中での通勤を伴わないテレワーク環境の整備が必要となる。
  高齢化の進展によって、 介護の必要な高齢者が増加するが、 これまでのように女性だけに介護を任せることは不可能になってきた。 高齢者介護も自由時間がなくてはできないため、 長時間通勤者には高齢者を介護するような余力はほとんどないだろう。 テレワークにより通勤時間を短縮することは、 高齢社会における人事管理を考える上でも重要である。
  一方、 高齢化の進展とともに、 少子化も進行しており、 1995年に生まれた子供の数は120万人を割り込んだ。 これから 「団塊ジュニア」 (第2次ベビーブーマー)世代が出産年齢にさしかかり、 当面の出生数は増加が期待されるが、 2000年初頭には再び減少に向かうものと予想される。 わが国の合計特殊出生率は、 1975年に2.0を下回り、 1997年には1.39に低下した。 「日本の将来推計人口」 では、 出生率低迷等を背景として、 わが国の総人口は2007年にピークを迎え、 以後減少していくと予想している。 子供数の減少は、 生産年齢人口についても大幅な減少をもたらすため、 女性、 高齢者、 障害者などを労働市場に取り込む方策が緊急の課題となっている。
●女性の社会参加の進展
  これからの社会では、 女性が結婚、 出産、 育児、 教育、 家事、 介護など様々なライフステージ上の課題を乗り越えて社会進出を果たしていく上で、 それが可能な環境の整備が求められている。 サービス経済化の進展のもとで、 環境、 情報、 福祉、 生活、 ファッションなどの新規産業の創出には、 新しい感性を持つ女性の活躍が必要とされている。
  労働力率を年齢区分別にみると、 男性の場合は35歳から39歳の約98%を頂点として台形の曲線を描いており、 他の先進工業国と比較してほとんど違いがみられない。 ところが、 女性の場合は20歳から24歳の74.1%、 45歳から49歳の71.3%をそれぞれ頂点として、 30歳から34歳の53.7%を底とするM字曲線を描いている。
  一方、 総務庁 「就業構造基本調査」 (1992年) によれば、 雇用者のうち介護のために離職した者は8.1万人で、 そのうち女性が90.1%を占めている。 わが国女性のM字型労働力率曲線に象徴されているように、 育児や介護等により長期休暇の取得や退職を余儀なくされてきた女性労働力が、 勤務を続けていくための支援策として、 保育園の整備などとともに、 在宅勤務制度、 テレワークセンターの整備などの就業環境の整備も求められている。
●環境保全意識の高まり
  20世紀は生産技術が飛躍的に発展したが、 自然環境が備える浄化能力、 再生能力を省みることなく経済活動を優先してきたために、 深刻な地球環境問題が発生している。 地球温暖化、 オゾン層破壊、 酸性雨、 砂漠化、 熱帯雨林の減少、 海洋汚染などの地球環境問題には、 国際的な協力のもとに環境政策を展開していく必要性が生じている。 一方、 情報通信技術を活用したテレワークの導入によって、 人及びモノの移動が削減され、 エネルギー消費の効率化・最適化や、 一極集中の緩和等により、 環境負荷の削減が期待されている。
●防災と危機管理
  わが国は、 欧米諸国と比較した時、 細長い列島に急峻な山地が国土の61%を占め、 地盤の弱い狭い平野に都市と人口が集中した地形や、 台風、 集中豪雨、 豪雪、 地震など災害の多い自然条件等により、 災害に対する脆弱性と多重的ネットワーク形成の困難性が指摘されている。 国土の安全性について、 自然との関わり方、 強靱性を高める考え方やそのコストについて改めて検討する必要がある。
  米国では、 1994年1月に発生したノースリッジ地震後、 緊急時の政府機関の機能維持の観点からテレワークセンターが建設されたが、 わが国においても阪神大震災の教訓を踏まえて、 災害時に企業や行政機関が危機管理をどうするのかという問題への対策を緊急に行う必要がある。 首都圏の1都3県には約3300万人が居住しており、 わが国を代表する産業・経済活動の中心であるが、 その地域は世界でも最も地質構造が脆弱な場所である。 災害対策の面からも首都機能移転問題など、 拠点機能の分散化が必要である。
●地方分権の高まり
  わが国の中央集権型の行政・地方自治制度に、 制度疲労とも言うべき、 様々な構造的な問題が顕著になってきた。 そのため、 地方分権による地方の自立が求められている。 地方の自立のためには、 地域経済の活性化が必要であり、 21世紀のリーディング産業になると考えられる情報産業の育成、 知的サービス産業の育成、 ベンチャービジネスの育成などが焦点になっているが、 その達成手段の一つとして時間、 空間を超えるテレワークが注目されている。
  また、 東京一極集中傾向はある程度鈍化してきたが、 地方中枢都市への人口集中傾向には余り変化がない。 これは、 地方に希望に合った職場がないことが若年人口の流出を強めている一つの要因である。 テレワークの活用によって、 地方においても大都市と変わらない知的労働が行える環境をつくることができれば、 若者の地方定住化に寄与することができる。

3. テレワークをめぐる最近の動向
3.1 わが国のテレワーク人口
  1997年1月に発表された(社)日本サテライトオフィス協会による 「日本のテレワーク人口調査研究報告書」 によれば、 1996年に週1回以上テレワークを実施したホワイトカラー正社員の数は、 日本のホワイトカラー正社員の4%強で、 約68万人と推計され、 2001年にはそれが248万人に増加すると予測している。 一方、 在宅勤務制度の導入企業数は、 全体の3.0%であり、 サテライトオフィス勤務制度ではさらに少なく、 2.2%に過ぎない。
  テレワークを実施している勤労者が挙げている実施上の効果としては、 第1位が 「生産性向上」 (56.1%)、 第2位が 「通勤疲労の解消」 (49.1%)となっている。 テレワークを行っている時の業務としては、 文書・資料の作成や各種の調査、 データ入力などが主である。 テレワーク時の連絡・報告手段としての電子メールの利用は、 その1年前に実施した調査と比して2.4倍の増加となっている。
  勤労者のテレワーク実施意向は、 平均して63.2%となっており、 特に企画・調査、 研究開発、 技術、 ソフト開発などの職種では80%以上である。 また、 年齢別に見ると、 40歳未満の年齢層では70%以上が積極的である。 産業別では、 サービス業や製造業が導入に前向きの姿勢をみせている。

3.2 公共部門のテレワーク推進政策
  政府及び各省庁においては、 将来の施策の実施に向けて、 様々な調査研究やプロジェクト、 シンポジウム等を通してテレワークの普及促進に努めている。 たとえば、 経済審議会・首都圏機能移転委員会は、 将来の長期(2020年2050年)の見通しとして、 自宅やサテライトオフィスで働くテレワーカー人口が一般化すると発表した。 また、 国土審議会の 「21世紀国土のグランドデザイン」 (1995年12月)の中で、 「高度情報通信社会インフラを活用して豊かな生活を確保していくため、 テレワークセンター等公的アプリケーションの開発・普及等を促進する」 としている。 これら以外に、 男女共同参画審議会や人口問題審議会の報告書でもテレワークが取り上げられている。
  一方、 各省庁の動向を見ると、 通産省、 郵政省、 労働省、 建設省、 国土庁でテレワーク普及・促進のための施策が打ち出されている。 それらのうち、 郵政省と労働省が組織したテレワーク推進会議(座長・井原哲夫慶応大学教授)では、 情報通信技術を使ったサテライトオフィス勤務や在宅勤務といった 「テレワーク」 の推進方策を検討してきたが、 1996年11月に最終報告書をまとめた。 その報告書の中で、 テレワークの新たな可能性について、 「テレワークは距離と時間の制約を克服し、 情報通信の活用により、 迅速な意思決定、 高度の専門性・創造性の発揮、 自律的・主体的な仕事への移行、 ゆとりのある生活、 育児・介護等との両立、 障害者・高齢者の能力発揮などの課題の達成を図るための具体的手法あるいは契機になると考えられる」 としている。
  テレワーク推進会議の最終報告書で提起された国家公務員を対象にした 「高度情報通信を活用した新たな勤務形態(テレワーク)の試行実施」 は、 1997年11月より郵政省職員を対象として横浜市及び立川市のテレワークセンターで始められた。

4. テレワーク型社会の実現のために
アメリカでは、 1980年代半ばからテレワーク(テレコミューティング)が通勤時の交通混雑の緩和、 大気汚染の防止、 都市計画、 都市の成長管理などのために重要な政策手段と認められて、 民間部門の努力だけでなく、 カリフォルニア州政府や連邦政府などの公共部門においても様々な政策づくりや導入実験が積み重ねられてきた。 クリントン政権では21世紀の新たな社会資本整備計画としての情報スーパーハイウェイ構想のもとで、 連邦政府の職員を対象とした大規模なテレワークの本格的な導入事業が進めらている。
  わが国でも、 テレワーク推進会議によって今後の方向性が示されたり、 公的なテレワークセンターの整備・推進に関する調査研究や通勤困難者のためのコミュニティオフィスに関する調査研究が進められるなど、 テレワークへの公的支援のための体制が形づくられてきているが、 アメリカにおけるテレワーク普及のための公共部門の関与や欧州連合(EU)の社会政策としてのテレワークの推進から多くのことを学ぶべきだろう。
  21世紀を間近に控え、 日本の経済・社会環境が急速に変化する中で、 企業のあり方、 個人の価値観などが大きく変化してきており、 個人のライフスタイルに応じた新たな雇用形態や働き方が求められている。 今後の高齢社会への対応としての高齢者の活用、 主婦、 身体障害者などの社会参加や就労の促進を図ることは、 通勤困難者の就業機会の確保や個人の活力の発揮につながるばかりでなく、 産業経済、 地域社会にとっても多くのメリットをもたらすものである。
  一方、 インターネットなどの情報通信ネットワークの整備、 パソコンなどの機器の普及は、 自宅や自宅に近接したオフィスでの勤務であるテレワークを可能にしている。 1995年1月17日の阪神大震災の教訓として、 大規模災害時のリスク分散の観点からもテレワークセンターが注目されるようになった。 このような背景により、 高齢者の活用、 女性の雇用拡大、 身体障害者の雇用機会の確保の場として、 あるいは大規模災害時のリスク分散の観点からも、 テレワークセンターの普及が期待されている。
  戦後の日本経済は若くて質の高い労働力に支えられ、 「世界の奇跡」 といわれる発展を遂げた。 しかし、 人口の高齢化や少子化現象は既に日本社会に様々な影響を与え始めている。 租税や社会保険料などの増加による総労働コストの増加は、 企業の設備投資や研究開発を遅らせ、 国際競争力を低下させる可能性が大きい。 また、 若年人口の減少により労働力人口は大きく減少するとみられ、 生産性の低下や購買力の衰退が現実的な問題になる可能性もある。 労働力の減少、 それによる生産性と負担能力の低下を避けるためにも、 高齢者、 女性、 障害者などの能力を大いに活用する必要があり、 その点からもテレワークの公共政策的な検討を更に進め、 テレワーク型社会を具体的に実現する必要がある。

―― 主な参考文献 ――
佐藤孝治、 「テレワークセンターの展開と公共政策の課題:情報化社会における都市機能の分散と危機管理」、 『商経論叢』 第31巻第2号、 神奈川大学経済学会、 1996.2、 pp.1-52.
同、 「阪神大震災と東京一極集中問題:首都圏における通勤事情の問題点」、 『中央大学社会科学研究所年報』 第2号、 中央大学社会科学研究所、 1998.6、 pp.85-105.
社団法人日本サテライトオフィス協会、 『公設サテライトオフィスの整備・推進に関する調査報告書』、 社団法人日本サテライトオフィス協会、 1997.3.
同、 『テレワーク白書'98』、 社団法人日本サテライトオフィス協会、 1998.3.


■佐藤 孝治 (さとう・こうじ)
  州立インディアナ大学行政大学院政策科学・地域経済分析課程修了。 神奈川県地方自治研究センター専任研究員を経て、 1993年4月から神奈川大学経済学部助教授。 米国バージニア州立ジョージメーソン大学公共政策研究所上級研究員 (Senior Research fellow)、 独ノルトライン・ヴェストファーレン州政府産業政策アドバイザーを兼務。 神奈川県総合計画審議会、 (財) マルチメディア振興センター・テレワークパイロットプロジェクト検討委員会等の委員を務める。 専門分野は地域経済論、 地域産業政策、 地域情報化政策。 最近の著書は 『Teleworking: New International Perspectives』 (共著、 英Routledge、 1998年)、 『Regional Modernization Policy』 (共著、 独Leske、 1997年)、 その他。


情報誌「岐阜を考える」1999年記念号
岐阜県産業経済研究センター

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