9 地域・社会

「まちづくりクラブ」の時代


大西 隆
(東京大学先端科学技術研究センター教授)


―「共同」の多様性
  人が集まると、 皆が共同で受けるサービスと、 個人がそれぞれ受けるサービスの区別がでてくる。 何人かで旅行をすれば、 移動手段は共同で利用するとしても、 土産に何を買うかは個人の趣向による。 移動手段がレンタカーであれば、 参加者が負担しあって費用を賄うのが普通であろう。 もちろん土産はそれぞれ個人で負担する。 どのようなものを共同で賄い、 また個人負担とするかは、 公共財の定義に示される。 そうすることが、 費用からみて安上がりであり、 また、 ただ乗りなどが発生せずに公平であることが大きな理由である。 しかし、 具体的に何を共同で賄うかは、 技術革新、 社会システムの発達に応じて変化する。 かつてテレビは街頭に置かれ、 皆が集まって見たし、 公衆電話を利用するのが珍しくなかったが、 今やこれらは家庭が単位になるのを通り過ぎ、 個人が専用するようになった。
  まちづくりにおいても、 公共性が何かは変化する。 変化に対応して、 皆が欲するサービスを共同で購入するシステムを開発することが、 少ない費用で満足を高めることにつながる。 そして、 どのようなサービスを、 どのような単位で共同して購入するかは、 多様であり得る。 つまり、 共同でサービスを利用する単位は個人や家庭というまちを構成する基礎的な組織である必要はないし、 自治体という既存の共同体である必要もない。 人々は、 様々な社会組織に関係し、 ある場合には、 税金を納めて、 サービスの提供を受け、 ある場合には、 任意で組織に加入してサービスを受ける、 という自由度を持ちうる。 これらは、 公共団体のように属地的に所属が決定される強制加入のものから、 任意のものまで幅広く、 これらに適切に所属することによって、 種々のサービスを享受し、 各人の満足は高まる。 つまり、 まちづくりに種々のクラブが介在し、 それらのクラブが、 金銭的、 労力的、 精神的など種々の形態でのメンバーの負担によって、 目的に応じて活動することがまちづくりの重要な要素となる。

―BID
  最近、 アメリカに調査に出かける機会があった。 調査にはいくつかの目的あったが、 その一つが中心市街地の整備であった。 そこでは、 いわゆるBID (Business Improvement District) と呼ばれる制度が重要な役割を果たしている。 これは 「都市の中の都市」、 あるいは 「自治体の中の自治体」 を作るような制度であり、 アメリカにおけるまちづくりの新しい方向を示すものである。
  ニューヨークなどへ時々訪れる人は、 ここ数年まちがきれいになり、 人々がのんびり道を歩いているのを見かけるようになった、 というような印象を持っているのではないだろうか。 筆者もそう感じた。 もう5年ほど前になるだろうか、 前回訪れた時には、 ボトルマンに気をつけろとか、 ケチャップ男がいるとか、 だいぶ脅かされた。 そして実際ボトルマンには遭遇した。 きたない身なりをした男が近づいてきて、 すれ違いざまにボトルを落として割るのである。 おまえのせいだといちゃもんをつけてきて、 何某かの落とし前をせしめるのが手口だ。 ニューヨークでは道を歩くのも容易ではないなと思った。 それが、 今回は悪名高い (高かった) 42丁目でさえも東京の街角のように清潔で、 行き交う人も怪しげな臭いがなくなっていた。 統計は調べていないが、 路上での犯罪件数もだいぶ減ったのではないだろうか。 この改善は、 BIDの活動のおかげなのである。
  BIDの区域が決められると、 実務を担当するNPOの手によって地区の警備、 清掃、 美化、 案内などの活動が行われる。 NPOはそれぞれにユニフォームを着た専門の職員を抱え、 これらの活動に当たる。 警備は通常丸腰で、 何かあれば携帯電話で警察へ通報するというやり方を取るケースが多いようだが、 中には、 小火器で武装しているところもある。
  これらが一般的なメニューだが、 BIDによっては、 これに加えて、 テナントの誘致、 産業振興、 総合整備計画の作成やその実施への働きかけ、 道路の改良やストリートファニチャーの整備など、 多様な活動をメニューに加えているケースも少なくない。
  こうした活動を支えるには、 もちろん裏付けとなる資金が必要である。 BIDではそのために不動産税の上乗せ分が特別に徴収される。 徴税方法には幅があるが、 一般的には、 オフィス、 商業用途の床面積に定額がかけられたり、 住宅にも低率で課税される。 もちろん、 公共空間の警備や清掃、 あるいはストリートファニチャーなどの整備は自治体が一般の財源をもとに提供しているサービスである。 つまり、 BIDは通常の税金によって賄われるサービスに加えて付加的にサービスを行うのである。 これがよりきれいで、 安全で、 美しいまちの出現という、 中心市街地における画期的な変化をもたらし、 まちの再生や活性化につながっているのである。

―まちの中のまち
  こうした活動の先駆者に聞くと、 郊外のショッピングセンター (SC) にヒントを得たという。 そこでは、 一般の市街地では公共空間に当たる通路やホールは、 もちろん内部空間として管理され、 清潔で、 安全に保たれる。 中心市街地がショッピングの場として、 郊外のSCに対抗するためには、 当然同様の発想で公共空間が建物の内部空間のように整備され、 管理されなければならない。 つまり、 町には清掃、 案内、 警備などの係の人がいて、 何かあればすぐに対応できるようになっている必要がある。 BIDによって上乗せされる税は、 SCのテナントから徴収される管理費に当たると考えれば、 納得しやすいというわけである。 SCは、 多くのテナントが集まり、 また多くの客が集まるという意味で、 まちの中のまちであるが、 中心市街地も同様に、 特別に管理されたまちを作るという発想を持たなければよくならないという考えには一理ある。 換言すれば、 まちづくりに、 よりミクロで、 きめの細かな視点が求められているのである。

―地域づくりの課題
  アメリカ都市のBIDに見られるまちづくりの新たな動きは、 我が国の地域づくりを考える上でも示唆的である。 まちづくりの基本は開発、 管理、 経済振興、 コミュニティの発展という4つの視点をまちづくりの中でバランスよく重視していくことだといわれる。
  開発:商業ビルや、 オフィスビルなど新たな開発を、 最先端のコンセプトで行うことは、 町に新たな魅力をつける上で非常に重要となる。
  管理:しかし、 魅力ある建物があっても、 街路が汚れ、 危険であれば、 目的の建物へ車で乗り付け、 車で去るといった行動をとらざるを得ない。 町には近づきにくく、 回遊性は失われる。 町を活性化するには、 より手入れし、 管理することが必要になる。
  経済振興:町の経済的発展は、 個々の企業の責任であるが、 もし、 共同で利用するインフラや施設が整備されれば、 町のポテンシャルは高まる。 従来の自治体よりはもっと小さな単位で、 町の経済発展を推進していくようになれば、 効果は拡散しない。
  コミュニティの発展:中心市街地といえども、 居住者は重要であり、 都心居住は促進されるべきである。 居住者、 昼間従業者、 来街者が一体となって、 地域社会を住み易いものにするための努力をすることが、 活性化につながる。
開発一辺倒ではなく、 管理、 経済やコミュニティの充実など、 ソフト面を重視する視点は、 転換期にある日本の地域づくりにとって重要な方向提示となる。

―転換期の地域づくり
  明治以来の富国強兵、 とりわけ戦後の経済大国化の中で、 日本の地域は農業を中心とした社会構造から、 工業社会、 サービス業社会へと変貌し、 農業地帯にも都市社会が出現し、 地域の中心となった。 これは多くの先進国が体験したことであるが、 日本では、 戦後50年間に凝縮してこうした変化が起こった。 そして戦後50年を経て、 今度は人口減少社会が到来しようとしている。 都市が人の住むところである以上、 人口変化は都市にとって本質的な変化をもたらす。 集中や過密への対処をもっぱらとしてきたまちづくりから、 ゆとりが可能となる時代が来つつある。 それを好機として、 地域社会や都市に対する満足を高めていくことができるのかどうかが、 今日の大きな課題といえる。
  こうした時代には、 ユニバーサルな (誰もが享受できる一般的な) サービスに加えて、 付加的な負担で得られる、 付加的なまちづくりのサービスが多様に存在することが重要になるのではないだろうか。 例えば、 防犯・防災などに関心の高い人は、 警察や消防に加えて、 日常的な警備や留守中の見回りなどを行ってくれるサービスを町に求めるかもしれない。 ちょうどマンションの管理会社に求めるようなサービスである。 あるいは、 町を花で飾ることに関心のある人々は、 近隣の公共空間の緑化や美化に負担金を出し、 特別な整備を希望するかもしれない。
  さらに、 高さや色、 敷地面積などに特別に厳しい建築規制を定め、 住環境のゆとりを維持しようとする町が増えるかもしれない。 あるいは、 廃棄物の徹底したリサイクルを行うクラブも出現するかもしれない。 環境保存に関心の高い人々は、 多少費用がかかっても、 こうしたクラブに加入するだろう。
  もちろんこうした試みのいくつかはすでに存在するし、 まだこれ以外にも様々なまちづくりクラブのアイデアが考えられよう。 重要なのは、 これらは、 自治体や国が行う一般的なユニバーサルサービスではなく、 町に個性を与えることになるクラブサービスなのである。 つまり、 従来 「まちづくり」 という場合の 「まち」 が、 自治体としての市町村や、 その構成要素としての地域を暗黙に指していたのに対して、 ここでいう 「まち」 は、 独自なルールを定め、 独自なサービスを楽しむクラブとしての 「まち」 である。 したがって、 サービスによって、 地域の全住戸を覆っておらず、 あちこちの人が飛び飛びに参加しているかもしれない。 しかし、 これが地域の個性化につながるのではないだろうか。
  個性的なまちづくりとは、 多様性が例えばクラブ組織を通して、 資金と活動の裏付けを持って保証されることから生まれるのではなかろうか。 本パートではこのような観点から、 「官民の役割分担    官民協働を目指して   」、 「分権化と住民参加・住民公益活動」、 「環境共生型地域社会の形成」、 「テレワーク型社会の政策課題」、 「グローバル経済化のもとでの日本の産業集積の変動と再編のあり方」 といった切り口から、 個性的で、 自立的な地域のあり方を模索した。


■大西 隆 (おおにし・たかし)
  1948年愛媛県生まれ。 1980年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了・都市工学専攻。 1982年長岡技術科学大学助教授。 1984年アジア工科大学助教授。 1987年マサチューセッツ工科大学助教授。 1988年東京大学工学部都市工学科助教授。 1995年、 同教授。 1996年から国連大学高等研究所教授、 1998年から東京大学先端科学技術研究センター教授、 1999年から国土審議会政策部会委員、 現在に至る。


情報誌「岐阜を考える」1999年記念号
岐阜県産業経済研究センター

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