少子化と年金財政


木 村 陽 子

(奈良女子大学生活環境学部助教授)


第1節 はじめに
 厚生省は1997年12月、年金改革について5つの代替案を提示した。特徴的なものからあげれば、年金給付額を現行水準のままとする案と、サラリーマンが加入する厚生年金を廃止して公的年金は基礎年金だけ、つまり、老後生活の基礎的な保障をするだけにとどめるという案がある。そして、その間に年金給付額を1割削減する案、2割削減する案、4割削減する案の3つがある。
 5つの代替案の意味するところは、年金財政はこのまま推移すると将来世代の大きな負担となること、負担を軽減しようというのなら給付を軽減せざるを得ない、というあたり前のことである。厚生省が5つの案をだしてきたのは、それだけ年金財政が逼迫しているということに他ならない。現行水準のまま年金制度が推移すると(ピーク時の年金積立金は給付額の5年分)、2025年にはサラリーマンの年金保険料率は標準報酬月額の34%(労使折半)となる。
 この説明を聞いて、「1994年の年金改革で、高齢化ピーク時の厚生年金の保険料率は30%以内に抑制されたはずだ」、と思う人がいるに違いない。1994年の年金改革では、年金支給開始年齢の65歳への引き上げのスケジュールが明記された。男性は2001年から2013年の間に、女性は2006年から2018年の間に、3年ごとに1歳ずつ引き上げられる。なお、当分の間、60歳以上の人について年金が支給開始されるまでは、厚生年金に相当する部分年金が支給されるため、実質支給廃止となったのは基礎年金部分だけである。また年金のスライド率も賃金の伸びから可処分所得の伸びに実質引き下げられた。この2つの改革によって2025年でも保険料率が30%弱に抑えられるということに、当時はなっていた。
 しかし、1997年1月に国全体にショックを与えるできごとが生じたのであった。1997年1月に公表された国立社会保障人口問題研究所の推計によると、1994年の年金改革が基礎にした前回の人口推計よりもさらに少子化は進み、高齢化のピークは今まで言われていたように2025年で、その時には65歳以上の高齢者が4人に1人というのではなく、2050年が高齢化のピークであり、その時には3人に1人が65歳以上の高齢者になるという結果が出たのであった。このことを年金財政にあてはめると、年金給付水準が現行のままでは2025年には保険料率が34%となる。 現在の保険料率は17.35%だから、後に生まれるだけで、給付水準はむしろ減るのに、負担の割合は2倍になるのである。この問題は世代間の不公平といわれ、年金財政が破綻する要因になると懸念される大きな問題になっている。
 なぜ少子化と年金財政はこれほどかかわりがあるのだろうか。そして、少子化にたいして年金はどのように対応すればよいのだろうか。第2節、第3節でこのことを考えよう。

第2節 なぜ少子化と年金財政はこれほど係わりがあるのだろうか。
 少子化と年金財政のかかわりを知るためには、年金の運営方式を知る必要がある。運営方式というのは集めた保険料をどう運用し、年金を支給するのか、ということである。運営方式には典型的な2つの方式がある。それは積立方式と賦課方式である。積立方式は、被保険者が支払った保険料を本人が年金支給年齢になるまで積み立てておいて、あとで元利合計を年金給付金として支給する方法である。あとのひとつは賦課方式であり、毎年の年金財政が収支均等する制度であり年金積立金を持たない。その期の保険料収入はその期の高齢者の年金給付にそのまま充当される制度である。年金財政の収入は若い人の数に一人あたり平均保険料を乗じたものであり、支出は年金受給高齢者の数に一人あたり平均年金額を乗じたものである。
 年金には、少子・高齢化にも耐え、かつ若い人と高齢者の生活水準が開くことを避ける、という同時には達成しがたい目標がある。積立方式は、人口の高齢化に強いが、物価の上昇や賃金の上昇にたいして完全にはヘッジできない。また一方で賦課方式は、人口の高齢化に弱いが、若い人の賃金をもとにしたその期その期の保険料を財源にした年金が支給できるため、インフレや経済成長に強い制度である。
 先進諸国は高い経済成長を経験した国々であり、これまでの経験から賦課方式を採用している。現在は部分的に積立方式を採用する国もある。少子・高齢化が進むほど年金財政が厳しくなるというのが先進諸国の現状である。
 わが国も基礎年金はすでに積立金をもちながら、賦課方式で運営され、厚生年金は修正積立方式で運営されている。したがって、少子・高齢化の影響を受けやすい制度となっているのである。

第3節 少子化にたいして年金はどのように対応すればよいのだろうか
 少子・高齢化にたいして年金制度はどう対応すべきだろうか。年金支給開始年齢の引き上げや代替率の引き下げなどの年金給付費の削減や保険料率の引き上げなどの年金財政健全化の議論を脇におくと、3つの意見にまとめることができる。第1は、人口増をねらったものであり、一定数以上子供を育てた人を年金制度上優遇するものである。これは年金の運営方式にかかわらない。第2は、子供のいない人は、賦課方式の年金のもとでフリーライダーであるから、なんらかのペナルティを与えるか、子供のいる人を年金制度上優遇しようとするものである。第3は、世代間の不公平が先鋭化する賦課方式の年金制度から積立方式に変える、あるいは積立方式の性格を強くするというものである。順次説明することにしよう。
(人口増加を目的とした策−子だくさんの親を年金制度上優遇)
 フランスはかなり前から手厚い家族手当など人口増加策をとっていることで有名である。年金も例外ではなく、3人以上の子を育てた母にたいして優遇策があり、育児期間中のコストを減じるというよりは報奨的なものである。フランスの年金は基礎賃金(1974年以降、最も高い順から10年間をとりその平均賃金)、加入期間、給付率(最高50%、最低25%)で決まる。最高の50%の給付率が適用されるためには、37.5年間被保険者期間がなければならないが、職を持つ3人以上の子の母であって30年以上の被保険者期間がある人にも適用される。また、加入期間については、3人以上の子を育てた母に子1人につき2年間の加算があり、出産、育児の休業期間中も被保険者期間と同等とみなされる。これらの人口政策の効果については、確定的な議論は筆者の知るところない。
(賦課方式のもとで子供のいない人間はフリーライダーであるという主張)
 主張の骨子はこうである。「若い世代が高齢者を支えるのが年金である。子供のいない人は、他人の子供の保険料で、しかも子育ての費用は負担せず、老後生活をするフリーライダーである。敷衍すれば、子育てをせず自分の生活をエンジョイしていても、老後は他人の子の保険料で暮らせずのだから、ますます少子化は進む。対策として、子供を育てた人あるいは養育中の人には、年金保険料を軽減するかして報いなければならない」。
 この主張でいくと、人は年金で最も得をするように出産行動をするということになり、最も得をするのは子供のいない専業主婦(あるいは専業主夫)ということになる。自らは保険料を納めずとも、老後は他人の子の保険料で生活するからだ。しかし、現実には既婚者の子供数はここ数十年変化がなく、むしろ未婚率が上昇していることが少子化の原因である。未婚の人は親がよほど裕福でも無いかぎり、自分の年金保険料は支払っている。したがって年金制度で得をするように結婚や出産をしているわけではない。
 フリーライダー議論の裏には、高等教育も含めると子育て費用が高いことや、子育てが金銭的にペイしないことにたいする不満があるものと思われる。子育てはそもそも金銭的にはペイしない。金銭的には図られない効用があるから人は子供に手をかけるのである。たとえば、子の教育のためには、親だけではなく子供のいない人や企業も国や自治体を通じた税という形で負担している。子にたいする人的投資である。機会の均等を仮定すると、投資の結果得られた人的資本の生産性に応じた賃金を子が受けると考えることができる。親は自分が子に投資した分の見返りを受けていないというのなら、それはまさに親と子の間の所得の配分の問題である。働くようになった子から親がしおくり等をうければよいのである。この解決策を年金制度に訴えることは検討はずれである。
 年金制度がなければ多くの子供を育てた人は多くのしおくりを子供から受けられるのだから、加入することは損だと考える人がいるかも知れない。わたしの母は5人の子を育て、現在子供達は高い保険料を支払っているのに、自分がもらっている年金は月額国民年金の4万円である。まさにこのようなケースである。フリーライダー論者のいいかたでは、わたし達子供が支払っている保険料はほとんど、他の高齢者のためにいっているのである。
 仮に退出の自由があっても、わたし達が賦課方式の年金制度から退出しないのは、個々の家族のリンクは子供数や子供の中で何人の稼得者がでるかによって途切れるリスクと経済成長等があることがわかっているからである。賦課方式の年金制度はそのリンクを社会全体でヘッジしようとする性格ももっているのである。
(賦課方式から積立方式へ)
 世代間の不公平の問題が顕著になる賦課方式から積立方式への移行は多くの国で議論されている。ただ、スェーデンを別にすれば現状ではいずれの国も賦課方式の枠組みは堅持しつつ、積立金を多くする努力をする程度である。しかし、その積立金は給付額の1年分にもみたない所が多い。スェーデンは1999年1月から実施される改革では、保険料16.5%のうち2.5%を積立方式で運用することになった。これはひとつの選択である。

第4節 むすびに代えて
 現在、多くの国で積極的に実施されているのは、男女にかかわらず、育児によって年金にかかる機会費用の軽減である。これは育児休業中の年金保険料免除という形で現れている。現在のたいていの年金制度は、給与や稼得期間によって決められる。育児により就労を中断することによって、年金額が低下したり、年金受給資格を失うことを避けるためである。この施策の背景には家族機能の縮小を補完するために育児や介護は社会的に支援すべきであるという考えがあり、少子化が進んでいない社会でも実施されるべきものであるが、現在は、少子化対策として子育ての機会費用を減じるという論調の枠内にも置かれている。



情報誌「岐阜を考える」1998年秋号
岐阜県産業経済研究センター


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