座 | 談 | 会 |
[出席者]
伊藤 滋 氏 | (慶応義塾大学大学院教授) | ![]() |
春田 尚徳 氏 | (元名古屋大学教授) | |
福田 眞人 氏 | (名古屋大学大学院教授) | |
名執 潔 氏 | (名古屋大学助教授) | |
高津 定弘 氏 | (岐阜県産業経済研究センター副理事長) |
高津(司会) 本日はお忙しいところをお集まりいただきありがとうございます。昨年秋から2020年の岐阜県総合長期展望調査を行うため、「2020岐阜」研究会が発足し、皆様方にご議論していただきましたが、今回、「2020年の岐阜におけるビジョンについて」をテーマに総括的にご意見やご感想をいただきたいと思います。まず最初に研究会の委員長である伊藤先生からお願いします。
「ふつう」の意味とは?
伊藤 「2020年の岐阜を考える」アンケート調査結果をみると、やはりこういう結果になるだろうと思いましたが、岐阜県内(以下「県内」という)も岐阜県外(以下「県外」という」)も「ふつう」という回答が多いのです。ここで問題なのは「ふつう」という意味です。
高津 「ふつう」と回答するのはごく平均的な答え方ではないでしょうか。
伊藤 ええ、そうだと思いますが、特に県外の回答者が「ふつう」と回答していてもそれほど岐阜のことを思い込んでいないでしょう。回答者には岐阜県も群馬県も愛媛県も鳥取県も皆同じようなものだという「ふつう」さがきっとあると思います。
高津 「ふつう」という意味が違うんですね。
伊藤 そうです。県外で、岐阜県に対してものすごく思い込みの強い人は、そう多くはいないと思います。だから「ふつう」という回答が多いからといって岐阜県は全国の平均だと考えるのはどうでしょうか。やはり、県外の人は、岐阜県を特徴のない県の1つだと思っているでしょう。「アンケートが来たけど、そういえば特別、岐阜について考えてもみなかった」という「ふつう」という回答の内容は、県内の人とは違っているような気がします。だから、県外の人の回答をあまり深刻に考える必要はないのではないでしょうか。
高津 動機はわかりませんが、よくわからない、イメージがないといった理由から、とりあえず真ん中に打っておけといった感じなのでしょうか。
伊藤 そうだと思います。
高津 県内と県外とを比較しても、「ふつう」という回答の質が少し違うので単純に比較しても無理かもしれないですね。
伊藤 東京の場合は、都民よりも日本中の人が東京をどう考えているのかが重要なのです。大阪も同様です。しかし、岐阜の場合は、県内の人たちの考え方について相当突っ込んでいかないといけない。将来に向けてどのように「ふつう」の内容を変えていくかといった、理解の仕方あるいは議論の仕方が必要だと思います。
![]() 伊藤 滋 氏 |
高津 「ふつう」と県内の人が選択する行動にはどんな背景があるのでしょうか。
伊藤 安心感、満足感があるのではないでしょうか。
高津 県内の人が「ふつう」と回答するのは、現状に満足しているというニュアンスが強いからだと思います。しかし、「たいへん満足している」あるいは「満足している」を回答するほど積極的な意思は持っていないということがいえるのではないでしょうか。
伊藤 実はそこが問題だと思います。確かに社会福祉などについては満足をベースに考えることは有効かもしれません。しかし、知事や副知事などが行政に対して満足だと思わせるために何をしたらよいかというヒントは、率直にいえばこのアンケート結果からは出ていないと思います。県民は満足しているのだから無理もないことでしょう。このアンケート結果は、岐阜県民の将来について、例えば雇用の変化や失業率の問題、あるいは犯罪の問題、家庭の崩壊などに対してものすごくクールな洞察力を、特に県が持っていないといけないという重要性を示唆していると思います。
高津 県民は将来について、予想外の状況を迎えるかもしれないとは思っていないかもしれませんね。
伊藤 そう、県民は思っていないかもしれない。「無理に背伸びを求めない安定した生活」や「健康と安心を支える一生」といった将来はすごくいいと思います。しかし、これをどう支えあっていくかといった将来の不安感などサイコロジカル(心理的)な開放性は岐阜県民にはないのではないかと思います。ただ、これは意外といいことかもしれません。サイコロジカルな開放性を岐阜県民が皆持っていたら逆に不安になり、県外流出が始まるなど大変なことになってしまいます。一応、このいい状況に対して、維持管理することを考える組織や人間が岐阜県内にいるのだろうかといったことを心配させるアンケート結果ではないかとも思います。
高津 しかし、先生が言われる失業の問題や犯罪の問題、家庭の崩壊などに対して危機意識を持って発言したり考えている県民は少ないかもしれません。そこには保守的で、現状がこのまま持続するという安心感があるのではないかと思います。
研究会やアンケート調査結果からみる岐阜の姿
春田 伊藤先生が第1回研究会の冒頭で、エコロジーと情報をプラスすることで、これからの岐阜の計画があると言われましたが、やはりそれが基本だと思います。それは、エコロジーと情報等新産業とを弁証法的に統合して生まれるものではないかという印象を受けました。
アンケート結果から見ると、岐阜県は基本的にはエコロジーが非常に優れているということです。長い時間かけて形成された、自然だけではなく、人間も含めたエコロジーが大変優れていて満足しているということです。
産業の現状を見ますと、これまでは岐阜駅前の問屋街が岐阜が持っている広域的な、全国にわたるネットワークの中心的なものだと思います。また今日的には、若者にもお年寄りにも、飛騨高山や白川郷が有名で、特に白川郷は世界遺産になり、あっという間にここ1〜2年で観光客が70万人から100万人へ増加し、有名になっています。
そして将来的には、国勢調査を丹念に見ますと、新しい産業が四国から伊勢、名古屋を経て、中部山岳地帯を天の川のように過って日本海へ抜ける姿で、分散的に立地しつつあります。量的にはまだ多くありませんが、高い伸びがきれいに出てきています。
このように過去、現在、そして未来への動きを見ると、やはりエコロジーと新産業の弁証法的統合が基本的考え方だと思います。
![]() 福田 眞人 氏 |
福田 アンケート結果から見ると、期待されたとおり、岐阜のイメージは少し遅れた、名古屋の影に隠れた存在でした。しかし、じっくりとアンケート結果全体を俯瞰してみますと、用語と用語、説明と説明の合間に、ほのかにまた明らかに、満足、現状維持といった姿勢が垣間みえます。そこには、諦めの心理があるようにはみえず、むしろあるがままを肯定し、受け入れている姿が浮かび上がっているように思えます。つまり、岐阜は悪くない、という気持ちがあるように思えます。しかし、現状満足といっても、人間は新しい物があれば欲しいわけで、そこには完全な現状維持ということはありません。結局、選択する県民は、その選択によって将来を規定することになり、意外と覚めたそれでいて現実的でヴァイタリティーのある県民だと思いました。
また、静かで自然豊かな飛騨地域、その恩恵を受けつつ工業地帯の後背地として富の分配を受けつつある県の南部地域、東濃地域という構図も明確でした。その構図を守りつつ、各々の特色を生かした発展というものが可能ではないでしょうか。
名執 岐阜は南部と北部で性格が異なり、南部は国土軸の一部として大きく変化しつつある一方、北部は基本的に変わらない地域だと研究会のはじめの頃は考えていましたが、それほど単純ではないことが分かってきました。例えば、南部についてですが、春田先生も言われていたように、岐阜市には中小の繊維問屋の大きな集積があり、しかもそれらの問屋は全国の小売商店とネットワークしています。大変な蓄積のように思うのですが、これを今後どう生かしていくのか、問屋街の人々のお話を伺ってみると、新しいことをしようという雰囲気が弱いように感じました。
県域から圏域への転換を
伊藤 岐阜県は″岐阜県″として区分するのではなく、もう少し別の分け方をした方がいいと思います。例えば、中央線沿線地域は、愛知県や名古屋市と一緒になって地域計画を組み立てていくべきで、特に名古屋との結びつきが重要になってくると思います。また、大垣・関ヶ原周辺地域は、琵琶湖周辺地域の商売のやり方や流通の展開について連携するという意味で、滋賀県との結びつきが重要になってくるでしょう。
高津 都道府県の枠をこえた地域連携が重要なんですね。
伊藤 岐阜県は地域連携を行うのに非常に向いています。
高津 そうですね、7つの県に接していますから。県では地域計画をつくる際の基本的な仕組みを変えるという話題があるそうです。どのように変えるのかといいますと、今までは県庁で県全体の計画を策定し、その一部として地域計画を策定していたのですが、発想を変えて、地域がやりたいことを計画に盛り込む形になるそうです。
伊藤 それは非常にいいことだと思います。例えば、中央線沿線は中央線沿線地域でつくり、大垣から岐阜にかけてはその地域でつくり、それぞれの地域の計画を県庁はまとめる形にした方が、県境というバウンダリーは取り払えると思います。
福田 伊藤先生のお話に関連してですが、岐阜の現状を見ますと、昼間は愛知県に通勤・通学している人々が夜になると岐阜に戻ってきます。休日には県北部の山間地に休養で出かけるかもしれないし、ショッピングで名古屋に行くかもしれない。また、レジャーとして三重県の伊勢志摩に出かけるかもしれない。このように、実際としては岐阜県という県境は、それほど強力な意味はなくなってきているように思います。このことは今後も変わらないと思います。そして、行政上の分割を時に超越した判断が今後求められるケースが多くなると思います。こうした事態に対応するため、いわゆる県益から圏益への視点の転換が要求されているのではないでしょうか。それは、新しい排他的な地域の形成ということではなく、より積極的な地域的行政への転換を意味していると思います。
春田 今日の岐阜県の発展の特徴は、県境が全部発展し始めている点にあると思います。
高津 県境部分の新しいパートナーシップの部分を積極的にとらえたり、浮かび上がらせたりすることが重要だと思います。そして、その結果として岐阜県としてくくり直せば変わるかもしれない、そういう考え方ですね。
伊藤 ええ。でも、それが主流になるとは思えません。しかし、今まで県境部分について県計画では2割程度しか言及していませんでしたが、それを4割程度まで言及し、もう少し他県も入れながら将来展望をつくっていくことが望ましいでしょう。
![]() 春田 尚徳 氏 |
春田 時代があまり大きく変化しないときには中心から変わっていきますが、時代が大きく変化する時は周辺から変化が起こるのが歴史の教訓です。
高津 まして、岐阜県は7つの県と接しているので、それぞれに状況は違うと思います。それぞれの県境にトンネルが開通すれば、構造やバランスが変わり得ます。そこをビジネスチャンスとしてとらえれば、相当大きな期待が持てると思います。
伊藤 それから、これからは、例えば新商品を開発する場合、県外のリソースを十分に生かすことも考えられます。
春田 本当にそうだと思います。時代が大きく変わっています。周辺から火の手が上がっています。これは大変化の時代に共通する兆候です。
高津 だから、計画を策定する場合も従来のように、県の審議会で作り、地域にバラしていくようなものではなく、周辺地域がまず何をしたいのか、何ができるのか、そして実際にやってみるということが重要なのです。
伊藤 しかし、同じ様なことを岩手県や山形県で行えば、周辺地域が非常に儲かるかといえば、そのようなことはないでしょう。しかし、岐阜には可能性があるのです。
高津 そうですね。それぞれ相手方に集積がありますから。
伊藤 日本の真ん中に位置し、相手方に優れたものがあるから、斡旋業をするというものおもしろいかもしれないませんね。
高津 高山の伝統的な産業も、金沢と連携しながら技術を習得しようという具体的な動きがあるようです。このような形で相手方と一体化してサービスを行うということです。
春田 サービス化の基本的な属性としてネットワーク化ということがありますが、これは中部圏に備わった自然的資質でもあると思います。ピラミッド型ではなくて、ネットワーク型とサービス化、加えて周辺から火の手が上がるという今日の中部圏の特質は、21世紀の新しい産業社会が求める条件とマッチする可能性が明らかになりつつあるように思われます。
福田 さらに世界に目を転じるというのもいいかも知れません。
岐阜に対する2つの提案
伊藤 特に岐阜市ですが、繊維の流通業が相当強いという話がありますね。
高津 岐阜県の産業構造について製造業を見ますと、構成が全国より特化している産業は、繊維、アパレル、紙、陶器といったいわゆる地場産業です。しかし、前年増加率や寄与度を見ますと、電気機械といったところは全国並みに成長していますが、地場産業は全国より低くなっています。その結果、岐阜県製造業の成長率は全国より低くなっています。なぜ低いのでしょうか。それは、構造改善が十分にはなされていないからだと思います。岐阜県のアパレルは、10年か20年くらい前は7〜8%ぐらいのシェア(出荷額)が岐阜県はあったのですが、今は4%弱です。この原因は経営者の起業家精神が希薄になってきたとか、経営者が後継者不足や高齢化により自分の代だけでいいと思っているなど、産業全体でみると発展のメカニズムが機能しなくなってきているのではないかと考えられるのです。
伊藤 繊維を中心とした流通業は、昔から一種の投機商品です。だから繊維問屋は急に儲けたり急に潰れたりしているのです。1人の人間がいつまでも岐阜の繊維問屋やアパレル企業で一生を全うするのではなく、突然職業を変えなくてはいけないこともあるでしょう。企業も同じです。突然そうなるのが流通系なのです。このような構造に対する回答は難しいですが、2つ提案があります。1つは名古屋を育てるという意味で、名古屋を育てる外部経済効果を完全に岐阜が吸収することです。ベッドタウンならベッドタウンでも、ものすごく質のいいベッドタウンになることです。
高津 「吸収する」ところに力点があるのですか。
伊藤 そうです。質のいいベッドタウンはきっと岐阜県だけではなく、静岡県や三重県のベッドタウンにも影響を与え、全体としてお金のまわりがよくなります。そうすれば圏域のGDPも増えていくわけです。
福田 ここで100年住宅、200年住宅を考えてもいいのではないでしょうか。質のいい住宅を造り、その技術力、経済力を示して、かつ県経済を活性化する。質の高い住宅には質の高い住民が居住し、新しい文化的発展の基盤ともなります。
伊藤 もう1つの提案は、情報もありますが、製造業について職人的製造業の次の段階を徹底して考える数少ない県の1つになることです。
高津 岐阜県には中小企業が多いという点では、いわゆる職人や技能といったところを中心に考えざるを得ないところが多分にあると思います。
伊藤 必死になって取り組み、どんな産業が出てくるかわかりませんが、新しく出てくる下請けや部品供給、これを強くすることが必須条件です。
研究会の中でもお話しましたが、英語を使わないとコンピュータのプログラムや編集はできません。英語を使う限りは、思考過程が違うし、ローマ字そのものが苦手だし、課題が多いと思います。情報も重要ですが、それは東京に任せておけばいいと思います。東京でソフトを開発し、岐阜は孫受けぐらいのルーチンの仕事をもらう。このことは、もしかするとハードとソフトの間を融合した部分、つまり、岐阜はつや出し部分、仕上げの部分を受け持つことが考えられます。
高津 一つの例示としては何があるのでしょうか。
伊藤 漫画の仕上げです。札幌の漫画の編集者は割といいそうです。漫画の編集というのは、色合いや線を決めたり、要するに漫画の最終仕上げです。非常に精巧で、漫画とはいえない精密画のようにするのです。
高津 それは原作者がタッチしない部分だが、作品全体には相当大きな質を左右する部分なんですね。
伊藤 そうです。色合いや線画の美しさなど、日本人の小手先のうまさからいって、向いていると思います。札幌では東京から受注しているそうですが、やはり、最後の編集がものすごく価値を生むのでしょう。つなぎとつなぎの部分が意外と重要ではないでしょうか。そういえば、先日、日本開発銀行の方とお話をしていたら、文部省令の技能大学、職人大学ができるそうです。
![]() 高津 定弘 氏 |
高津 その大学は労働省令ではなく文部省令によるものなんですか。つまり、大学校ではだめだということですか。
伊藤 ええ。話題としては、埼玉の羽生で、県、市、民間が共同出資し職業大学をつくるそうです。
高津 職人大学というのは、つくり方や材料の選び方等を教えるといったことですか。
伊藤 そうです。大工のコースもあり、宮大工コースや壁塗りコースに分かれています。それは4年制で、大学として認定し、学位を出します。このような動きが全国で、5つ以上あり、非常によいことではないでしょうか。
福田 宮大工の建てた土壁のある家は日本の風土にも合っているし、200年以上の耐久性が期待できますね。
伊藤 もう1つ興味深いのは、自治省の市町村アカデミーです。しかし、人が集まらないようです。なぜかといえば、学位も取得できず、何のために行くのかかわらないからです。やはり学位をしっかり出し、MAを出す。そうしなければだめだと思います。1年間市町村アカデミーに行き、帰ってきて、自分の仕事に関係する論文を1年間書く。そうすれば修士号をもらえる。このようにすれば、行く側の志気も違ってくると思います。
高津 確かに従来は、市町村アカデミーに行けば、市町村の中では行ったことがプラスの履歴となり、昇進などの参考にされるかもしれません。しかし、これからはどうでしょうか。これからは、ネットワーク化という形の職場形態に変わってくると思います。その時に今の形態では十分ではないと思います。
積極的に名古屋を生かせ!
伊藤 私は研究会でも雇用の創出につながることを念頭に発言してきました。どうしたら新しい雇用をつくれるのか。今ある古いタイプの職業を新しい職業に作り替え、その職業をある程度安定し、社会に役立つことが重要だと常々考えています。
高津 それは大卒の20歳前後の人だけが対象ではないですね。
伊藤 そうです。しかし、生涯教育とはNHKテレビをボーと見て、ペーパーを書くだけではないと思います。生きがいのある人生といいますが、具体的に何かといえば、それは、社会にとって自分が必要だということではないでしょうか。
高津 ゲートボールだけではだめですね。
伊藤 だめです。日本は失業率をものすごくセンシティブに考えています。失業率は3.5%ですし。
高津 もっと急速に上がるかもしれませんね。
伊藤 3.5%の失業率といっても、潜在失業率を足せば10%程度ではないでしょうか。
高津 そうですね。通勤電車の中で、今までほとんど聞かなかったのですが、例えば55歳になると肩書を外されるという話題を、私と同年代の人たちから頻繁に聞きますね。特に大都市を中心に50歳前後ぐらいが多いようです。
春田 従来産業化とは大組織化ということだったと思いますが、技術が変わり、今日では大組織というのは比較的古い産業で、世の中の人々がもう少し何とかならないだろうかと思い始めているようなニーズとは少しズレてきたというか、仕事があり働いてはいるが、人々からはそんなにはサポートされていない、そういったところにイマイチな原因の一つがあるのかもしれません。
伊藤 非常に単純にGDPを上げるには雇用を増やすのが一番いいと思います。生産性が悪くても、雇用の小さいところだっていいと思います。
高津 でも、生産性が悪かったらやはりだめではないですか。
伊藤 要するに、消費市場に出す支出が多くなるということです。
高津 岐阜の場合、周辺の地域、あるいは多様な新しい仕事がすぐに無数に生まれてくるような環境になっていくのが望ましいのですね。
伊藤 生まれてくるというより、作ろうという先導的な役割を果たすことができる県は日本にはそれ程ないでしょう。多分、埼玉県や岐阜県ぐらいではないでしょうか。
高津 大企業がない分、比較的県の公的セクターの役割があるし、そうかといって東北の各県と比べれば、それほど低い経済水準でもない。県の施策がヒットすれば雇用を生み出すことに有効かも知れません。
伊藤 私は岐阜は名古屋の寄生虫であってもいいと思います。それもより積極的に寄生虫でくっついていれば、もらいものも多いと思います。
高津 ある意味で、名古屋という大市場があるわけだから、自分でベンチャー的なことをやっても安全なんですよね。
伊藤 そう。それは少しも悪いことではなく、奈良県は大阪府とくっついているし、滋賀県だって同じです。
高津 滋賀県のここ20年ぐらいの発展はバックヤードに関西があるからです。
伊藤 神奈川県だって東京があるからです。
福田 名古屋、愛知と岐阜がコンビを組み、分担すべきは分担して打って出るという構図が望ましいですね。
メリハリをつけた自然環境との関わり
高津 岐阜は自然がいっぱい、山がいっぱいで、長良川に代表されるようにきれいな川も流れています。アンケート調査結果にもあるように、やはり岐阜県は自然が身近にあり、その関わりを非常に大事にしている土地柄だと思います。高密度な都市的な空間があり、自然として質の高いと思われる環境が大量にある。そういったものの利用の仕方や保全というか、良好な関係をいかに安定的につくっていくかというのが今後、大きなテーマだと思います。このような多自然性との関係でいかがですか。
![]() 名執 潔 氏 |
名執 南部のスプロールした郊外住宅地は余りきれいとは言えません。しかも今後、人口が頭打ちから減少に転じますので、市街地を野放図に広げる必要はありません。ですから、伊藤先生が言われていたように、戦略的に非常に質の高いベッドタウンを作っていく、あるいは作り変えていく、さらに場合によっては、一部の市街地を元の田園に戻すことも必要になってくるのではないでしょうか。
高津 岐阜市や大垣市で、都市的な景観をきれいにするなど質的に高めていくことも重要だと思います。しかし、自然にこだわるようなところは、高山の例を一つとっても、なかなか評価されていないと思っています。しかし、きれいな空気が吸えるというのは大事なことだと思います。幸いにも、岐阜県は道路が東西南北に出来てきますから、自然豊かなところに住んでいく形態もきっと出てくるのではないでしょうか。非常にきれいな空気があって、うまいものがあって、それなりにお金になって、緑がきれいで、すぐ近くに森林がある。これを生かして何かをする、というのができないかなと思っています。
名執 ただ、それは下手をすると、森林の中の別荘地開発になってしまいます。言われたような自然と共に生きる住まい方と、別荘地の生活とはイメージが違うような気がします。
福田 別荘地は別荘地で売り出し、それとは別に郊外田園都市という点を目玉にするのは今後非常によいと思います。
高津 1つの例として、木の彫刻家の話を聞くと、彼は東京に家族がいて、作業現場は岐阜県の山奥、東京は寝に帰るだけだといいます。創作活動のため岐阜の山奥へ戻ると、寝ている暇もないくらいに次々と創作意欲がわいてくるといいます。先ほどの職人大学ではありませんが、職能で収入を確保していき、いろいろなところで、いろいろな機会で働いていくという生活様式がある程度定着してくるとすれば、職能を磨く上で、自然との深いきずなを大事にするような働き方というのは、もっと生まれてくるような気がします。
以前、岐阜県と環日本海との関係を議論したことがありますが、その時、高速道路の話がありました。高速道路ができれば時間の短縮につながります。しかし、利用するには通行料金がかかります。ただ、高速道路を県がつくり、一般県道として開放すれば無料にできるかもしれません。そういうことがもし架空の話ではなく、実現可能ならば、もう少し山の中に住めるのではないかと思います。
名執 しかし、そもそも山の中に住んだほうがいいのかどうかということが議論になってくると思います。
伊藤 私は反対です。私は山と平地のつなぎのところ、川でいえばあふれて災害になるところにうまく人間の知恵を出して町をつくるべきです。要するに尾瀬の話が一番象徴的だと思います。尾瀬は非常に大事な場所だとして入山する人を制限してきました。それでもお手洗いの問題やゴミの問題などがあり、尾瀬の水汚染は始まっています。自然の中に人を入れた途端、本来持っている自然の価値は下がってしまいます。やはり許容限度があるのです。
高津 扇状地でいえば、水がたくさん湧き出るところあたりが限界ということでしょうか。
伊藤 そう。基本的には、それより先は人は入れないということです。それより先には昔から、それこそ1000年以上先祖伝来住んでいる人だけが住む。そういうメリハリをつけることが、岐阜ならできると思います。エコロジーでいえば、絶対にここのテリトリーは人を住ませないというテリトリー、それも日本の中で一番大きいテリトリーが岐阜でできたというなら、岐阜ならではの特徴が出ると思います。
高津 メリハリのついた利用の仕方や住まい方をしないといけないのですね。
伊藤 このことは、だれも手をつけないと思います。しかし、田園居住というようにいい加減なことをやるから問題になるのです。
春田 技術の革命的進歩によって生産性が飛躍的に向上し、生産のために必要な土地は桁ちがいに小さくて済むようになりましたから、生活のために使う土地を思い切って広げるとともに、他方、利用を禁止する土地も広げないと地価の長期低落傾向も止められず、国民経済全体のバランスも崩れます。
高津 制限するものという時に、やはりメリハリをつけて使うことがその背後にないといけませんね。
春田 交通通信ネットワークの整備が進んで、利用可能な空間が飛躍的に拡大しましたから、両方とも相当大きくとらないと効果がないと思います。
高津 それは管理できないですよね。
春田 つまり、国土の利用については、大幅な規制緩和と大幅な規制強化と両方必要だということです。
高津 その観点から、いろいろな機能を整備していくとき、財政上の制約もあるせいか、集中して1カ所に拠点をつくろうというのが、意外に流れとしては強いようです。例えば、卸売市場についてですが、現在、岐阜市に中央卸売市場という大きい卸売市場があり、その他県下に10カ所ほど小さい卸売市場があります。これを統合しようという構想が議論としてあり、効率を問えば岐阜1カ所にするのがいいのです。しかし、雇用面で見ると、高山に1カ所、中津川に1カ所、大垣に1カ所というように10カ所あってもいいわけです。市場の仕事は、ローテクのいわゆる、きれいな仕事ですから、雇用の場としては非常に健康的でいいのです。そう考えるならば、もっと分散的にあってもいいということになります。財源がないから1カ所に集め、集約するということになれば、恐らく完成した時にはニーズに合わなくなっているかも知れないのです。しかし、議論は従来の流れに引っ張られて、新しい考え方には切り替わっていないようです。
伊藤 財源がなくなり集約する時、その組織は官僚的になり、自己防衛をしはじめるようになります。私は集めないほうがいいと思っています。公営企業の整理統合について、何でもかんでもまとめるというのは危険性があると思っています。公営企業の性格からして、チャレンジャラブルに人員整理を行うことはできないでしょう。民間であれば、集約化した途端に人員整理が行われるし、給料も下げられる。民間の場合の統合と、公営企業の統合とは質が違うと思います。民間で人員整理が行われることが当たり前の話になった時、解雇された人たちを次の仕事をできるだけ岐阜県内や岐阜市内、近郊で探せるようなような、何か新しいことがあればいいのですが。
高津 渡り鳥の中継地ではありませんが、一時的に公的部門が雇用の場をたくさん提供するというようなことができたらいいと思います。
伊藤 それはおもしろいと思います。
さいごに
高津 それでは最後に、一言ずつお願いします。
伊藤 やはり今回の作業で強く感じたのは、県内、県外のアンケートを行ったことは非常によかったと思っています。特に県内の人の意見を重要視しなくてはいけないと強く感じました。県外はそれほど重視しなくていいと言いましたが、逆に言えば、やはり改めて県外の人たちの岐阜に対する特別の思い入れがないということがわかりました。岐阜は岐阜の持っている地理的特性や風土的特性、あるいは県民の持っている資質などをもっと広く、県境を越えて利用していくことができる、極めて恵まれた県ではないかと思います。その認識を持ちながら、県外の資源を活用できる人を育てる必要があります。そうすれば、同じ様なアンケートを再度行えば、県外の人が「ああ、あの県か」といったイメージや、岐阜県は県境がない県といったイメージができるのではないでしょうか。考えてみると、九州でいえば、愛知県が福岡県だとすると、岐阜県は熊本県。関東では東京が愛知県で岐阜県は埼玉県。関西では、岐阜県は滋賀県だと思います。要するに都道府県の中でも、熊本、埼玉、滋賀、そして岐阜の4県が極めて有利な条件を持っている県です。県外のリソースを積極的に使え、県内総生産を上げ、失業率を少なくし、新しい雇用を生み出すこともできる、そういった県の一つが岐阜県なのです。
春田 超長期的には、国土軸はやはり東北へ東北へと向かっています。ただ長期的には、やはりチャンスが残っているのは中部山岳地帯周辺だと思います。例えば、21世紀の新しい社会にふさわしい居住環境を求めようすると、結局東北・北海道方向、あるいは中部山岳地帯かということではないかと思います。
福田 行政に全くの門外漢の私に、この研究会に参加させていただき、貴重な体験をすることができました。それは、行政担当者にとって当然将来計画のシナリオに含んでおくべき選択肢が欠落していたり、その選択肢に対する姿勢の柔軟さの欠如に遭遇して驚愕を感じざるを得なかったという体験よりは、むしろ、議論の組立方、方向付けの妙を見せてもらい、感謝しております。ただ、残念なのは、研究会の中で、もはや東京から何も学ことはないという意見がほのかに見えたことです。それは、名古屋からも京都からも大阪からさえも学ぶことはないということです。私は、自治体経営という視点から、これらの自治体から学ぶことはまだまだあると思います。特に県域から圏域へと視点が移る時、こうした姿勢が要求されると思います。
名執 この研究会の作業においては、電子メールで意見を交換する一方、岐阜・名古屋・東京の3都市を日帰り日程で移動して議論をしたりしました。それは何か私が同時に複数の場所に存在しているような経験でした。こうした新しい都市空間を最大限使いつつ一つの成果をとりまとめたという点で、貴重な体験をさせていただいたと思います。
高津 皆様から貴重なご意見をいただきました。本日はどうもありがとうございました。
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