6 エネルギー、食糧

持続的食糧生産と土壌生物
――半乾燥熱帯での経験――


李 克己
(四日市大学環境情報学部教授)


はじめに
  食糧は、 そこに住む人々の地で生産されるのが望ましい。 人口に見合った食糧生産が確保できなければ増産する必要がある。 そんな地域の一つに半乾燥熱帯がある。 気候学的には、 半乾燥熱帯とは、 『熱帯にあって、 1年のうち雨の降る時期(雨季)が2.0から4.5ヵ月、 乾季が7.5から10.0ヵ月あるところ』 とTrollが言っている。 全世界の6人に1人がここに生活し、 経済的には所得が低く、 国連の世界食糧機構 (FAO) の飢餓地図(Hunger Map)によっても、 1日カロリーの摂取量が2400カロリー未満である多くの人が生活している。 この地域で、 必要な量の食糧が持続的に生産されるようになれば、 全世界のかなりの人々が食糧難に苦しむことが無くなる。
  植物は生活する世界を二つ持っている。 大気がある地上と、 暗やみばかりの地下の世界である。 動物や微生物は、 片時ですらどちらか一方の世界にしかいない。 葉、 茎、 花、 実は大気中にあり、 根は地中にあるが、 双方の世界に存在してこそ生きておられる。 人間は植物のうち利用できるものを双方の環境に最大限に適応させ、 作物とした。 地上の日射、 温度、 雨、 風などに対しては、 それらを改変することはできず、 利用あるいは避けるため、 作物の播種時、 作物の型や寿命を変えるなどの地上環境への 『応戦』 しかできなかった。 一方、 地下の環境要因、 たとえば養分、 水分、 理化学的性質などに対してはかなりの程度、 改変することが可能で 『挑戦』 することができた。 世界の各地では、 作物を生産するにあたって、 挑戦できるがゆえに、 やりたい放題やったり、 かえってその権利を正しく行使しなかったりしたことで、 昨今よく言われる劣悪化・荒廃化した土壌が広く分布している。 半乾燥熱帯農耕地土壌のかなりの面積も劣悪化・荒廃化しているといわれている。

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土壌生物は何をするのか?
  まず、 土壌とは岩石が単に細かく砕けた粉状のものではないことを述べておきたい。 土壌は地球の表面で、 岩石が物理的、 化学的、 生物的風化を受けながら細粒化したもので、 生物を含んでいて、 植物を生産できるものである。 土壌が岩石と違う点は、 土壌には微生物から動物を含む生物相およびそれらの働きで生成された有機物が存在するということである。 だから、 1969年、 アポロ11号が 「偉大なる一歩」 の足跡を残した月面をおおっているものは土壌ではない。
  土壌生物とは、 ミミズ、 線虫、 ダニなどの動物、 ゾウリムシなどの原生動物、 カビ、 放線菌、 バクテリアの微生物を指す。 これらは暗やみの地下の世界に生息していて、 地下環境を改変する担い手として活躍できる。 土壌生物が作物生産にかかわるものの重要なものとしては、 土壌に加えられた有機物 (以後、 有機材と呼ぶ) を分解・代謝して、 土壌有機物や腐食物質の生成に寄与することである (土壌有機物と腐植の用語は区別して使うべきであるが、 便宜のため以後は両方含めて土壌有機物と呼ぶ)。
  土壌生物は地形、 気候、 時間などの影響を受けながら、 主に有機材を、 栄養段階あるいは食物連鎖においてもっとも低い次元ものとして分解していく。 土壌有機物は、 土壌生物群が構築する食物網での複雑な有機的相互作用の過程で生成される。 容器の中に土壌と生物のいくつかを入れて飼育することにより、 どの生物がどの生物を食べるについて断片的なことはかなりわかっているが、 実際の地中ではどんな食物網になっているかについては不明な点がまだまだ多い。
  土壌生物の働きでできた土壌有機物は、 作物生産上有益な機能を多く有している。 環境からの土壌へのストレス、 例えば、 水や無機イオンなどの過不足に対する緩衝作用を発揮する。 作物の根の成長を促進させ、 根系の発達を促すことも農家の人々に古くから知られている。
  普通、 土壌が良質であればある程、 粒団が多い。 粒団というのは、 土壌粒子がいくつかまとまったもので、 そうなっているところを団粒構造という。 団粒構造の発達に欠かせないのが土壌生物である。 土壌動物の数が増加すると、 比較的粗大な植物残渣を細かくしたり消化する活動が高まる。 それにより、 微生物の活動も活発になり、 多糖類のような中間代謝産物がつくられる。 多糖類のような有機物が土壌粒子をくっつけて粒団にし、 団粒構造を作る。 団粒構造は、 土壌の通気性、 通水性、 保水性などの作物生産に好都合な性質を土壌に与える。
  カビの一種ではあるが、 半乾燥熱帯のような肥沃度の低い土壌に重要な役割を果たしているものの中に、 内生菌根菌と呼ばれる菌がいる。 内生菌根菌は、 地球上のほとんどの植物と共生関係にあり、 内生という文字が示すように、 根の内部まで菌糸を侵入させ、 植物から栄養をもらって増殖する。 根の外に伸びた菌糸は植物の根が届かないところにある養分を吸収して根に送る。 この共生関係は、 あまり肥沃でない土壌で植物が成長するのに重要な役割を果たしている。 菌糸の長さは1グラムの土の中で50メートルぐらいになることもある。 それが土壌粒子をつなぎ合わせたり抱き込むことで団粒形成を促進させ、 土壌の理化学性を向上させることがわかっている。
  厳密には生物ではないが、 土壌には物質の代謝を行う酵素というタンパク質がある。 これらは土壌動物 ・ 微生物あるいは植物の根から分泌されたり、 それらの遺体から出てきたものではあるが、 それらの生体の外に存在している。 例えば、 尿素を分解するウレアーゼ、 有機リン酸化合物から無機リン酸を離すフォスファターゼなどがある。 これらの酵素は生物ではないが、 酵素の生化学反応性を指標として土壌の生物性を評価することもある。
  土壌生物の働きでできた土壌有機物や団粒構造は、 作物生産に直接影響するばかりでない。 農耕地の土壌のみならず、 森林の土壌でも、 土壌有機物や団粒構造が無いと土壌は簡単に流亡してしまう。 土壌有機物含量の低い土壌ほど侵食されやすい。 森林伐採、 化学肥料の多投、 農耕地を何年かおきに休閑させることを止めた、 一つの作物を連作ばかりしてほかの作物と輪作することを止めたなどきっかけは何であれ、 世界各地で問題になっている砂漠化、 土壌浸食、 土壌流亡などの土壌荒廃は土壌有機物が無くなってきたことが大きな原因である。 土壌がパサパサになって、 土壌自体が無くなってしまったことによる (石弘之著、 「地球環境報告」、 岩波新書)。

土壌生物を増やすには?
  一口に土壌といっても、 半乾燥熱帯にでもいろいろな土壌が分布している。 ある方法が一つの土壌では効果があっても、 違う土壌では効果が無い場合もある。 それで、 半乾燥熱帯に分布する土壌について少し触れる。 半乾燥熱帯に分布する土壌のうち、 良く知られているのは、 アルフィゾル (Alfisol、 赤色土) とヴァーティゾル (Vertisol, 黒色土) である。 アルフィゾルは、 粘土鉱物としてカオリナイトを主体とし、 有機物含量は低い。 この土壌では、 ソルガム、 ミレット類、 落花生、 キマメ、 カウピーなどが栽培されている。 ヴァーティゾルの主な粘土鉱物はモンモリオナイトで、 ソルガム、 キマメ、 ヒヨコマメ、 綿花などが栽培されている。 アルフィゾルとヴァーティゾルでは、 水分保持力に大きな差があり、 アルフィゾルはヴァーティゾルの半分ぐらいしか水分を保持できない。 このことも大きな原因となり、 作物生産力はアルフィゾルの方が低く、 土壌管理の方法もかなり異なる。 これら土壌で、 化学肥料や農薬を先進国ほどばらまいているのは、 綿花とか潅漑をしたサトウキビ、 野菜などの換金作物ぐらいである。 食糧になる、 ソルガム、 ミレット類には化学肥料や農薬をあまり使わない、 いわゆる低インプット農業である。 本稿では、 二つの土壌のうち、 アジア、 アフリカの半乾燥熱帯に最も広く分布するアルフィゾルを主に念頭においている。
  土壌中に動物や微生物の種や数、 活性を増やすには、 単に増やしたい種を土壌に放り込むだけではあまり効果が無い。 土壌環境を整えて、 動物や微生物が長く生存できたり、 増殖できたりする場を作らなければならない。 経済的に発展した国では、 化学肥料、 農薬の過剰な投与、 輪作の放棄などから土壌生物が消え、 農業生態系が不健全になっているとよく言われる。 そのため、 持続的な作物生産が危ぶまれ、 環境保全型農業が叫ばれている。 ここでは、 環境保全型農業で具体的に行われている有機材の土壌への還元、 不耕起、 輪作が土壌生物に及ぼす影響を、 筆者の半乾燥熱帯での経験を交えながら検討してみたい。
  植物残渣・堆厩肥の施用 ワラとか子実の殻などの作物残さや、 植物残渣と家畜の糞尿を熟成させた堆厩肥は、 半乾燥熱帯でも農耕地に広く施用されている。 しかし、 その量は日本で有機農業を営んでいると言える程のものではない。 有機材を畑にもどすということは、 農業生態系での作物養分のリサイクルを図るということであり、 他にさしたる養分のインプットがなければ、 持続的な作物生産、 土壌への養分補充の面から重要である。 そのリサイクルを担っているのが土壌生物であることは周知のことである。 有機材を畑にもどすことは、 養分の再循環を図ることだけでない。 表層土壌の流亡を防いだり、 土壌の物理性を良くすることにもなる。 言うまでもなく、 そうなれば土壌生物も住みやすくなる。
  ワラや子実の殻などは、 土壌に置かれると、 バクテリア、 放線菌、 カビなどの微生物によって直接分解される部分もあるが、 ミミズ、 節足動物などによって破砕、 消化された後微生物によって分解されるのがほとんどである。 日本の農耕地では見られないが、 半乾燥地帯の畑で植物残渣の分解に重要な役割を果たしているものに白アリがある。 白アリは時には2メートル以上の高さのアリ塚を作る。 地表にある植物残渣を迅速に分解・摂食し、 地中の棲み家に運びこむ。 その植物分解物で、 カビを飼育して、 白アリ社会の仲間の食糧とする。 筆者はアフリカのサヘル地域(サハラ砂漠周辺のこと)で、 その地方で主食として栽培されているパールミレットのワラの分解速度を調査したことがある。 1ヘクタール当たり4トンのワラが白アリのため2週間で無くなったことを観察したことがある。
  白アリは日本では害虫になっているが、 益虫とみなされることもある。 サヘル地域では、 白アリのアリ塚は養分に富んでいるので、 古くなったアリ塚のまわりにパールミレットやソルガムを栽培するところもある。 また、 雨と乾燥で固くなった土壌を破ってもらうために、 わざわざ小枝、 草、 ワラを置いて白アリを呼び寄せるところもある。 半乾燥熱帯、 特にアフリカでは白アリが土壌の肥沃度を高めるのに大きな貢献をしているとの報告もかなり発表されている。
  植物残渣は、 炭素がほとんどで、 炭素対窒素の比が大きい。 土壌生物によって分解されやすい部分は、 微生物の増殖に必要な窒素に見合うだけの炭素以外は、 炭酸ガスとなって空気中に逃げ去る。 リグニン、 ポリフェノールなど微生物により分解されにくいものが最後には残り、 土壌有機物(腐植)のもととなる。 マメ科植物の遺体とか、 熟成した堆厩肥のような窒素濃度がやや高いものを施せば、 少しは多くの炭素が微生物の体内に窒素とともに捕捉される。 半乾燥熱帯では温帯に比べて気温が高いため有機材の分解は速いので、 有機材の炭素は速やかに放出される。 しかし、 その放出に至るまでに、 さまざまの動物、 微生物で構成している食物連鎖を辿り、 その過程で土壌の生物活性が高まり、 土壌の生化学的反応も盛んになる。 途中で生成された代謝中間物は、 団粒構造を発達させることになり、 理化学性も改善される。
   耕起 耕起あるいは耕運は土壌を撹乱するので、 先進国の環境保全型の農業ではできるだけ控えるように言われている。 耕起すると表面土壌が容易に流亡するようになるのからであるが、 耕起しないと雑草が多くなるので農薬を撒いて土壌中の生物に悪い影響を与えた場合もあった。
  畑土壌の表面を耕運してかき乱すことは、 半乾燥熱帯では必ずしも悪いことではなく、 作物生産上実行しなければならない場合もある。 半乾燥熱帯では、 雨の振り方が不規則である。 雨季でも、 晴れた時があると思えば、 降る時にはドシャ降りになる。 年間の降雨量が少ないので、 雨が降る時に土壌が最大限に雨を取り込んでおかないと、 作物生産もおぼつかない。 雨をできるだけ取り入れるために、 土壌表面をかき乱しておく必要がある。 アルフィゾルでは、 主体になる粘土鉱物や構造のため、 作物を播種する前とか播種した直後とかに、 雨が降った後に晴れたり、 曇っていても風が吹くと、 土壌の表面がコンクリートのようにカチカチになった膜ができる。 これはクラスト(crust)と呼ばれるもので、 これができると種が蒔けないし、 出芽もできないので、 土壌表面をかき乱してクラストを破っておかねばならない。
  どのような方法で行うかにもよるが、 耕起は大型の土壌動物にとって最も過酷な人為的作用の一つである。 耕運の物理的撹乱により、 ミミズや大型の昆虫の個体数は減少する。 しかし、 小型の動物、 微生物にとって必ずしも過酷にならないこともある。 土壌の撹乱により、 好気的な微生物が増える。 土壌に生息する小型の動物、 微生物は、 地上のものと比べて、 動く範囲や運ばれる距離が小さく、 隣接している場所にある食物をほとんど食べ尽くしていることがある。 その際、 土壌がかき回されると、 新しい場所に運ばれ新しい食物にありつくチャンスが大きくなり、 土壌全体の生物活性が高まる。 生体外酵素にも同じように、 新しい基質と反応する機会が増える。 言うまでもなく、 土壌が好気的な環境になるために、 活性が抑えられる微生物、 酵素もある。
  半乾燥熱帯では特有な気候と土壌のため、 耕起の影響が現われないことがある。 筆者らはインドのアルフィゾル畑で、 20センチメートルの深さの耕起が土壌生物の数・バイオマスや酵素活性に及ぼす影響を3年間にわたって調査したことがある。 ミミズの数・バイオマスは耕起によってやや減ったものの、 バクテリアの数・バイオマスや酵素活性については、 耕起、 不耕起の間での差があると判定できるほどではなかった。 明らかに差があったのはカビの一種の内生菌根菌であった。 何故このような結果が得られたのか検討してみた。 雨季の初期に、 土壌表面を観察してみると、 何度かの激しい雨で、 耕起によってできた畝は次第に平らになってしまう。 つまり、 土壌中に安定な粒団が少ないうえに、 半乾燥熱帯の激しい雨のために、 耕起の効果は早い時期に無くなってしまう。 内生菌根菌の場合は、 再生できる菌糸や胞子が耕運により分散させられたのが原因ではないかと考えている。
  マメ科作物 古くから、 マメ科作物を輪作、 間作 (一つの畑に、 違う作物を同時に栽培すること) に用いると、 土壌が痩せてこないし、 団粒構造も発達するといわれている。 マメ科作物が貴重なタンパク源となっている地方も半乾燥熱帯では多く、 その種類もいろいろある。 マメ科植物の何が土壌に良いのかの問題については、 いろいろ研究されている。 よく言われているのが、 植物と共生関係にある根粒菌を宿している根粒で、 空気中の窒素を固定している。 マメ科植物がこの窒素固定を行っていれば、 窒素肥料の代わりになる。 それ以外に、 マメ科植物の根から出される分泌物であるという報告も多い。
  マメ科植物を栽培系に組み入れると、 土壌の有機物含量、 微生物の数・バイオマス、 酵素の活性などが増加することがよく知られている。 それは、 窒素濃度が高い根粒が形成されて、 やがて脱落するので、 微生物にとって良い栄養源になるのだと言われている。 大型動物の数もマメ科植物を栽培することで増えるという報告もあるが、 直接の関係ははっきりしていない。
  筆者らも、 アルフィゾルや ヴァーティゾルの畑で広く行われているいろいろな作付様式で微生物の調査をした。 多年生の作物を比べると、 微生物の数 ・ バイオマスは、 非マメ科のものよりマメ科のものほうが圧倒的に多かった。 一年生の作物の間では、 調査したマメ科作物のどれでもに微生物が増えたわけでなく、 例をあげればキマメに最も多かった。 キマメに良い効果があるといっても、 キマメばかり連作するとその効果は見られなくなり、 ソルガムのような非マメ科の作物と輪作する必要があった。 間作の場合でも、 このようなことが起こっていると考えられるが、 間作ではキマメの個体数が、 同時に植え付けられる非マメ科の固体数が圧倒的に多いので、 短期間にはその効果を観察できなかった。 半乾燥地帯においても、 社会経済的な理由からもマメ科作物がいろいろな栽培様式で栽培されているが、 土壌の生物性の維持、 増進の面から見ても興味深い。

おわりに
  土壌生物が土壌にとって土壌であるために必須なものであり、 土壌を人為的に管理しようとすれば土壌生物が影響を被ることを、 これまで述べてきた。 半乾燥熱帯のみならず、 作物生産性が低いところで、 生産性を直ちに上げようと思えば、 不毛の地までにも耕地を広げないで、 化学肥料、 農薬を用い、 必要ならば潅漑をして、 高インプット、 高アウトプットの集約的農業が最も適していると筆者も思う。 しかし、 そんな時でも、 土壌生物を見てもらいたい。 作物に害になる生物ばかり現れたり、 生物が全くいなくなったら、 その農法がおかしいのではなかろうか。
  農耕地が健全な食糧生産の場として機能するためには、 円滑な物質循環が機能していなければならない。 この物質循環の担い手が土壌生物の働きであることはすでに述べた。 特に、 半乾燥熱帯のような限られた資源しか投入できないところでは、 土壌生物の力を借りて、 物質循環をでき得るかぎり完結させるようにして、 生産の持続性を維持すべきである。 化学肥料や農薬が往々にしてこの循環を望ましくない方向に進ませることがある。 適正な量の化学肥料や農薬を使用すれば大丈夫であると言えないこともない。 しかし、 先進国で化学肥料や農薬をやたらにばらまいていた頃に、 過剰の量の肥料や農薬をばらまいていると思っていた人は少なく、 大方の人は適正な量を施用していると思っていたのではなかろうか。 後になって、 やり過ぎだとわかった。
  日本のように、 山の斜面でもテラス状に水田を作っているところは、 土壌流亡は深刻な問題ではないかもしれない。 しかし、 世界の各地では、 急な斜面にある畑や、 緩やかな起伏があって、 広く見ると傾斜になっている畑で食糧を生産している。 水は、 どんなに小さな傾斜であっても傾斜に沿って動く。 その時、 土壌に多くの有機物が含まれていたり、 団粒構造が発達していれば、 水や土壌の流亡は少なくなる。 きっかけが何であれ、 土壌有機物が無くなって荒廃した土壌が世界中にあることは述べた。 単に有機材を投入するだけで土壌有機物も、 安定な団粒も増えない。 土壌動物や微生物の共同作業により、 有機材が分解 ・ 代謝されなければならない。
  半乾燥地帯の農家の畑で経験したことであるが、 作物の生産性の高い土壌ほど、 土壌生物のバイオマスが多かった。 このバイオマスが多いほど、 生産性が高いとは言い切れない苦しみはあるけれども、 土壌生物は食糧の持続的生産に必要であるとは言っておきたい。


■李 克己 (り・かつみ)
 北海道大学農学部農芸化学科卒業。 名古屋大学大学院農芸化学専攻科修士・博士課程卒業、 農学博士。 国際イネ研究所博士研究員、 ブラジル国立イネ・豆研究所土壌微生物研究室室長、 Department of Biochemistry, University ofNebraska, USA博士研究員、 国際半乾燥熱帯作物研究所土壌微生物研究室室長、 植物栄養研究室室長、 土壌・農業気象部代表、 土壌生物研究室室長を歴任。 1997年より現職。


情報誌「岐阜を考える」1999年記念号
岐阜県産業経済研究センター

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