講演
21世紀に向けての展望と創造的事業戦略

(株)ヘッドクォーター
社長  山内英二郎


 

転換期の到来

 今、日本は明治維新以来の非常に大きな転換期を迎えている。社会、経済、政治、文化といった様々な環境は変化し、特に経済は高度成長期から成熟期に入ってきた。従来、日本は高品質なものを低価格で製造、販売し世界一の実績を上げ成長してきたが、これからは第二次産業から第三次産業、第四次産業(※)へと市場自体が変化していくに違いない。現に日本においてもサービス産業従事者が製造業従事者よりも多くなっており、発想の転換が必要な時期になってきている。

 ※ 第三次産業とはサービス産業、第四次産業とは高度情報産業のこと。

 

規制緩和の進展

 経済の活性化のために規制緩和が活発に行われている。例えば、旅行代理店のHISが航空事業に参入するという。そうなれば日本の航空業界も安売り合戦となり、航空券も半額程度になるといわれている。また、アメリカの大手電話会社ATTは日本市場に参入し、日本からの国際電話料金を半額程度で提供してきており、このところ非常に規制緩和が進んでいる。特に流通に関しては相当程度規制緩和され、アメリカ系流通業社が次々と参入してきている。玩具では「トイザラス」、スポーツ用品具では「スポーツオーソリティー」、文具用品では「オフィスデポ」。アメリカの流通業を見ると、ショッピングモールがたくさん地方に出来、大型店舗が主体となるような流通体系になってきている。これから日本もアメリカと同じように大型店舗が次々と出来てくるのではないだろうか。
 一方、金融、医療、通信、運輸、教育といった分野は規制で身動きが取れないでおり、これらの分野が規制緩和されていけば、新しい事業が展開されていくのではないか。一部に「規制緩和は待ってくれ。一般論としてはいいが、私の分野では困る。」というような意見があるが、大局的に見ると、出来るだけ早く国際市場、自由市場に入り力をつけていくことが日本の長期的な発展につながっていくのである。

 

市場の加速化

 市場が変化するスピードが非常に速くなってきている。以前なら一つの商品を開発すれば、5、6年は製造販売できたが、最近では、特にパソコン市場においては、五、六ヶ月で商品を変えたり、新商品を市場に出さないと競争についていけないという状況にある。パソコン市場が特別だとする意見もあるが、今はパソコン市場の変化のスピードがスタンダードなのである。今までは歩きながらいろいろな仕事が出来たが、今は市場の変化と一緒に走っていかないとついていけないのである。
 ネットスケープ社のジムクラーク会長の言葉だが、「昨日のインターネットと今日のインターネットとは違う。そして、今日のインターネットと明日のインターネットとはまた違う。」という。日々インターネット市場というのは変化しているのである。私もインターネットに「ベンチャーフォーラム」というホームページを作成したが、毎日状況が変わっていく。もし自分でホームページを作り、多くの人にホームページを見てもらいたいなら、毎日新しい情報を提供しないといけないだろう。

 

技術開発の変化 − パソコンとインターネット −

大企業では社員一人にパソコン一台という時代になり、経営自体が変わってきている。中小企業でもかなりパソコンが普及し、経営の合理化が進んでいる。製造部門では、今まで機械やパソコンを使ってロボット工場を作り合理化を進めてきたが、これからは事務レベルやサービス分野でも合理化が進んでいくだろう。インターネットの普及についてだが、あと5、6年はかかると見ている。ただし、端末機の普及、回線料の低価格化が速やかに行われれば、日本でも2000年までには相当インターネットが普及するのではないか。インターネットは、コミュニケーション、メディア、出版、教育、医療、ビジネス全般に影響を及ぼし、産業革命をもたらすような大きな変革をもたらすのである。

 

市場からの変化 − 販売志向から顧客志向へ −

 経済が成熟期に入り、市場ニーズが非常に細分化され多様化している。今までは販売志向だったが、これからは顧客志向の戦略を採らないと市場ニーズに応えていくことはできない。顧客志向というのは、顧客の立場に立って商品開発をし、販売していくということである。販売志向の場合は販売数量が目標だが、顧客志向の場合は顧客満足度が目標になってくる。日本経済新聞の調査によると、日本の購買は低迷しているが、消費者は何か良い物があれば買いたいと考えているという。また日本のメーカーはマーケティングを重要視しなければいけないと考えてはいるが、全体としては販売志向から脱却出来ておらず、顧客志向に向いていない。日本の消費者は1400兆円の貯蓄を持っているといわれており、まだ潜在的な購買力はある。しかしそれを満たすような商品が出て来ていないのが現状である。ヨーロッパのブランド商品はどんどん日本人に売れていると聞く。通信販売業でも日本の通信販売業社ではなく、海外の通信販売業社の売り上げが伸びているという。日本のメーカーは顧客ニーズというものを再度考え直す時期ではないかと感じている。
 顧客ニーズを考える上で、顧客の価値の変化を把握しなければならない。高度成長期を経て、生活レベルが高くなり、顧客の価値観が機能的なものから情緒的なものにシフトしているのである。今までは、強い、大きい、耐久性があるというものが求められてきたが、これからは、楽しさ、美しさ、優しさといった情緒的なものが求められてくる。今の日本の消費者は、楽しさや美しさ、優しさに対し10万円、20万円のお金を払ってくれる。やはり、日本のメーカーも商品のイメージを大切にし、顧客の欲している情緒的なものにシフトしていくべきなのである。
 価格設定については、今まではコストから30%、40%のマージンを乗せて設定をしていたが、これからは顧客の満足にあわせて価格設定をしていかなければならない。ソフトバンク社が日本ノーベル社に投資した。日本ノーベル社はコミュニケーションネットワークのソフトウェア会社で、ミカン箱の半分ぐらいの大きさのソフトを100万円で販売している。ソフトの中身はフロッピーディスクとマニュアルのみで、原価は10万円か20万円ぐらいだという。ソフトバンク社の孫社長は暴利をむさぼっているのではないかと思われるかもしれないが、そのソフトを使うことによって、オフコンが行う仕事をパソコン五、六台で出来てしまい、そのため購入者は5、6000万円の節約ができるという。100万円という価格は決して高くないんだと話していた。
 これからは、情緒、イメージやニーズで販売していけば、非常に高い利益率が保てるのである。これからの日本メーカーが進んでいく方向は、情緒やイメージを大切にした高度情報化産業ではないか。情報によりイメージづくりをしていくようになっていくのではないか。

 

創業のアイデア、創造性をいかに開発していくか

 創業のアイデアや創造性をいかに開発していくか、その一つの方法を紹介する。
 これまでは既存の技術や会社の資産をいかに利用するかだったが、これからは将来の市場ビジョンを描き、自分の製品、事業のコンセプトを作る。それは現在の資産や事業とかけ離れているかもしれないが、そのギャップをアイデアと知恵を使って埋めていく。事実この方法の場合、非常に新規的、革新的な商品が開発されているのである。
前述したように旅行代理店のHISが航空事業に参入するということで話題になっているが、航空会社は装置産業、旅行代理店はサービスオリエンティッドな産業ということで、今まで持っていたHISの強みとはつながらないのではないかという声がある。しかし、HISの澤田社長はアメリカで非常に活発に、しかもうまく運営されている格安航空会社を見て、これを日本でやりたいと考えた。彼のビジョンと現実とにはギャップがあるが、このギャップを越えて事業化していくのが今のベンチャー企業の方法である。運輸省も国際競争に勝つために、このような会社もつくらないと日本の航空産業が活性化できないとして、徐々に澤田社長をサポートしていくようになってきている。
 ベンチャー企業の方法は、初めにビジョンを持ち、現状とビジョンとの間に相当なギャップがあっても、最終的にはやってみようということなのである。また現状からビジョンまでつながっていればいいが、つながっていない場合でも、夢とロマンを達成するために敢えてチャレンジしてみるという方法もある。
 創業社長はイメージというものを非常に大切にしている。創業者の講演で「創業とは何ですか?」と聞くと、「白いキャンバスに自分のイメージを描いていく。」と答える方が多い。つまり現状にこだわりなく、将来のビジョンを頭の中に描き、自分の商品コンセプトを作っていくという方法である。敢えて商品のコンセプトと現状とのギャップを作るのである。そして、そのギャップを埋めるにはアイデア、つまりひらめきを使う。現実とはギャップのある問題を明確に提起し、それをずっと頭の中に置いておく。それは1週間になるかもしれないし、1ヶ月になるかもしれないが、道を歩いている時やお風呂に入っている時などふとした時に解決策が出てくるのである。このような方法で知恵を出して行っている創業者は以外と多いのである。
 私の場合、マネージャー時代においては、過去の分析を行い、その延長線上に自分の計画を立て、リスクは負わずに80%の確率で達成するという目標を掲げて仕事をしていた。しかし、創業に関わる時は、過去の実績とは関係なく将来のビジョンを作り、目標をイメージして、そこから逆に現状まで線を引っ張り、具体的に目標を達成するために何をすればいいかという発想をしている。この方法の場合、非常に画期的、革新的なアイデアが出てきて、創業には非常に役立っている。

 

経営方法を変化させる

 市場の変化にあわせて、経営方法も変えていかなければならない。事業は市場の上にあり、市場と密着していないといけない。企業の寿命は25年とか30年だという人もいるが、それはその企業が市場のニーズを満たさなくなってしまったということで、事業は永久的に存続するんだという社長もいる。ジャスコの岡田社長は、25年経ったら経営方法を変えていくという。彼の経営理念の中に「会社の大黒柱に車輪がある。時代が変わって市場が変われば会社の大黒柱は移動しなければいけない。」という。ジャスコの場合、岡田屋という名前で25年、ジャスコという名前で25年、そして今、イオングループという新しい名前にしている。
 事業化の中で「ゼロから出発しなさい」とよくいわれるが、技術や施設、設備を持っていると、どうしてもそのことが気になり新しい発想が出てこない。まず自分を白紙の状態にし、市場の純粋なニーズを把握する。そのニーズに自分の技術や工場が適合したら使用すればいいし、できないとしたら新たに事業を起こしていく。技術や工場が使用できないということは、もしかしたらその施設は時代のニーズにあわなくなってきている可能性もある。
 最近、出来るだけ何も持たない経営者が出てきている。ファブレスという言葉があるが、ファブは英語で「ファブリケーション−製造、工場」の意味があり、レスは「ない」ということで、工場を持たないメーカーのことである。
コンピュータ会社の「アキア」の場合、大手メーカーの部品を使いながら製造を外注し、一番消費者のニーズにあうコンピュータを作っていく。市場が6ヶ月ごとに変わっていくといわれても、アキアは十分対応できるという。アキアは自分の工場や製造技術は考えず、本当に消費者のニーズにあったパソコンを企画し、製造し、お客様が必要とするタイミングで販売しているのである。市場の変化やスピードが非常に速いために出来る限り自分の専門分野、商品開発に特化していくという方法である。
 有名な金型の部品メーカーである「ミスミ」の場合、自社では市場調査と企画、システム開発のみ行い、販売はカタログ販売、製造は外部に任せている。そして、出来るだけ効率を上げるため、人事、経理、物流、配送を外部に任せるという方法を採っている。一番自分が得意としているところに特化し、集中して仕事をするのである。そうすると、そこが一番付加価値の高いところになってくるのである。

 

独創性、個性を持った人を活用せよ

 今の市場では新しい商品を開発しても5、6ヶ月しかもたないため、定期的に新しい商品が開発されるシステムを組まないといけない。また、創造開発に適した人材も、今までとは違った資質が求められてくる。つまり、これからの商品開発は現状を打破し新しいものを作っていく資質が求められるのである。製造ラインの場合、協調性や順応性が重要だったが、創造開発するためには、独創性、個性が重要になってくる。今までは出来る限り不良品を出さずに失敗をなくすことが目標だったが、創造開発ではある程度リスクを負いチャレンジするような、また何もないところから新しいものを作っていけるような人材がこれからは必要となる。今まで「製造の効率を上げなさい」「チームワーク、協調性を重視しなさい」といわれ、独創性や個性を持った人達は埋もれてしまっていた。こういった資質を持った人達を出来るだけ有効に活用していくことが重要なのである。
 こういった資質を持った人達を有効に活用する必要条件が四つある。1つは自由な環境。2つ目は権限移譲。3つ目は加点主義。4つ目は業績にあった報償制度である。
 独創的な発想というものは、管理された状況では生まれてこない。九時から五時まで机に座っていなさいという環境では、いいアイデアは生まれてこないのである。2つ目の権限移譲については、市場と接している人に任せてしまうという方法である。新しいものは、市場とのトライアンドエラーを繰り返しながら出てくる。今までは末端の社員が市場を調査し調査結果を上に上げ、こまかい事まで上が決めていたが、創造開発をさせるためには現場に意思決定をさせ、トライアンドエラーをすることが必要である。成功している起業家でも八割は失敗し、残った二割で大きく成功している。つまり失敗についてはあまり罰則をつけずに、リスクを負ってチャレンジさせる加点主義が重要になってくるのである。また非常に時間や労力を使うので、業績に連動した報償制度が必要となってくる。人間は、それだけの見返りがあれば力を注ぎ込むもので、横並びの給与では力を出してもらえない。このような環境下で社員が仕事をしている会社がソフトウェアハウスのスクウェアという会社だが、非常に伸びている会社である。ここは裁量労働制を採っていて、午後1時までに1分でも会社に顔を出したら出社とし、それ以外の時間はどこに行っていてもいい。スポーツクラブで水泳をしていてもいいし、テニスやジョギングをしていてもいい。アイデアは自分が楽しいことをしている時に出てくるので、結果的にはいいアイディアが出てくる。報償制度によって、ソフトウェアハウスのスクウェアでは、20歳代でも2000万円の収入が可能だと聞いている。

 

創造開発の組織はプロジェクト型

 従来製造ラインや営業などの分野はピラミッド型の組織によって指揮命令を明確にし、効率を重んじてきたが、個性豊かな人に新しいアイデアを出してもらうためには、ピラミッド型ではなくプロジェクト型の組織でなくてはならない。クリエイティブな仕事をやっている会社は、プロジェクト型の組織によって創造開発が行われている。プロジェクト型の組織においては、プロジェクトリーダーがプロジェクトを提案し、会社がOKを出したら自由にスタッフを集めプロジェクトチームを作る。提案したプロジェクトを実行し完了させれば、チームを解消し、また新たな仕事をするという方法である。非常に自己実現ができる組織である。会社としては創造性豊かな人に自己実現の場を提供するということが重要になってくる。

 

おわりに

 今、事業を興すには絶好の機会である。このような機会は100年に1回ぐらいではないか。日本経済はこれから高齢化が進み、停滞してしまうかも知れない。できる限り多くの事業を展開していってほしいと願っている。
最後にクリントン米国大統領は就任演説の中で、変化しないことで発生するコストの方が変化を行うコストより大きいという。今、何もしないでいることは何かを創業したり、変化を起こしたりするために必要なコストより結果的にはるかに大きい、そんな時代に入ってきているのである。