特 集 論 文 |
I T 時 代 の 女 性 起 業
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田 澤 由 利 ( (有)ワイズスタッフ 代表取締役)
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1.はじめに |
女性の人生においては、結婚・出産・育児・夫の転勤・親の介護など、仕事を続けにくくなる「壁」が頻繁に登場する(なお、その是非はここでは問わない。男性に比べると女性は、仕事を続けにくいのが現状である)。そんな中、女性が起業し、経営者として会社を運営していくことは、さらに困難なことであり、条件の揃った一部の女性にしか実現できないことであった。 しかし、インターネットの普及により、その状況が変わりつつある。たとえ「壁」があっても、女性が起業できる可能性が高まってきたのだ。アメリカでは、「アメリカ経済を影で支えているのは女性の起業家たち」と言われるくらい、社会全体から見てもその存在は大きい。日本の低迷した経済の起爆剤となるのは、女性の起業家かもしれない。 ここでは、「北海道オホーツク地方在住」「子供3人」「転勤族の妻」「家事分担をしない主義の夫」「2000キロ離れた場所に住む親」という、まさに「働く五重苦」の状況で起業をした、私の経験を通し、IT時代において、女性が起業するための要素と、それを支援する策について考察した。 |
2. 女性が起業するための要素 |
女性が起業に必要な要素を「知識」「資金」「人脈」「地盤」「時間」「協力者」「ビジネスモデル」の7つに分類し、私の経験を交えて、それぞれを分析する。 (1)知識 起業するためには、会社設立の知識が必要である。しかし、実際に「経営」という学問を学び、その成果として実践に至る女性は少ない。大学の経営学部の女性比率を調べれば自明であろう。 私自身も、大学での専攻は「スペイン語」であり、起業ということは、自分の人生設計には無かった。このため、「会社を作りたい」という発想はあっても、知識の面から自分にはできないと思い込んでいたのも事実だ。 しかし、インターネットに公開されている情報から「最低限の知識」を得るうち、できることは自分でして、わからないことは専門家に頼めば良いことに気づいた。また、偶然、メールでやりとりができる行政書士と知り合いになれたことが、大きな前進につながった。 (2)資金 有限会社であれば、最低でも300万円の資本金が必要となる。それなりに会社あるいはフリーで仕事をしてきた女性にとっては、この金額自体は決して絶対に無理な額ではない。しかし、実際には、事務所の家賃や機材など、初期投資として多額の資金が必要となり、その借り入れ、あるいはスポンサー探しが必須であった。 しかし、ITを使った会社であれば、物理的に出費を最小限に抑えることが可能になる。私の場合、もともとインターネットの接続環境があり、そのネットワーク上で、仕事仲間の募集から、打ち合わせ、実作業、納品まですべて行っていたため、起業にあたっての物理的な支出は、会社の登録手続きにかかった費用(実費および行政書士への謝礼)のみであった。 (3)人脈 会社を設立し、運営していくには内外の人的ネットワークは欠かせない。そして、その人的ネットワークの多くは、社会で長年働きながら育てられるものである。しかし、まだまだ男性社会の日本においては、人脈形成は、女性の不得手とするところであった。 ところが、インターネット上では、その逆境が女性のネットワークを強くしている。「起業を希望する女性」あるいは「起業した女性」は、近隣に仲間がいないため、インターネット上のネットワークで強く結ばれる。志を同じくして集まったメーリングリストは、地方に点在する女性起業家を結び、新しいパワーを生み出している。 (4)地盤 事業を始めるには、その土地が大きな要素を占める。「インターネット上の会社」を実践する弊社であっても、それは例外ではない。会社として大きくなるにつれ、電話を受け付ける、物を発送する、経理業務を行うなど、物理的な場所、そして働く人が必要になるのだ。そして、役所、税務署、社会保険事務所などはもちろん、さまざまな地域施設、サービス、人と交流することになる。 地方において「足を地に付けて」起業するには、たとえ「IT事業」でも、地元との関係は大きな意味を持つのである。 (5)時間 起業には時間が必要であり、起業後はさらなる時間が必要になる。しかし、前述のように、女性には仕事以外に時間をとられる状況が多く発生する。特に、突発的に起こるケース、数年に渡るケースなど、長期的な視野での事業継続は困難である。 そこで、育児・家事・介護など、本人以外でもサポートが可能な作業については、過度にならない程度に導入すべきである。無い時間は、作り出すしかないのである。 しかし、ここにも問題がある。在宅での業務、あるいは起業準備では、保育園を利用できなかったりするのだ。また、その際に発生する費用も、ある程度の収益が得られるようになるまで、大きな負担になるのも事実だ。 (6)協力者 いわゆる、ビジネスパートナーである。起業時において、一緒に取り組んでくれる存在は欠かせない。すべてを1人で背負い込むことは、資金面、能力面、精神面の負荷がかかる。私の場合、起業は1人であったが、パートナーがいれば、と何度か考えた。 ただし、「女性起業家」を前面に出してビジネスを有利に運ぶことを目的として、女性の起業パートナーを探す男性がいるのは、遺憾である。 (7)ビジネスモデル どんなに環境が揃っても、ビジネスモデル、つまり、「利益を出すしくみ」がなくては、会社経営は成り立たない。既存のビジネスモデルでは、女性が参画しにくかったが、「IT」という土俵の上では、まさに男女平等、アイデア次第である。 また、私も同様であるが、現在注目されているビジネスモデルの特許についても、何をどうすればいいのかわからないという声を良く聞く。 ちなみに、経験上であり特に根拠はないが、「これはイケル」という女性の直感は、なかなかあたる確率が高い。 以上のように、IT時代の到来は、確実に「女性が起業しやすい環境」を提供しつつある。しかし、環境が揃えば、起業する女性が増えるというものではない。特に地方においては、地元の行政や企業体も含めた、実施策への「働きかけ」が必要となる。 |
3. 女性の起業支援に求められるもの |
では、女性の起業支援として求められるのは、何か。前出の要素をベースに、起業した女性の立場から提案する。 (1)起業意識の喚起 「女性起業家」というとどうしても「特別な存在」というイメージが強い。このため、自分がやっていることと「起業」を結びつけることができない女性が多い。このため、十分な素質、アイデア、実行力を持ちながら、起業に至らなかった女性も多い。 そこで、IT時代の女性起業家を育てる第一歩は、「女性起業家イメージの革新」である。「女性の起業」に関するイメージを変え、そのメリットを、広く女性に伝える。そのモデルは、東京の起業家ではなく、地元の身近な女性であることが条件である。身近な起業家のサクセスストーリーは、大きな効果がある。該当する女性起業家を探し出し、地元の情報誌(新聞・フリーペーパーなど)や地元のTV番組で紹介する、また知名度が高まった頃に講演会などを実施するとよいだろう。 一方、インターネット媒体でも、ホームページはもちろん、メールマガジンによる定期的なプッシュ型情報提供が効果的と考える。 (2)コンサルティング&サポート 「起業」を視野に入れたとき、最初にぶつかるのが、会社設立のための「基礎知識」と「手続き」である。女性が起業しやすい道を作るには、起業手続きのサポート(紹介も含む)、そして起業前、起業後のコンサルティングが必要となる。 具体的な施策としては、地域在住女性向けの無料「起業相談窓口」を設置する。できれば、インターネット上でもホームページを設置し、質問を投稿できるようにする。「女性向け」と限定したり、相談員として女性を採用することにより、利用しやすい雰囲気を作ることが必要である。 (3)ネットワークリソースの提供 インターネット環境は、地方在住の、しかもさまざまな「壁」がある女性が起業に至るための必須要素である。しかし、女性は技術的な面が弱いケースが多い。インターネットへの高速な常時接続、また、ホームページスペースの提供など、ネットワークリソースに関するサポートがあると、心強い。 NTTなど、地元企業の協力を得られると有効な施策ができると考える。 (4)サポート環境の充実 託児・家政婦・介護サービスなど、女性が仕事をしやすい環境、時間を作り出すサービスに力を入れる必要がある。 また、公立の保育所入園にあたって、「在宅での仕事は優先順位が低い」という地域は、自ら女性進出の可能性の芽を摘み取っている。 (5)ビジネスモデル提案の機会と資金援助 アイデアはあるが実践できない、また、活用する方法がわからないという女性も多い。「公募」「コンテスト」などの実施によって、埋もれたビジネスモデルを探し出し、資金援助などのサポートを実施する。 一方、「女性だから」というだけで資金援助を実施するのは、あまり望ましくない。女性を前に出せばいい、と思う人も少なくないからである。 また、このような施策が過去にあっても、一般の女性には届かなかったりすることが多いため、告知方法も検討するとよい。 (6)社会(地域)における意識改革 特に地方には、まだまだ「女性経営者」を受け入れにくい風潮がある。地域社会全体が、女性に対する偏見を無くし、その意見や能力に耳を傾けるよう努力する必要がある。 私も最近、地元で講演をする機会が増えると同時に、地元の経営者の方と交流する機会が増え、いろいろな面でヘルプをいただくことができ、ありがたく感じている。 |
4.最後に |
以上、現在地方に住み起業をした立場から、「こんな施策があれば」と思うものをピックアップさせていただいた。とはいえ、「女性起業家」を甘やかしすぎる必要はない。会社を経営する以上、自己解決力は必要である。個人的には、(1)の「起業意識の喚起」に最も力をいれて欲しい。知らなければ何も起こらないのである。 私自身、数年前までは、「起業」は自分にとって無縁のものと思っていた。しかし、実際に踏み出してみて、今は良かったと感じている。会社を作ったことで、信用ができ、仕事が増え、人的ネットワークが広がった。そして、自分自身の仕事に対する考え方が変わり、会社が成長するのを第三者的に見ることができるようになった。そのメリットを少しでも多くの女性に知ってもらいたい。 また、女性にとってのさまざまな「壁」を、インターネットという道具によって取り払うことができることを、自分の体験と実績をもって証明していきたいと考えている。 最後に個人的な話になるが、1993年より約4年間、愛知県の稲沢市に住んでいた。そのとき、岐阜県の情報産業に対する積極的な姿勢をうらやましく感じていたものである。残念ながら私は岐阜県に住むチャンスは無かったが、岐阜県在住の女性が、ひとりでも多くITを利用した起業に挑戦されることを、北の国から応援させていただきたいと思う。 |
■田澤由利(たざわ ゆり) 上智大学外国語学部卒業。シャープ椛゙職後パソコン関連のフリーライターとして在宅で仕事を続け、98年(有)ワイズスタッフ設立。主な著書に「お気軽ママのWindowsライフ」など。 |
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