6 エネルギー、食糧

京都プロトコールにみるエネルギー問題の展望


新田義孝
( (財)電力中央研究所企画部部長、四日市大学環境情報学部教授 )


1) はじめに
  1997年12月に京都で行われた国際連合気候変動枠組み条約第3回締約国会議 (COP3) は、 歴史にその名を残す京都プロトコールを残して閉会した。 その内容はすでに多くの印刷物で流布されているので、 ここでは詳しく繰り返さないが、 1998年11月にブェノスアイレスで開かれたCOP4にて京都メカニズムと呼ばれるようになった、 柔軟性措置の持つ意味を考えてみたい。 というのは、 国内の環境NGOの多くが、 わが国や米国が国内での省エネルギーを実施しないで、 海外に投資したり海外から排出権を購入して温室効果ガスの削減を行おうとするのは倫理に反するような言い方で反対するのに対して、 別の見方ができると考えるからである。
  もとより、 わが国にとって1990年水準で2010年 (本当は2008−2012年の平均) に温室効果ガスを6%削減するという取り決めは、 極めて厳しい。 1999年水準で考えると15%程度の削減に相当する。 現在のような官庁の縦割り行政で、 通産省は何万トン、 運輸省は何万トンというように削減量を業界別に割り当てるのでは、 産業の活性化を阻害することになってしまう。 さらには、 経団連のような団体で自動車業界や鉄鋼業界が業界として削減目標値を宣言するのも、 如何なものだろうか。 削減に寄与することが経済効果を生み、 新しいビジネスチャンスを生むような経済のル−ルを作ってこそ、 多くの知恵者、 知恵ある企業が省エネ社会、 省エネビジネスを創出するようになるのである。 誤解を恐れず言うならば、 100万kWの原子力発電所を作るのと同じ資金で、 100万kW分の省エネができる仕組みを作る方が合理的である。 本当は原子力発電所ではなく、 100万kWの石炭火力発電所を事例にする方が二酸化炭素排出量削減という意味ではもっと合理的である。 しかし、 経済に省エネ競争を持ち込む仕組みを作らない限り、 絵に描いた餅でしかない。
京都メカニズムが提示するものは、 このような新しいルールを作って、 温室効果ガス排出量削減に経済競争の仕組みを組み込もうというものである。

2) 国際協力として見るJI
  京都メカニズムが示すJIとCDMは、 国内で削減を行うより海外と協力して削減する方が安上がりだという理由で説明されているが、 安上がりなのは倫理的、 道徳的にけしからんという情緒的な反対論が多いのではないだろうか。 安上がりかどうかという議論は棚上げにして、 国際協力とはどんな可能性を秘めているか事例で考察したい。
  まず日豪間のJIの可能性を取り上げる。 豪州は世界最大の石炭輸出国であり、 世界貿易の約3割を占めている。 豪州の輸出額に占める石炭の割合は10%で、 輸出品目のトップである。 日本円に換算すると年間約8,400億円の外貨を稼いでいることになる。 その内の約半分が日本向けであり、 日本の石炭火力発電所で消費している石炭の約6割、 鉄鋼業で消費している石炭の約半分が豪州炭である。 なお、 豪州から輸入している石炭をこの二つでほぼ等分している。
  ところで、 1998年7月に通産省が示したわが国の温室効果ガス削減策によると、 原子力発電所を16−20基新たに建設すべきであり、 省エネを推進しようというのに混じって、 石炭から天然ガスへの燃料転換が含まれている。 欧米では天然ガスパイプラインが網の目状に張り巡らされるようになり、 そのネットワークが機能するなら旧東欧でも、 石炭から天然ガスへの燃料転換が容易に行われる。 しかし、 わが国にパイプラインで近隣諸国から天然ガスを導入するとなると、 政治的に安定した隣国に膨大な天然ガスが埋蔵されているという条件が必要である。 しかも、 新たにパイプラインを敷設しなければならない。 1996年度まで年間一次エネルギー消費量のうち、 約1.3億トンを石炭に依存していたのを、 つい最近まで2010年に約1.4億トンへと増やす計画であった。 それを急に約1.2億トンまでに減らそうというのである。 確かに天然ガスと石炭の二酸化炭素排出量の割合は3対5と、 石炭が4割も多い。 そこで、 日本で豪州炭を用いた時に発生する二酸化炭素の4割に相当する炭素を吸収する植林を、 豪州で行うことを考える。 ちなみに日本が豪州からエネルギ−源として輸入している石炭は、 年間約3,300万トンであるから、 発生する二酸化炭素は炭素換算で約2,300万トンである。 その4割に相当する920万トンを植林して森林を作り、 その森林で吸収しようと考える。 森林1ha当たり1年間に炭素換算で4トンの炭素を吸収固定すると想定すると、 230万haの森林が必要になる。 これはほぼ四国の面積に匹敵する。 海外での植林のコストを8万円/haと見積もると、 2000年から10年かけて230万haの植林を実施すると想定すると、 1年間に23万haすなわち184億円がそのコストということになる。 豪州が石炭を日本に輸出している金額約4,200億円の6割が燃料用であるので、 約2,500億円となり、 184億円はその約7%に相当する。 この費用を日豪で負担すると、 豪州から輸入する石炭から排出される二酸化炭素の量は天然ガス並だということになる。
  100万kWの石炭火力発電所を想定しよう。 硫黄1%を含む豪州炭を輸入し、 脱硫装置から石膏を排出する。 豪州にはアルカリ土壌が図1に示すように広く分布しており、 石炭の産地を示す図2と比較すると、 アルカリ土壌と石炭産地とが近接していることが分かる。 ところで、 図1に示すアルカリ土壌は、 灌漑水に含まれるナトリウム分などが集積してできたもので、 人工的な土壌劣化の一つである。 そして、 アルカリ土壌改良には石膏が有効に作用することが分っている。 概略1ha当たり10トンの石膏を添加すると土壌改良ができる。

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  100万kWの石炭火力発電所の稼働率を7割程度と見積もり、 毎年豪州炭を200万トン消費し、 脱硫装置から石膏を9万トン程度排出すると想定する。 また、 この発電所から排出される二酸化炭素は炭素換算で毎年140万トンであると仮定しよう。 140万トンの4割は56万トンである。 56万トンの炭素を吸収するのに必要な森林面積は14万haとなる。 14万haのアルカリ土壌を改良するのに必要な石膏は140万トンである。 この量の石膏を排出するのに15年程度を要する。 もし一度石膏を添加してその効果が15年維持できるなら、 15年間かけて石膏によるアルカリ土壌改良を行うなら、 土壌改良した土地に植林を行い、 そのバイオマスあるいは木材の価値が次の経済効果を生むのであれば、 十分にJIとして行う価値があるだろう。 因みに、 豪州では天然の石膏を産出する。 産出地での石膏1トンの価格は10ドル程度であるが、 幸いにして産炭地付近には産出しないので、 国内輸送費を考えると1トン100ドル程度になり、 事実ブリスベ−ンではその価格で園芸用石膏を販売している。 これに対して、 わが国の石炭火力発電所では、 脱硫石膏を2,000円/トン程度で販売している。 また、 豪州炭を日本の石炭火力発電所まで運ぶコストは5万トンタンカーを用いた場合、 石炭1トンあたり12ドル程度である。 よって、 産炭地に近いアルカリ土壌を、 日本からの帰りの船で脱硫石膏を運んでそれを用いて改良すると、 コスト面では採算が合いそうである。
  残る課題は、 豪州側に日本の石炭火力発電所と組んで、 こうしたアルカリ土壌改良事業を行いたいというニーズがあるか否かである。 これは現在調査中なので、 近い将来改めて報告したい。
  筆者等は中国でアルカリ土壌改良実験を行ってきた。 その詳細は本分野で後述されるが、 脱硫石膏の効果は少なくとも3年間は維持されている。 15年間もその効果が維持されるというのは楽天的過ぎる可能性がある。 また、 脱硫石膏が10トン/haも必要であるかは未だ筆者には分からない。 アルカリ化が軽微であれば、 そして森林業者がその軽微なのを問題にしているなら、 10トンが5トンになるかも知れない。 その場合、 石膏の土壌改良効果が7年程度維持されればよいことになる。 今後おこなう調査のポイントのひとつである。
  脱硫石膏だけを頼りにして豪州での植林を考える必要はない。 あくまで豪州炭を天然ガスなみにしようというのであるから、 四国に匹敵する面積の森林を豪州に作ればよい。 また、 将来CDMに植林による炭素固定が認められるようになれば、 日豪協力して途上国で破壊された熱帯雨林を修復しても良い。 四国に匹敵する面積は図3に示すように、 豪州にとっては極めて微々たるものである。

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3) 国際協力として見るCDM
  インドネシアやベトナムには広大な酸性土壌が分布している。 泥炭地の地下に硫化硫黄が存在するが、 そこを開墾して水田あるいは植林しようとすると、 硫酸菌が硫化硫黄を硫酸硫黄に変えてしまう。 その結果強酸性化してpHが3ないし4まで下がる。 折角水田を開拓しても稲が黒くなって枯れてしまう。 インドネシアにもベトナムにも民生用にクリーンな加工石炭を使いたいというニーズがあるらしい。 そこで、 筆者等が慶応義塾大学産業研究所が主宰している未来開拓プロジェクトで開発普及を図っているバイオブリケットに注目しよう。 バイオブリケットは稲もみや稲わら、 あるいはトウモロコシの茎や葉を乾燥して粉砕し、 粉砕した石炭と、 脱硫材である石灰石もしくはそれを熱分解した生石灰を高圧力で固めて固形燃料にしたものである。 意図的に石灰石あるいは生石灰を多めに加えると、 バイオブリケットの燃焼灰はpH10以上の強アルカリ性になる。 石炭やバイオマスの燃焼灰の中には微量成分が含まれているので、 これも土壌改良には効果を発揮する。 バイオマスから発生する二酸化炭素は、 二酸化炭素排出量削減の対象にはならないので、 そこに排出権が発生する可能性が高い。 よって、 先進国にとって魅力あるCDM案件になりうる。 また、 途上国の立場で考えるなら、 土壌改良に苦労する強酸性土壌が、 国産の石炭と、 バイオマスと石灰石でもって農耕地あるいは森林に生まれ変わるので、 エネルギー不足の克服と、 石炭燃焼から発生する二酸化硫黄の8割程度の低減と、 先進国からの必要資金の導入が図れることになる。 このアイデアは定量的には未検討である。 途上国との間での研究あるいはパイロット試験は、 パートナーを見つけることから始まるが、 これが一番苦労するところである。 インドネシアの強酸性土壌のサンプルを極く少量入手できたので、 化学分析した結果を表1に示すが、 バイオブリケットの燃焼灰あるいは、 流動床燃焼で脱硫材を添加した場合の燃焼灰が土壌改良に有効であることは予想できる。

表1 インドネシア酸性土壌の化学分析値
項目 結果
pH 3.59
EC(μS/cm) 408
水分(%) 6.2
可溶性Al3+(mg/乾土100g) 380
置換性Al3+(me/乾土100g) 18.1
Al飽和度(%) 32.7
Na+(mg/乾土100g) 1.6
+(mg/乾土100g) 1.6
Cu2+(mg/乾土100g) 0.001
Ca2+(mg/乾土100g) 3.4
Mg2+(mg/乾土100g) 7.5
Cl-(mg/乾土100g) 1.0
SO42-(mg/乾土100g) 65.8
CO32-(mg/乾土100g) 1.0以下
HCO32-(mg/乾土100g) 1.0以下
全窒素(%) 0.39
可給態窒素(mgN/乾土100g) 3.0
全炭素(%) 10.85
全りん(mgP2O5/乾土100g) 12
可給態りん(mgP2O5/乾土100g) 1

4) 国内での二酸化炭素排出削減
  省エネルギーとリサイクルが二酸化炭素排出量削減の二大方策であるが、 問題はそれを実行するインセンティブを如何にして与えるかである。 原子力発電所の更なる立地、 家電製品の省エネ化、 燃費半分の乗用車普及、 赤外線反射窓ガラスの普及、 太陽熱温水器や太陽光発電装置の普及、 アイドリングの禁止等々やれば効果のあがることが既に挙げられている。 しかし、 二酸化炭素排出量を削減しましょうという掛け声だけでは、 2010年までに15%も削減できない。
  省エネした者が儲かるという経済の仕組み作りが先ず不可欠である。 エネルギー税や炭素税を導入して、 それを税金として大蔵省に集めるという方式をとる場合、 取った分を事業税や所得税を軽減して還元しなくてはならない。 ここのところを透明にして初めて国民の支持が得られるようになる。 当然国内でも排出権取引制度を導入すると効果が上がる。
  高齢化が進むなかで、 高齢化社会に必要なインフラストラクチャーの整備が遅れている。 他方、 インテリジェンス産業 (情報・金融のもう一つ先にある、 人々に満足感・充実感を与える知・感動・人の輪ネットワーク産業) あるいは高度マイクロ技術と通信技術を組み合わせた新分野開拓など時代を先取りする技術革新の芽を育てる仕組み作りも不可欠である。 これら国内ニーズを総合して一挙に解決する基盤を作る。 例えば新しく原子力発電所を立地する場合に、 その近傍での高齢化社会インフラ整備と電気料金の優遇と情報モデル基地設置の組み合わせを、 自治体主導で行える制度を作る。 都会から人材と投資を呼び戻す魅力を創出して競争が起きるように、 中央政府の規制を特別に緩和することが重要である。 これらを実現するには規制緩和が不可欠である。 とりわけ人材の流動性を確保することが重要で、 そのためには年金と退職金のポータブル化が緊急の課題である。 転職しても年金や退職金で損しないような仕組みづくりはそれほど難しくない筈である。
  このように社会を省エネ、 高齢化、 新産業創出型に誘導するには多方面の壁を一挙に取り払うことが必要である。 現在の国政の流れを変えるには選挙投票、 マスコミへの影響力行使 (購読している新聞をもう一度考え直す)、 新聞等への投書、 そして地元自治体への働きかけ、 インターネットなどを介しての連帯などの努力が効果を生むであろう。 また、 小中学生に科学技術あるいは創造的発想の魅力を伝えるには、 50歳台の企業OBの教諭職への採用を制度化することが役に立つ。 2年ほど前に経済同友会のレポートが提言しているにも拘らず都知事選の候補者の誰もこの事に言及しないのを残念に思いながらこの原稿を執筆している。


■新田 義孝 (にった・よしたか)
  1944年石川県金沢市生まれ。 1968年慶應義塾大学工学部応用化学科卒業。 1970年同修士課程修了。 同年 (財) 電力中央研究所入所。 1976年工学博士 (慶應義塾大学)。 陸域環境研究室長、 新技術研究室長兼ロードコンディショナー特別研究室長、 経営調査室課長、 研究開発部部長などを歴任。 1997年より企画部部長 (研究開発調査担当)、 1998年より四日市大学環境情報学部教授。 著書に 『テクノロジー創造のアイデア』 (ソーテック社、 1995)、 『われわれに何ができるか』 (日本電気協会新聞部、 1997)、 『演習 地球環境論』 (培風館、 1997) などがある。


情報誌「岐阜を考える」1999年記念号
岐阜県産業経済研究センター

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