| 座談会 |
| 21世紀にはばたく女性アントレプレナー
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<司会> 江上 節子 氏 ( 産能大学経営情報学部 助教授 ) <出席者> ( 50音順 ) 大竹 薫 氏 ( WWBジャパン 代表 ) 佐々木かをり 氏 ((株)ユニカルインターナショナル 代表取締役社長 ) 染谷 ゆみ 氏 ((株)ユーズ 代表取締役社長 ) 森田 槇子 氏 ((株)ベル 代表取締役社長 ) <センター> 渡邊 東 ((財)岐阜県産業経済振興センター 理事長 ) |
| 渡邊
本日はお忙しいところお集まりいただきありがとうございます。 近年企業経営の分野で、東京をはじめとする大都市を中心に男女の差を感じさせずに活躍する女性の起業家が増えていますが、大都市以外の地域では女性の活躍は少なく、その潜在能力が十分に活用されているとは言い難い状況であります。また女性の特徴を生かしたきめ細やかで付加価値の高いマネージメントサービスは、社会経済の活性化に役立つと思っておりますので、 このところ少し上向き感も出ていますが、長期にわたって停滞している地域経済の閉塞感を打ち破るとともに、21世紀を地方主導の時代として一層輝かせるために、多くの女性起業家が岐阜県で活躍することが期待されています。このような背景のもと「21世紀にはばたく女性アントレプレナー」というテーマを設定いたしました。 本日の座談会は、実際に起業されご活躍されている方を中心にお集まり頂いておりますので、起業されたきっかけとか、会社を設立した時又は経営されているうえでの苦労やお困りになられた問題点、そして起業のための環境整備について期待する点、これは行政に対してでも社会全般に対してでも結構ですが、さらには今後起業されようとする女性に対するアドバイスなど各々の立場から具体的にお話し頂ければと思います。 それでは、江上先生の司会でよろしくお願い致します。 |
| 江上
本日は様々な分野から出席になられていますので、最初に、皆さんがどういうきっかけで事業展開をされるようになったのか、今行われている事業の内容は何か等について、それぞれお話しを聞かせて頂きたいと思います。 最初に染谷さんからお願いします。 |
廃棄物を資源に変える |
| 染谷
私の祖父が50年前に天ぷら油を回収してリサイクルするという会社を起こしまして、今は染谷商店ということで長兄が3代目としてやっています。 天ぷら油を回収して石鹸だとか、家畜の餌、塗料の原料などにリサイクルします。リサイクル事業の一番の難しいところは、原料を回収するところで、製品が売れなければ仕入れを止めればいいというものではなく、原料は毎日出てくるものは出てきて、それをきちんとラインに乗せていかなければなりません。天ぷら油も古紙や鉄くずのように値崩れし、ダブついてストックしなくてはいけないという状況になっています。 そこで新規用途を作って自分たちが主導的にきちんと流せる商品の開発が必要であると考えまして、天ぷら油から車の燃料を開発しました。ゴミ事業が東京都から特別区に移管したのを受けて、今年の春から墨田区内の家庭用天ぷら油の回収を一手に引き受けて、それから生産した燃料をゴミのパッカー車とか庁有車に使うという実験を始めているところです。 私は、染谷商店の関連会社として1997年の3月にユーズという会社を起こしました。染谷商店では天ぷら油から作った軽油に変わる燃料(VDF・・・ベジタブル ディーゼル フューエル)を作っていますが、「これをもっと広げていきたい、循環社会の新しいモデルを作りたい」という考え方でユーズを作ったわけです。“廃棄物が資源になる”というのが21世紀のキーワードではないかと思っております。 そもそも染谷商店の考え方としては、「町の中の町工場でありたい」というのがありまして、こうゆう商品を作ったからといって会社を大きくするというのではなく、染谷商店は染谷商店の良さを地域の中で残していきたいという思いがあります。しかし、一方で強い期待もありまして、3年前に自分が会社を起こした時には、自らの強い意志というよりは、協力者が出てきてあれよあれよと言う間に起きたという感じでした。そのように無理なく起きてしまいましたので、家族の反対も何も無かったわけです。 |
循環型社会の新しいモデルを目指す |
| 染谷
江上先生もおっしゃっておられる『スモールビジネス、コミュニティビジネス』というのが、これから町の中で機能していくのではないかと思っています。ユーズの夢は株の公開だとか、全国へ出ていくというのがあるのですが、基盤をしっかり持って町の中で機能させていくことを課題としてやっています。小さい中で循環型社会というのを実現して、それを大きくしていくことができれば、そこから先に、国としてのビジョンが見えてくるということを思って、一生懸命やっています。 私は今も染谷商店の役員を兼任しています。また今年の春には次男が創業して地域活性化事業みたいなものに取り組んでいます。4人の兄弟のうち3人が社長になっていまして、自分たちがそれぞれの会社を守りながら、また連動しながらやっています。 |
| 江上 染谷商店グループ、コンツエルンになっているわけですが、従業員は何名程ですか。 |
| 染谷 グループ全体で40人程です。環境事業、循環型社会づくりとして、『本と森の交換』『U's BAR あぶらや』『e−sumida電子商店街』などを仕掛けています。(http://rdf.co.jp) |
| 江上 染谷さんご自身は、会社を起こされる前はどのようなキャリアを積んでこられたのですか。 |
| 染谷
我々の世代は人数が多く、まとめて詰め込み教育されてマニュアル人間を作るという感じが主流だったのです。私自身は、高校で割と自由な発想の教育を受けてきたこともあって、大学に進学せず18歳で1年近くアジア放浪の旅に出ました。そこで、様々な経験をして、自然の驚異や生きていることの不思議さを感じるとともに、人間の弱さ、小ささを認識させられたのです。日本へ帰ってきてからは、環境の話などを熱心にしていたのですが、当時は環境関連のビジネスもあまり無く、なかなか相手にされませんでした。 その後ブラブラしていてもどうかと思い、10カ国以上旅した者だけが入れる『HIS』という会社に入社しました。その会社でいろいろ経験させて頂きましたが、特に社長の理念が素晴らしかったと思っています。香港支店にも行かせてもらったりして、1年半程その会社ではお世話になりましたが、そこで受けた影響が非常に大きかったと思います。 |
| 江上 ありがとうございました。それでは次に森田さんお願いします。 |
女性が伸び伸び働ける環境づくりを |
| 森田
私は平凡に結婚しまして、子供が3人おります。生まれは大阪で、父親が会社を経営しており、一度不渡りを出して、倒産を経験したりして、会社を経営していく大変さは、子供の頃から見てきました。 私たちの年代は、女は一度は結婚して家庭に入るべきで、結婚しないのは行き遅れみたいな風潮があった時代です。独身の頃は建築事務所に就職していたのですが、そこは女性も男性もなく働ける環境でした。その会社の設計部門に女性で課長職についた人がいまして、その女性に憧れ、一時夜学などで建築設計の勉強をして図面の仕事を目指していた時もありました。しかし、私の適性から、人と接する仕事や、役員の秘書的な仕事の方が良いのではと思われて、そちらの仕事をしていました。その後、結婚か仕事かで迷った時期がありましたが、「女は一度は結婚しなければ女としての色が出ないよ!!子育てをして家庭を育んでいくことも一大事業だから、いい機会があれば飛び込んでいくべきだ」という社長の一言もあって、結婚して岐阜に来ました。社長はまた「思いを持ち続けていれば、必ずチャンスが来る」ともおっしゃっていました。その言葉もあって、私は一生通じて仕事に携わっていきたいという思いを頭の片隅に持っていたのです。 家庭に入って、PTAの役員などをやらせて頂く中で感じたことは、とても優秀な女性が家庭に埋もれているということでした。いろいろな企画を推し進めていく際、女性が非常に力を発揮するのを経験したりもしました。しかし一度家庭の中に入った人がいかにチャンスをつかんで社会に出ていけるのかという部分については難しいなとも感じていました。 |
家庭に埋もれた主婦を活用 |
| 森田
一番下の子が手を放れた時に実際に何かやっていきたいという思いが沸々と湧いてきたのですが、一度家庭に入った女性が社会に出ようとした時には、いろいろな制約があり、そういった女性の後押しができる、女性が伸び伸びと働けるきっかけを作るための会社を起こそうと思ったのです。 ただ何も無いところから素人が会社を作ろうとするのは非常に大変ですし、かなりのブランクがありましたので、2年間程名古屋の経営コンサルタント会社に就職して、そこでいろいろな経験をつみキャリアをつけて独立しました。 12年前に自宅の6畳ぐらいの部屋に机一つと電話一本で始めましたが、人材派遣業というよりは主婦活用ということで主婦代行業の様な仕事が多く、草取りがあればみんなでワッと行くというような出来る事からやりました。何か手助けして欲しい人の所へ行って、主婦の力を活用する、お互いに求められる人と求める人がうまくマッチングしていけばいいという考え方で立ち上げたのです。最近は介護の問題が大きく取り上げられるようになっていますが、当時から寝たきりの人の介助をしたり、食事の用意をしたりしました。仕事が入れば何でもやるというように、身近な所から入っていったのです。 今でもそのような家事介助的な仕事も残っていますが、登録する人は「フルタイムの仕事が欲しい」依頼する側は「パソコンの入力が出来る人や、経理が出来る人が欲しい」という話が増えてきて、それなら派遣業務ということをきちんとやろうということで、派遣の勉強をして労働省の認可もとって、除々に会社としての形を整えてきたわけです。現在、社員は10名程で、派遣登録者は5千人以上います。岐阜では多分大きい方だと思いますし、信用も出来上がって来ています。(http://www.gix.or.jp/~k-bell) |
| 江上 染谷さんの時代とは、異なる時代をくぐり抜けられてきたということよくわかりましました。それでは次に、サイトを開かれてほやほやの佐々木さんお願いします。 |
| 佐々木
私はユニカルインターナショナルとイー・ウーマンの2つの会社を持っています。 ユニカルインターナショナルは14年前に作った、国際コミュニケーションのコンサルティング会社で、バイリンガル、マルチリンガルといった外国語ができる人達、現在70カ国言語1700名の同時通訳者や翻訳者がいて、企業向けのサービスをおこなっています。(http://www.unicul.com) イー・ウーマンは3月に出来た会社で、サイトは9月25日に開いたばかりです。こちらは女性向けのインターネットサイトです。iモード開発者の松永真理さんと一緒に始めたということで、注目を浴びています。(http://www.ewoman.co.jp) 私がユニカルを作った頃は、女性がそれこそ親の力でもなく系列でもなく会社を作るというのは非常に珍しかった時代です。起業したというものの、仲間には出会えなかったし、ましてやこのような座談会というのは有り得ませんでした。そのため自分自身でプロ意識のある女性ネットワークを作ったり、女性起業家セミナーを開催したり、96年からは働く女性向けのインターネットサイトを作ったり、「国際女性ビジネス会議」を主催したりしてきました。 |
大きな仕事で自分を支える |
| 佐々木
会社を経営するとともに、私自身を支えたい、モチベーションを保ちたいがために、ネットワークを作ったり、インターネットのサイトを作ったり、大規模な会議をしてきました。去年の4月に2人目の子供を産んだのですが、産んだ途端により大きな仕事をしたいと思うようになったのです。今思えば、1人目を産んだあたりから、何時か2人目が産まれるかも知れないからと、無意識のうちに規模を抑えてきたような気がします。1人目の時は産まれる当日まで仕事をしてきた元気な妊婦でしたが、2人目もそうだという保証もないし、融資を受けたり、他の企業と組んで3年計画でプロジェクトをしたりというのは私個人が責任を取れないと感じていました。ですから1年くらいのあるいは自分の資金の規模でできるものに抑えてきたよう思えます。2人目の元気な子供を産んだ途端、フツフツと抑えていたものが出てきました。「ウイメンズ・ゲートウェイ(http://www.women.co.jp)」を運営していましたが、もう少し大きな規模で運営したいなどと思うようになり、10年来の友達であった松永さんと食事をした時に、「サイトを大きくしたいのですが、編集面で手伝ってもらえませんか」という話になりました。1年間話を進める中、新しいコンセプトを持った別のサイトを、新会社で作ろうということになり、イー・ウーマンを作ったのです。イー・ウーマンのほうは、外部の資本も入れて頂いて、ユニカルとは全く違ったやり方でスタートしています。まだ立ち上げたばかりです。反響は大きいのですが、改良したいところがいっぱいあります。今は楽しみながら、改善しているところです。 国際女性ビジネス会議のほうは、会員組織にしていませんし、特に広告もしていません。口コミとDMだけですが、今年は721人の参加がありました。会場アンケートでは、出席者の平均収入が659万円で、平均年齢が35.8歳、インターネットユーザーが95.4%という特別な層の働く女性たちが集まっている、という結果になっています。広告していない会議を自分で見つけてくる方々だけあって、とてもやる気があって情報通の積極的な人だけが、自然と集まったのでしょう。参加者からも毎年喜びの声を頂くのです。 |
| 江上 国際女性ビジネス会議は、何回目ですか |
| 佐々木
この規模になって5回目です。私はNAPWという非営利の団体を運営していまして、そちらで6回開催しています。名前を変えて5回で、私個人としては会議11回目になります。 「ウイメンズ・ゲートウェイ」というユニカルのサイトも持っていまして、そこでは女性起業家のおしゃべりのページとか子育てのページとかがあります。イー・ウーマンの方では、新しいアプローチで、女性社長やフリーランサーなどの名鑑も掲載しています。11月からは「起業、SOHO、フリーランス」のページに「独立派チャンネル」を設けて、独立をめざす人のための情報提供なども始めました。いろんな形で、支援したり一緒に何かやっていきたいと考えています。 |
| 江上 佐々木さんがユニカルインターナショナルを何故作ったのかというあたりはいかがでしょうか。 |
付加価値を備えた通訳、翻訳会社に |
| 佐々木
フリーランスで通訳をしていた頃、通訳者のギルドみたいなものを作って、まとめ役を私がやっていました。その報酬の受取や支払い事務なども代表してやっていたのです。その後「きちんとした会社組織にしてもらえばもう少し大きな仕事をお願いできるんだけど」と企業側から言われ、あまりよくわからないまま、有限より株式のほうがしっかりしてそうなどというレベルで、株式会社にしてしまいました。 私は、通訳者、翻訳者といった人たちが語学マシーンとして使われるのではなく、もっと付加価値のある仕事で活躍してほしいと思っています。通訳者には、 言葉だけでなく交渉力のある人とか、営業の上手い人とか、マーケティング能力のある人とかいます。翻訳者も特性があって、企画書が上手い人、論文を訳すのが上手い人がいます。がそのようなことを評価される機会が少ないのです。ですから私どもは派遣会社ではなく、コンサルティング会社として、企業のメッセージを違う言語、違う媒体でどのように伝えるのかというのを、考え、制作しています。 |
| 江上
2人目のお子さんが産まれたので少し控えてという発想ではなく、産まれてからもっと大きい仕事がやりたいというそのあたりのパワーというか、エネルギーがすごいと思います。どうもありがとうございました。 3人の方の非常にドラマティックなお話しを伺いましたが、次は女性起業家のサポートを行う立場のWWBの大竹さんから、どうしてこうゆう組織を立ち上げたのか、今の女性起業家の現状は大竹さんのところを通して、どのように映っているのかそのあたりを伺いたいと思います。 |
女性のための経営ノウハウ提供 |
| 大竹
私どもWWB(ワールド・ウイメンズ・バンク)ジャパンは90年に立ち上げたのですが、資金の方は89年に市民バンクを立ち上げて、姉妹組織という形ですが、そちらでやっていたのです。市民バンクを何故立ち上げたのかといいますと、学生とか消費者運動をやっていた主婦が、これで食べていけたらいいなというので(株)プレスオールターティブという株式会社を始めたわけです。それは、第3世界ショップ、最近フェアートレードということで割に有名になりましたが、開発途上国にお金や物をあげて援助するだけでなくて、途上国の女性を自立させなければならないということで現地での仕事づくりをするものです。彼女たちが作った民芸品とか有機栽培したコーヒーを輸入しているものですが、それが何とか軌道にのってきていました。一方で、個人的に店を持ちたいとか、プロとして介護などをやりたいという人が、会社として立ち上げる時にお金もないし、女性の場合担保もないといった状況の人達に対して何かしたいと考えていたのですが、ボランティアとして支援するのではなくて、ビジネスとして支援することが日本経済に対しても多少のインパクトを与えられるかなということで、もう一つの活動として市民バンクを始めたわけです。それは、決して女性向けということは無かったのですが、結果的には8割以上が女性向けということになっています。89年というとバブルの頂点で、億とかそうゆうものでないと事業ではないという時代背景もあったと思いますが、男性から電話がかかってきた時に「上限1千万です」と言うと「話になりませんね」といった感じでした。社会性という面では、「私はアトピーの子供がいて、そういった子に食べさせる」というような思いを語ってくるのは、ほとんどが女性だったのです。そういった状況から、結果的に女性達の比率が高くなりました。 WWBというのは、世界ネットワークとして80年にできていましたが、当時の日本の大銀行はそういったことに意義を感じていなかった時代で、先程申し上げた『途上国の女性たちの仕事づくりの支援をしていた活動』と『市民バンクの活動』の2つの活動が認められて日本支部になったのです。もともとWWBの主旨がインドとかバングラディシュ、アフリカ、南米といったところで、女性の経済的自立が途上国の問題を解決するのだという考え方でやっていましたので私どもが認められたということです。 私ども日本支部では市民バンクを持っていたものですから、もともと熱い思いを語っていた女性達が、いざ事業計画を書く段になると途端に元気がなくなるという状況を解決するために、日本支部では資金ではなくて、起業ノウハウとか経営相談を中心に、10年間やってきました。WWBジャパンが資金面の支援を始めたのは去年なのです。 |
| 江上 今、市民バンクの融資先はどれくらいですか。 |
| 大竹 市民バンクは審査が厳しいものですから、100件くらいで全部で5億円の規模です。平均的には300万から500万というくらいの開業資金です。 |
| 森田 焦げ付きとかなくて、きちんと返ってきますか。 |
| 大竹 長期プライムレートで貸していまして、焦げ付きは全く無しです。 |
| 佐々木 去年から始められたというWWBの方の融資はいかがですか。 |
新しいファンドで応援する |
| 大竹 女性のファンドというのを作りました。これは、「自分は起業まではしないけどそうゆう女性達を応援したい」「自分の会社はたたんだけれどもお金があってこれを社会に役立たせたい」という声を随分いただきましたので、これを有効に活かすというものです。 |
| 江上 それはどういった層の人達ですか。 |
| 大竹 会社を退職した人とか、公務員でお金があって将来は起業したいが今はちょっとという様々な人が参加しています。98年にできた投資事業組合の法律に基づいたもので、20人という枠を使って6千万という小さな額です。市民バンクをやっていましたので、それとは別に直接金融、顔の見える、応援する人とされる人を結びつけていこうということで、やり始めました。試行錯誤していまして、まだ2件です。1件目はお菓子屋さんで、27歳の農家の出身なのですが、地元でとれた野菜を使ってケーキを作って売りたいという、そうゆう身近な夢、地域性というのを評価してやっています。 |
| 江上
WWBでは、市民バンクの当初の発想よりも変わってきているのですね。どうもありがとうございました。 さてベンチャー企業についてですが、日本では廃業率が開業率を上回っているという状況が改善されていません。またアメリカでは中小企業の36%を女性が担っている、日本でも23%を女性が担っているという統計がありますが、これは名義だけで、女性自身が経営している企業はごくわずかという状況です。なぜ女性が企業家として経営に出てこないのか、ビジネスに出てこないのかというのが素朴な疑問としてあるわけです。 そこで女性が会社をやるうえでの不都合とかデメリット、逆に好都合であるといったところを、ランダムにお伺いしたいと思います。 |
| 大竹 23%というのは会社の経営者ですね。私たちの所では、5000人の卒業生がいまして1000人近く起業しているのですが、最初の段階では個人事業が圧倒的に多いのです。やはり最初は7割以上が個人事業だと思うのです。ですからそこに表れてきていない人達というのも随分多いと思います。 |
| 渡邊 アメリカの場合は、管理職などを経験して企業で下地が作られてから起業するのに比べて、日本の場合はそういった下地が作られずに起業する人が多いという違いはありませんか。 |
| 江上
そうですね。日本では、女性の半分くらいが働いていると思うのですが、ほとんどが補助労働で、基本的には事業計画とかマネージメントスキルとかの蓄積は無いのです。マネージャー、管理者の比率は、日本は3.5%ぐらいしかありませんから、ここがアメリカと大きく違うところだと思います。かなりジャンプをしなければビジネスのところまでいけないというところがあります。 たとえば森田さんの場合は独身時代に企業に勤められ、結婚して家庭に入られて主婦を経験されたうえで、それから起業するという一つのパターンです。佐々木さんの場合は、大学を出られて自分の専門スキルを使われて事業をしてくうちにだんだんと会社の形にしていかれました。染谷さんの場合はファミリーのビジネス資源を、新しい形で再構築した例だと思います。今日出席の方々のケースでも、管理職を経験しているというものではありません。 女性が起業する際の障壁という点についてですが、皆さんも女だからということで難しさや社会的なものの見方とか評価があったと思います。「女は信用できない、すぐ泣く、会社を起こしても伸びないという3無いがあるので、3年前までは女にはまず貸しませんでした。」と、ジャフコで長いこと融資をやっていた方がおっしゃったのを聞きました。これまでそういうものの見方が大勢を占め、そういった中で努力されて今の事業をされていると思うのですが、佐々木さんはいかがですか。 |
とにかく、やってみる! |
| 佐々木
私は、資金面の援助も無く、家族が企業経営者だったわけでもなく、会社組織に入ったこともありませんでしたから、部長と課長のどっちが偉いということもわからないような状態で会社を作ったという向こう見ずのところがあるのです。 しかし、女性だから苦労したということは、特に無かったような気がします。 一度起業2年目くらいで、銀行から融資を受けようとして問い合わせの電話をしたのですが、年齢を聞かれ、「独身ですか」と聞かれて「そうです」と答えたら、会社の名前もいくら借りたいのかも聞かないで「ダメです」と断られました。 私は、当時ニュースステーションのリポーターもやっていましたので、このテーマを番組で取り上げようと思い、『アメリカの女性起業家への融資などの実態を調べる』という特集を放送しました。 ところで、過去に私は「起業するのは簡単だけれども拡大するのは難しいので安易に起業するのは良くない」と言っていた時期もあったのですが、91年くらいからは、「起業したいならどんどんしたら」と言うようになってきています。先程あった返金率が高いこともあるように、多分女性は基本的にはマネージメント能力が高いと思うのです。ですから管理職の経験がないとか、会社のことがよくわからなくても、自分の常識と責任のなかで着実にすすめることで、自然と育っていくのではないかと思います。 |
| 江上 とにかくリスクを負ってみるというのが成長する最大のトレーニングになるということですね。 |
女性だからこそのメリットも |
| 森田
チャレンジしてやってみなければ前に出られません、結果はわからないですから。 近年派遣業というのがマスコミなどで認知されてきて、成功例も多いものですから、私の会社にも結構どうしたら事業を成功する事が出来るのかを質問されることがあるのです。私と同じようにやって必ず成功するという保証はありませんので、このとおりやれば成功するとは言えませんし、その方の性格もあります。リスクばかりを考えていると絶対できませんので、とりあえずやってみるしかなくて、「いい方向に向くように努力してみるという過程が大事です」と言っています。 私は何も無いところというよりも、むしろ、マイナスから始めたと言ってもいいと思います。銀行へ100万円借りに行って最初は断られ、主人の保証でようやく借りられたという状況だったからです。 岐阜は非常に保守的な地域で完全な男性社会でしたから、女性の起業家というのは少ない状況で、信用されにくい、阻害される、名刺を持って行っても相手にされないといったこともありました。ただ、そうゆう事で引き下がっていたらダメで、リスクを背負ってやっていますので、そこを乗り越えられるかどうかということにかかっていると思います。一方で女性だからこそメリットがあるということもあるのです。 |
| 江上 それは例えばどのような点ですか。 |
| 森田 経営者の会などに出席しても、女性だから注目されるということもありますし、ある面では男性の方々から応援もしてもらえます。 |
| 江上 少数だからこそ、目立つ、いろいろな機会に引き上げてもらえるということもあるのですね。 |
| 森田 しかし、何といっても実績が大事で、そこは男も女も無い事だと思います。その実績と信用をいかに作りあげるかということにかかってくるのです。 |
| 江上 最初は慎重で非常に小さい投資で、だんだん大きくしていかれたというのが、森田さん、佐々木さんのケースだと思います。染谷さんの場合は最初から株式会社を作られたのですが、そのあたりについてはいかがでしたか。 |
女性に貸す時の対応マニュアルはある? |
| 染谷
自分自身の貯金と兄弟から多少借りたのを合わせて、1000万円で株式会社にしました。その後、人を増やしていくために『創造法』という都の認定をとりました。創造法をとると融資が楽になるというので、手続きしたのですが、国民金融公庫では希望額全てを借りられませんでしたので、保証協会へ行きました。保証協会では、女性で20代ということで、名前だけの社長だと思っていたらしいのです。結局、予定の金額を借りることができたのですが、東京都の保証協会が20代の女性の社長に貸したのは初めてのようでした。 最近では国民金融公庫も女性起業家を応援するということで、その事業の一環で、私が講演に呼ばれました。その時に、担当の方に対して「女性社長に貸す時のマニュアルってあるのですか」と聞いてみました。その時は「そうゆうのはありません」という答えだったのですが、相手の状況に応じての対応マニュアルを持っているような気がしています。国民金融公庫なんかは、貸す側も銀行と違って簡単に借りられる立場にいなくてはいけないのに、何かやる気というか、育てていこうという気持ちが感じられないので、講演の時にはさんざん文句を言ってきました。 ニュージーランドの友達に日本の状況を話すと、「男とか女というのは、ビジネスのうえでは関係ないはず」と言ってすごく驚いています。ニュージーランドでは女性起業家がすごく多いようでして、銀行では女性が借りに行くと喜ばれるそうです。そういった感覚が日本では非常に遅れています。男社会の大きい壁があって、女性はそれを支えるというのが、これまでの経済を支えてきたと思うのですが、その形が崩れています。女性が変わってきていますので、男性も生き方とかビジネスとかを変わらなくてはいけないということです。 |
| 江上 女性が変わるということは、男性が変わるということですね。そのあたり大竹さんはいかがですか。 |
男性を起業させる方が難しい! |
| 大竹
いろいろ言われたり、業者から馬鹿にされたりということは、皆さんあるようです。 しかし、皆さん起業しようというような強い意志を持った人達ですので、そこで「何くそ!」という人が多いですね。男性を対象にした講座なんかもやったことがあるのですが、起業を応援している立場からすると、男性達を起業させることのほうが余程難しいと思いますね。 |
| 江上 リスクをとりたがらないということですか。 |
| 大竹 男性は、発想が変わらないし転換しないのです。 実際に起業して失敗した人がいるのですが、社長とはこうあるべきという形から入るのです。最初から大きな投資をしてしまったり、それでもサラリーマンとしてきちんと自分の給料は取るという意識は強いところがあります。サラリーマンから事業家になると、180度変わる必要があると思うのですが、そこが抜けきれないのです。柔軟性という部分では女性のほうが上だと思います。 |
| 渡邊 アメリカでは女性だけでなく男性もリストラされた管理職による起業家が多いと聞きました。彼らはもともと仕事の仕方が日本の管理職とは違っていて、新しいことをやっていけるのに対して、日本のリストラされた中間管理職はそうゆう訓練をしてこなかったので、同じように起業できるか心配していますが、いかがですか。 |
| 江上 日本は職務主義ではないので、20年働いてもスキルが蓄積していません。アメリカの場合は、マネージメントができるなどビジネスの基幹になる部分を持った形で企業から出ますから、2〜3年したら企業を起こしやすいと思うのです。日本はホワイトカラーの男性、特に事務系の方々が典型だと思うのですが、これまで企業でマネージメントをやってきても、転職する際「一番のセールスポイントは?」という質問に対しては「意欲です」という回答になってしまうのです。 |
会社経営に女性の特徴を生かす |
| 江上 さて皆さんは、商品、ビジネスの仕方、組織づくりに関して、女性ならではというよりも、ご自身ならではという発想で作られたと思うのですが、特徴的なものをそれぞれお話し頂きたいと思います。また女性ならではの可能性というあたりもお伺いしたいと思います。 |
| 森田 男性が経営している大手の派遣会社は、まず利益が出なければいけないという発想があります。私の派遣会社は地域密着型で、困っている方のところにどうゆう支援ができるかという観点に立って、どんな仕事が入っても引き受ける、どんな人が来ても登録してもらっています。大手ではパソコンができる20代せいぜい35歳までしか登録をしていない企業もあります。当社で登録して頂いている最高年齢の方は80歳です。どの方でも能力がある、いい持ち味を持ってみえると思っておりますので、どなたでも登録に来てくださいという方針です。登録も口コミやネットワークが広がり集まっている状況で、制約があって1時間しか働くことができなくても、登録して頂こうという考え方です。年齢やスキルで仕事が求められないという方であっても、雇用を創出するという社会的責任で、その人は何が出来るかを掌握して、出来る仕事であればやって頂く、そういう場づくりとしての会社としてやっていきたいと考えております。そこに他にない派遣会社の特性があると思っています。 |
地域密着型の企業活動 |
| 森田
当初は会社のメンバー全員が女性だけでやっていこうということで、踏ん張ってやっていたのですが、最近はそれだけでは通用しない状況で、男性の力も借りて男女共存の生き方をするべきだと思うようになっています。そのためにも、男性も変わらなければいけない、女性も変わらなければいけないと思います。 最近はシルバーの人が多くなりました。シルバー人材センターでは規制があってだめなので、私どもの会社でということで来られます。 シルバーの方も男性が増えており、いい経験を積んでいる方がみえます。そうゆう方の能力を生かせる形で、生きがいとしてやって頂いている面もあります。 私どもの会社では営業活動が無くて、会社の特性を愛してくださる人が私どもの会社だからといって仕事をくださる事が多いですし紹介も増えています。 今、派遣会社は淘汰されています。何か特化しないと生き残っていけないと思います。 |
| 江上 収益の確保と、理念の実践はどれくらいのバランスでやられていますか。 |
| 森田
会社を継続していくためには確実に収益を確保しなければなりません。売り上げイコール荒利という商売ですから大変です。すべて人件費ですから。それでも、企業とネットワークを進めていれば、ある程度売り上げが上がってきます。 私は、収益というのは社会に貢献していくために循環させるという考え方を持っていまして、頂いたものはできるだけ社会に還元していく方針です。文化的活動には積極的に取り組んでいまして、何社か共同してのメセナ文化活動とか、地域情報誌の発行など、基本的には地域に密着しようということでやっています。 |
| 江上 佐々木さんの場合、通訳、翻訳の会社を語学マシーンではなくて、仕事で受けてコンセプトを考えてそれを付加価値のある形に組み立てて提供するということで、その部分が既存の通訳会社とは異なる特性だと思われますが、いかがですか。 |
女性だから不利とは思わない! |
| 佐々木
私は常に新しいものを作りたいという気持ちがあるのです。最近イー・ウーマンを設立して、私はつくづく起業家のタイプだなと思ったくらいです。新しいものをどんどん起こしていく気質があると気づいたのです。別に、対男性を意識したことも無いですし、業界情報や競合調査をしたのでもなく、やりたいことを始める、という形です。私たちも営業担当がいないので、「ユニカルは、通訳会社でも翻訳会社でもありません」と言いながら、これまで14年間ユニカルが、多くのコンサルテーションをしていることを知らないクライアントもいます。 私自身の姿勢としては、女性だからできない、女性だから不利だったということは意識的にも思わないようにしてきました。資金面にしても、経営面にしても、女性だからダメと少しでも思ったら、その壁は一生超えられないものになります。女性ということを理由にした途端、「私は一生出来ません」という宣言と同じです。 例えば、起業したての頃には、「知名度が無いからちゃんとした従業員が来てくれない」などの問題もあったし、14年間にはいろいろありました。しかし、それは女性だからではありません。だからこそ、これまで解決策を見つけてやってこれたのだと思うのです。 |
| 江上 非常にポジティブシンキングですね。新しいビジネスを作ろうとする場合、既存との差別化を自身が自覚しながらやっておられると思いますがそのあたりはいかがですか。 |
自分の勘を信じて欲しい物を作る |
| 佐々木 私は、自分を信じることで前に進むものだと思っています。振り返っても、20代で起業したときは、準備不足でしたが、イー・ウーマン設立時には徹底的に調べ、事業計画もしっかり作りました。結局、経験により、調査能力も期間も資金力も違います。これは男性も女性も同じでしょう。何が新しいと感じるかは、「これ新しいよね、他ではやっていないじゃない」と信じてやるしか、日々それに没頭して正当化して行動していくしか無いと思います。私の場合は、他の企業がこうだからというよりも、「私が欲しいのはきっとみんなが欲しいときまっている」と信じて、幸い今までやってきました。 |
| 大竹 私は年間200件近い経営相談を受けているのですが、女性だから苦労しているなという人はほとんどいません。一つだけあるとすれば、農村女性の起業に関してです。講演なんかは3分の1が農村地域へ行っているのですが、農村女性の起業で、ちょっと残っている部分はあるかと思います。これまで農業を支えてきたのは女性なのですが、事業主の名義は男性で、女性自身はただ働きになっていました。幸いというか、現在は農村自体が疲弊してしまって、女性の力を何とかしなくてはいけないという状況に変わってきています。農水省などもわかってきて女性がかかわっていないプロジェクトには補助金を出さないなどと言い出しています。そのような抑圧されている部分を乗り越えて私たちのスクールなんかにいらっしゃる女性はすごく元気です。閉ざされている分、そこを乗り越えてお見えになる分、すごく元気です。そこに出てくるのには躊躇せざるを得ない状況というのは、農村面にはまだあるかなと思います。 |
| 渡邊 私どもは中小企業に対してお金を貸しておりますが、担保等に非常にうるさいので、行政の資金は借りにくいと嫌われています。WWBではお金を貸される際はどういう基準で貸すのでしょうか。 |
| 大竹 無担保ですが、保証人はとります。第1次審査というのは社会性なのです。社会に必要とされているかどうかという点をまず見ます。単にいいことをやっているかどうか、ひとりよがりではなくて、社会に必要とされているかどうかなのです。 |
| 江上 具体的には、どういった所を見て評価するのですか。たとえば地域に根付いているというのはどう見極めるのですか。 |
地域に根付いた事業を支援 |
| 大竹 1次審査の段階では、いろんな人が来るのです。最初は電話で聞くのですが、何のためにやりたいのかといった思いを語っていただきます。地域に根付いているかどうかは、応援してくれる人がいるかどうかです。例えば、間借りでやっていた陶芸教室が独立する際に融資した時には、「潰さないで欲しい」という生徒さん達の声をコピーして持って来られたのです。もちろん事業計画書は3年分出してもらいますので、数字上のチェックは行います。1次審査の電話と事業計画を見て、最後は面接ということになります。市民バンクでは、金融機関の方と事務局の両者が見るのですが、金融機関は信用組合の方で、信用組合も地域に根ざすという使命がありますので、最後は「この人はどうも熱意が感じられない」と金融機関の人が言うこともあります。 |
| 森田
私は労働省の認可を取るために、研修室や事務所の増築を計画し、その資金が必要になって国民金融公庫に走ったのですが「労働省の認可を取っていない派遣会社にはお金は出せない」と言われました。労働省の認可を取るためにお金を借りようとしているのにです。 結局認可を申請しているという職業安定所の証明で500万円を借りることはできました。 |
| 佐々木
それは男性も同じで、何も無しで銀行へ行って500万借りられることは無いと思います。 なんとなく女性は被害者意識というのがあって、うまくいかないときに女性だからと思ってしまうことがあると思うのです。 私はアメリカのケースを見たり、取材したりしていますが、アメリカでも5年10年前だとやんわりと断られたこともありました。そのことからしても、あんまり悲観することもないと思います。今の時代は投資してくれる人もいろいろいますので、銀行から借りないほうがいいということもあるかもしれませんし。 |
| 江上 キャピタルの調達方法が、日本だと自己資金か親戚ですが、アメリカの場合には個人のキャピタルやエンジェルが回っています。そういった環境をいかに整備するかということが重要だと思います。 |
起業促進に結びつく環境整備を |
| 佐々木
環境整備に関してですが、中小企業雇用創出人材確保助成金を申請すると新規雇用の従業員6人までは、半分の給料が出るなどあるのですが、役員は対象外です。起業するときは規模が小さいですから、まず良い人は役員でと考えるのにだめなのです。ベンチャーを支援していながら大企業的な発想になっていると思います。 また、ベビーシッターに対する厚生省の補助というのがあるのですが、個人で頼むとベビーシッター会社を通していないから助成金が出ない、また役員は出ないのです。起業した途端にもらえなくなるということになりますね。 さらに、SOHOということで自宅で仕事をしていると、家で働いているので子供をみられるだろうということで保育園の入園が難しくなります。 こうした例をみても、女性の起業を支援する制度になっていないと思います。 |
| 江上 基準の設定が旧態依然としているので、結局は理想が実現できないのです。中小企業の支援に関する法律も施行の指針などを見ると、運用レベルに実態と乖離している部分も感じることがありますね。 |
| 大竹 大都市のほうの女性起業家が目立っていますが、これはマスコミの責任もあります。我々のところにも相談があるのですが、「出張費がないので東京近辺を紹介してくれ」と言うのです。わたしたちも全国各地でスクールをやっていますが、地方には面白い人がいっぱいいます。東京でスクールをやっている時よりもおもしろいことがあります。例えば女性起業家先進県の山口県では身近な所にモデルがどんどん出てきて、私もやろうかという気になってきている例があります。7〜8年くらいずっと起業スクールをやっていますが、後から後から出てくるのです。 |
起業のハードルが低いのは地方 |
| 大竹
逆に東京の人達は、起業するのにハードルが高いと思うのです。家賃は高いですし、希望する物件などはほとんど無いのです。地域で起業するのであれば、それぞれの地域でつながりもあるし、また応援してくれる人のつながりがあるし、そして伝統的な地域ならではのものもまだ発掘すれば残っているのです。財産というのは、地方こそあるのではないかと思っています。 先程東京都の話を聞いて驚いたのですが、山口県では短大を出て800万円借りて事業を始めた人もいるのです。前例があれば借りることもできるわけで、実績というのも、個人の実績だけでなくて周りの実績というのも大きな要因になると思います。そうゆう機運というのを盛り上げていく、発信していくのを地方でやって頂いたらと思います。 起業家アドバイザーも男性ばかりですが、女性がどんどん相談に行くので、女性の起業に対するアドバイスに慣れてきております。 |
| 森田
岐阜では元気な女性経営者の集まりとして、『ウイング』という30名程の組織があります。個人で起業したという人も何人か集まっています。結構元気な人が多いのです。男性よりも元気かと思います。何か思いきってやろうとする場合に、女性のほうが柔軟な考え方をしたり、思い切ってできるのではないでしょうか。 先日、商工会議所の創業塾で講演をしたのですが、それは全講座を受講すると資金的な支援が受けられるというもので、創業したい人が100人程集まられました。3割が女性、7割が男性で、リストラになったりして何か始めなければいけないという切実な思いの人も何名かおられました。終わった後は女性のほうが積極的で、すぐ電話や手紙を頂いたりという人が多かったです。 |
| 江上 起業の環境も80年代初めの頃は、口コミとか先輩に教えてもらうというレベルだったのですが、最近は情報量がかなり増えてきて、整ってきていると思います。また女性起業家セミナーはどこも盛況ですね。そういうエネルギーが高まっている中で、本当に多くの起業家が力を発揮していくために、座談会の締めくくりとして皆さんからの元気なメッセージをお願いします。 |
敗者復活の機会がある社会を |
| 染谷
「当たって砕けろ」と言いたいのですが、やはり敗者復活の機会ができるといいと思います。男性も女性も含めてですが、日本では一度倒産すると信用を無くして、前科者のような扱いにされてしまいます。企業で、マネージメントのスキルを学ばないで、社会で学ばなくてはいけませんので敗者になることもあります。行政は社会を作る仕組みですから、そういう支援をお願いしたいと思います。 また、今日お見えの方は皆さん元気な方ばかりなのですが、女であるがゆえに出られないということで、困っている方もいます。仕組みとして変えていきたいということでしたら、是非女性に優遇措置をとって頂きたいと思います。例えば資金調達の場合でも、顔の見える関係にしたほうが、後のチェックが手厚くて、結局育てることになると思います。そのあたりを岐阜県が先陣を切ってやっていただき、他を引っ張っていって欲しいと思います。 |
新しい発想とネットワークづくり |
| 佐々木 やはり「やってみる」ということです。また、私はネットワーキングだったり、コミュニティを大切にし、そういった場づくりをしてきました。似たような環境の志、思いの人に出会った時、自分も励まされるし、モチベーションをキープできると思います。いろんな人にどんどん知り合って、1人でも2人でも仲間を増やしていくと、自分の夢が具体的になっていくし、困ったときには相談にのってくれます。長期的に経営していくうえで助けになるのではないかと思います。 |
協力者や友達が必要 |
| 森田
自分自身振り返ってみると、「時代の流れにうまくのってきた」こともあったような気がします。私の頃は起業するという事がもっと難しい時代でしたし、ぶつかって乗り越えて、試行錯誤してやってきました。 そして人の助けも必要です。自分一人では何ともならないこともありますので、できるだけ協力してくれるブレーンとか友人達が必要かと思いますが、最終的には自分の決断とパワーが必要になります。 |
大きな夢を持って起業する |
| 大竹 女性でもキャリアを積んでいる人のほうが、男社会に浸っていて、頭が硬直化しているところがあります。主婦からのほうが、ポコッと出たりするのです。これから、是非地方で起業して頂ければと思うのですが、隙間を探して小さくやるのではなくて、こうゆう社会を作りたいという思いを、子供にも残していける豊かな社会を作るというような、大きな夢を持って頂く、男性社会の壁と戦う、壊すというよりも、新しいものを作るということを目指して、また岐阜のような自然豊かな住みやすいところで作って頂ければと思います。 |
| 江上
皆さんに共通しているのは、「自分は何が欲しいのか、どういう生き方がいいのか、どう暮らしたらいいのか、どんな社会がいいのか、そこのところの原点を大事にしていく」というところと、「仲間づくりが自分を支えてくれて、仲間づくりの中で具体的な方法を学んでいく」というところですね。 本日は教えて頂いたことが非常に多かったです。皆さんの力強いメッセージによって、岐阜にエネルギーが伝わることを期待いたします。 |
| 渡邊 皆さま本日は大変素晴らしいお話をいただき、どうもありがとうございました。 |
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■大竹薫(おおたけ かおる) 市民事業を行う(株)プレスオールターナティブに入社し、南の国の女性たちの自立を支援する業務などを担当。 WWB/ジャパン設立後は、女性起業家への経理・財務面からの経営アドバイスを行い、98年から同代表。 全国各地のビジネススクールで講演活動も行っている。 ■佐々木かをり(ささき かをり) 上智大学外国語学部卒業。大学卒業後、フリーの同時通訳や翻訳家としてテレビ、新聞などで活躍。 85年(株)ユニカル・インターナショナルを設立し、今年3月には(株)イー・ウーマン設立。その間テレビ朝日「ニュースステーション」リポーター、TBS「CBSドキュメント」キャスターなども務める。 ■染谷ゆみ(そめや ゆみ) 高校卒業後、アジア放浪の旅に出る。大手旅行代理店(株)HIS香港支店勤務などを経て、91年(株)染谷商店入社。 97年28歳で(有)ユーズ設立。「生態系のリサイクルや」を目指し多方面に事業を展開中。 墨田区リサイクル都市づくり区民連絡会委員。 ■森田槇子(もりた まきこ) 女性の能力を生かせる仕事を創出するために、89年に人材派遣会社ベル設立、95年には株式会社とする。主婦と起業の仲介役として独自の地位を築いている。 中小企業家同友会会員、岐阜県内女性企業家集団「WING」会長。 (50音順)
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