地域経済と景気分析*
−岐阜県の景気分析−


三井 栄

(岐阜大学地域科学部)



1.はじめに
 景気の動向について、消費者や企業も含め一般的に非常に関心が高い。それゆえ、景気循環に対しては計測方法をはじめとして様々な議論が展開され、国のマクロ経済レベルの景気分析では過去の景気循環の性格付け、要因、景気の現状、予測などの研究が進められている。一方、現在の不況を契機に、従来の様々な仕組みや構造がかみ合わなくなり、日本の行財政にも改革が求められている。地域の行政が国から独立し、各地域がそれぞれの特性を生かした経済成長を重視していく地方分権もその1つであり、景気循環に関しても各地域が自律的な分析を行い、各地域に適した対策を施すことが、マクロレベルの景気回復につながると思われる。しかし、地域経済の景気分析に関してはいまだ未開発な分野で、地域間比較という点でも明確な特性はつかめていない。
 その原因として田原[2]において次の3点があげられている。1つは地域景気問題に関する認識の不十分さ、景気循環の地域的特性への問題意識の薄さである。2つめは景気観測体制の不備で、現在の地域別景気観測は地域というブロックを広域にとりすぎているため各ブロック内で地域的特性は相殺され、地域格差がつかみにくい。最後は、景気計測のための指標不足である。日本経済に関するマクロ統計は多数の月次データもしくは四半期データが長期時系列として整備されているが、地域経済統計の多くは年次データで、月次データの種類は限定されるうえに過去のデータの記録が整備されていない。さらに、景気観測に必要なデータは全国ベースが1、2ヶ月で利用できるのに対し全地域の最新データを利用するには半年ほどのラグがあり、速報性に欠ける。
 本稿では地域経済の景気分析を都道府県レベルまで細分化、つまり岐阜県に地域を限定し議論を進める。岐阜県の様々な経済指標をもとに景気分析や短期的な景気動向の予測は岐阜県統計調査課や岐阜県産業経済研究センターなどで既になされているが、そういった地域レベルでの景気分析の結果である景気基準日付と景気動向指数に注目する。ただし、地域の景気分析、特に事後的なものではなく現状の景気観測に際し、データの不備とタイム・ラグは大きな問題となるので、地域の景気指標に多少不備があったとしても各地域の景気動向を把握できるように、全国レベルの景気分析の結果を利用して地域特有の景気循環の転換期を予測するということも考慮する。次に、景気の山の高さと谷の深さといった景気の量感をつかむために、岐阜県の県内総生産の成長率に着目する。また、岐阜県の産業構造については、繊維工業、窯業・土石製品といった地場産業を含む製造業の占める割合が高いが、近年その成長率は伸び悩んでいる一方で、サービス業は全体に占める割合は低いものの成長率では全国を上回るといった現象が見られる。そこで、経済活動別GDPと各産業の成長率などを用い、全国レベルのデータと比較することで岐阜県の地域的特性と景気循環及び景気の量感との対応関係を検討する。


2.景気の転換
 地域の景気動向について、経済企画庁が行った地方関係者からみた景況感のアンケート調査*1によると国全体の景気動向に対する各地域のタイム・ラグ感について、各都道府県の約7割が全国の景気より遅行、2割が一致、1割が先行と回答している。一方、地方銀行の回答は、先行がわずか3行で残りを一致と遅行でほぼ折半している。岐阜県の調査結果は、全国の景気と比較し岐阜県の景況感について岐阜県から遅行、地方銀行から一致という回答である。全体的に地方公共団体は全国に対して遅行感が強いのは、実際の景気動向より遅行傾向をもつ雇用動向を重視しているのに対し、地方銀行は景気動向に敏感な消費・経営関連指標を重視しているため、景気に感応的だと述べられている。
 ここでは、国全体の景気と岐阜県の景気との対応関係を検討するにあたり、景気基準日と景気動向指数ディフュージョン・インデックス(DI)に注目する。DIは景気循環が持つ基本的な性格を検討する指標で、生産、消費、投資、在庫、雇用、価格と利益、金融という7つの経済分野における景気の変化の方向を計測する。また、景気に敏感な先行指数から一致する一致指数、反応が遅れる遅行指数への動きをあわせてみることにより景気の浸透する状況も計測でき、景気の転換期の予測や確認に役立っている。景気基準日付は、このDIの一致指数の各系列の動きをもとに他の経済指標も考慮しながら経済企画庁が設定する指標である。
 表1は、経済企画庁のマクロレベルの景気基準日付と岐阜県統計調査課が作成した景気基準日付のリード・ラグ関係を比較したものである。1975年の第1次石油危機以降は全国に対し岐阜県の景気は全般的に遅行傾向にある。さらに、景気の山では±1〜2ヶ月のタイミングのずれが生じており、谷に関しては1975年以降はすべて遅行しておりその度合いは年数とともに広がる傾向にある。岐阜県の谷についてはDIの一致指数の動きで景気が上昇する時期よりも景気基準日の付け方自体が遅れる傾向にある。また、1975年以降の経済活動別国内総生産と岐阜県の経済活動別県内総生産の構成比を比較してみると、全国レベルでは製造業の比率は減少し、サービス業の比率が増加しているのに対し、岐阜県では製造業の減少の程度もサービス業の増加の程度も緩慢であることがみられる。景気基準日付は総体的な経済活動から判断されるため、サービス業と製造業が全産業にしめるウエイトの違いが景気基準日付、つまり、全国と岐阜の景況感のタイミングがずれる原因の1つであり、時間の経過とともに経済構成にしめるウエイトに開きが見られるため、ずれの度合いが大きくなっていると考えられる。
 次に、DIの先行指数と一致指数に注目してみる。一致指数が50%ラインより上にあれば景気の上昇局面にあることを示し、50%以下であれば景気の下降局面にあることを示している。日本の景気転換点に対するDIについて既に*2田原で比較されているように、景気基準日付の山に対する50%切点のタイミングは、全国の先行指数が数ヶ月の先行、一致指数が±1〜2ヶ月の範囲内に分布している。谷に対しての50%切点のタイミングは、先行指数の先行期間は極めて短く、予測力はほとんどない。一致指数は±2〜3ヶ月の範囲に分布している。
 1975年以降の岐阜県景気動向指数の先行指数をみると、岐阜県の景気基準日付の山に対する50%切点のタイミングは、数ヶ月の先行、一致指数が±1〜2ヶ月の範囲内に分布している。谷に対しては先行指数は先行しているもののばらつきが大きく、一致指数は遅行傾向が強い。つまり、岐阜の景気基準日付で景気動向を判断すると一致指数の動向よりも景気のよくなっている期間は短く、景気の悪い期間が長くなっている。また、1975年以降は全国の景気基準日付との比較でも岐阜の景気の山は全国より1〜2ヶ月遅行、谷は3〜4ヶ月以上遅行しているため、景気循環の期間を表すDIでみると全国レベルよりも岐阜県の景気の上昇している期間は短く、景気の下降している期間が長くなっている。
 以上の全国と岐阜県の景気基準日付、及び岐阜県の景気動向一致指数とのずれの度合いを考慮し、全国の景気基準日を岐阜の一致指数に当てはめてみると、景気の山については岐阜県における50%切点のタイミングは全国の景気基準日による景気の山と一致か1〜2ヶ月先行、景気の谷は2〜3ヶ月の先行がみられる。岐阜県の景気分析に関して、岐阜県独自の先行指数で岐阜の景気の転換点の予測をすると同時に全国の先行指数、一致指数及び景気基準日は景気の転換点の予測のデータとしてかなり有効と考えられる。


3.景気の強さ
 DIは景気循環の一つの側面である山と谷及びその期間つまり、横への広がりを分析できるが、景気の山の高さや谷も深さといった上下の広がりというもう一つの側面を見ることはできない。コンポージット・インデックス(CI)はこの景気の強弱の度合いの計測する指標である。DIで用いた各系列指標の上昇率や下降率を合成することによって作成されるCIでは景気の山の高さと谷の深さといった景気の量感がわかる。全国レベルでは経済企画庁からCIは公表されているが、岐阜県のCIがないため、GDPで景気の強さの計測を行う。景気の日本国内で生産された財・サービスなどの付加価値の総和であるGDP(国内総生産)は経済活動の活発さの度合いを描く指標であり、当然景気を計測するための指標の1つとなりうる。岐阜県の景気動向の特色を把握するために1976年度以降の岐阜県GDP(県内総生産)と全国のGDPの成長率と産業構成比及び各産業の成長率を比較してみる。
 GDP成長率に関して、全国と岐阜県が全く相関がないはずもなく、総体的に動きの方向は似ている。しかし、上昇の度合いや上下のタイミングにはずれもあり、全国に比べ岐阜の成長率が上回っているのは、1976年、1980年、1983年、1987年、1993年、1995年である。これら年度はすべてGDP成長率の下降局面に属し、特に1980年は全国のGDP成長率の動きに反し、岐阜県のGDP成長率は大きく上昇している。ただし、GDP成長率から景気の強弱をみると、基本的に全国レベルの景気水準は高く、1980年を除けば、山は全国レベルの方が高く、谷は岐阜県の方が深い。
 グラフ2、3で、1975年以降の経済活動別国内総生産と岐阜県の経済活動別県内総生産の構成比を比較してみると、全国レベルでは製造業の比率は減少し、サービス業の比率が増加しているのに対し、岐阜県では製造業の減少の程度もサービス業の増加の程度も緩慢であることがみられる。こういった各産業の構成比の違いが全国レベルと岐阜県の経済成長率と構造自体に変化をもたらし、景気変動の強さとそのタイミングが異なる一因であると考えられる。

 さらに、各産業の成長率の比較を行う。GDP成長率の動きで全国レベルと最も違いが見られた1980年の岐阜県の産業成長率に注目すると、鉱業と不動産業以外はすべて全国の産業成長率を上回っている。そのうち、製造業、電気・ガス・水道業、卸売・小売業は全国レベルの上昇率を上回る形となっている。この3産業で岐阜県GDPの構成比の半分程度を占めるため、岐阜経済に与える影響が大きいことがうかがわれる。すなわち、岐阜県の景気の強さはこれらの産業の上昇や落ち込みの程度に依存する。



 全体的な構成比の特徴としては、鉱業、製造業、建設業、卸売・小売業の構成比が高く、金融・保険業、サービス業は低いことがあげられるが、こういった産業とDIの変動で対応させた景気動向との関係を比較する。製造業は成長率についても総体的に高いため、その伸びが大きいときは岐阜県の全般的な景気動向は良くなっている。建設業の成長率の動きは、景気後退期における景気動向と似ているが、不況時の景気対策で公共投資などが行われることが影響しており、タイム・ラグを持った形で景気上昇期に突入している。また、こういった政策は全国レベルよりも効果が見られるようだ。卸売・小売業については1980年代は構成比が高いため、その成長率は岐阜県の景気への影響は大きかったが、90年代にはいると構成比の成長率も全国レベルと差がなくなっている。次に、全国レベルでは1977年、1979年、1981年、1985年、1989〜91年といずれも景気上昇局面とサービス業の成長率が高い時期が一致しているが、岐阜県の産業の中でサービス業は構成比が低いため、両者にはずれが生じており、岐阜県の景気動向へのサービス業の成長率の影響は比較的薄いようだ。
 一方、各産業全般的に見て、岐阜県は成長率の山と谷の変動が激しく、山の高さと谷の深さの格差が大きいため、集計したGDP成長率に関しての全国レベルよりは多少低い水準で山と谷の変動の回数が多く、悪いときの落ち込みは激しい。





4.まとめ
 近年、岐阜県の景気動向の転換期は全国の景気動向に対し、遅行傾向にあり、その度合いは谷の方が大きい。そういったタイミングのずれを考慮すれば、岐阜県の景気動向の計測にあたり、全国の景気動向指数(先行指数・一致指数)を指標にすることは有用である。景気基準日付は総体的な経済活動から判断されるため、サービス業と製造業が全産業にしめるウエイトの違いが景気基準日付、つまり、全国と岐阜の景況感のタイミングがずれる原因の1つであり、時間の経過とともに経済構成にしめるウエイトに開きが見られるため、ずれの度合いが大きくなっていると考えられる。
 岐阜県という地域経済の景気を分析する際、全国の景気動向との比較及び産業構造の特性は重要である。現在のDIの問題点として、製造業部門にウエイトがおかれすぎており、経済のサービス化、ソフト化に対応していないという指摘があるように、各地域の製造業やサービス業などの産業が占めるウエイトにDIの形状が依存している。そのため、全国の産業構造との格差がみられる岐阜県では景気循環の転換期のタイミングにずれが生じていると思われる。
 一方、景気の量感に関して、全国と岐阜県をGDP成長率で比較すると、基本的に全国の景気水準の方が高めで、山は全国が高く、谷は岐阜県の方が深い。産業ごとの成長率はGDP成長率に反映されるため、全国と岐阜県の産業構造と各産業の成長率の違いが両者の景気の強さに差をもたらす。岐阜県の場合は各産業の成長率の変動が景気の量感に感応的である。全国の場合は、すべての地域の産業活動が集約されているため、各産業の成長率の変動は多少緩慢になり、景気変動の強弱の格差が比較的少なくなると思われる。また、全国レベルでは、岐阜県よりも経済活動が活発で成長率の高い地域の景気動向も集約されているため、岐阜県よりも景気の水準は高くなると予測される。
 本稿では、地域経済の景気循環の一つの側面である山と谷及びその期間つまり、横への広がりをDIをもとに分析し、景気の山の高さや谷も深さといった上下の広がりというもう一つの側面をGDP成長率をもとに分析を行った。今後さらに岐阜県の景気の浸透度と各産業への景況感の対応や実質GNP、鉱工業生産指数、常用雇用指数、M2+CDといったデータをもとに生産、需要、雇用、金融といった側面から景気の量感の分析が求められる。しかし、地域経済の場合、その指標を作成するためのデータが不備であるといった問題があるため、何らかの形での代わりの指標の検討が課題となる。

<脚注>
*本稿の作成にあたり、有益なコメントをいただいた神戸大学経済学部助教授 福重元嗣先生と岐阜県に関するデータ収集にご助力いただいた(財)岐阜県産業経済研究センター山田明仁氏に深く感謝いたします。尚、本稿の誤りは筆者に帰するものです。本文へ
*1 田原[2]の「国の景気に対するタイム・ラグ感」参照本文へ
*2 田原[2]の「日本のDIのタイミング」参照本文へ

<参考文献>
[1]白川 一郎「景気循環の演出者−日本の経済政策を考える−」丸善ライブラリ,1995年
[2]田原 昭四「日本と世界の景気循環」東洋経済新報社,1998年
[3]森 一夫「日本の景気サイクル」東洋経済新報社,1997年




情報誌「岐阜を考える」1998年夏号
岐阜県産業経済研究センター


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