特 集 論 文
 
女性アントレプレナーの現状と将来展望

 

田 村  真 理 子
(日本ベンチャー学会事務局長)

 

高まる女性アントレプレナーシップ(起業家精神)

 近年、女性アントレプレナー(起業家)に対する関心がかつてないほど高まっている。
 事実、女性の日常生活と密着した家事関連サ−ビスから外食産業、人材派遣、美容業など様々な事業分野に女性起業家が進出し、活躍している。それどころか、不動産業や建設業など、女性が就職しにくいと思われる分野でも、女性の会社が誕生している。これまで企業経営という男性主導であった世界に、いまや女性がどんどん進出するようになっているのである。
 帝国データバンクの調査(以下定刻調査)によると、2000年6月末に女性企業は6万2千社で、その比率は5.5%だ。この調査を始めた80年には、女性企業は1万1千社で、その比率は2.4%だったという。つまり、この20年間の女性企業の伸び方は社数にして5倍強、率にして2倍半になるわけで、きわめて高い。
 今年6月には東証2部上場のブルドックソース社長に池田章子氏が就任。上場会社において、創業者一族以外からの女性社長就任は珍しいケースとして話題を呼んだのは記憶に新しいことだ。女性社長の中で女性起業家の比率を出すのは難しいとはいえ、女性企業の数と比率は増え続けている。
また、帝国調査の「女性社長1000人への就任パターンに関する調査」(2000年6月)によると、「女性創業者」の数は1985年以降に急増し、89年以降では構成比の約4割を占めている。ということは、以上の事実の数字的な裏付けといえる。

女性起業家輩出の要因

 では、なぜ最近になって女性の会社興しが盛んになってきたのだろうか。この設問に対しては、二つの面から探っていくことができる。一つは起業を志すようになった女性の側から、もう一つは女性企業が活躍できる背景としての産業構造の変化という面からである。つまり、女性という「主体」の側と、産業という「環境」の両面から女性の起業が促進されるようになってきたのである。

「社会進出の活発化」

 まず、女性という主体の側から見ていくと、女性の社会進出が活発になってきたことが起業意欲を促した大きな要因となっている。総務庁「労働力調査」によると女性の雇用者は、1976年以降一貫して増加傾向にあり、75年代からは、男性の伸びを上回る増加率となっている。94年には2009万人となり、雇用者全体に占める女性の比率も38.6%に高まった。
 厚生省の調査(94年2月)によると、一歳児を抱える母親の四人に一人(27.7%)が仕事を持ち、無職者も、妊娠・出産までは仕事をしていたという人が半数を占め、さらに四分の三が「今後、仕事をしたい」(75.7%)と意欲を持っていることが明らかになっている。仕事などで赤ちゃんを保育所に預けている母親は、引き取り時刻を平均一時間近く延ばして欲しいと思っていることも判明した。
 これらはいずれも、女性の社会進出の活発さを示す数字といえる。もちろん、これらの数字は雇用面に表れたものであって、女性の起業の活発さを直接には示していない。しかし、雇用という形で社会に出て、企業社会の現実を知った女性が、やがて起業意欲を抱くようになるだろうことは予想できる。
 事実、自己実現を求めて企業社会に入っていった女性たちの多くが、そこにはまだ従来の論理が根強く残っていることを思い知らされるからだ。徐々に解消されつつあるとはいえ、企業社会は女性が自己実現するにはまだほど遠い状態なのである。鳴りもの入りでスタートした女性総合職が、バブル崩壊後の不況によってどのような状態に置かれているのかを見れば、このことは明らかだろう。
 もちろん、従来も女性が企業社会で自己実現を図ることは、現在以上に困難だった。女性がその壁を突き破ろうとしても、当時はいろいろな制約があるのが普通だった。
 その点、最近は女性の進学率も高まり、女性が高等教育に触れる機会が増えてきた。海外での経験も豊富になっている。つまり、女性が壁を突き破ろうとする主体的な条件が整うようになってきたのである。女性の起業が社会的な傾向として定着するようになったのは、より強い主体性を備えるようになった女性が、会社を興すという形で社会の壁を突き破ろうとする試みと見ることができるだろう。女性が自己を実現する手段の一つとして、会社を興すという選択肢が現実のものになってきたのである。

「市場構造の変化」

 次に、女性の起業を促す客観的な条件にも触れなければならない。いくら女性が会社を興そうとしても、産業社会という客観的な環境が女性企業を受け入れなかったら、現在見るような女性企業の誕生、発展は期待できないだろうからだ。
 確かに、社会は女性の起業にふさわしいように変わりつつある。まず、市場の変化が女性に味方している。日本経済の成熟化に伴い、産業構造が重厚長大からソフト化・サービス化へと移行しつつある。インターネット社会による情報化の進展も目覚ましい。こうした傾向は腕力に代わるアイディアや感性で事業を興す機会を与え、女性の事業機会を広げつつあるのである。
 市民感覚が幅を利かす市場。量産志向よりも手づくり志向が好まれる市場。高齢化問題や環境問題が最優先の課題になっている市場。全国的な視点よりも身近な地域の視点が期待される市場。これらの市場は日常感覚に優れた女性の感性をこそ、必要とする。
 そして、なりよりも働く女性が増えて、女性の購買力が上昇した。それどころか、消費動向をリードするのは女性層であるとの見方も出てきているほどだ。とするなら、女性が事業を興す機会は増えているはずだ。
 いま、盛んにもてはやされているニュービジネスこそ、こうした傾向を捉えて事業化したものではないか。すでに、ニュービジネスが束ねる団体が各地で活発な活動をしているが、既存の産業では捉えきれない社会のニーズを、これらニュービジネスがたくみに捉えて事業化している。このニュービジネスの担い手に女性が多いのは、以上のような産業構造の変化を見れば当然といえよう。
 社会の変化が女性の起業を求め、女性自身も起業するだけのパワーを見につけたとするなら、女性の起業が盛んになると思われる。

官民による女性起業家育成支援

 現に、労働省女性局は1996年、女性起業家などを集めて「女性の起業支援のための研究会」を開き、97年3月に「女性起業家の現状と施策の方向」という報告書をまとめ、その翌年に「女性のための起業マニュアル」を発刊した。まさに、政府も女性の起業を重視していることがこの点からもうかがえる。
 この報告書は、事業を興すことを希望する女性のニーズや実際に起業した女性が遭遇している問題点をアンケート調査などにより把握し、そのうえで、今後、女性起業家および起業を希望する女性を支援するために必要な方策について検討していくものである。
 地方公共団体などでも、96年3月に、女性起業家支援状況について都道府県婦人少年室を経由して調べたところ、21都道府県において女性起業家支援事業の実施実績があり、実地中、実施予定として回答があった。
 福岡市では、財団法人福岡市女性協会が94年から「女性の創業支援セミナー」を開講、女性が開業する際の必要事項、事業成功のポイント、経営のノウハウを伝授している。
 東京都内でも大田区男女平等推進室が97年から「起業講座」を開講している。
 また、自治体の支援は起業に対する啓蒙にと止まらず、起業のための融資制度にまで広がっている。大阪府と滋賀県が94年度から発足させた女性向けの低利融資制度はその好例だろう。この制度は、高齢者の家事支援などの生活密着ビジネスに取り組む女性を支援するものだ。
各自治体の間にこのような女性起業家支援の輪が広がってきた背景に、地域内で会社興しを促進させて地域経済を発展させようという狙いがあるのはいうまでもない。
 さらに、大学や民間の大手企業も女性起業家の支援に力を入れ始めた。大学では「起業家」コースを設置し、起業家精神を養っていくところが増えている。早稲田大学大学院では、99年より「女性起業家養成」講座を設け、女性起業家の育成に励んでいる。
 また、三越百貨店などでは大手町界隈で働く女性を対象に「女性と起業」講座を新設し、来年からスタートする計画だ。
 興味深いのは、各団体が経済の活性化を考える際に女性の起業に目が向けられるようになった点である。それだけ、女性の起業が一般的になってきたということである。しかし、こうした官民の支援の輪の広がりが、女性企業の輩出を促す一因となっているのも、また確かなことである。ここにも、女性の起業が今後、広がっていく流れであることが伺える。。

女性起業家の実態と特徴

図1 業種
図3 経営形態
 では、実際、女性の起業にはどんな特徴が見られるのだろうか。
 まず、企業規模についてだが、女性が興した企業は総じて規模が小さい。労働省調査(96年)によると平均像は資本金で1136.6万円、従業員数は39.9人という規模だ。女性起業家はもともと、それほど多くの資本を持って会社を興すわけではなく、手元の資金をかき集めて起業するのが普通である。その割に従業員数は相対的に多いのが印象的で、女性企業は人手がかかるサービス業が多いためとみられる(図1参照)。
 女性企業は当然のことながら、男性よりも女性をたくさん雇用する。労働省調査でも従業員の9割が女性となっている。サービス業の比重が高く、女性向きの仕事が多いせいでもあるが、やはり女性起業家たちに「後に続く同性を大事にしたい」という思いがあるのだろう。
 そのせいか、女性企業は女性が働きやすい職場づくりに力を入れている。日経調査(92年)によると、産前・産後の休暇制度は52.3%と過半数が導入している。出産・育児でいったん会社を辞めても再び職場に復帰できる再雇用制度も42.3%と半数近くが実施している。女性経営者だけに、女性社員への配慮が厚いのだろう。
 ところで、女性起業家はなぜ会社を興そうとするのだろうか。労働省調査によると、女性起業家の開業動機として「好きな分野・興味のある分野で仕事をするため」(50.5%)が一番多かった。次いで、「年齢に関係なく働くことができる」、「自分の能力を発揮するため」などが続いた(図2参照)。これは、女性が自分の能力発揮の場を求めて起業に向かうということだ。一般の企業社会ではまだ女性の活動にはいろいろな制約がある。
 いっそのこと、自分で会社を興し、自分の力を試す仕事をしてみたいと思うのも当然だろう。女性がキャリアパスの一つとして、いまや起業を選ぶようになってきたといえる。
 女性の社会参加がいわれて久しいが、女性の起業とは「会社経営という形で社会に参加していこう」ということなのである。
 また、女性起業家はどのように会社を興し、どのような会社の姿を目指しているのだろうか。事業を始める際だが、労働省調査によると、仲間と一緒に起業する人もいるが、一人で興す人の方が多いようだ。「開業時も現在も個人経営」(33.0%)と「開業時は個人経営で現在は法人経営」(23.0%)を含めると約6割となっている(図3参照)。スタートさせる事業の形態としては、最初から株式会社などの法人形態をとる以外に、個人企業、SOHOとして始めるケースが少なくないと言われている。個人企業の場合は、事業規模の拡大につれて、組織形態を整えていくのである。ある段階を過ぎて最終的には、ほとんどの女性企業が法人形態をとっている。
 では、女性起業家は経営に際して、どのような経営理念を立てているのか。日経調査(複数回答)によると、最も多かったのは、「従業員の満足を得られるような企業になる」(67.1%)だった。次いで、「社会にとって有意義で、社会に貢献できる企業になる」(58.8%)、「他の人と大きく異なる自己の信念を実現する企業になる」(35.9%)の順になった。多くの女性企業家は規模拡大よりも夢を企業経営に求めているといえそうだ。

女性起業家の課題と将来展望

 いま、日本の企業社会ではこれまで支配的だった年功序列、終身雇用制が壊れそうな兆しがあり、その先の経営スタイルが見えていない。戦闘的なシェア優先の企業行動が内外の非難を浴びているのも周知のとおりである。その意味では、戦後長らく続いてきた日本的経営も転機を迎えつつあるといえるが、これまでとは異質な女性の経営スタイルが、こうした日本企業の行き詰まり感を打ち破るニューウェブとなるかどうか。女性起業家に寄せられる期待は大きい。
 しかも、女性起業家への期待は、世界的な同時性を持っているという点にも注目したい。
 現に、経済協力開発機構(OECD)が主催する初の「世界女性起業家会議」が97年4月、パリで開かれた。欧米、アジアなど約40カ国の女性経営者や政府、大学関係者ら300人弱が参加。女性起業家の活動を阻む問題点や政府、大学の役割などについて話し合った。
 こうした同開発機構の問題意識自体、世界同時進行の女性起業家の輩出なしには考えられないことといえる。
 また、女性の社会進出が活発なように思われる米国でも、企業社会では必ずしも女性は優位になっていない。米国でも社内昇進よりも、会社を興して経営者になる道を選ぶのである。
 米国では99年、全米ビジネスオーナーズ基金の統計によると、女性が経営する企業は911万社になり、全企業の38%を占める。87年から99年の12年間、企業数は2.03倍、雇用者数は4.2倍、売上高は5.36倍と増加を続けて、米国経済の起爆剤の一つとなっている。
 もちろん、日本は米国ほど女性起業家が多くないし、その歴史も浅く、売上高や雇用創出などで影響力を及ぼすまでには達していない。
 確かに、企業経営という面でもまだ素人の域を出ない人が多いこともあるだろう。企業経営に参加する時期がつい最近で、まだ企業経営に習熟していない面も多いことを考えると、それもやむを得ないかかもしれない。しかし、会社は興してから継続しなければ起業の意味はない、その点、女性の起業家が目指すべきなのは、生業や家業ではなくて、企業であるべきだといえる。
 ただ、少なくとも、生活感覚に根ざした女性企業の論理は、やみくもに量的な拡大を目指し、競合相手を屈伏させるこれまでの企業に見られるような論理とは異なる面があるように思う。競争よりも共生こそがいま必要とされているが、それは家庭生活を重視する女性起業家を中核にして実現されるのではないか。しなやかな女性企業の輩出は、環境にやさしく、人にやさしい企業づくりが要請させる時代だからこそ、意義のある傾向といえる。



■田村真理子(たむら まりこ)
日経VBC編集、日経産業消費研究所ベンチャー研究部研究員、日経ベンチャー編集などを経て、早稲田大学ビジネススクール・アントレプレヌール・女性起業家要請講座講師。
主な著書に「女性起業家たち−ビジネス社会を変えるニューパワー」など。


情報誌「岐阜を考える」2000年
岐阜県産業経済振興センター


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