6 エネルギー、食糧

問題提起


新田義孝
( (財)電力中央研究所企画部部長、四日市大学環境情報学部教授 )


  21世紀へむけての人口増加は、 エネルギー資源の高騰、 地球温暖化に代表されるグローバルな環境問題の顕在化をもたらす可能性が高い。 他方では1960年代に始まった緑の革命で20世紀の食糧危機は克服したものの、 機械化・化学肥料依存型の農業が収量アップを実現したものであり、 21世紀に人口がとくに増えるアジア地域での食糧自給は、 水不足、 土地の劣化、 生産力の高い農地の商工業への転用などにより困難になってきた。 エネルギーと食糧の問題は切っても切れない関係にある。 というのは21世紀の食糧生産は、 エネルギー依存型であるからで、 これを克服するには痩せた土壌を何等かの形で改良するのが近道である。
  そこで、 本分野では先ず、 エネルギー問題を資源、 国連での温暖化防止条約そして、 エネルギー技術の面からとらえ、 次いで食糧問題をとくに土壌に注目して化学的な土壌改良と微生物的な土壌管理から考察する。 そして、 最後にエネルギー/環境問題と食糧問題の三つを解く総合的なプロジェクトの事例を紹介して、 21世紀の問題は総合型・統合型である方策のみが解決手段になりうることを提示する。

  『エネルギー・資源そしてエネルギー技術の展望』 では、 石油、 石炭、 天然ガス、 ウランという20世紀の人類が大きく依存してきたエネルギ−資源が、 21世紀にどの程度シェアを持ちうるのか、 そして21世紀のエネルギー技術として何が期待できるのかを展望する。 また、 太陽エネルギーや風力の利用などが先進国では補助エネルギー源として期待できるものの、 エネルギー密度が極めて薄いことは忘れてならないことを提示する。

  『京都プロトコ−ルに見るエネルギー問題の展望』 では、 エネルギー消費量を環境問題の制約から制限しなければならないことを取り上げる。 国連気候変動枠組み条約締約国会議 (COP) では、 二酸化炭素、 メタンを代表とする温室効果ガスを削減する目標値をCOP3にて設定した。 これによりわが国は1990年を基準として2008−2012年には温室効果ガスの排出量を6%削減することになった。 わが国にとってこれをどの様に実現していけるのか、 その可能性を探る。 環境NGOなどは国内だけで二酸化炭素の排出量を削減すべきだと主張しがちであり、 共同実施 (JI) やクリーン開発メカニズム (CDM) あるいは排出権取引など国際協力や国際取引に頼ることを拒否する風潮がないわけではない。 しかし、 本当のところ、 これらを総称する京都メカニズムは21世紀に新しいルールを設定して、 エネルギーと環境を調和させる経済の仕組みを構築しようという挑戦であると解釈したい。 従来のルールでは立ち行かなくなった問題を打破するには、 新しいルールを設定して多くの人達がアイデアを出し合って競争するうちに省エネ産業、 新エネルギー産業、 環境保全産業にビジネスチャンスが訪れる。 そういう機会を人工的に設定するという視点は、 日本国内では一部の経済学者を除いて持ちにくいものではなかろうか。

  『持続的食糧生産と土壌生物 ――半乾燥熱帯での経験――』 では、 有機農業などが注目されつつあるように、 土壌の生産性を土壌生物学から考えてみる。 例えば、 インドや中国東北部・黄河下流域、 サハラ以南のアフリカなどに広大に分布する半乾燥地は、 人口増加により食糧需要が増加していく地域でもある。 これらの地域での食糧自給が可能になれば21世紀の人口増加や生活水準の向上は克服可能である。
  米国においても、 化学肥料に長年頼ってきたので、 土壌中の有機成分が減少し、 微生物が減り、 その結果生産性が低下している。 この事を認識している人達は、 有機農業に着目して、 土壌中に有機炭素を固定し、 例えば毎年1ha当たり0.4トン程度の炭素を固定するようになれば、 地力は回復し、 かつ炭素固定分を炭素排出権として売る事が出来、 その結果、 農場経営者達は21世紀に農業収入を10%増加させることが出来ると試算している。
  そこで、 長年国際半乾燥地農業研究センターあるいは国際稲研究所にて半乾燥地農業あるいは水田での稲の収量増加の開発に携わってきた経験をもとに、 土壌生物学の視点から食糧増産に必要な土壌管理の在り方を展望する。

  『土壌資源・食糧問題からみたアルカリ土壌改良』 と 『21世紀は農工融合の時代』 では、 松本教授、 李教授あるいは吉岡完治教授 (慶応義塾大学産業研究所) 等と石川晴雄氏 (元電力中央研究所) そして筆者が、 王克鎭氏を中心とした瀋陽市当局と5年間携わってきた中国でのアルカリ土壌改良の経験あるいは天津市土壌肥料研究所と2年間共同研究を行ってきた経験をもとに、 土壌改良と環境問題の解決が、 エネルギー問題の軽減にも貢献できるというモデルケースを紹介する。
  具体的には半乾燥地農業がインドや中国など人口大国にとって、 21世紀の食糧問題克服へのかぎを握っており、 中国東北部や黄河下流域あるいはオーストラリアにはアルカリ・ナトリウム土壌が広大に分布していることを紹介する。 そしてこの“やせた"土壌を改良するには石膏を添加すればよく、 石膏は石炭燃焼により発生する二酸化硫黄を除去する脱硫装置からの副産物であることがベースになっていること、 そして、 なぜ石膏がアルカリ土壌改良に効果があるのか、 土壌の化学からそのメカニズムを明らかにする。 最後に、 この研究成果が21世紀の食糧問題に貢献することを展望する。
  『21世紀は農工融合の時代』 では、 アルカリ土壌改良材である石膏、 あるいは石膏を含むバイオブリケットの灰が、 石炭燃焼から発生する二酸化硫黄を除去したときに得られる副産物であることを先ず紹介する。 これをアルカリ土壌改良に利用すると、 大気汚染・酸性雨防止に役立ち、 食糧増産をもたらし、 そして石炭に多くを依存せざるを得ない途上国にとって石炭を安心して使えるようにするというコンセプトを提示する。
  そこで脱硫装置およびバイオブリケットの脱硫効果の効用を概説し、 とくに中国におけるこれら二つの技術の普及を図るプロジェクトの事例を紹介する。 そしてこれらが、 エネルギー・環境問題と食糧問題の三兎を追う21世紀型の総合的なものであることを提示する。

  21世紀の環境とエネルギー問題の解決には、 省エネ、 植林、 脱硫装置の普及、 途上国にとってもっと安いエネルギー源の開発、 先進的エネルギー技術の技術移転等を個別に実施しようとしても、 それを実施するインセンティブが得られない。 とりわけ経済的な資源を何処に求めるか極めて困難である。 そこで、 二つ以上のことを同時に解決する可能性のあるプロジェクトを発想し、 劣化して使えなくなった土壌の改良であるとか、 大気汚染により医療費が膨大になりこのまま放置すると病人数の爆発的増大はもとより、 医療費が捻出できなくなるので、 医療費の軽減を財源にするなどの発想が必要になってくる。 その実例を創出しようと挑戦している様子を実況中継しようというのが、 本分野の特徴である。
  温暖化防止のために国際協力しようという動きが顕在化しつつある。 その多くは単一の技術移転であったり、 あるいは排出権を獲得するための、 いわば投資としての植林事業であったりする。 これでも南北間にある程度のコンセンサスが得られるかも知れないが、 本当に大切なのは、 お互い困った者同志が助け合うことではないだろうか。 例えば、 日本人は海老が好きで、 マングローブ林を伐採して作った海老養殖池で大量養殖した海老を東アジア諸国から輸入して食べている。 もしバーベキューをしようと近所のスーパーから炭を買い求めると、 その多くがマングローブの樹木をもとにした炭である。 ゆえに海老バーベキュー大会はマングローブ林の破壊に繋がっているのである。 だからバーベキューを止めろというのでは、 持続可能な成長には結び付かない。 海老養殖池を作るのではなく、 沿岸にマングローブ林の持つ生態系維持能力の範囲内で従来型の養殖による海老を、 それを可能にする価格で購入するのが正しいのではないか。 マングローブの伐採も植林との組み合わせで行うなら、 持続可能な薪炭の供給源になる。 従来より供給量が数分の一になるかもしれないが、 マングローブを付加価値の低い薪炭で売るよりもっと付加価値の高い売り方があるのを追及することを期待したい。 バイオ医療薬の原料になるなど付加価値について多くの可能性が語られている。 そこに先進国との間の協力共存関係構築の可能性があると考える。 環境保全が人類共通の善となる時代には、 ビジネスもそれなりに変革していく。


■新田 義孝 (にった・よしたか)
  1944年石川県金沢市生まれ。 1968年慶應義塾大学工学部応用化学科卒業。 1970年同修士課程修了。 同年 (財) 電力中央研究所入所。 1976年工学博士 (慶應義塾大学)。 陸域環境研究室長、 新技術研究室長兼ロードコンディショナー特別研究室長、 経営調査室課長、 研究開発部部長などを歴任。 1997年より企画部部長 (研究開発調査担当)、 1998年より四日市大学環境情報学部教授。 著書に 『テクノロジー創造のアイデア』 (ソーテック社、 1995)、 『われわれに何ができるか』 (日本電気協会新聞部、 1997)、 『演習 地球環境論』 (培風館、 1997) などがある。


情報誌「岐阜を考える」1999年記念号
岐阜県産業経済研究センター

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