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花王の情報システム革命 平坂
敏夫 |
はじめに
日々変化する環境
企業を取り巻く環境は日々変化している。特に情報社会においては、日進月歩ではなく、日進秒歩、日進週歩といわれる程変化が激しい。この5年間を振り返っても、5年前にはインターネットの言葉すらなく、マルチメディアのマルチも余りなかったが、今はインターネットは常識となっている。このような高度情報化の進展が、個人間、組織内(企業内)、更には組織間(企業間)というネットワークを進展させつつある。逆に、このように進展していくと、スリムでシンプルな生産性の高い仕組みに変えていかないと、生き残れない時代に入ってきたのである。
91年、私がシステム開発担当になった折り、花王の情報システムの見直しを行った。その結果、このシステムではこれからは乗り切れないという結論に達し、30年間使ってきたシステムを再構築することにした。ポイントは、今まで分散し個別に動いていたシステムをいかに統合するかである。ある部門だけ使えるデータベースではなく、コミュニケーションや情報の共有ができる環境を作らなければならないのである。
1 情報システムの役割と力
情報システムの経営に果たす役割は3つある。1つは、経営革新の道具、つまり業務と組織を変えていく道具である。2つ目は、日常の経営活動を的確に把握し、変化を早く読みとり、人より早く変化するための道具である。そして3つ目は、コミュニケーションの革新により、情報システムやネットワークを使い、組織(企業)の力を結集するための道具である。これにより大変な業務の革新につながっていくのである。要するに企業の全ての活動をデジタル化し、ペーパーレス化し、シームレス(つなぎ目なし)化することが究極の姿であり、それが企業間で行われるようになるのがEC(電子商取引)である。
情報の力とは何か。1つは、すべての壁をぶち破る力、要するに国家間の壁、企業間の壁、企業の部門の壁などをぶち破ることである。もう1つは、情報の力により分断されていた業務をシームレス化することである。つまり、EC、EDI(電子データ交換)、ECR(効率的消費者対応)、QR(クイックレスポンス)など、徹底的に自社の業務の中で使える場所を探すことである。このことが経営の革新につながるのである。
2 旧情報システムの課題
今までの情報システムが抱える課題として、@情報の孤立化現象、A紙の洪水、B多端末現象と変換地獄(部署によりデータ変換をしなければならない)というものがあった。この課題をそのまま残していたのでは、電子交換が行えない。このような課題をいかに整理し、これからのネットワーク社会に備えていくかが、一番大きな問題だったのである。
3 再構築の目標−フレキシブルな情報システムを持つ
情報システムを再構築するに当たり、@柔軟でフレキシブルな、Aユーザーのための、Bグローバルなネットワークに対応できる、この3点を目標、コンセプトに掲げた。「柔軟でフレキシブルな」という課題は、非常に難しかったが、この答えはデータベースにあったのである。世の中や組織など様々なものが変わっても、自社内に変わらないものを持てば、それが一番フレキシブルなものになる。その一番変わらないものとは加工されない生のデータベースで、それさえ持っていれば、どんなに変わっても、またもとに戻って加工し直せば、それがフレキシブルなシステムになっていくのである。必ずどの企業でも加工されない生のデータベースこそが一番変わらないものであり、それをいかに整備するかがフレキシブルな情報システムを持つ基本になるのではないか。
4 バーチャルファクトリー実験概略
情報システムの再構築を行っている途中に、NTTが民間企業や公共研究機関の協力を得て94年から行っている「マルチメディア時代の共同利用実験」に応募した「バーチャルファクトリー実験」についてお話ししたい。これが情報・仕事・組織の構造を変えていく一番よい例である。
この実験は花王の和歌山工場と九州工場をつなげ、和歌山工場で一元管理し、オペレーションしようとする実験である。しかし、これは急に応募して、すぐに出来たというわけではなく、10年間ほど下準備が進められた。第1ステップでは、プラントの無人化運転に始まり、第2ステップ、第3ステップと順次行ってきた。
再構築の概念
今回の再構築の概念は次のとおりである。個々の工場は個々のシステムを持ち、工場毎に違うハードを持っている。ハードは3種類でソフトは工場毎に違う。物流は一種類だが、販売も7つのシステムを持ち、北海道、東北、東京、中部、近畿、中国、九州、四国と7つのシステムで結んでいた。このような状況ではとても情報の共有や交換など難しい。例えば、今までの生産のデータベースを物流で見る場合、生産の端末を別に置いて見なければいけない。販売も同じ。これを共有のデータベースを置き、DOS/VのWindowsで見れば、一般的な端末で、生産の情報も物流の情報も販売の情報も全部違う部門で見ることができる。逆にこのような環境に自社内がならないと、企業間の場合は非常に難しくなる。だから、花王の工場が統合して出来る仕事は何なのか。集中して出来なければグループで出来る仕事は何なのか。グループで出来なければ、やはり単独でやらなければならない仕事は何なのか。それを検討し、集中とグループで出来る仕事は従来のクライアントサーバーで、単独で出来るものはパソコンでソフトを作り、単独分散型で行うこととした。
もう1つはコーポレイト系についてである。会計、人事、電子メールや旅費精算、社内掲示板など、工場毎に入っていたものを各工場から全部抜き出し、全社共通のコーポレイト系を構築してネットワークで共有化するのである。生産は本当に生産するものだけをやりなさいというように明確な責任と権限に分けて新しい生産系を構築していった。作業が進むにつれ、これは実際のアプリケーションの数だが、全部九工場で別々に持つと約1万7千本のアプリケーションが必要。しかし、統合すれば1200本となり、機能もアップする。これはほんの一例だが、このようなものを探していくと、スリムになるしシンプルにもなる。
これを進める過程で、偶然、NTTのマルチメディア実験が重なったのである。
情報システムの高度化による変化のあらわれ
和歌山工場では、4階にあるオペレーションルームで、プラント全部を集中オペレーションしている。従来はプラント毎にオペレーションルームを置いていた。まず、第1ステップで何をしたかというとプラント毎のオペレーションを無人化した。無人化すればプラントオペレーションは現場毎に置かなくてもよい。逆にプラント毎にオペレーションしていた時は、そのプラントの仕事だけすればよかったのである(ただ、この場合は組織自体も複雑化していたが)。
しかし、情報システムが高度化してくるとどうなるのか。各プラントが全部あるいはある程度無人で運転できるようになれば1ヶ所で集中してオペレーション出来るようになる。そうなると各工場の組織や仕事のやり方は、仕事自身が簡素化され、非常にシンプルでフラットになる。このように工場や事業所などの情報システムを変えることにより、仕事のやり方も変わってくるし、組織のやり方も変わってくる。参考までに各工場が単独にオペレーションしていた1986年当時の和歌山工場の職制の数は、工場長1人、部長8人、課長32人、係長42人、合計83名で、非常に頭でっかちだった。これを93年にある程度集中し、スリム化した。そして、今度はバーチャルファクトリーで和歌山工場と九州工場をつなげ、工場間のネットワークを高度化すればまた変わってくるのではないか。また、工場間だけではなく企業間のネットワークを構築すれば、もっと変わってくるのではないか。
最終的な目標
我々の基本は、自動化出来るところは徹底的に自動化し集中する。しかし、全てが自動化出来る訳ではないので、手作業の部分は手作業でまとめてしまうのである。また、工場内の部門の壁をぶち破ることも必要である。工場内の部門の壁とは、この情報システムの再構築はOA(オフィスオートメーション)とFA(ファクトリーオートメーション)の融合だから、ブルーカラーとホワイトカラーの壁である。工場にいる人は、間接業務も出来ればオペレーションも出来る。その位にならないとこれからはやっていけない。このようにして工場内にあるすべての壁をぶち破るのが情報の力である。工場を高速回線で結ぶと情報の力は時間と空間を超越し、九州工場を和歌山工場の九州現場に変えてしまう。これによりリアルタイムに情報をもらい、オペレーション出来るのである。これが和歌山工場の実験である。
そして、最終的には、将来の企業組織のあり方や新しい仕事のやり方について、企業全体で、販売部門で、物流部門で、その他の部門で、そして、企業間で応用できないかということである。企業間で行った例としてはジャスコが小売店と一緒に行っている共同取り組みの中で今、進めている。これにより企業内、企業間、その両方のネットワークにより情報化が進められていくのである。
5 経営、業務の革新の要点
経営、業務の革新の要点は、仕事の構造と情報の構造を一致させることである。往々にしてシステム化は行ったが、仕事のやり方と組織は従来のままというのが実は多く、システム化したからにはそれらを変えていかなければいけない。このような状況下においては、仕事の構造を権限の集中型から分散型に変えていかなければいけないと考えている。
今、仕事の構造、組織の構造、情報の構造がネットワーク型、クライアントサーバー型に、またオープンなインターネット、イントラネット(企業内インターネット)が常識のような社会になりつつある。このような社会において、情報が双方向で出来る時代に完全にフラットな形するのは難しいのだが、究極的にはよりタイトな構造に持っていかなければいけない。フラットな組織には二つの意味がある。本社に権限が集中してしまう権限集中型の組織の場合、確かにフラットに出来ることは出来るのだが、本社が非常に大きくなってしまう。やはり極力権限を委譲した組織にしないと、本当のフラットにはならないのである。フラットな組織とは、一つはマトリックス型組織である。マトリックス型組織とは、フラットな組織を折り曲げたもので、フラットな組織であれば、いつでもマトリックスに出来る。もう一つはネットワーク型組織である。この組織は、それぞれの部門を結べばよく、結べばネットワーク型になる。情報システムを使っていかにフラットな組織にもっていくかがこれからのネットワーク型組織に対応した形なのである。
6 コアコンピタンスを持つことが生き残る条件
花王もプラントCALS(生産・調達・運用支援統合情報システム)の活動に入っている。やはりCALSやECは、21世紀の企業戦略になる。ネットワークとコンピューティングが高度化してくると、コアビジネスを持った企業同士がネットワークで結ばれる時代になってくる。つまり、コアを持たない企業はネットワークの中に入ることができない。だから今は、今までの系列とは違うネットワーク系列が新たに形成されつつある。花王でも、花王のコアコンピタンス、つまり他社にマネの出来ない一番強い技術は何か。それを育成していかないければ、これからのネットワーク社会では生き残ることはできない。いくら情報化が進み、よい情報システムを構築しても、他に負けない技術がなければネットワークの中には入れないのである。日本の企業は、相当の技術を持っており、このネットワークを利用すれば、一地方の会社が世界の会社になることも可能だ。今までのステップを踏まないで、一気にネットワークを利用することにより、小さな個人が大きな企業と対等に戦える。それがこれからのネットワーク型社会なのである。
7 これからの業務のポイント
今までの仕事の処理は社内便で伝達し、受け取って処理していた。仕事を製品開発から出荷するまで、いかに短期間で行うかが問題だったが、これからはこれらを情報処理や情報のネットワークを使ったり、データベースを使ったりして短縮すればよいのだが、このためには、企業活動の全てを電子交換で共有化しなければいけない。今は、音声や映像などマルチメディアデータベースが作れる時代。そして、個人がパーソナルコンピュータで自在にコネクト、アクセス出来る時代である。このようにインフラが整備された時代になると、社内便や封筒による伝達からデジタルの伝達になる。データベースに入力すれば後はグループウェアを使って配信し、処理するだけである。処理はコンピュータを使って行う。仕事には直列の仕事と並列の仕事があるが、あとは直列の仕事をいかに並列にするかである。これは権限の委譲と責任のあり方のことだが、出来るだけこれを並列にし直列を無くして、フィードバックの仕事をなくしていく。イントラネットにより、商品開発部には研究所や薬事、消費者センター、生産部門からなど様々な所から情報が集まってくる。その情報をベースにいかに短期間で商品開発をするか。このポイントとなるのが共有のデータベースとネットワークであり、それをうまく働かせるのがイントラネットである。これにより、花王ではマルチメディアデータベースの作成を進め、CALS、標準化による情報の資産化を進めていった。大切なのは、情報の源流管理を行うこと。そして、同じ情報は二度と作らないこと。逆に、一番苦労するのが、どこにどういう情報があり、誰がこれを作っているか、という検索ソフトである。いかに検索しやすく、しかも、新しいものと古いものの管理をどうするかがこれからのポイントとなる。
これからの仕事のやり方とは、人中心の仕事から情報中心の仕事に切り替えていくことである。一つの大きなネットワークを輪にして、中央にマルチメディアのデータベースを入れた形で進めていくというものである。花王では、今、シャンプーやリンスなどを作る商品開発部門でこれを進めている。これに共有化を容易にする仕組みを付加し、容易に作れる環境を整備する実験も進めている。
今、インターネットやイントラネットといっても、多くの問題がある。一番の問題は、素人のユーザーが双方向に情報交換出来ないということである。インターネットもイントラネットも専門の人はすべて打ち込まなくてはいけない。あと1年か2年程すればWORDやEXCELからイントラネットやインターネットを意識しないで、直接情報交換が出来るようになるのではないだろうか。このような形になれば非常に便利になる。今はまだインターネットもイントラネットも双方向ではなく一方向の情報交換だが、このように短縮化を図り、コスト削減を図るのである。
8 製販一体化の情報システム
今、メーカーと小売業ともに競争が激化し、消費者の価値観が変化している高度情報化社会が到来している。このような中でメーカーはメーカーだけ、スーパーはスーパーだけというような仕事はもう出来なくなってきている。サプライチェーンの中で最大の効率を上げていかなければいけない時代に入ってきており、メーカーと小売業のパートナーシップにより情報の共有化を図り、総合的な共同取り組みを図っていこうという動きがあるが、実際には、お互いの情報を共有するため、信頼関係がなければ出来ない。このことは最終的には真の消費者サービスを実現し、エヴリディ・ロープライスを実現していこうということである。そして、今までの、物を納める、物を買ってあげる、店頭に陳列してあげる、という関係からパートナーという関係になりつつある。これが一社だけでなく、サプライヤーも含め、生産メーカー、流通、消費者という中で全体のサプライチェーンの効率化が今、最重要課題になりつつある。だから、今まで進めた企業内ネットワークだけでも標準化し、自在にネットワークのとれる仕組みを構築しておかないと何も出来ないのである。このようにEDIを通して商品の情報を共有し、新製品・改良品の発売情報、取扱いの検討情報、EOSのマスターなど、商品企画データや商品登録データを従来の紙ベースではなく、データ交換する。発注と受注もジャンコードにより行うなど、全部電子データ化する。入庫と出荷処理、納品業務もノー検品にし、出荷データを送り、ノー伝票、ノー検品で行う。このように電子的に行い、請求、支払いといった請求データと支払いデータも全部紙を無くす。最終的には自動発注と補充もPOSデータを使う。このことにより商談の革新、棚割の革新といったものも提案していくのである。以上のようなことを全メーカーと小売店との間で広げ、製販同盟をとらないとこれから生き残ることはできないだろう。
おわりに
今後の企業情報システムとはフレキシブルなシステムで、最小エレメントのデータベースを持つことである。今、超並列コンピュータが非常に安く購入出来、これを使うことによりいくらでも対応出来る。そして、形式情報データベースから意味のある情報データベース、つまりマルチメディアデータベースに移行しつつある。今、基幹系システムもパッケージソフトで行う時代が来ており、大変な時代になりつつある。よく日本は元気がないといわれるが、情報ネットワークを使えば日本企業の底力はまだまだ出てくるのではないか。これから積極的に情報ネットワークを使用し、よりオープンにして信頼関係を築き、取り組んでいけば、まだ日本の生きる道、我々の生きる道というのはある。今のままでは、成功による復讐が必ず来る。真っ先に自身が変化していくことこそが将来の発展の源ではないだろうか。この変化を促してくれるのは、これからの情報化技術、ネットワークであり、これからの我々を支えてくれるのである。
(この講演は、去る平成9年2月12日にソフトピアジャパンセンター・セミナーホールで開催された「岐阜県産業情報化フォーラム」の講演内容をまとめたものです。)
ひらさか・としお 花王株式会社生産技術部門取締役国際担当。 1944年生まれ。横浜国立大学工学部卒業後、69年、花王(当時、花王石鹸)に入社。パーソナルケア事業本部生産技術部長、東京工場長、システム開発部長を経て、92年に取締役就任。95年、システム開発部門統括の時期を中心に、92年5月から95年5月にかけて、情報システムの全社的再構築を推進。 共著に「花王情報システム革命」(ダイヤモンド社刊)、「産業情報ネットワークの将来」(通産省情報政策企画室編、日刊工業新聞社刊)がある。 |