少子化とジェンダー

──出産の意志決定にみられるジェンダー──



岩間 暁子

(和光大学人間関係学部専任講師)



1.はじめに

 男女の生物学的な性差をあらわす「セックス(sex)」に対し、「ジェンダー(gender)」は社会的文化的に規定された性差をあらわす概念である。社会や文化によって「男らしさ」、「女らしさ」の内容は異なり、また、時代と共にその意味するところは変化する。社会システムの中には、「ジェンダー」に由来する差異があたかも「セックス」に基づいているかのように機能しているものがあるが、その一つに「性別役割分業」がある。
 性別役割分業とは、「男性は仕事をし、女性が家事や育児をする」という性別に基づく役割分業である。総理府の調査によれば、1970年代以降、性別役割分業を否定する価値観は確実に浸透しているものの(厚生省、1998:p22)、現実には家事や育児の大半を女性が担い(厚生省人口問題研究所、1996)、末子3歳未満の女性の就業率は3割未満にとどまる(総務庁、1993)という状況が続いている。「少子化」の背景をめぐっては人口学、社会学、経済学などの様々な分野で研究が進められているが、その中には、日本の固定した性別役割分業システムが少子化を生み出しているという指摘もなされており(阿藤、1996)、最近ではジェンダーの視点から少子化にアプローチする研究が始められている1)
日本の社会制度は今なお性別役割分業を前提としてつくられており、家庭においても企業においても様々な形でジェンダー的な構造が存在しているが、他方で、高学歴化や女性の就業機会の増大によって、女性の選択肢は「結婚」や「家庭」以外にも広がり、「家族」に関する価値観は大きく変化している。つまり、「家族観」が多様化しているにもかかわらず、現実の社会システムが個人の価値観や意識の変化に対応していないというある種のギャップが存在することによって、女性に限らず、男性もまた、結婚や出産に対して消極的になる部分はけして小さくないと考えられる。

 本稿では、既婚男女の「子どもを産む」という選択は性別によってどのように異なるのだろうか、という問題を中心に男女別に計量分析をおこない、分析結果の比較を通じて、夫婦の出産意志決定にみられるジェンダー的な構造を検討する。

2.出生行動の変化と家族観の多様化
 国立社会保障・人口問題研究所が1997年に実施した第11回出生動向基本調査の結果によれば(国立社会保障・人口問題研究所、1998)、結婚持続期間15〜19年における夫婦の完結出生児数は2.21人であり、70年代以降の安定傾向が続いていることが確認される。しかし、結婚持続期間が短い夫婦の出生パターンに関してはいくつかの変化も見られる。たとえば、平均出生児数については、結婚持続期間が0〜4年、5〜9年、10〜14年のいずれの夫婦においても低下しており、80年代後半以降に結婚した若い夫婦の出生プロセスに遅れが見られる。この状況を反映し、子どものいない夫婦の割合はすべての結婚持続期間で増えており、特に結婚期間が0〜4年の夫婦では10年前の同調査よりも10.1%増加し、42.6%に達している。また、出生タイミングの変化を反映する「合計結婚出生率」も1990年以降2.0を割り込む状況が続いている。
 このような現状を前にすると、はたして、「夫婦は今後も平均二人の子を産むという選択を続けるのだろうか」という疑問が生じてくる。少子化の最大の要因は近年急速に進む「晩婚化」であることが人口学的に明らかにされているが、晩婚化を推し進めてきた世代の男女に対して、「結婚をすれば前の世代と同じように子どもを産む」という出生行動を前提に議論できるのか、については新たに検討する必要があるだろう。
 特に、注目されるのは、結婚や家族をめぐる意識が多様化している点である。1992年実施の前回調査との比較によっても、この5年間で既婚女性の伝統的な家族観は弱まり、個人を重視する価値観が強くなっている傾向が見られる。このような「家族観」の多様化がただちに出産行動にあらわれるのか否かについては、慎重な検討を要するが、本稿では家族観の多様化が出生行動に及ぼす影響を解明する一つの試みとして、既婚男女の「出産の意志決定」を取り上げ、家族観によって出産意欲はどのように異なるのかについて分析をおこなう。

3.データ
 分析には、1994年に首都50km圏で実施された「夫婦の生活意識に関する調査」のデータ(「生命保険文化センター」が企画・実施)を用いる。層化2段無作為抽出法によって抽出した満20〜49歳の既婚男女3,000人を対象に(ただし、同じ夫婦を調査対象とはしていない)留置調査法によって実施。有効回収数は2,355票、有効回収率は78.5%である。分析には、今後も出産を経験する見込みのある40歳未満の男女のデータを用いる。

4.出産意欲の重回帰分析
4.1. 変数の測定
 本稿では「家族観」の多様化に着目した分析をおこなうが、特に、「結婚しても必ずしも子どもを持つ必要はない」という「子ども」をめぐる価値観、および「家族と一緒に過ごす時間よりも一人で過ごす時間を優先させたい」という「個人主義志向性」の二つをとりあげる。
 「子どもを産み育てる」プロセスには多くのコストがかかるため、「出産」という選択には社会経済的要因の影響が大きいと考えられる。そこで、分析には家庭内における女性の就労状況、夫の年収、生活設計志向性という社会経済的要因も含めて検討する。なお、第何子の出産であるかによって「出産意欲」に影響を与える要因は異なると考えられるため、第一子出産と第二子出産に分けて分析をおこなう。

 以下では被説明変数を「出産意欲」、主な説明変数を「社会経済的地位」および「家族観」とする重回帰分析を男女別におこない、性別によって「出産意欲」に影響を及ぼす要因はどのように異なるのか、を実証的に検討する。各変数の具体的な測定方法については、表1を参照。

表1 モデルに含める変数の測定
被説明変数
1)第一子出産意欲
2)第二子出産意欲
子どものいない対象者について、今後欲しい子ども数
子どもが1人いる対象者について、今後欲しい子ども数
説明変数
(1)年齢 
(2)学歴教育年数で測定
(3)家庭内の女性の
  就労状況
無職=0、有職=1とするダミー変数。
ただし、女性は本人、男性は妻についての情報とする。
(4)年収
各回答カテゴリーの中央値を与える。具体的には、0円、
50万円、200万円、400万円、600万円、850万円、1250万円、
1500万円
ただし、男性は本人、女性は妻についての情報とする。
(5)個人主義志向休日を家族や夫婦で一緒に過ごす場合について、AとBの二つの
考え方をあげます。あなたは今後どのようにしていきたいと思いますか。
   A「配偶者や子どもが楽しむことを優先したい」
   B「自分が楽しむことを優先したい」
   (「Aに近い」〜「Bに近い」の4段階)
(6)脱伝統的家族観 「結婚しても必ずしも子どもを持つ必要はない」
      (「そう思わない」〜「そう思う」の4段階評価)
(7)生活設計志向 「何年後までに何をするというように、きちんと生活設計をたてて暮らしたい」
      (「そう思わない」〜「そう思う」の4段階評価)



4.2 「第一子出産意欲」の規定要因
 表2に示すように、男女ともに、「結婚しても必ずしも子どもを持つ必要はない」という価値観を強く持つ人ほど出産意欲が低い。ただし、この効果には、「出産意欲が低いから、あるいは出産を経験する可能性が低いからその状況を合理化するために子どもは不要という考え方を持つようになる」という逆方向の因果関係が関与している可能性が考えられる。本稿で用いたデータは、同じ対象者を継続的に追いかけて収集しているわけではないため、時間的にどちらが先行しているのかを確かめることはできない。したがって、「合理化」の効果を割り引いて解釈する必要はあるものの、「結婚しても必ずしも子どもを持つ必要はない」という考え方が必ずしも少数派の意見ではないことをあわせて考えると(20歳〜49歳のサンプル全体で「そう思う」+「まあそう思う」が39.7%、男性では32.5%、女性では45.9%)、「結婚したら必ず子どもを持つべきだ」という価値観の衰退が出産を回避するという選択にある程度の影響を及ぼしていると考えられる。
 女性については年齢が高い場合には出産意欲が高くなる傾向があるが、男性にはこのような傾向は見られず、出産にあたって年齢の問題を意識するのは女性であることが確認された。
 男性については、本人の年収が低い場合には子どもを持とうという意欲が抑制されるというマイナスの有意な効果が見られる。女性にはこのような効果は見られないことから、男性が「稼ぎ手」として自らの役割を位置づけており、年収が低い場合には出産を控えようとする心理が働くと考えられる。

表2 「第一子出産意欲」の重回帰分析
説明変数 <女性:N=83> <男性:N=94>
偏回帰係数 有意水準 偏回帰係数 有意水準
年齢 0.8115498  0.0729+ -0.15115700 0.1396
学歴 -0.00836867 0.9391 -0.01908485 0.8458
職業の有無 -0.00203149 0.9852 -0.02958487 0.7761
年収 -0.09002325 0.4213 0.19241143 0.0631+
個人主義志向 -0.17104240 0.1286 0.19241143 0.9541
脱伝統的家族観 -0.25530910 0.0228* -0.39369957 0.0001**
生活設計志向 -0.02570893 0.8115 -0.12324065 0.2166
モデルの有意水準 F値=2.686  0.0154* F値=3.805  0.0012**
決定係数 0.2005 (0.1258) 0.2364 (0.1743)

注)**は1%水準で有意、*は5%水準で有意、+は10%水準で有意
注)括弧内の数字は修正決定係数をあらわす


4.3 「第二子出産意欲」の規定要因
 第二子の出産にあたっては、男女共に、第一子出産とは異なる要因が問題となる(表3参照)。まず、男女共に年齢が高くなるにつれ出産を控えようとする。また、男性については「きちんと生活設計を立てて暮らしたい」という志向性が高いほど第二子の出産に対して積極的であることから、第一子出産と同様に、男性は経済的役割を重視して出産するかどうかを決める傾向が女性よりも強いことが明らかとなった。
 有職女性は第二子の出産に消極的であるが、男性の場合には妻が職業を持っているか否かは有意な効果を持たない。この結果には、仕事の有無にかかわらず、育児責任は基本的に女性にあり、また、働く女性のニーズにあった育児サービスが少ないという現実が反映されていると考えられる。ただし、この点についても、「第二子の追加出産に消極的だから職業を持ち続ける」という逆方向の選択が関与している可能性があり、本稿で用いたデータではその可能性を検討することはできないため、この点を考慮して解釈する必要があるだろう。
 興味深いのは、女性についてのみ、今後は一人の時間を大切にしたいという「個人主義志向」の強さが出産意欲を抑制する効果を持つ点である。おそらく、子どもの誕生によって男女共に家庭を中心とするライフスタイルに変化すると考えられるが、その度合いは相対的に女性により顕著であり、そこから脱したいという価値観を持つ女性が第二子の出産に対して消極的になると推測される。

表3 「第二子出産意欲」の重回帰分析
説明変数 <女性:N=121> <男性:N=120>
偏回帰係数 有意水準 偏回帰係数 有意水準
年齢 -0.26750692 0.0032** -0.25837483 0.0251*
学歴 0.01774660 0.8465 0.09356621 0.3685
職業の有無 -0.16819602 0.0615+ -0.14329312 0.1438
年収 0.06369278 0.4725 0.05992169 0.5500
個人主義志向 -0.27230614 0.0046** 0.11525403 0.1986
脱伝統的家族観 0.08488774 0.3441 -0.09325148 0.2947
生活設計志向 -0.03746140 0.6603 0.16660012 0.0629+
モデルの有意水準 F値=4.750  0.0001** F値=2.685  0.0131*
決定係数 0.2273 (0.1795) 0.1437 (0.0902)

注)**は1%水準で有意、*は5%水準で有意、+は10%水準で有意
注)括弧内の数字は修正決定係数をあらわす


5.結論
 以上の分析結果から明らかになったように、「子どもを持つ」という意志決定において、性別によって異なる要因が作用している。女性の場合には、「第二子出産」において「有職」であることは出産意欲を低くする効果を持ち、この結果は、働く女性にとって子育て環境が整備されていない現実を反映していると考えられる。ただし、男性の場合には妻が有職かどうかは無関係であることから、育児の大半が女性によって担われている現状も表れていると言えるだろう。逆に、男性が「第一子出産」を考える時には、「年収」が問題となっており、年収が低いことによって出産意欲は低下するが、女性にはこのような効果は見られない。同様の知見として、「第二子出産」に対して「生活設計志向」は男性には有意な効果を持つが、女性には有意な効果を持たない。先に述べた知見とあわせると、「子どもを生む」という意志決定においても、「男性が外で働き、女性が家事や育児を担う」という性別役割分業が関係しており、男女共に性別役割分業を前提に出産の意志決定をおこなっていると考えられる。
 「晩婚化」との関連について考察すると、第二子の出産に関しては年齢が上がるほど出産意欲は男女共に有意に低くなることから、結婚を遅らせたカップルは「子どもは持つが一人まで」という選択をする可能性が考えられる。また、女性については第一子の出産においても年齢の効果が見られ、「高齢出産」を回避しようとする傾向が確認された。
 「家族観」の多様化については、「結婚をしても必ずしも子どもを持つ必要はない」という価値観を持つ男女で「第一子出産」を回避するという関係が見られ、また、女性については「個人の生活を重視する」志向性を持つほど「第二子出産」に消極的になることが明らかとなった。
 以上の結果は、男性の育児参加の促進や、子育て支援政策の整備によって出生率の上昇が見込める部分と、見込めない部分があることを示唆していると考えられる。今後も引き続き「伝統的家族観」の衰退が進むのであれば、晩婚化だけではなく、新たに既婚男女の出生数の減少(=有配偶出生率の低下)が少子化の要因となる可能性がある。この動向については、今後、注意が必要だろう。


1)現在、「少子化とジェンダー」に関する研究プロジェクトが、厚生省政策科学推進研究事業指定研究「家族政策および労働政策が出生率および人口に及ぼす影響に関する研究(主任研究者 阿藤誠国立社会保障・人口問題研究所副所長)」のジェンダー研究班(分担研究者 目黒依子上智大学教授)を中心に進められている。筆者はその研究班のメンバーとして生命保険文化センターから「夫婦の生活意識に関する調査」データを借用し、分析をおこなっている。本稿はその成果の一部であるが、本稿の責任はすべて筆者にある。

文献
阿藤誠.1996.「先進諸国の出生率の動向と家族政策」阿藤誠編『先進諸国の人口問題−少 子化と家族政策』:11-48頁.東京大学出版会.
国立社会保障・人口問題研究所.1998.『第11回出生動向基本調査 結婚と出産に関する 全国調査−夫婦調査の結果概要』.国立社会保障・人口問題研究所.
厚生省.1998.『厚生白書(平成10年版) 少子社会を考える−子どもを産み育てること に「夢」を持てる社会を−』.ぎょうせい.
厚生省人口問題研究所編.1996.『現代日本の家族に関する意識と実態−第1回全国家庭動 向調査(1993年)』.(財)厚生統計協会.
生命保険文化センター.1995.『夫婦の生活意識に関する調査−夫婦の相互理解を求めて−』. 生命保険文化センター.
総務庁統計局.1993.『平成4年就業構造基本調査』.総務庁統計局.



情報誌「岐阜を考える」1998年秋号
岐阜県産業経済研究センター


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