金融の「異変」と経済危機

奥 村 洋 彦
(学習院大学経済学部教授)



 日本経済は現在、第二次大戦後初めて経験するような異常事態の中にある。例えば失業率が4%を超え、更に今後5%から6%に動いていくと予想されること自体、現在の経済の危機的な状態が私たちの生活、身の回りの出来事に深く関わりつつあることが分かる。第二次大戦後の一時期を除き、日本経済は高度成長そして安定成長を遂げ、この間石油ショックや円高を乗り越え、比較的安定した経済運営を行ってきた。80年代後半に至りバブル経済に突入し、90年代以降約8年間にわたるバブル崩壊の下で大きな混乱状態に陥っている。この混乱は単に経済成長率や失業率といったいわばフローの動きにみられるだけではなく、私たちの生活を支えている経済、社会のシステムあるいはストック、生活の土台をも大きく変えつつあることに注意がいるだろう。
 そこで以下では現在の経済の危機的な状況がどのような日本及び世界経済の動きの中で生じているか、また、これから私たちの生活あるいは企業経営がどのような荒波に遭遇するかに焦点を当て、経済の最も基本的な枠組みの動きを捉えていきたい。

 まず経済運営をみる場合、日常私たちがマスコミを通じて知らされている状況と実際の状況が大きく違っていることに注意すべきであろう。例えばマスコミ報道によれば、バブル崩壊後日本経済は常に景気停滞で、今にも大不況に陥りがちだという。勿論、マスコミも情報を集め記す訳であるから、その情報の最も源となる、例えば金融界でいえば東京の日本橋や大手町にある日本銀行や大銀行、大証券会社の人たちが何を考えているかに依存するところが大きい。これらの金融界の方々は現下の超低金利政策を推進している人々であるが、当然大恐慌期をも下回る超低金利を推進する以上、経済を今にも大恐慌に陥るかの如く捉えざるを得まい。しかし、実態は1995、96年度の2年度間にわたり日本の経済成長率は毎年プラス3%前後を続けていた。この時、公定歩合0.5%、1年もの定期預金金利わずか0.3%といった大恐慌期にもみられなかったような低金利政策を続けたのである。そして日本橋、大手町の金融界の人たちは経済がプラス3%成長しているにもかかわらず大不況だ、デフレ経済になるといった話で終始していた。こうした異常な経済政策運営が世界最大の債権国日本で行われれば世界最大の債務国アメリカあるいは他の外国が日本の政策によって影響を受けることは当然であろう。
 ところが、日本の政策当局者は日本がどんなに異常な政策をとったとしても、世界経済あるいはアメリカの政策運営に影響を与えることは全くないという経済学用語で「小国の論理」というモデルで運営してきた。私は実際は「大国の論理」、つまり日本が世界最大の債権国として異常な政策をとれば、必ず債務国アメリカの政策運営あるいは他の諸国の経済に影響を与えるという論理で政策をとるべきであったと考えている。
 こうした異常な政策の結果、まず日本の為替レート、円/ドルが日本経済からみて大きく円安ドル高に振れることになる。この円安ドル高と日本の超低金利とが相まって日本から巨額のお金を借りているアジア諸国のドルに対するペッグ制が維持できなくなり、あるいはお金を借りすぎたタイやインドネシア、韓国は現下にみられるようなアジア危機に陥ることとなった。
 このように日本の経済運営とアジア危機あるいはアメリカの経済状況とは密接に絡んでいるのである。私たちはこうした枠組みの中で日本の銀行倒産問題や証券会社の閉鎖問題を捉えていかなければならない。もしこうした、経済を全体的、一般均衡的にみるという立場を無くしてしまうと、経済を部分的、部分均衡的に捉えるだけに終わる。残念ながら多くの経済論議、政策論議は部分均衡的な論議をしているにすぎない。例えば、日本の銀行が不良資産を抱えれば、そこだけに焦点を合わせ、どのような対策を練るかを考える。極端な例としては住専問題に対し、わずか6000億円程度の税金を使うか使わないかで約6ヶ月間にわたりヒステリックな議論を行ってきた。その議論をした人たちが今回30兆円の公的資金を使う段階になると、180度姿勢を変え何の不満もいわないのである。つまり、この方たちは経済モデルなしに政策論議を展開しているのである。
 私たちは今、何十年に1回という金融不安定とその金融不安定が経済全体を揺さぶる局面にある。私たちが経済を検討する時には、こうした金融不安定性を説明できる経済モデルでなければ現在の状況を説明できないはずである。ところが標準的な経済学は金融と実物経済を切り離しているのである。少し白黒をつけたいい方をすれば、私たちが経済問題を考える際、2つのモデルが考えられる。モデルAは経済は実物だけで動いており、人々は合理的行動を金融異変に左右されず行うというモデル。モデルBは経済は金融と実物が常に絡み、金融で異常事態が発生すれば必ず実物経済も異常事態を起こすというモデルである。つまり、資本主義経済は金融不安定性を内在しており、何十年に1回かはどの市場経済、どの資本主義経済も必ず金融危機を引き起こすというモデルである。近年のアメリカ経済、ヨーロッパ経済そして日本経済をみれば、例えば1970年代前半にはイギリスで、1980年代後半にはアメリカで金融危機が発生した。そして現在は日本やアジア各国で金融危機が発生している。このことは規制緩和をすれば経済は順調に拡大するといった議論のおかしさを示しているのである。日本経済だけを部分的にみると規制緩和をしないから、情報公開をしないから金融危機が起きるという議論に振り回される。ところが、これらの人たちが尊敬してやまない自由化を推進したアメリカでは、10年ほど前に銀行が1200も倒産し、公的資金を30兆円から40兆円も投下してアメリカ金融界を救った。この事実をどのように説明するのだろうか。また規制緩和をすれば小さな政府になる、と宗教の如く信じている人たちにとって規制緩和国アメリカでは公務員が2000万人、日本で500万人、つまり一人当たりで自由化の進んだアメリカでの公務員は、自由化の遅れている日本の2倍もいるという現実をどのように説明するのだろうか。モデルなき経済論議をしている人たちは常に時流に流され、1年前に財政再建をいっていたかと思えば、今は恒久減税を指示するといった有様である。このように経済モデルなしに政策決定を行ったり論議を行ったりしていれば当然経済運営はうまくいかず、資産価格が異常な動きをすることになる。日本の円安問題、株式価格低迷問題、土地価格下落問題はいずれも、いわば自縄自縛、つまり自らブレーキをかけているので車は動かない、といった状況を反映しているのである。このような状況下で、金融面で公定歩合をゼロにすれば、車は動くと言えるのだろうか。金利が高いから、マネーが出ないから車が動かないのではない。いくら金融面でアクセルを踏み続けても車は順調に動かないのである。こうした基本的なスタンスすら忘れあるいは無視して経済運営が行われているので、日本経済が大混乱に陥り、世界に大きな副作用をもたらしているのはいわば当たり前の結果といわなければならない。

図表1
民間企業設備投資の推移(実質・1990年基準)
実額
前年比
国内総支出比
資料:経済企画庁「国民所得統計速報」、「国民経済計算年報」
 現在の経済を大きく捉えてみたが、次に設備投資、公共事業、消費がどのような動きをしているかをみておこう。
 95年度、96年度にプラス3%成長を続け、企業の中期的な期待成長率も高まってきた。このことを反映し、1年間に85兆円も設備投資を行う状況になっていた。バブル経済最盛期の最も高い水準の設備投資87兆円にほぼ匹敵するほどの巨額の設備投資を昨年の10−12月までほぼ2年間にわたって行ってい(図表1、2参照)。こうした高水準の設備投資は、今後3年程度の企業の期待成長率が94年1月の1.7%から95年、96年には2%前後まで高まってきたことによる。ところが今年1月に企業の期待成長率は何と1.4%とバブル崩壊後の最低記録を塗り替える事態となった。設備投資が活発に行われないのは当たり前である。法人税の減税をしたとて、企業の期待成長率が冷えたままでは、設備投資が盛り上がってくる訳がない。

図表2
企業の中期経済成長率見通しと設備投資
(単位:%)
調査時点 見通し(注) 現実の中期成長率 現実−見通し 設備投資
対前年度伸び率
1986年2月 3.4 4.6 1.2 3.2
87年1月 2.7 5.1 2.4 7.9
88年1月 3.2 5.3 2.1 16.5
89年1月 3.7 4.4 0.7 12.3
90年1月 3.8 3.0 -0.8 11.3
91年1月 3.5 1.3 -2.2 2.7
92年1月 3.4 0.5 -2.9 -7.2
93年1月 3.0 1.3 -1.7 -10.4
94年1月 1.7 2.2 0.5 -2.5
95年2月 2.2 1.9 -0.3 7.4
96年1月 2.0     9.1
97年1月 1.8     0.7
98年1月 1.4      

(注)今後3年間の年度平均成長率[回答企業は証券取引所上場企業(金融・保険業を除く)]
(資料)経済企画庁「企業行動に関するアンケート調査」


 それでは、日本経済の期待成長率を高めるための、もう一つのテコとなるべき社会資本投資、つまり政府による投資活動はどのように動いているのだろうか。周知のごとく公共事業、ゼネコンバッシングがヒステリックに行われている訳であるから、日本全体の社会資本投資も大きく落ち込んできている。ところが、不思議なことに日本全体でどれだけ社会資本投資が行われているのかについての統計がほとんどないのである。いろいろな方の協力を得て、何とか日本全体の社会資本投資額を推計してみると、平成7年度の補正後の予算では、48兆9000億円になっていた。ところがその後大きく減少に転じ、平成10年度当初予算では37兆円程度に落ちている(図表3参照)
図表3
公共事業関係費の推移

(単位:兆円、%)
4年度 5年度 6年度 7年度 8年度 9年度 10年度
当初 補正後 当初 補正後 当初 補正後 当初 補正後 当初 補正後 当初 補正後 当初
中央政府 8.2 9.8 8.6 12.5 9.0 10.5 9.3 14.2 9.7 11.1 9.8 11.0
 (対前年度当初比) - 25.9 4.8 52.6 4.9 22.2 4.0 55.0 4.0 18.6 1.3 13.4  
 (対前年度補正比) - - -13.0 26.7 -27.9 -16.1 -10.7 35.4 -31.4 -21.9 -11.1 -0.9  
地方政府 19.8 23.0 21.9 28.2 22.4 23.0 25.3 29.7 25.9 26.7 26.0 26.0
 (対前年度当初比) - 21.4 10.5 42.2 2.0 4.9 13.0 32.9 2.6 5.5 0.3 0.3  
 (対前年度補正比) - - -4.4 23.0 -20.7 -18.1 9.8 29.2 -12.7 -10.1 -2.6 -2.6  
財政投融資 5.2 5.5 5.9 6.3 5.6 5.7 5.1 5.2 5.0 5.0 5.0 5.0
 (対前年度当初比) - 17.6 12.4 20.0 -4.3 -3.6 -8.6 -7.0 -3.0 -2.0 0.2 0.2  
 (対前年度補正比) - - 5.9 13.1 -10.4 -9.8 -9.3 -7.7 -4.7 -3.7 -0.9 -0.9  
公共事業関係予算総計 33.2 38.4 36.4 46.7 37.0 39.1 39.8 48.9 40.6 42.8 40.8 42.0 37.0
 (対前年度当初比) - 19.0 9.4 40.5 1.6 7.6 7.6 32.2 2.2 7.5 0.5 3.4 -9.3
 (対前年度補正比) - - -5.3 21.6 -20.9 -16.3 1.6 24.9 -16.9 -12.5 -4.7 -1.9 -11.9

公共事業関係予算総計

つまり、平成7年度の秋から平成10年度の春に至るまでの期間で日本全体の社会資本投資額は、予算ベースで何と12兆円も減少しているのである。これだけ短期間に、これだけの規模で投資活動が落ち込めば、経済全体を大きく冷やしてくるのは当然である。実際、GDP統計によれば、公共事業は日本全体の経済成長率を時には1%程度上げ、時には1%程度下げる。つまり、上下2%にわたり、成長率に影響を与えているのである。こうした事実を無視して、公共事業をやっても景気はよくならないとか、あるいは公共事業をこれだけ減らしても景気には何の影響も与えないとか、極論する人は公共事業を減らせば減らす程、日本経済は健全になり成長率は上がってくるといったまやかしの議論を展開してきたのである。残念なことに公共事業は余りにも景気の話と結びつけられてしまった。本来、公共事業は20年、30年後の私たちの生活を考え、必要なプロジェクトを進めていくべきで、景気が良いとか悪いとかにより左右されるべきものではないが、議論が余りにも矮小化され、ゼネコン汚職や政治家と建設不動産会社の癒着を指摘する有様にまでなってしまったので、公共事業削減が進行しているのである。勿論、平成10年度補正予算によって、いくらかカバーしようとしているが、いったん大きく落ち込み、また地方政府が財政事情が悪い中で公共事業を大きく回復させることは難しく、公共事業で日本経済の期待成長率を中期的に引き上げるまでの貢献は難しくなったといわざるを得ない。

 消費活動については、個人の所得が95年度、96年度は順調に伸びていたので、経済全体を押し上げる方向に向かった。95年度は消費だけで成長率を1.9%上げ、96年度は1.7%上げた。これが97年度は一転して0.7%の減少要因となっている(図表4参照)。これはまず景気が悪くなり個人の所得が落ちていることを指摘すべきであろう。例えば、政府統計によれば雇用者の所得は実質ベースで昨年の4−6月から10−12月までマイナスを続けている。所得が実質的に減少していき、これだけの経済不安に見舞われている中で消費が活発になる訳はない。これには増税による効果も響いているが、景気の不安と所得の減少が大きく効いていると考えられる。となると、経済を自立的に拡大均衡にもっていく要因はほとんどない。今、輸出の伸びが現下の円安の中ではリードしているように見えるが、これはかつて繰り返してきたように円安だから輸出を伸ばすという政策をとり続けることは世界経済との関係で難しい。一時的には輸出が経済をリードしているが、これは長続きするとはいえない。

図表4 実質経済成長率の需要別寄与度
(単位:年度、%)
項目 1991 92 93 94 95 96 97
民間消費 1.6 0.7 1.0 0.9 1.9 1.7 -0.7
民間住宅 -0.7 -0.2 0.2 0.4 -0.4 0.7 -1.1
民間企業設備 0.5 -1.4 -1.9 -0.4 1.2 1.5 0.1
公的固定資本形成 0.5 1.1 1.0 -0.1 0.7 -0.2 -0.6
純輸出 0.7 0.6 -0.1 -0.3 -1.0 -0.4 1.5
 輸出等 0.6 0.5 0.1 0.7 0.6 0.6 1.1
 輸入等 0.2 0.1 -0.1 -1.0 -1.5 -1.0 0.3
GDP 2.9 0.4 0.5 0.6 2.8 3.2 -0.7
(資料)経済企画庁
(単位:暦年、四半期、%)
項目 1996  97  98
4〜6 7〜9 10〜12 1〜3 4〜6 7〜9 10〜12 1〜3
民間消費 -0.4 0.1 0.6 2.3 -3.2 1.0 -0.6 0.1
民間住宅 0.2 0.1 0.1 -0.3 -0.5 -0.5 -0.2 0.1
民間企業設備 0.2 0.5 0.5 0.2 -0.3 0.2 0.0 -0.9
公的固定資本形成 0.4 -1.3 -0.5 -0.3 0.0 0.1 -0.1 -0.2
純輸出 -0.2 0.3 0.4 0.1 1.0 -0.1 0.6 -0.4
 輸出等 0.0 0.3 0.6 0.2 0.7 -0.2 0.4 -0.5
 輸入等 -0.3 0.0 -0.2 -0.1 0.3 0.1 0.2 0.2
GDP 0.1 -0.4 1.1 2.0 -2.8 0.8 -0.4 -1.3
(注)四半期計数は季調済前期比
(資料)経済企画庁




さて、このように日本経済の細部にわたって観察をすると、当面経済成長率が上昇を続け、中期的な期待成長率が盛り上がってくることを期待することは難しいと考えておくべきである。97年度はマイナス0.7%の成長率となった。98年度も0からプラス1%程度の低成長しか期待できない局面に入っていると思われる。これは今、語られているようなある程度の減税を含んだ補正予算の実行を織り込んだとしても、なおプラス1%程度の成長しかいかないと考えておきたい。こうした低成長が続くと経済システムが崩壊する、あるいは大きな制度変更を迫られると考えざるを得ない。実際これまで日本経済は92年度以降十分な成長をしない年が多かったにもかかわらず、私たちの年金や医療費あるいは、税制、税金といった面では低成長だから負担を多くするといった運営はなされなかった。逆にいえば、低成長であったにもかかわらず、あたかも経済は高い成長をしているかのごとく年金を払い続け、医療費の国庫負担を低下させず、税金を余り払わなくて済ましてきたのである。私はこうした経済運営を虚構の経済運営といっているのであるが、92年度から95年度にかけての4年間を考えてみると、本来必要であったGDP、これは毎年度12月に次年度予算を作る時に想定する経済成長率に近いのであるが、この成長率と現実の経済運営がもたらした成長率とのギャップ、44兆円が虚構に相当する金額であると思われる(図表5参照)。つまり、44兆円もの巨額のお金が実際にはない果実なのに、年金や財政の隠れ借金の形で国民に既に支払われてしまっているのである。これはいってみれば次世代がこの44兆円を私たちの世代のために払い続けなければいけないという大変な負担をもたらしているのである。現在の政策論議によれば、更に毎年5兆円から6兆円もの恒久減税を実施するとのことである。もし歳出のカットなしに恒久減税だけを先行させれば、さらに巨額の虚構を作っていくことになるだろう。こうした事態を続けることはできないから、どこかで年金制度の大変革、医療費負担の大変革、あるいは税制の大変革をもたらさざるを得ないだろう。いったん人々が年金をもらえないという恐怖感に襲われれば、減税を行ったとて、消費が活発になるはずもない。こうした悪循環に日本は入っており、この際、私は政府の抱える不良資産、つまり隠れ借金や年金の積立金不足(現在、年金は約200兆円のお金が積んであるが、想定している運用利回りと実際の運用利回りを比較すれば、この200兆円のうち、少なくとも20兆円程度は積立金不足になっていると考えるべきであろう)といった財政あるいは年金の不良資産化を公表し、国民に緊張感を持たせるべきであろう。現在、金融取引の主流は銀行の預金貸出ではなく、むしろ年金や保険といった契約型貯蓄に移っている。更に、超高齢化社会で65歳以上になる3200万人の人たちは銀行預金より年金問題の方が自分の人生設計により深く関わるため、政府は財政の不健全な状態や年金の積立金不足こそ真っ先に公表すべきであろう。もし、こうしたことを公表せず、とりあえず今日の生活を潤す減税を先行させることになれば、日本経済は超高齢化社会の下で、どのような困難な状況に陥るのか想像は難くないだろう。

図表5 成長を選ぶかシステムの崩壊を選ぶか
消失付加価値
約44兆円
1.契約型貯蓄の積立不足
2.財政の不健全化
3.金融機関の不良資産増大
 =企業経営の不健全化
4.潜在失業の増大・就職機会の喪失
5.対外黒字の高水準持続
(注)政府の次年度予算策定時経済見通しを使用(前年度の実績見通しに対する当該年度の予想成長率は、92年度3.5%、93年度3.3%,94年度2.4%、95年度2.8%)。

実質経済成長率の政府目標と実績

FY 1992 1993 1994 1995
目標(%) 3.5 3.3 2.4 2.8
実績(%) 0.4 0.5 0.6 2.8
差(兆円) 14.0 18.5 6.6 4.9

(注)目標成長率策定時の前年度推定成長率:91年度3.7%、92年度1.6%、93年度0.2%、94年度1.7%
(資料)経済企画庁、「国民所得統計」に基づき試算



図表6 米国における産業別雇用者数の増減状況(1986-2006年)
(単位:年、千人)
産業 雇用者数 増減数
1986 1996 2006 1986-1996 1996-2006
合計 111,374 132,352 150,927 20,978 18,575
うち製造業 18,951 18,457 18,108 -493 -350
〃非製造業
  (建設を除く)
74,189 94,300 111,867 20,111 17,567
 うち卸売業 5,751 6,483 7,228 732 745
 〃小売業 17,878 21,625 23,875 3,747 2,250
 〃サービス業 22,346 33,586 44,852 11,240 11,266
 〃公務員 16,693 19,447 21,150 2,754 1,703

【備考】 サービス業の内訳
(単位:年、千人)
産業 雇用者数 増減数
1986 1996 2006 1986-1996 1996-2006
サービス業計 22,346 33,586 44,852 11,240 11,266
うちビジネスサービス 3,931 7,254 10,835 3,324 3,581
  うちコンピュータ・
   データ処理関連
588 1,208 2,509 620 1,301
うちヘルスサービス 6,528 9,469 12,620 2,941 3,151
〃 ソーシャルサービス 1,406 2,403 3,461 997 1,058
(資料) 米国労働省、Monthly Labor Review  November 1997
米国における産業別雇用者数の増減
 私たちは今、内外で50年、100年に1回の金融異変に見舞われている。この異変は3つあり、第1はアメリカ国内でアメリカの個人が70兆円ものお金を預金から投資信託に移し、これがアメリカの株式に向かっていること。第2にアメリカ全体が外国から1年間に70兆円ものお金をとり、40兆円も外国に出すという国際資金のポンプ役を担い、世界的に過剰な流動性をばらまいていること。第3に世界最大の債権国日本が超低金利で資本を外国、特にアメリカに出し、ドル高とアメリカの金利低下、ひいてはアメリカの株高をもたらしていること。こうした3つの金融異変がいよいよ実体経済にも波及しつつある。例えば、アメリカの株価は過去100年間、例をみない暴騰を続け、93年以降5年半の間に、アメリカの株式時価総額が約1000兆円も膨らみ、この1000兆円の膨らんだ富をバックにアメリカ資本がアジアや日本の企業を買収にかかってきている。こうした100年、例を見ないアメリカの異常な株高が、実は日本の政策と密接にからんで、既に発生しているのである。そして、お金を貸す姿勢が非常に甘くなり、お金を借りる姿勢も非常に甘くなって、日本やアメリカの資金がアジア諸国に入り、借りすぎたアジア諸国は破綻するに至ったのである。しかし、実はこうした貸し手のリスクが甘くなり、借り手のリスクも甘くなり、そして金融がモノに対して膨張していくというのは、資本主義経済が必然的に持っている仕組みなのである。つまり、市場経済は金融危機を内在させているのである。こうした側面に加え、日本のバブル崩壊過程では、日本の企業経営者や官僚組織あるいは政治組織特有のエラーもあり、現下の日本における金融危機、経済危機がもたらされている。

 私たちがこれからの生活、これからの企業経営を考える場合、現在、50年から100年見られなかった異常な事態が内外に余りにも多い。これからどうなるのかについて、第1のケースとして、もしアメリカの1000兆円膨らんだ富がアメリカの実力を反映するものであれば、アメリカ資本は日本やアジア諸国に間断なく入り、企業買収、企業合併等が日常茶飯事になるであろう。第2のケースとして、1000兆円膨らんだアメリカ資本、アメリカの富は、過剰な金融の下での一種バブル的現象であり、この富が縮小していく過程で世界的に不況が発生する。その時、日本も世界的な不況の波を受けるケースもある。私は第2のケースを重視しているが、仮にこの考え方が間違って第1のケースになったとしても、日本の経済、企業経営にとっては、これまで余り経験したことのない異常な事態を迎えるであろう。いずれにしても私達の生活や企業経営は当面大きな荒波の中で過ごさざるを得ない。しかし、個々の企業経営者の方には是非明るい面も見つけ、マクロ的には混乱状態が続いたとしても、ミクロ経営上は立派なパフォーマンスを上げられることを期待したい。この場合、一つのヒントとして、アメリカ経済、つまり経済発展で日本に先行している市場経済で、20年程度の期間でみた場合、サービス業で約2000万人雇用者を増やしていることがあげられる。つまり今、我々が想定しているサービス化経済よりも遥かに大きなスケールでアメリカではサービス化経済が進展しているのである。もしアメリカでサービス業が2000万人、雇用者を増やしたとすれば、経済規模からいって日本のサービス業は20年前後の期間で、約1000万人雇用者を増やすといった状況が想定できる。勿論、この間アメリカでも製造業は雇用者の数を減らしてきている。従って、日本でも製造業が雇用者を大きく増やすことは余り期待できない。サービス業といっても多種にわたっており、アメリカではとりわけ、雇用者が増えたサービス業はビジネスサービス(この中にはコンピュータデータ処理関連を含んだり、人材派遣業を含んだりしている)、ヘルスサービス、ソーシャルサービスといわれるものである(図表6参照)。日本においてもビジネスサービス、ヘルスサービス、ソーシャルサービスが増えていく基盤はアメリカ同様に非常にあると考えられる。こうした点にも目を向け、より発展される道を選ぶことが、地域経済や個々の企業にとって大事であるといえる。




情報誌「岐阜を考える」1998年夏号
岐阜県産業経済研究センター


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