「売れて儲かる商品作り」の為に何をなすべきか(第3回)

中小企業診断士 松久庸安



3.VEAM法活用事例
「写ルンです」商品企画への適用


  1. 「写ルンです」誕生の背景:戦後から現在までの業界動向と会社の対応
     「写ルンです」は何処かにモデルが有ってそれを真似て作ったモノでなく、富士フイルムが生み出した全く独創的な商品である。しかしながら富士フイルムに発想の名人がいて作り出されたモノでもない。それは富士フイルムが写真業界の発展に積極的に貢献しようと言う社是の基に市場開発と技術開発に一生懸命に取り組む努力の中から必然的に生み出されたモノである。もし市場ニ−ズが異なって居れば、「写ルンです」ではなく他のヒット商品が生まれていた筈である。(注:富士フイルムでは同様の活動により毎年5〜6ヶのヒット商品を生み出している)
     富士フイルムは昭和9年1月に創立された世界で最も新しい写真フイルムメ−カ−であり、その活動は殆ど戦後始まったと言える。昭和40年代の半ばまでは先輩企業イ−ストマン・コダック社やアグファ社に技術的に追いつくのに全力を傾注したが、この頃から市場動向の変化を敏感に嗅ぎ取り、技術開発だけでなく市場開発にも積極的に取り組んだのが今日の発展を招いたと言える。
     第1表に戦後から現在までの会社の市場・販売・技術・生産活動の経緯を略記した。「写ルンです」はS.60年代の始め、主力「一般感財事業」の伸び悩み対策として、潜在ニ−ズ把握を目指しVEAM法活用の第3弾として行ったモノである。

  2. 市場調査で分かった顧客ニ−ズ:上位5項目(OL、中高校生、シルバ−エイジ対象)
     OL・中高校生・シルバ−エイジ層を対象とした顧客ニ−ズ調査の結果の上位5項目は第2表の如くであり、これまでの商品企画で重視されてきた専門家の言う感度・階調・色調・面質・ラボ適性・将来技術(デジタル化等)等無いか、有っても遥か下位であった。
     今回は会社の基本方針=顧客ニ−ズ重視に従い、顧客ニ−ズ上位5項目を彩り入れた商品企画を行うことにした。

    第2表 市場調査で分かった顧客ニ−ズ:上位5項目

    順位 内 容 人数(%) 備考
    (1) 写真を撮りたいと思った時、直ぐ撮りたい。
    (例え、カメラを持って行かなくても)
    約50% 潜在顧客ニ−ズ
    (2) 操作が難しい。もっと簡単に出来ないか。
    (オ−トフォ−カスカメラでも、フイルム交
     換や条件設定が難しい)
    約40% 潜在顧客ニ−ズ
    (3) 私でも人並みにキレイに撮りたい。 約30% 顕在顧客ニ−ズ
    (4) 気楽に買えるほど価格が安い。 約30% 潜在顧客ニ−ズ
    (5) 携帯に便利(ハンドバックに入る) 約20% 顕在顧客ニ−ズ


  3. 新製品コンセプトの発想と商品企画案の作成…新製品成功の最重要事項

    ■「写ルンです」の商品コンセプト(顧客ニ−ズ5項目よりVEAM法を活用して発想)


    ■最後に残った新商品企画案

    1. 第一案:安価カメラ+フイルム方式
      ・香港製の安物カメラの後追いは技術の富士フイルム・世界の富士フイルムの面子に拘わる。

    2. 第二案:フイルムにレンズを付ける方式 → 新商品企画案に決定
      ・顧客ニ−ズ充足性、斬新性、実現の可能性、コストの安さで優れる。

    3. 第三案:レンタルカメラ方式
      ・年間4〜5億本売れるフイルムでは管理不可能
            
      カメラでないフイルムの商品化


  4. 商品化

    ■開発チ−ムの編成
    1. 商品コンセプト・販価・販売開始時期を決めたところで社内検討会を行ったところ、従来の当社の製品から大きく外れた商品であったため、賛否両論が激しく既存の組織での製品化は困難であった。
    2. この為、販売部長をチ−ムリ−ダ−とし社内各部門からこの人ならやれるという優秀課長9名からなる少数精鋭の開発チ−ムを作り、以降は開発から発売までの一際を推進させた。

    ■開発活動
    1. 常に「楽しく」を全面に打ち出し、従来の当社の石橋を叩いてもなかなか渡らない堅苦しい保守的な意見を徹底的に排除した。
    2. シ−ズ(必要な技術)は社内外に実在していたので、チ−ムメンバ−が各部門に積極的に働きかけ、短期間で試作品の開発や性能試験を終えることが出来た。

    ■デザイン、ネ−ミング
    1. カメラ自体が簡単な構造のため、パッケイジ用の紙箱のデザインには工夫を凝らした。
    2. ネ−ミングは新製品にとって非常に大切なため、社内一般募集や、若者チ−ム、女性チ−ム、若手課長チ−ム等を作って検討したがなかなか良いモノが生まれなかった。そのうちに若い営業マンが「これ本当に写るんですか?」と質問したのに、技術の担当者が「いや、写るんです!」と答えたことがきっかけとなり「写ルンです!」と決まった。

    ■写真器材ショウや関係会社等に出品したところ大評判となり、当初の生産&販売数を大幅に修正して発売した。

「写ルンです」商品化の成果

  1. 「写ルンです」の開発成果

    販売量の著増
    1. 「写ルンです」の販売量は予想をはるかに上回るモノであった。
      (六年目で当初計画の二〇〇倍、更に増加中)
    2. 関連商品(印画紙・現像機や薬品等)の増販量も膨大であった。

    [備考]
     「写ルンです」が発売され販売量が激増した昭和六三年から現在までの期間は、丁度バブル景気の終末期からバブル崩壊期を経て現在に続く大不況期に当たる。この間富士フイルムでは、不況による販売数量の伸び悩み・販売価格の大幅な下落・輸出品の海外現地生産への切り替え等のため、「写ルンです」を除く全製品の販売高は激減し利益も大幅な減少を余儀なくされるところであった。
     しかしながら、「写ルンです」とその関連商品の思いもかけざる大幅な販売増のためこの穴がほぼ埋められ、此の期間会社全体の業績を余り大きく低下させることなく切り抜けることが出来た。

    新規顧客層の開拓
    1. 従来の主要顧客層
      (イ)20〜50才の青年〜壮年男子層:「写ルンです」使用比率は小さい
      (ロ)25〜45才の子育てママ層:「写ルンです」使用比率は小さい
    2. 「写ルンです」発売で開拓した新規顧客層
      (イ)20〜30才の女性層:OLが主体:最も増加した層
        「写ルンです」使用比率が非常に高い
      (ロ)10〜20才の男女学生層:女子が男子の二倍:女子層の増加は顕著
        「写ルンです」使用比率が非常に高い
      (ハ)20〜30才の男子層:従来より増加、「写ルンです」使用比率高い
      (ニ)50才以上の男子層:従来より増加、「写ルンです」使用比率は小さい
      (ホ)50才以上の女性:従来より増加、「写ルンです」使用比率は小さい

    [備考]
    (イ)当初狙った若いOL層・中学生&高校生層の需要開拓には成功した。
    (ロ)当初狙ったシルバーエイジ層の需要開拓は大成功とは言いがたい。
    (ハ)10〜30才の若い層に「写ルンです」を使う写真愛好家が激増したことは、将来の写真愛好家開拓として非常に効果があったと考えられる。
    (ニ)次は30才以上をターゲットとした顧客ニーズ調査〜新商品開拓が大きな課題と考えられる。

    新規需要の開拓
    1. 撮りたいと思ったとき写真を撮る習慣の確立(特に旅行・レジャー・パーティ等で)
    2. 小・中・高学生の写真撮影の増加(親のカメラの破損・遺留の恐れがないため学校が修学旅行や学内活動での使用を許可するケースが増えた)
    3. 高級カメラのサブカメラ

    4. 「写ルンです」がヒットした理由

      顧客ニーズにマッチした商品
      1. 顧客の「第一回目の購買理由」調査結果(複数回答制)
        (イ)カメラを忘れてきた60%
         (ロ)試しに試用59%
         (ハ)珍しいので18%
        (ニ)誰でも使用出来るので15%
         (ホ)カメラを持っていない8%
         (ヘ)子供用として6%
         (ト)他人が使用していたので3%
        合  計169%

        [分析結果]
        (A)初物買い:47.3%
        (B)顧客ニーズにマッチ:44.4%
        (C)その他:8.3%

      2. 顧客の「第二回目以降の購買理由」調査結果(複数回答制)
        (イ)良く写ったので54%
        (ロ)カメラを忘れてきたので45%
        (ハ)軽いので42%
        (ニ)操作が簡単なので34%
        (ホ)安いので23%
         (ヘ)今持っているカメラを
              使いたくないので
        11%
        (ト)誰でも使用出来るので10%
        合  計219%

        [分析結果]
        (A)顧客ニーズにマッチ:95.0%
        (B)その他:5.0%

        [備考]
        1. ◎印付きは顧客ニーズ調査上位五項目に基づき、商品企画の重点項目とした項目と一致するモノ。
        2. 「第一回目の購買理由」中の「初物買い」を除くと「顧客の購買理由」の実に90%以上が事前に行った市場調査時の「顧客ニーズ」と合致している。

      手頃な価格
       商品企画段階では、コストから試算して販売価格は2000円が必要であったが、営業部門の意見で購入しやすい1000円に決まり、赤字でスタートし、その後コストダウンで黒字化した。
      一般ユーザーを充分満足させる品質
       どんな人が使っても、通常の撮影条件で撮影し普通のサイズの写真とする場合には、高級カメラと変わらない画質が得られるようにカメラ設計段階で十分配慮した。
       初心者が高級カメラを使うとよく起きる撮影条件の設定ミスや手ぶれがない点、かえって「写ルンです」の方がそれなりの品質の写真が確実に撮れる。
      販売チャンネルの整備
      旅行・レジャー先での入手を容易にするため、既存チャンネルに加えてCVS・駅の売店・観光地の売店・自動販売機等の新チャンネルを整備した。
      ブームを逃さぬ矢継ぎ早な新製品投入と販促活動
       最初の製品の爆発的な売れ行きに慢心することなく、引き続き強力に顧客ニーズを探索し、これに基づく新製品を次々開発して市場に投入しブームの一層の拡大を計った。開発後六年間で商品数は30を超えた。
      完璧なリサイクル体制作り(環境問題の先取り)
       発売開始二年目頃から使用済みカメラが産業廃棄物として社会問題化の兆しが出た為、全社挙げて対策に取り組み、二年後にはカメラ設計や生産設備の抜本的改革により完全なリユース+リサイクル体制を整え、100%リサイクルを実施している。(環境庁からリサイクル模範工場に指定され、見学者が絶えない)
      先行開発のメリットを最大限とするための事業戦略
       先行開発の優位性を活用して、ブーム持続のため同業他社の参入を拒まず、かえってJISの商品規格作りやリサイクル体制作り等で業界の一致協力を推進すると共に、他方では差別化商品の先行開発で同業他社に対する優位性を維持した。
      ユーザー・ディーラー・メーカーにメリット有る商品
       この商品はユーザーにとっては新しい機能を持った魅力ある商品であると共に値崩れが少ない為ディーラーにとっては確実にマージンの取れる有利な商品であり、又メーカーにとっては利益を確保が出来る有望な商品であった為、皆がこの商品の拡販に努力した。
      経済成長による生活水準の向上(レジャーブーム・使い捨ての風土等)
       生活水準の向上や生活習慣の変化が、従来方式よりはコストの掛かるこの商品のブーム化の大きな要因の1つであったと考えられる。

      −完−


    情報誌「岐阜を考える」1998年冬・春合併号
    岐阜県産業経済研究センター


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