特 集 論 文 | ||||||||||||||||||
21世紀における女性起業家の役割
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大 石 友 子 (財団法人 女性労働協会)
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1.広がる女性の起業 | ||||||||||||||||||
女性起業家の増加 1991年のいわゆる「バブル経済」の破綻以降、日本経済は長期の低迷状態が続いている。足踏み状態だ、下げどまりだと何度か言われながらも、なかなか脱却の糸口が見えてこない状況だ。 そんな中、女性起業家たちが元気だ。男性起業家たちを尻目にさまざまなジャンルで活躍する女性が増えている。特徴としては、(1)生活に密着したユニークな視点からビジネスをたちあげる (2)肩書きなどの属性にとらわれない豊かな人脈 (3)地域や教育機関などをビジネスに結びつける−などがあげられる。その動向は経済的側面ばかりか、新たな価値観を創生するという社会的側面も併せ持ち、低迷する日本にとって大きな起爆剤となることを期待されている。 わが国の女性起業家の実態を示すデータ、資料は驚くほど少ない。これまで、全国的な調査やデータ収集はほとんど行われていないのが現状である。'92年に日経産業消費研究所と日経ウーマン編集部が共同で行った「女性起業家実態調査」や、'96年に労働省婦人政策課が学識経験者や女性起業家をメンバーとする研究会調査を行ったケースなどがあるが、いずれも全体像を把握するには十分なデータとはいえない。このため、帝国データバンクの女性社長のデータを見ることとなる。同社のデータベースに登録されている全国114万社のうち女性が社長を務める企業は6万593社('99年)となり、前年より3.3%増加した。'85年にはわずか2万5千社だったのが10数年で2.5倍近くなったことがわかる。さらにこのデータ以外に、個人事業として事業を始めたものを加えると、その数はかなり多くなると思われる。 米国の女性起業家たち 女性の起業の動きは国の枠をはるかに超え、いまや世界の潮流である。特に先進地米国の動向にはめざましいものがある。現在の米国の経済をささえるのは大企業を脱出したベンチャー起業家であるといわれる。それは単にIT関連産業のベンチャーの発展に負うものだけでなく、女性起業家たちが大きな役割を占めていることを見落としてはならない。 米国においては中小企業経営者の38%は女性で、数字の上では910万社(99年米国女性ビジネス・オーナーズ協会調査)にのぼっている。従来、男性優位と思われていた建設・運輸・通信業にも女性起業家たちが進出し始めている。また、女性経営者の企業の従業員は2752万人、売上は3兆6千552ドルに達し、米国経済への貢献度は大きい。 南カリフォルニア大学の起業家養成プログラムの担当者によれば、「女性起業家は男子の2倍になっている」という。その理由として「自分でスケジュールやライフサイクルに会わせて働きたいと考えている女性に向いている」とした上で、「起業の昇進の限界(グラスシーリング)の存在が女性起業家の後押しをしている」と分析する。 | ||||||||||||||||||
2.なぜ女性たちは起業するのか | ||||||||||||||||||
働く女性の増加 働き続ける女性の少なかった時代には女性起業家というと、特殊な能力に恵まれているか、男性スポンサーがついていると見られることが多かった。今でも時々女性社長から聞く話ではあるが、会社のことを当然理解してくれていると思っていた取引先の男性から「ところで、バックには誰がついているんですか」という類の質問をされるという。 しかし、男性たちが気づかない間に、女性たちの意識は大きく変わり、働き方も変わってきているのだ。(ある意識調査によると女性の社会進出及び男女の役割の認識については男性と女性の間で10年以上のズレがあるといわれている)。いまや周辺を見まわすと、学生時代の友人や職場での知り合い等、女性が独立して事業を始めるのが珍しくなくなってきていることに気づくだろう。 '86年の「雇用機会均等法」の施行で、男女問わず能力を生かすために「総合職」「一般職」という「コース別採用」が導入された。女性を管理職に登用する企業も増え、全雇用者の4割は女性が占めている。しかし、均等法施行による一定の進歩があったとはいえ、コース別人事制度が実質的に男女差別採用を合法化する手段として利用されたり、女性管理職も話題性のためにほんの一部の女性のみ昇進させるという例もあり、決して女性の能力が十分に「発揮できる」と言う状態ではないのが現状だ。 開業動機別4つのタイプ ここで、どういった女性たちが起業しているのかを開業動機や目的によって4タイプにに分類してみた。 (1)キャリア達成・自己実現タイプ 組織の中では自分の能力を生かしきれないから、という理由で独立するタイプ。例えば、総合職として希望に燃えて入社して数年、仕事の自信もついてきた頃、ふと周辺を見まわすと同期の男性とは昇進を始めとし給与面でも大きく差をつけられ、相談したいモデルとなる先輩女性もいない。これでは組織の中での中長期的な展望が見えないという理由で、起業を考える。特徴としては専門分野でのネットワークや知識もあり、確実に実績をあげていることが上げられる。 (2)社会参加・自己実現タイプ 自然食ショップ、高齢者介護、障害者用の衣服の製造など、社会的使命感をもって開業するタイプである。ここでは利潤追求は二の次という女性が少なからずいる。主婦経験を生かした「保育サービス」「仕出し弁当やさん」や「リサイクル」等のお店を開くものが多い。ワーカーズコレクティブ形式もこのタイプに多く見られる。 (3)能力活用・自己雇用タイプ 働きたい女性たちの受け皿が不足している中で、個人事業として自分の仕事をはじめよう、というひとたちである。一度家庭に入った女性の再就職はむずかしいことや、パートで103万の壁を気にするような働き方はいや、それなら自分で起業しよう、という女性たちだ。自分の裁量で動ける仕事につきたいということから、在宅で始める人も多い。「企画」や「アパレル関係」等、退職前のキャリアを生かした事業を始めるものもいる。 (4)事業継承タイプ 会社や店舗経営に携わっていた親または夫からその事業を引き継いだり、夫の死後、その経営権を継承したりするもので、広い意味での起業といえる。開業の条件面など恵まれている反面、思い通りにできないという難しさもあるが、事業拡大や新たな展開をしていく女性経営者も多い。新しい分野に事業展開し成功を収めるなど、実質的に起業家と位置付けられる女性も少なくない。 | ||||||||||||||||||
3.女性起業家たちのネットワークが国際化を促進する | ||||||||||||||||||
女性たちのネットワーク オトコ社会の壁に突き当たるたびに、女性起業家たちは独自の手法で対処してきた。その一つがネットワークだ。 女性起業家たちの集う会合に参加したときのことだ。経営の専門家を講師を囲み、それぞれが抱えているビジネス上の課題について活発な論議が交わされていた。親しくなるにつれて、お互いに協力できる部分はないか、何かアイデアを活用できないか、という話題だけでなく、子どもの受験や介護、地域活動の話まで膨らんでいく。ビジネス以外に男性経営者とは比較にならない広範な領域に関わりをもつ女性ならではだ。仕事上の肩書きや枠、属性を超えた話題によってネットワークを広げる力は、女性のほうが一日の長がある。 これから起業しようと考えセミナーの参加する女性たちのネットワーク力にも目を見張るものがある。以前、私が担当した「女性のための起業セミナー」では、セミナー参加者たちが一人の女性の起業を強力にサポートした。趣味の雑貨店を開きたい一人のために、「不動産業」を始めたい女性がお店を探す時に協力し、翻訳会社を始めようとする女性が雑貨の輸入手続きを手伝い、デザイン業を始めようとする女性がPRパンフ制作に協力した。 これが全て無償での協力なのだ。お互いに資金がないのだから、それぞれが起業するときに助け合おう、という考えだ。 国際的なネットワークへ 95年9月、中国北京市で開かれた「第4回世界女性会議」の行動綱領では,経済の項目で女性の起業を積極的に支援するように各国政府に提案がなされた。「女性のエンパワーメント」と直結する重要な項目として考えられ、各国のマスコミにも大きく取り上げられた。 これと前後するように、日本においても国連工業開発機関と横浜市、横浜市女性協会の共催で「アジア女性起業家専門家会議」が開かれ、国際交流基金が主催する「日欧女性起業家交流事業」等が開催され、各国の女性起業家の置かれた状況や課題を検討し提言を作るだけでなく、ここでも女性起業家のネットワークが大きな話題となった。また、女性起業支援の一つとして女性起業先進国へのツアーなどを実施する機関も出始め、シリコンバレーのベンチャーの視察やネットワーク会議への参加など、積極的に活用する女性たちが増えている。こういった女性たちが国際的なネットワークを社会にもたらしていく大きな力となっていくに違いない。 | ||||||||||||||||||
4.女性の起業が社会にもたらすもの | ||||||||||||||||||
従来の発想からの脱却 多くの男性たちは,数多くの商習慣,根回しなど、従来のビジネス運営術を学んできた。知らず知らずのうちに判断基準や価値基準まで固定化してしまい、新しいアイデアや方法を受け入れにくい風土ができてしまっている。自浄能力を失い問題を起こしている多くの大手企業を見るまでもなく、今までの経営方法でいいのか、という課題は早急に対処すべき問題だ。 景気の長期低迷を受けて、政官財こぞって日本経済の問題点や課題を提起しているが、それらは、「男性の視点」で語られたものが多い。組織のトップの変更やリストラという対処療法ではなく、国際社会の中での競争力をもつための新しい組織のあり方、意思決定のシステム、新しい価値観の創造が必要だ。そこに自由な発想でビジネス会に登場した女性起業家たちが注目されている。 98年に女性企業家実態調査プロジェクトチームが女性企業家たちを対象として実施した調査(表1ここでは軌道にのっている経営者として「企業家」とした)によると、女性企業が果たす意義・役割として (1)女性企業は弱者の立場に立つなど女性特有の性質を有しており、それゆえ社会に影響を与える (2)女性企業の企業と継続は、従来の男性型の経済・社会を変える意義・役割がある(3)女性が企業・事業をすることは、女性の能力を発揮することであり、そこに意義・役割がある(4)女性企業は、男女平等・男女差別のない社会を作る意義・役割がある、と並んでいる。 まだまだ、女性起業家たちの力は弱い。考えが甘いといわれることもある。本来、性差を超えて、ビジネスは経験と訓練を必要とする。男性よりも圧倒的に訓練がなされていない女性たちは未熟であり、弱小だ。しかし、そのことこそが女性起業家の今後の可能性を示していると言えないだろうか。国際化の時代にそぐわない日本の商習慣に染まらず、属性に囚われずに率直に意見を言う姿勢,既成概念に縛られない創造、企画力。これらこそ21世紀の経営者に求められる資質ではないだろうか。
女性起業家は経済の主役に 日本においては、米国に比べるとまだまだ女性の起業は萌芽の段階にすぎない。起業家の割合を見ても、ちょうど70年代のアメリカの状況に似ているといわれている。アメリカのように、「女性起業家債務保証プログラム」や「融資機会均等法」、また連邦政府調達契約の5%分を女性起業家に振り分けることを目標に定めた「連邦政府取得合理化法」等その支援システムが整っているわけではない。また、世界的にみても顕著な男女の賃金格差というハンディを背負っているのが現状だ。 しかし、数多くの女性たちがビジネス社会に地歩を築き始めている。ほとんど資金をかけずにはじめたもの、自己資金で始めたもの、仲間から資金を集めて起業したものなど、開業資金一つ見てもさまざまだ。それぞれの状況に応じて、それぞれの経営方法で、着実にそのノウハウと、知識・経験は蓄積され、ネットワークが広がっている。 その特徴の一つとして、初期投資の少ないローリスク経営があげられる。実際、個人事業で始めて、業績に応じ徐々に有限会社、株式会社と大きくしていく例も多い。「小さく産んで大きく育てる」方法は、子育て同様、優しく地に足がついている。また、ピラミッド型組織ではないネットワーク型の組織運営が多いのも特徴の一つだ。肩書きのついた役職者から社員への上意下達で動くのではなく、一人一人の責任を重視した経営だ。 ![]() 能力ある女性たちが、その力を生かして社会に関わることは、日本経済にとって大きなプラスとなるといえる。単に経済的な意味だけではなく、男性の意識の変革と新しい働き方のモデルの創出につながる。それは従来の価値観を大きく変え、さまざまな立場の人々がさまざまな形で働きやすい社会へとつながっていくに違いない。彼女たちが本格的に起業に乗り出す日は目の前だ。 |
■大石友子(おおいし ともこ) 早稲田大学第一文学部卒業。(財)横浜市女性協会において、女性の起業支援に関する調査研究やアジア女性起業家会議開催等に携わる。97年より、労働省が開館した『女性と仕事の未来館』の運営にあたる。 主な著書に「在宅ワーク完璧マニュアル」「女の企業が世界を変える」など。 |
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