少子化と政策的視点について


椋 野 美 智 子

(日本社会事業大学教授)


1 少子化を初めて政策的視点から論じた1997年人口問題審議会

 約20年の間、人口置換水準で安定していた我が国の合計特殊出生率が低下を始めたのは、1970年年代半ば。以後、既に20年以上にわたって低下を続け、昨年は1.39。史上最低の水準となった。
 しかし、少子化問題について正面から政府が議論を行ったのは、昨年2月から審議を始めた人口問題審議会が初めてである。
 少子化は、労働力を減少させ、経済成長を制約し、高齢化を進行させ、現役世代の負担を重くし、国民の生活水準に影響する。家族形態や意識を変化させ、子どもの社会性を阻害し、地域の過疎・高齢化を加速する。人口問題審議会が昨年10月にまとめた報告書は少子化の影響をこのように分析し、楽観視できないと警告を発している。この分析自体はさほど目新しいものではない。少子化が社会経済に大きな影響を与えるであろうことは多くの人が漠然と感じていたことであった。
 にもかかわらず、政府は、少子化問題を正面から取り上げることに長らく躊躇していた。その理由は、「産めよ殖やせよ」という戦前の人口政策に対する、国民特に女性の間にある根強い警戒感である。実際、1989年合計特殊出生率が1.57を記録し、1966年丙午の年の合計特殊出生率1.58を切ったとき、これを「1.57ショック」と呼んでその低さを問題視しようとしただけで、政府が「産めよ殖やせよ」政策を取ろうとしているとの誤解に基づく強い反発が女性団体から寄せられたと言われている。
 したがって、政府は、生まれた子どもが健やかに育つような支援は行うが、子どもがたくさん生まれることを目的とした、いわゆる少子化対策は行わないというような慎重な姿勢を続けてきたのである。
 この姿勢に変更を迫ったのは、昨年1月に国立社会保障・人口問題研究所が行った新しい人口の将来推計結果である。5年前の推計と比べて、人口減少と高齢化が一層進むことが明らかになった。2007年を頂点として人口減少が始まり、21世紀半ばには総人口は2割減、老年人口比率は32.3%にも達するという推計結果を前に、さすがに、政府として、少子化について正面からの議論を避け続けることはできなくなったのである。
 議論をすれば、少子化の影響は深刻だという結論が出るであろうことは、想像に難くない。とすれば、何らかの対策を提言せざるを得ないであろう。しかし、その対策について国民特に女性の大反発が起きないという保障はない。
 火中の栗を拾ったのが、厚生省であり、人口問題審議会であった。



2 少子化に対する2つの政策的視点

 少子化は、社会経済に大きな影響を与える。ただし、家族の変化は必ずしもマイナスに取る必要はないし、また、環境問題の改善や住宅・土地問題の解決などプラスの影響とがもたらすという意見もある。しかし、全般的に見ると概ねマイナス。人口問題審議会は、少子化の影響をこのように分析した上で、政策的対応として、2つの視点を挙げている。
 1つはこのようなマイナスの影響をできるだけ少なくするための対応である。具体的には、労働力人口減少の緩和のため高齢者、女性などを始めとして就労意欲を持つあらゆる者が就業できる雇用環境の整備であり、企業の活力・競争力、個人の活力の維持であり、公平かつ安定的な社会保障制度の確立である。
 少子化がマイナスの影響をもたらすのは、今の仕組みが人口成長を前提としたものとなっているからであり、これを少子化・人口減少を前提とした仕組みに変えれば、少子化は問題ではなくなる。このような意見や、少子化にはプラスの影響もあるという意見は、かなり強く主張された。これは、多分に、国民の一部にある、少子化を先見的に国力の低下、民族の衰退と受け止めるとらえ方を意識して、それへの対抗上強く主張されたところがあった。
 しかし、少子化を前提として社会経済の改革を強力に進めても、なお21世紀半ばには国民生活は相当深刻な状況になると予想される。
 このような認識を示した上で、審議会は、少子化の要因への対応即ち出生率回復を目指す施策の必要性を打ち出した。これが少子化への政策的対応の2つめの視点である。

3 少子化の要因への政策的対応

 しかし、少子化の要因への対応即ち出生率回復を目指す施策を打ち出すに当たっては、慎重な検討がなされている。まず、政策的対応はすべきでないという考え方を整理し、その一つ一つについて妥当するかどうか検討が行われている。
 まず、「結婚するしない、産む産まないは個人が決めるべき問題であるから政策的対応を取るべきではない」という考え方については、それはその通りだが、この考え方は、「大部分の者が結婚を望み、結婚すれば理想の子ども数は2.6人で実際の子ども数2.2人より多い現状の下で、『個人が結婚をし子どもを持つことを望んでいるにもかかわらず、これを妨げている要因を除去すること』と否定するものではない」と整理している。
 また、「地球規模では人口は増加していることを考えると、日本の少子化はむしろ望ましい」という考え方については、「日本が、人口の増加を目指すのではなく、著しい人口減少を避けようとするのであれば、現在の国際社会の枠組みを前提とし、これから日本が国際社会に対して貢献する必要があることを考え併せると、日本の少子化への政策的対応は、国際的に批判を受けるようなことではない」と結論づけている。
 さらに、「結婚や出産という個人的な問題への対応の効果は期待できない」という考え方に対しては、「望んでいるにもかかわらずそれが妨げられているのであるから、その要因を取り除けば一定の効果があがるはずであり、現に諸外国の状況からもそのことは伺われる」と、反論している。
 もちろん、少子化の要因への対応を取るとしても、戦前・戦中の人口増加政策を意図するものでは毛頭なく、妊娠・出産に関する個人の自己決定権を制約したり、男女を問わず、個人の多様性を損ねるような対応はとられるべきではないということを基本的前提としている。子どもを持つ意志のない者、子どもを産みたくても産めない者を心理的に追いつめるようなことがあってはならないことは、くどいほど念押しされている。
 さらに、審議会としては少子化の要因への対応が必要だという考え方を打ち出したが、それを押し付けるのではなく、最終的には国民の責任と選択の問題だとし、国民各層の議論を望んでいる。
 この人口問題審議会の報告によって、少子化の要因への対応、即ち出生率回復への政策的対応について、議論が行える環境が整った。タブーが取り除かれ、冷静な検討がなされうる条件整備ができたと言えよう。その意味で、この報告書の意義は大きい。
 1998年の有識者調査では、84%が少子化を深刻な問題と受け止め、「望ましくない」と「どちらとも言えない」がほぼ拮抗していた1995年の調査とは大きく異なっている。更に、1998年の有識者調査では、「政府が出生率回復に取り組むこと」について、70%が「個人の望む結婚や出産を阻んでいる要因を取り除く限りにおいて対応を図るべき」、29%が「国を挙げて積極的に取り組むべき」と、ほとんどが政策的対応を肯定している。

4 少子化の要因分析と対応策の内容

 少子化への要因への具体的対応を検討するに当たっては、まず、少子化の要因が何なのかを分析する必要がある。
 1970年代半ば以降の合計特殊出生率低下の要因は、未婚率の上昇である。1975年21%であった20歳代後半の女性の未婚率は1995年48%であり、1975年に8%であった30歳代前半の女性の未婚率は1995年に20%である。日本は欧米の国と比べても婚外出生の割合が1%と極めて少ないため、未婚率の上昇が直ちに出生率の低下につながっている。
 一方、その間、一組の夫婦の産む子どもの数は2.2人程度で、変化していない。年配の人たちの中には、自分の経験から、昔は兄弟姉妹が4人も5人もいたのに、最近は一人っ子が多くなったことが少子化の原因という誤解をしている人が多い。確かに1950年代半ばまでの出生率の低下は兄弟姉妹の数が減ったことによる。しかし、1970年代半ば以降現在まで続く出生率の低下は、未婚率の上昇によるものである。
 では何故未婚率が上昇しているのか。人口問題審議会報告書は、(1)育児の負担感、仕事との両立の負担感、(2)個人の結婚観、価値観の変化、(3)親から自立して結婚生活を営むことへのためらいを挙げている。
 そして、これへの政策的対応は、労働、福祉、保健、医療、社会保険、教育、住宅、税制その他多岐にわたるが、中核となるのは、(1)固定的な男女の役割分業や雇用慣行の是正、(2)育児と仕事の両立に向けた子育て支援であるとまとめている。「家事育児は女性の役割」とする固定的な男女の役割分業や、それを前提とした雇用慣行が、女性の育児負担、特に仕事と両立させようとしたときの負担を増している。したがって、(2)のみならず(1)も育児と仕事を両立させるための基盤整備に他ならない。
 しかし、審議会報告書でも触れているように、仕事と育児の両立を志向している女性は現状では多数派ではない。にもかかわらず、育児と仕事の両立に向けた支援が何故中核と言えるのか。報告書ではこの点について、各種の意識調査では、継続就業を望ましいと考える女性の割合が着実に増加する傾向にあり、また、条件が整っていれば継続就業を望むと答える女性は、より高い割合でいること、更に、今後少子化の影響による労働力人口の減少への対応として、女性の就労の拡大が時代の要請となることを理由としている。



5 専業主婦または育児と仕事の両立をめぐる志向の変化

 本年6月に出された厚生白書では、未婚率の上昇は、先行世代の結婚生活が魅力的に見えないから起きているのではないかと、その背景を家族、地域、職場、学校の状況に探った。
 未婚率の上昇とそれによる合計特殊出生率の低下が始まったのは1970年代半ば。時を同じくして、それまで上昇していた専業主婦率が減少に転じた。つまり、まだ家庭に入っていない女性たちはそれを先延ばしにし始め、既に家庭に入っていた専業主婦たちは外に働きに出始めたのである。専業主婦生活からの逃避。これが1970年代半ばに顕著になってきた傾向である。では、一体、1970年代半ばの専業主婦の生活とはどんなものだったのだろうか。
 それに先立つ20年間、出生率が安定していた時期の日本はまさに高度経済成長時代だった。豊富な若年労働力が都市に雇用者として吸収され、彼らの住まいとして郊外に住宅団地が形成されていった。郊外住宅団地には、サラリーマンと専業主婦、子どもたちからなる核家族が形成され、高等教育への進学率が上昇する中、子どもたちの生活は受験勉強中心のものとなっていった。
 夫たちは、高度経済成長を支える「企業戦士」として家庭に振り向ける時間的・心理的余裕もなく、新興の郊外住宅団地は、近所づきあいのわずらわしさもない代わりに、近所の大人達の子育てへの関わりもない。妻たちは、子どもが小さい間は、アパートの一室で育児書片手に一日中1人で乳幼児と向き合うという、孤独感・閉塞感に悩むこととなる。子どもが学校に上がると、子どもに受験勉強をさせる「教育ママ」として役割意識を見出すが、平均2.2人の子どもは40歳後半には学生や社会人となり母親の手を離れる。相変わらず会社を向いている夫と、既に学校や社会を向いている子どもたち、家庭はまさに「空の巣」である。そんな家庭から主婦たちは一斉に、パートに、あるいは仕事ではなくてもカルチャーセンターや生協活動など、外に飛び出していった。
 そして、1980年代、「女の自立」の掛け声に乗って、「キャリアウーマン」があこがれの対象となった。しかし、仕事と家事育児の両立は容易ではない。二重の負担の重さに、未婚の働く女性は結婚を躊躇し、結婚した総合職の女性たちは大量に離職していった。
 そして、今、若い世代の女性に専業主婦志向が増えているという。
 その実態を平成9年度厚生科学研究「女性の未婚率上昇に関する意識についての調査研究」にみてみる。新しい専業主婦志向は、専業主婦率が高まっていった1960年代、1970年代前半の専業主婦志向と異なり、家事・育児に専念すること自体に高い価値を見出しているというのではない。特徴は、むしろ、既成の働き方への強い忌避である。男性に伍して生活を犠牲にする働き方(キャリアウーマン)も、家庭と両立するけれど賃金も低く、評価もされない働き方(パート)も、したくない。したがって、理想の夫はバブルの頃の3高(高収入、高学歴、高身長)から3C(Comfortable、Communicative、Cooperative、十分な収入、理解し合えて、家事に協力的)へ。夫は仕事と家事、妻は家事と趣味(的仕事)というのが、彼女達の志向する新たな性別役割分業だそうだ。そんな条件に合う結婚相手を探して晩婚化が進んでいるらしい。
 男性の多くがそんな条件を満たすようになることなど、当然のことながら非現実的である。男女の賃金格差は縮まり、女性の賃金は、若い世代では男性の8割から9割となっている。彼女が職を辞めて失った給与を補えるほどに十分な収入を同世代の男性が得られるはずがない。いるとしても家事に協力する余裕があるとは思えない。
 むしろ、鍵は職場を変えることにある。男女ともに、生活とも両立し、やりがいも持てる働き方ができるようになれば、今よりは、理解し合えて家事に協力的な男性も増えるし、女性も、生活水準を落とさないために、同世代の男性の平均の2倍近い収入を相手に求めなくても済むようになるだろう。
 したがって、継続就業志向の女性だけでなく、これら新専業主婦志向の女性を対象として考えても、やはり、少子化の要因への対応策の要は、育児と仕事の両立を可能とすることである、ということが言える。

6 経済的負担の軽減策

 少子化の要因への政策的対応を論ずる際にしばしば問題となるのは、経済的負担軽減策である。具体的には、地方自治体で少子化対策としてしばしば行われている出産一時金や一時金、児童手当の額の引き上げや年齢の上限の引き上げ、税控除の引き上げなどである。
 しかし、少子化の要因への対応としては、効果はあまり高いとは考えられない。人口問題審議会報告でも、「出生率回復への効果という面では、経済的負担軽減措置よりも、仕事と育児を両立させるための支援方策のほうがはるかに有効であるという意見がある。」と述べられている。
 第一に、1970年代半ば以降の出生率低下の原因は未婚化の上昇であって、一組の夫婦の産む子供数の減少ではない。子育ての経済的負担は、理想の子ども数を持てない理由としては挙げられているが、晩婚化、非婚化の理由には挙げられていない。
 2番目に、経済的負担軽減を図るためにも、給付や税の優遇よりも育児と仕事の両立を支援した方が効果が高い。
 子育てには確かにお金がかかる。子ども1人大学まで行かせると2000万円という推計もある。しかし、もっとかかっているのは子育ての機会費用ということを忘れてはならない。子育てのために仕事を中断した場合、その後に正職員として再就職ができたとしても、失った生涯賃金は、退職金も入れると6300万円との推計もある。いわんやそのまま再就職しなかったり、再就職してもパートでしか職を得られなかった場合を考えてほしい。
 育児と仕事の両立が可能となるよう支援して、この費用を軽減することこそ、子育ての経済的負担を軽減する最も有効な策である。
 なお、仮に子育ての経済的負担を直接的に軽減する施策を取るとしたら、必要なことは出産一時金などではなく、奨学制度の充実である。子育て費用の相当部分は大学教育の費用である。本人償還の奨学制度を充実し、大学教育にかかる費用を親の子育て費用からはずせばよい。

機会費用軽減のためには、次の(1)または(2)が必要。
(1)「継続就業した場合の賃金曲線」(=「年功序列型賃金」など)をもっと緩やかにする。
(2)「再就職した場合の賃金曲線」をもっと上方に移動させる(中途採用の拡大、パートタイム労働者の処遇の改善など)。

 なお、経済企画庁「平成9年度国民生活白書」によると短大卒の平均的なケースにおける、出産・子育てによる就職中断・再就職後の賃金格差による金銭的損失は退職金の差額も含め、約6,300万円にのぼると試算されている。
出典:厚生省編「厚生白書 平成10年版」P186より引用

7 子どもを産み育てることに夢を持てる社会づくり

 以上述べてきたように、少子化への政策的対応としての要は、労働力不足という少子化の影響への対応においても、また、未婚化の上昇という少子化の要因への対応においても、育児と仕事の両立のための基盤整備に尽きるといえよう。
 しかし、少子化、その要因たる未婚率の上昇が、戦後の経済成長の中で進んできた雇用者化、居住空間の郊外化、高学歴化の結果、社会や家庭生活が画一的、固定的になってしまったことの帰結であるとするならば、対症療法的な施策だけで大きな効果があるとは期待できない。現在、家族、地域、職場、学校など社会の至るところに見られ始めた多様化・流動化の動きを活かし、個人の自立を基本にした多様性と連帯の社会(これこそが「男女が共に暮らし、子どもを産み育てることに夢を持てる社会」に他ならない。)をつくることが、政策的対応が真に大きな実を結ぶために必要とされていると言えよう。厚生白書が問いかけたのはこのことである。



情報誌「岐阜を考える」1998年秋号
岐阜県産業経済研究センター


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