9 地域・社会

グローバル経済化のもとでの日本の産業集積の変動と再編のあり方


福島 茂
(名城大学都市情報学部助教授)


1. はじめに
  国際貿易や投資の自由化、 情報・通信・運輸などの技術革新によって企業活動はますます国際化しようとしている。 貿易や投資の拡大は国や地域の産業構造の調整を促し、 企業活動のフットルース化は先進国と途上国双方の産業立地に多大な影響を及ぼしている。 本論では、 先進国における産業構造変化 (ポスト・フォーディスムのもとでの製造業やサービス経済化) と経済のグローバル化を重層的に見据えることにより、 製造業を中心とする産業立地や産業集積のメカニズムがどのように変化しているかを通観し、 1980年代後半以降の日本の産業集積がどう変動してきたかをみてゆきたい。 さらに、 グローバル経済化と併せてデジタル情報通信革新とその浸透を念頭に置き、 21世紀に向けての産業集積の再編のあり方について論じたい。

2. 経済のグローバル化と 「ポスト・フォー ディズム」 のもとでの製造業立地
  グローバル経済化や先進国の需要構造の変化は製造業の姿を大きく変容させた。 大量生産・大量消費という 「フォーディズム」 時代の生産−消費システムは途上国 (とりわけ、 新興工業経済地域) に移されるとともに、 工業製品が普及した先進国ではハイテク製品開発、 多品種少量生産、 ブランド等による製品差別化、 サービスやソフトの付加による価値創造など、 非価格競争力が重視されるようになった。 グローバル経済化と 「ポスト・フォーディズム」 の重層的な進展のなかで、 製造業の立地は分散と集中という二つの調整圧力を受けつつある。 企業の競争優位は、 本源的には企業自身が有する経営資源に依存するが、 企業の経営資源に影響を与える国・地域の比較優位や集積による外部経済等の優位をいかに取り込んでいくかが経営上の課題となっている。
  グローバル経済化のもと、 企業は海外の市場や比較優位を獲得するために事業活動を拡張し、 為替リスク・貿易摩擦リスクの抑制などを含めて、 経営資源を国際レベルで最適配置・調整することが求められている。 企業活動は拡大的に分散しているのである。 一方、 企業は事業の不確実性の高まりのなかで、 同業種や関連サービスが集積するメリットを見出すことになった。 不確実性の高まりは、 第一に、 研究開発費の増大と技術の陳腐化の速さによって事業リスクが高まっていること、 第二に、 製品の差別化が非価格要素などより微妙な事象に負うことになったことによる。 企業は中核的な事業に経営資源を集中することで競争優位を担保し、 他の業務はアウトソーシングすることで事業リスクを抑制するようになる。 また、 関連業種との水平分業によって多品種少量への対応や需要変化にもフレキシブルに対処することが求められている。 そして、 取引き費用を最小限に抑えるべく関連企業は集積し、 有機的な特定産業複合体が形成されることになった(Scott, A.J. 1988)。 また、 M.E.ポーター(1999)は、 グローバル化と情報技術の進展で世界から経営資源の調達が可能になったにもかかわらず、 持続的な競争優位は遠隔地のライバルには真似のできないローカルな要因、 すなわち知識や関係、 モチベーションに依存すると指摘する。 経済のボーダレス化と企業経営の国際化が深化し、 企業間競争が厳しくなるなかで、 企業が立脚する競争優位の質と程度がより厳しく問われるためである。 そして、 特定の産業分野において相互に関連のある企業・機関が地理的に集中している産業集積地 (クラスター) に立地することが、 専門的な労働力へのアクセス、 持続的なイノベーションの創出、 新規事業を形成させる上で有利であることを指摘している。

3. 日本の製造業立地の変動
  経済のグローバル化と 「ポスト・フォーディズム」 のなかで日本の製造業立地はどうように変動しているのであろうか。 ここでは、 前述した 「分散と集中」 と 「中心と周辺」 の再編成という二つの観点から、 日本の製造業立地の変動に近接してみたい。 ここでいう 「中心と周辺」 とは、 企業空間における位置付けと産業集積度という二つの視点からみたものである。

(1) 海外生産比率の漸増と 「中心−周辺」 関係の国際化
  1985年のプラザ合意以降の急速な円高に伴ない、 日本の主要メーカーは積極的な国際化戦略を展開し始める。 主要加工組立てメーカーは為替の変動リスクや貿易摩擦を避けるため、 経営戦略を国内生産・輸出型から現地生産・現地販売型や第三国からの輸出へと方向転換する。 そして、 国内生産はハイテク型・高付加価値型製品・多品種少量製品の生産に特化する一方、 汎用・標準製品は東アジア国際分業システムを活用するという棲み分け戦略をとるようになる。 日本の海外生産比率は1985年の3%から1998年の10%へと増加している。 米国やドイツの海外生産比率は20%を既に上回っていることから、 日本でもその漸増基調は続くと考えられる。 日本でも輸送機械や電気機械の海外生産率は、 1995年時点でそれぞれ20.6%、 16.8%に達している。 この海外での生産拠点の拡大は、 国内で形成されていた 「中心 (中枢管理・研究開発・マザー工場)」 と 「周辺 (量産生産)」 の立地関係を 「大都市/地方−地方」 から 「大都市/地方−地方/海外」 へと拡張させることになった。

(2) 国内製造業立地における 「中心」 の相対的安定と 「周辺」 の不安定化
 (1) 「中心」 の相対的安定
  企業空間としての 「中心」 機能は関東、 東海、 関西とそれぞれの後背圏に集中することで、 先端的な製品や生産技術を生み出す産業クラスターを形成している。 東京圏と関西圏における電子・電気機器関連の集積、 東海地域の輸送機械や工作機械関連の集積などは日本のリーディング産業のホームベースとなっている。 京浜地域はハイテク製造業の研究開発、 実験・試作、 生産技術開発の中心になっており、 大田区など東京城南地区を中心にこれを支える中小企業の専門的技術集積がみられる。 ここには、 持続的なイノベーションを生み出すために必要な市場・競争・情報・サポーティング産業の集積がある。 研究開発の98%は国内で行われており、 その大半は東京・東海・関西の太平洋ベルト地帯で行われている。 このベルト地帯での産業集積の特徴は、 先端的な素材・部品からなる中間財や資本財・消費財・耐久消費財が重層的に開発生産されており、 その高密な集積は世界的にも希少な産業空間である。 相互の産業連関の高度化が日本の製造業の競争力を生み出す基盤となった。 また、 製造業の国際展開は、 国内ホームベースにおける 「中心」 機能の維持発展に寄与するものである。 欧米市場やアジア市場の獲得は、 膨大な研究開発費を回収し、 再投資するためのベースとなる。 東アジアを中心とする製品間・工程間の国際水平分業は、 多様な発展段階に基づく比較優位を獲得することで製造業のコスト競争力をつけることになった。

 (2)企業空間としての 「周辺」 の不安定化: 地方都市における誘致工場の再編
  製造業の国際展開が 「中心」 の安定的発展に寄与する一方、 「周辺 (企業空間と産業集積の双方の意味での)」 である地方の生産機能の立地は不安定化している。 地方工場が担っていた輸出用の汎用製品の生産や欧米市場向け高付加価値製品の生産が海外生産に置き換わることで地方工場の一部は再編・縮小の圧力を受け始めた。 地方工場の多くは豊富で安い労働力や広い敷地を求めて進出したものであり、 地方工場の立地存続とアジアへの海外移転は表裏の関係にある。 同程度・同質の比較優位をもつ国・地域が多ければ多いほどその立地は不安定化する。 アジアの新興工業経済地域と日本の地方における技術基盤は同水準であるといわれ、 地方の工業立地の優位性は大きく揺らいでいる。 近年では、 製品のハイテク化に伴なってプロダクトサイクルはますます短縮化している。 NIESに移転される生産ラインの技術水準は日本のそれと大差ない場合も少なくない。 また、 東アジア諸国におけるサーポーティング産業の成長と日本のサーポーティング産業の進出 (1995年の超円高時) は、 最新鋭の生産ラインの導入を可能としはじめている。 逆輸入の増大に伴なって日本の産業立地に対する調整圧力は増加する傾向にある。 誘致工場の縮小・再配置を余儀なくされた地方都市も少なくない。 少数の誘致工場が主要な外部経済部門である企業城下町では、 縮小・撤退は大きな雇用喪失や都市財政縮小につながるだけに、 地域経済の空洞化として深刻に受け止められている。
  ただし、 地方に立地する全ての工場が調整圧力に晒されているわけではない。 今日でも9割は国内で生産しており、 海外生産比率は製品により大きく異なる。 長銀総合研究所(1996)によると、 輸出低迷・輸入増加によって空洞化が危惧される主要製品はテキスタイル・アパレル、 オーディオ製品・関連部品、 時計・カメラ、 その他の製造業であり、 1993年の出荷額全体に占める割合は8.5%に過ぎない。 資本財や中間財には輸出増加にあるものも少なくない。 初期投資が巨額で資本コストのウェイトが高い素材産業、 ユーザーニーズに対応することが重要な自動車・パソコン、 輸送費のウェイトが高い白物家電 (エアコン・冷蔵庫・洗濯機) など、 消費地立地型の製造業は国内市場をベースにその立地は相対的に安定していると言える。 また、 地方をホームベースに発展してきた企業も少なくなく、 その立地も相対的に安定している。 国内立地は、 国内市場へのフレキシブルな対応の必要性、 生産性の高さや調整コストの低さの故に存続する。 電気機械部門では、 近年においても設備投資の42%は能力増強投資が占めている (1995〜98年平均:日本開発銀行:設備投資計画調査)。

 (3) 比較優位の変動による 「中心」 の衰退と再編
  戦後の日本のリーディング産業は、 繊維、 造船、 鉄鋼・非鉄金属、 輸送機械、 電気機械・電子機器へとダイナミックに変容してきた。 これは日本の比較優位産業の変化を示すものである。 ここから二つのことが読み取れる。 一つは、 国内外市場の拡大と厚い生産技術基盤を背景に、 比較優位の変化に柔軟に対応してきた日本の製造業の姿がみられる。 もう一つは、 ダイナミックに変動する比較優位のなかで、 企業空間のホームベースとしての 「中心」 や産業集積地域としての 「中心」 も大きく揺らいでいることを意味する。 比較劣位産業は縮小・撤廃の対象となり、 国際競争力のない業種は輸入の増大によっても淘汰される。 比較劣位にある産業分野に中小企業が集積する在来産地ではその傾向が強い。 産地の企業数は、 1985年に比べて1998年には半減することになった (中小企業庁調査室)。 輸入品の流入による競争激化だけでなく、 事業者の高齢化や後継者難、 熟練技能工の高齢化、 内需の不振などが原因となっている。
  その一方で比較劣位となった産業業種においても、 合理化・省力化により価格競争力を維持したり、 高付加価値の新規製品開発や多角化によって新しい 「中心」 として再生していく場合も少なくない。 繊維産業の先端素材メーカーへの転換、 化学産業・窯業のファイン化、 鉄鋼の省力化・合理化による競争力確保などはその典型である。 その事業再編過程においては、 「中心」 部門の大都市への移転集約や 「周辺」 部門の集約整理など、 立地的にも再編されることが多い。 また、 在来産地のなかでも金属洋食器の新潟・燕地域などは従来の要素技術を応用しつつ新分野の製品開発を行うことで再生している。

4. 21世紀に向けての産業集積の再構築
  日本にはグローバルな視点から見て 「希少な産業空間」 がある。 それは前章で指摘した、 製造工程技術や製品化技術に優れた産業集積であり、 素材を含む中間財、 資本財、 消費財・耐久消費財まで幅広い研究開発や生産拠点の集積である。 それぞれの要素技術の相互浸透が製造業工程技術や製品化技術を高めてきた。 日本の製造業は、 研究開発力や生産技術基盤、 国内市場規模を交渉力にして、 国際的なリーディング企業と提携関係を深めることで国際競争力を維持していくことは可能であろう。 例えば、 日米欧の中核企業が互いの技術要素を組み合わせて共同開発しようとしているデジタル家電はその典型である。
  将来、 経済のボーダレス化がさらに進展しても、 日本の製造業の中核機能は国内に残される可能性が高い。 日本の製造業がその競争優位を生み出すホームベースとして一定の条件を備えていることもあるが、 企業が本拠地の海外移転に耐えられるだけの十分な内部組織・人材を擁していないという側面も強い。 一方、 欧米の国際経営に優れた多国籍企業は、 事業部門ごとに競争優位を生み出すのに最適な産業クラスターを世界から選択し、 そこに中核機能を配置しはじめている (M.E.ポーター,1999)。 日系多国籍企業の国内指向に安住し、 過度な高コスト構造を是正せず、 創造的な産業空間・市場を整備しなければ日本の製造業の競争力は低下し、 産業集積機能も劣化することになりかねない。 それでなくとも、 先進国の工業製品市場は成熟化し、 日本が競争優位をもつ財の生産からソフト・サービスの生産に付加価値を求める必要があること、 財の生産についても新興工業地域の追い上げがあること、 少子高齢化のなかで活力のある産業社会を維持していくことが難しくなっていることなどから、 新しい産業経済社会のありようが問われている。
  日本の産業集積が今日直面している問題については既に多くの論者が指摘している。 第一は、 大都市圏の産業集積の内的劣化である。 日本の製造業の強みである技能集積の基盤が、 熟練技能工の高齢化や若年層の工場現場離れ、 中小工場の転廃業や工場の地方移転などによってマニュファクチャリング・ミニマムを検討すべき段階に入りつつあるとされる (関 満博1996)。 第二は、 日本の系列的産業ネットワークは良質な製品を安く早くつくれるという意味でキャッチアップ型の経済には対応できても、 市場ニーズと新技術の創造と接触のなかで革新的な商品・サービスを生み出しにくいとの指摘である。 これは産業集積の問題だけでなく、 基礎研究の層の厚さや多様性や個性を尊重する風土とも密接に関連している。 橋本寿朗 (1997) は、 デジタル情報革命への対応に関連して、 企業城下町の中核企業や商社を市場への導管とするモノを通じた結びつきとしての産業集積はもはや機能せず (モノに制約されると日本の高コスト構造によってデメリットに転じる)、 機敏でオープンな競争というルールのもとで産業活動の担い手 (企業・人材・要素技術とそのネットワーク) を国際市場に結ぶ 「新たな導管」 が必要であると指摘している。 この指摘はハイテク産業だけでなく伝統的な産地にも当てはまる。 卸売問屋が商品企画・デザインを握り、 産地が生産だけに特化している場合には産地の自律性はなく、 海外への委託生産が始まれば急速に衰退してしまう。 第三に、 日本の産業集積を担う中小企業の多くはブルーカラーのスピンオフであり、 知識・頭脳集約産業やソフト化に適応することが難しいとの指摘もある (清成忠男1997)。
  それでは、 グローバル経済化、 ポスト・フォーディズム、 デジタル情報通信革命のなかで日本の産業集積を再構築していくシナリオとはどのようなものであろうか。 結論から言えば、 日本の産業集積の再構築は、 規制緩和、 デジタル情報通信革新の浸透、 国際提携などを通じて国際的な競争力をもつビジネスモデルが構築されるかどうか、 創造的な市場が生み出されるかどうかにかかっている。 新しいビジネス機会は、 情報通信技術を導入することによって非製造業の効率化を図る分野、 モノとサービスやソフトの融合した新商品、 アウトソーシング・ビジネスなどが中心となろう。 とりわけ、 OECD加盟国のなかでも日本のサービス業の研究開発・情報化投資は立ち遅れており、 ここには大きなビジネス機会がある。 ハードとソフト・サービスを統合させたソリューション型の開発ビジネスは市場立地志向であり、 産業立地は相対的に安定する。
  創造的な市場形成には、 従来のプレーヤー (大手企業を中核とする系列グループ、 専門技能をもつ中小企業ネットワーク) だけでなく、 「新しいプレーヤー」 の出現が不可欠である。 その役割は、 ベンチャー事業家 (外国人を含む)、 外資系企業、 大手企業からスピンオフした企業、 既存系列の枠組みから自立した中小企業などが担うことが期待される。 新しいビジネスモデルや創造的な市場は、 新たな高度情報通信機器、 高機能素材・部品などの中間財、 製造装置などの資本財、 ソフト・サービスといった高付加価値な製品・サービス需要を生み出す。 海外直接投資やM&A、 国際提携を通じて外資系企業が国内市場に直接参入するようになり、 そのビジネススタイルが徐々に浸透してくれば、 よりオープンな競争と提携のなかで企業・人材・要素技術の新しいネットワークが生まれることが期待される。 優れた経営資源をもつ外資系企業の参入自体がグローバルレベルの産業クラスターとの 「導管」 となる。 従来型の大企業を中心とする系列グループも存続するが、 新しい産業ネットワークと競争することで日本の産業集積自体が活性化される。
  こうしたシナリオが描ける条件は整いつつあるのであろうか。 近年の規制緩和や税制改革などの構造改革や日本企業のリストラを通じてその条件は少しずつ整いつつある。 株価や地価下落を受けて外資の参入コストが低くなっていることや、 日本企業が事業の選択と集中というリストラを本格化しはじめたことで外資によるM&Aも増加傾向にある。 リストラの進展は選択されない事業の売却やスピンオフを促し、 アウトソーシングビジネスを生み出す。 デジタル情報通信分野や関連サービスに強みをもつ外資の対日進出も増えはじめた。 金融ビックバンを契機に外資系金融機関やビジネスコンサルタントが対日事業を強化しているのも外資参入を容易にしている。 外資の資本参加は、 マツダや日産の例にみるように系列にとらわれない最適調達を促し、 結果的に系列企業の淘汰や自立を促すことになる。 デジタル情報革命が日本市場で浸透するに従い、 国内市場でも携帯電話、 インターネット、 流通・ロジスティクス、 事業所サービスなど様々な分野で事業機会が膨らみつつあり、 新規の事業参入や起業が生まれつつある。 一方、 まだ解決しなければならない課題も多い。 ベンチャーキャピタルの育成や未上場株式の売買システムの整備、 企業家精神の醸成や起業支援システムの構築、 大学・研究機関との提携促進、 データ通信コストの低減などが一層進む必要がある。 また、 「新しいプレーヤー」 のネットワークづくりのための仕組みも必要である。
  長期的な戦略としては、 世界の研究者に対して開放された科学技術フロンティアの研究センターをつくることが考えられる。 産業クラスターは一度形成されると順循環によってさらなる集積を生むため、 後発クラスターはそれだけ不利になる。 従って、 グローバルレベルの産業クラスターを育成していくためには、 フロンティア分野の基礎研究成果を蓄積し、 その成果に基づいたスピンオフ (起業化) が促される仕組みが構築されるべきであろう。 世界から優秀な研究者を集めるためには、 世界最高レベルの自由な研究環境や高質な生活環境を内外無差別に提供することである。 対象領域は産業化のポテンシャルで選ぶのではなく、 エネルギー、 環境、 生命科学など地球社会や人類社会への貢献度の高い科学技術フロンティアに対して日本が世界に貢献していくという哲学がほしい。 一部はテーマを指定せず、 自由応募によって未知の領域を発掘する姿勢も必要となる。 こうしたアプローチは、 従来型の政府開発援助とは異なる次元での国際社会への貢献であると考えられる。 米国における膨大な基礎研究が米ソ冷戦構造における軍事開発のなかで行われ、 その成果が民間転用されることで米国が根幹的技術の優位を確立してきたことは良く知られている。 平和憲法と科学技術立国を掲げる日本では、 地球社会や人類社会への貢献を哲学とした基礎研究の蓄積から根幹的な科学技術の優位を日本に根づかせる戦略が相応しい。 助成研究に基づく特許は国と研究者の双方に帰属させ、 日本国内で産業化する場合には国への特許料の支払いは免除するなどの措置をとることで、 国内でのスピンオフを定着させることも可能であろう。

5. おわりに: 団塊の世代に期待されること
  産業構造の変革のなかで団塊の世代に期待されることは何であろうか。 平成不況のもと企業には雇用の余剰感が高まっている。 団塊の世代は給与水準が高く、 従業員年齢構成ピラミッドを歪ませているため、 リストラ圧力を受け易い。 そこで、 団塊の世代のなかからベンチャービジネスの新しいうねりを創り出すことが期待される。 1980年代の米国では、 不況でリストラされた中高年の多くが自らビジネスを興してきた。 米国政府は職業訓練や起業化のための支援を積極的に行っており、 日本もこれに倣うべきである。 ベンチャービジネスに成功した団塊の世代には、 非営利団体としてのフォーラムをつくり、 これから脱サラする同世代に起業ノウハウを伝える仕組みをつくることが望まれよう。 全共闘世代でもある団塊の世代にはこうした連携が得意そうである。 実力のある団塊の世代が企業組織からスピンオフすることは、 ビジネス・スキル、 要素技術、 ネットワーク資源の流動化につながり、 前章で述べた 「新しいプレーヤー」 の連結役を果たす可能性をもっている。 新しいリーダーシップを期待したい。

―― 引用・参考文献 ――
清成忠男・ウィリアム・ミラー(1997): 「21世紀型産業社会の展望」, 清成忠男・橋本寿朗編 「日本型産業集積の未来像」 日本経済新聞社
国民金融公庫総合研究所編(1998): 「平成10年版 新規開業白書」
関 満博(1996): 「地域産業空洞化とマニュファクチャリング・ミニマム」, 経済地理学年報 第42巻 第4号,pp.55-69
長銀総合研究所編(1996): 「全解剖 空洞化する産業 しない産業」 東洋経済新報社
通商産業省編(1998): 「第26回 我が国企業の海外事業活動」
通商産業省(1998):  「平成10年版通商白書」
中小企業庁(1998): 「平成10年版 中小企業白書」
日本開発銀行 (1995-98) 「設備投資計画調査1995〜98年」
橋本寿朗(1987): 「「日本型産業集積」 の再生の方向性」, 清成忠男・橋本寿朗編 「日本型産業集積の未来像」 日本経済新聞社
ポーター, M.E.(1999): 「クラスターが生むグローバル時代の競争優位」 , ハーバード・ビジネス, Feb./Mar. 1999, pp.28-45
Scott, A.J.(1988):“New Industrial Space"Pion, London


■福島 茂 (ふくしま・しげる)
  名城大学都市情報学部助教授
  昭和34年高知市生まれ。 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了 (工学博士)。 国連地域開発センター、 東京大学大学院工学系研究科助手、 アジア工科大学院助教授 (タイ) を経て、 平成8年4月より現職。 専門は都市計画・地域開発・住宅政策。 アジアを中心として、 住宅政策やグローバル経済化のもとでの地域開発について研究している。 主な著書に、 「アジア大都市圏の住宅事情と居住政策」 (日本住宅協会・共著)、 「地球環境学:地球環境と巨大都市」 (岩波書店・共著) などがある。


情報誌「岐阜を考える」1999年記念号
岐阜県産業経済研究センター

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