特 集 論 文
 
女 性 起 業 の バ ッ ク ア ッ プ

 

 島 口 憲 一 郎
(国民生活金融公庫総合研究所 副調査役)

 

はじめに

 かつて「過小過多」といわれた中小企業だが、総務庁の「事業所・企業統計調査」によれば、1990年代に入ってから廃業率が開業率を上回る逆転現象が続いており、その数は減少傾向にある。こうした状況の下、開業の担い手として期待を集めているのが、女性起業家である。
 第3次ベンチャーブームのなかで、多くの女性起業家が新聞や雑誌で取り上げられ、開業に対する女性の関心は高まった。経済のソフト化、サービス化が進み、比較的少ない資本でも参入できる事業分野が生まれていることも、女性の開業を後押しする要因となっている。
 こうした環境の変化に呼応して、開業を志す女性を対象にした支援も活発化した。現在、多くの自治体が女性を対象にしたセミナーを開催するなど、女性起業家へのバックアップは創業支援策の大きな柱となりつつある。
 しかし、支援策が拡充されているにもかかわらず、思ったほどには成果が上がっていないケースもある。女性起業家への支援が本格化したのは90年代半ばからという事情を考えれば、ある程度の試行錯誤は免れないが、実効性を高めていくためには、現在行われている支援策の効果を検証し、課題を明らかにすることが必要だ。
 本論では、まず国民生活金融公庫が実施した新規開業実態調査の結果をもとに女性起業家の全体像を把握し、支援の必要性を考察する。さらに、女性を対象とする創業支援策の問題点を整理したうえで、実効性のある支援のあり方を展望する。


1 女性起業家の横顔

 支援策の実効性を高めるためには、まず支援の対象である女性起業家をよく知ることが不可欠である。ここでは、国民生活金融公庫総合研究所が99年に行った新規開業実態調査をもとに、彼女たちの特徴を探ってみたい。

図1 業種構成
(資料)「99年度新規開業実態調査」
国民生活金融公庫総合研究所(以下同じ)
(1) 消費者と経営者の視点を併せもつ
 男性と女性の差がもっとも顕著に現れるのが、参入分野である。女性の開業を業種別にみると、個人向けサービス業、飲食店、小売店など、生活に密着している業種の割合が高い(図−1)。これらは、商品やサービスの購入を通じて、普段から接する機会が多く、消費者としての女性の感性が最大限に生かせる分野といえよう。実際に、日常生活のなかで感じる疑問や不満から事業シーズを見いだして、事業を始める女性は多い。
 働く母親たちのために、時間帯に関係なく子どもを預けられる24時間保育所をつくった元保母さん。安心して子どもたちを食べに連れていける店が少ないという公園ママたちの会話にヒントを得て、無添加、無農薬の食材だけを使うレストランを始めた主婦。彼女たちのビジネスはいずれも、社会ニーズを満たすものとして、消費者から幅広い共感を得ている。
 もっとも、こうしたビジネスは商品やサービスの質に重点をおいているため事業を拡大することが難しく、概して小規模である。そのため、新規開業企業に雇用創出や経済的な波及効果を期待する立場からは、支援の効果に疑問の声も聞かれる。
 しかし、個々の規模は小さくても、企業がたくさん誕生すれば大きな雇用創出につながる。さまざまなビジネスが現れれば、そこで必要とされる従業員の能力も多様化するため、雇用機会の質的拡大が期待できる。経済の多様性を維持するためにも、潜在的な社会ニーズを敏感に感じ取る女性起業家を支援する意義は認められるのではないか。

図2 開業動機(女性、複数回答)
(2) 自己実現の手段として開業を選択する
 女性の開業動機は図−2に示すとおりである。この結果から、女性の開業は大きく三つに分類することができる。
 一つは、能力発揮の場を求めての開業である。男女雇用機会均等法が施行されるなど、法律上は就業条件に関する男女間の格差は解消されつつある。しかし、実際には女性の能力を正当に評価している企業は限られている。自分のやりたいことと任せられた仕事とのギャップに悩む女性は多い。「自分の能力やキャリアを存分に発揮したい」という思いは、女性起業家の大きな原動力となっている。
 二つ目は、社会参加の一手段としての開業である。結婚や出産を機に職場を離れて家庭に入ったことで、社会との接点が減ることに女性は不安や焦りを覚えるようになる。労働市場の整備が遅れているわが国において、開業は、積極的に社会参加したいと考える女性がとりうる選択肢の一つとなっている。
 三つ目は、趣味や特技がそのままビジネスに直結した開業である。ケーキづくりの趣味が高じて洋菓子店を開業したり、陶器を集めるだけでは物足りなくなり自ら工房を開いたりする例は、数え上げればきりがない。自分の楽しみをほかの人と共有することに、女性起業家は大きなやり甲斐を感じているようだ。
 これら三つのパターンに共通するのは、「自分を自立した一個人として認めてもらいたい。そして何らかの形で社会と関わっていきたい」という切実な思いである。この点から、女性起業家への支援は、女性の社会進出を後押しする側面をもっているといえる。

図3 開業時に苦労した点(女性、複数回答)
(3) 目に見えない壁に直面する
 図−3は、女性起業家に、開業時に苦労した点を尋ねた結果である。最も多かったのは、「開業資金の準備」である。「銀行に融資を申し込んだが、まともに相手をしてくれなかった」「夫の収入や資産状況ばかり質問されて、肝心の事業計画は二の次だった」と、金融機関に対する風当たりは強い。
 資金調達の次に苦労しているのは、「経営全般に必要な知識の蓄積」である。事業シーズを実際のビジネスとして組み立てていく過程では、法人設立の登記、開業届の提出、許認可の取得、従業員の確保など、数々の手順を踏まなければならない。さらに、開業した後も、経理処理や労務管理、取引先との関係構築、マーケティングなどの実務に関する経営知識が必要になる。
 開業時の事務的な手続きはともかく、経営実務に関する知識は、経験がものをいう。関連業種から独立する場合は、勤務先で経営知識をある程度身につけて、開業することができる。ただ、勤務先とは畑違いの業種を始める、勤務経験のない主婦が開業する、といった場合には、経営知識を習得する機会がほとんどない。
 また、勤務していた企業と関連の深い分野で開業するからといって、必ずしも経営知識を十分蓄積できるわけではない。育児などの事情から家庭に入ってしまう女性が多いため、女性の労働力率は、20歳代と40歳代が左右の頂点で、その間の30歳代が落ち込むM字型の曲線を描いている。女性の開業年齢の平均は41.5歳となっており、開業前の、経営知識を蓄積する大事な時期に仕事を離れるハンディは大きい。加えて、最近では企業内で業務の細分化が進んでいることも、広範な知識を習得することを難しくしている。
 以上から分かるように、女性起業家は社会のシステムに起因するさまざまな不利益を被っている。女性起業家への支援は、目には見えないが確実に存在する不平等を解消するポジティブアクションとなっているのである。


2 女性起業家支援の現状と課題

 女性起業家の支援を行っている組織は多岐にわたる。大きくは、国や自治体といった公的機関と民間組織に分けることができる。このうち、民間組織については、それぞれの理念に基づいて独自の活動をしているため、問題点を指摘するのはあまり意味がないと思われる。そこで、この章では公的機関に焦点をあてて、支援策の現状と課題を整理していくことにする。

(1) 敷居の高い金融支援
 金融支援をみると、政府系金融機関や一部の自治体を除いて、女性だけを対象としたメニューを用意しているところは少ない。大部分の自治体は、一般の開業資金融資制度で対応している。
 ここで問題となるのが、利用条件である。自治体の融資制度は、いわゆる「のれん分け」型の開業を想定している。この制度を利用するためには一定の業界経験を積み、これまで勤務していた企業と同一業種での開業することが条件となる。
 女性の場合、先に述べたとおり、結婚や出産で離職する割合が高いため、経験年数に関する条件は利用を妨げる要因の一つとなる。また、同一業種で開業するという条件があるために、日常生活のなかから事業シーズを見いだした女性起業家には、結果として門戸を閉ざすことになっている。
 こうした問題を解決するためには、まず、3年から7年程度必要とされていた勤続年数の条件を緩和したり、複数の企業にまたがる通算の勤続年数を認めたりすることが望ましい。また、経験や資産状況だけにとらわれずに、事業の社会性や有用性といった新たな融資尺度、つまりは事業の市場性を判断する仕組みを審査体系のなかに取り入れていくことが必要である。

(2) きめ細かさが求められる経営支援
 ここでいう経営支援とは、経営知識の不足を補完するためのセミナーやコンサルティングを指す。例えば、経営者の心構えや事業シーズの見つけ方といった啓蒙的なものから、損益分岐点分析、経理の基礎など初歩的な経営実務に踏み込んだ起業家セミナーの開催、企業会計やマーケティングなどの専門家が自治体から委託を受けて行う無償の経営指導、工業試験場や大学が行う技術面のアドバイスなどが挙げられる。なかでも女性を対象とするセミナーは多くの自治体が開催しており、女性起業家に対する期待の大きさをうかがわせる。
 支援策を利用した女性起業家へのヒアリングでは、「経営知識を効率よく習得することができた」「セミナーで自分と同じ志をもつ女性と知り合うことができた」という声も聞かれた。
 しかし、こうした経営支援にも問題がないわけではない。公的機関の支援策を利用した女性起業家は、周知活動や使い勝手、そして支援の内容に対して不満を感じているようだ。
 まず、周知活動の問題点からみてみよう。公的機関が経営支援を行っていることを知らないという女性起業家は多い。自治体がせっかく広報誌や新聞などを通じて支援策の利用を呼びかけても、うまく彼女たちに伝わっていないのである。
 ある自治体では、従来の媒体による周知活動では効果が薄いと判断し、主婦が比較的ゆっくり過ごせる時間帯のテレビ番組で女性起業家セミナーの案内をしたところ、定員を大幅に上回る申し込みがあったという。情報の受け手である女性の行動を念頭においた周知のあり方を工夫する余地は大きい。
 次は、使い勝手である。支援の窓口が平日の、それも日中にしか開いていないのでは、勤務しながら開業準備を進めている女性や乳幼児を抱えた母親が利用するのは困難である。マンパワーの制約もあり、すべての起業家の要望にこたえることは難しいかもしれないが、夜間や休日に窓口を開くことも検討すべきである。最近はパソコンを使う女性も増えているため、インターネットによる相談の受付も、利便性を向上させる有効な手段となるだろう。
 使い勝手については、支援の窓口が一本化されていないことも、不満のタネになっている。これまでの経営支援は、中小企業の保護やベンチャー企業の育成、雇用の創出など、それぞれ異なる目的で作られている。そのため、窓口が分散し、利用者の混乱を招いている。
 こうした不満を受けて、各地の自治体はワンストップサービス機能の強化に取り組んでいる。複数の機関がネットワークを組んでプラットフォームを構築し、起業家から相談を受けた機関が他機関と連携をとりながら一元的な支援を行えるようにするのが狙いだ。
 最後は、支援の内容である。起業家セミナーを例にとると、参加しているのは、まだアイデア段階の人からすでに開業した人まで、さまざまである。必要としている経営知識が異なるため、物足りなさを感じたり、講義が難しいと感じたりする人も出てくる。こうしたミスマッチを避けるためには、開業準備の進み具合によって支援内容を分けるなど、きめ細かな運営が欠かせない。
 北海道は、96年度以降、事業計画から市場開拓までを一貫してサポートする「起業化支援システム」の構築を進めてきた。このうち、「起業化研修」は、「一般」「女性」「シニア」の3コースに分かれて開業準備に必要な基礎知識を身につける入門編、事業計画の策定に必要な理論、ノウハウを学ぶ理論編、実際に事業計画書を作成し、プレゼンテーションを行う実践編の三つに分かれている。起業家は自分の属性やレベルに合わせて受講する講座を選択できる。
 92年にスタートした山口県の「やまぐち女性起業家スクール」も、「入門コース」と「実践コース」、それに商店街の空き店舗を利用して1週間ほど店を出してもらう「テイクオフコース」に分かれている。99年度までの受講者は3コース合わせて延べ1,008人、そのうち実際に開業した女性は100人を超える。


3 女性起業家に求められる意識改革

 これまで、支援サイドの課題について論を進めてきた。事例で示したとおり、支援の手法や内容を見直す動きはすでに始まっており、今後は少しずつ洗練されたものになっていくと思われる。最後の章では、起業家サイドの意識改革の必要性について触れて、結びに代えたい。
 中小企業基本法が改正され、わが国の政策目標は「格差の是正」から「競争条件の整備」へと大きく転換した。これからは、待っていれば支援の手がさしのべられるという考えは通用しなくなる。女性起業家への支援も例外ではない。彼女たちには、自分に不足している経営資源を客観的に把握し、それを補うのに最適な支援策を見付け出していく積極的な姿勢が求められる。
 また、いくら支援策が充実しても、そこで得られる知識は汎用的なものである。実際の経営活動のなかから生じる問題を解決するためには、個々の起業家が独自のノウハウを蓄積していかなければならない。蓄積されたノウハウは、やがて他社との差別化を図るための資産となり、事業を継続していくための基盤となるのである。
 開業することによって、女性起業家は自分の夢の実現に向けて第一歩を踏み出すことになる。しかし、ひとたび事業に失敗すれば、開業に協力してくれた家族や従業員、取引先に多大な迷惑を掛ける。夢の実現をあきらめなければならなくなるという意味で、自分自身が被るダメージも大きい。まずは事業を継続していくことが重要である。そのために女性起業家が自助努力を重ねていくことで、初めて支援策は有効に機能するのではないだろうか。

(注)本稿に述べる見解は、あくまで筆者個人の意見であり、国民生活金融公庫の見解を代表するものではない。



■島口憲一郎(しまぐち けんいちろう)
89年九州大学法学部卒業後、国民生活金融公庫に入庫。
船橋支店、別府支店を経て、96年より総合研究所。


情報誌「岐阜を考える」2000年
岐阜県産業経済振興センター


今号のトップ