論 文 |
明るい高齢社会を目指すヒューマンインターフェースの研究 −高齢者のための製品設計技術−
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口ノ町 康 夫 (通産省 工業技術院 生命工学工業技術研究所 人間環境システム部長)
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1. はじめに |
人口の4分の1が高齢者になるという超高齢社会が到来することが一種の不安と共に語られることが多い。 最近の人口問題研究所による予測では、 出産率の更なる低下が予想され、 高齢化は人口の3分の1に達するまで進むとの予測もなされている。 確かに高齢化の問題は現在の社会システムに数々の難問を突きつけている。 年金や医療費など厳しい問題点が山積している。 従って、 一般的に高齢社会の到来はネガティブに受け取られる。 しかし、 高齢社会になって初めて、 今まで気がつきにくかった過去の技術体系における問題点が顕在化してきたといえることも少なくない。 そのひとつが、 製品や環境設計における人間適合性の不足である。 特に、 高齢者や子供については、 適合性がほとんど考慮されていなかったといえる。 それが、 今や、 高齢社会を背景として、 バリアフリーやユニバーサルデザインなどの横文字が製品のPRにも使われる時代になっている。 世の中全体が使いやすい製品、 行動しやすい環境の設計が大切であることを認識し始めている。 そのひとつの具体的な現れとして、 国際標準であるISOの規格において、 使いやすさに関わる多くの項目が検討されつつあるという事実がある。 また、 産業界がユーザの動向を敏感に捉え、 製品の使いやすさを確保することが、 今後の製品の売れ行きに大きく影響することを感じ始めている。 例えば、 欧米の企業では、 使いやすさに関する規格を製品設計に含めることにより、 自国工業製品の国際競争力を付けようとする動きもある。 我々はこの高齢化の到来を、 全ての人にやさしい社会システムをつくりあげる絶好の機会として前向きに捉えるべきである。 |
2. 高齢者と介護者の不安図式の解消 |
高齢化の進行に伴い、 高齢者のみの世帯や高齢者独居世帯が増加している。 高齢者は若壮年者に較べ、 高齢化による心身機能の低下のため疾病や障害により生活の安全性を脅かされる確率が高く、 例えば、 医者にかかる受療率は20〜30歳代の5%以下に対し、 70歳以上では20%前後と高い。 また、 墜落、 機械的窒息、 溺死という不慮の事故による死亡率 (人口10万人対) を見ると、 高齢者では30歳代の約5〜30倍の高率であり、 特に65歳以上からの死亡率の急上昇が目立つ。 東京都による家庭内事故調査によると、 50歳以上の中高齢者において、 高齢化するほど事故率が明らかに増大している。 特に後期高齢者の事故率は高く、 50歳代に較べ2〜3倍に達している。 また、 高齢者が使用することが多い福祉機器においても事情は同じである。 福祉機器関連の事故で最も多い車椅子についてアメリカの報告例では、 高齢使用者が死亡事故事例の約90%を占めている。 これらのデータは、 高齢者の健康状態が若年者に較べ悪化していることを示すとともに、 死亡事故の多さは高齢者特性と環境、 機器、 製品特性との不整合が顕著に生じていることを示唆している。 このような状況下に生きていると、 健康な高齢者においても、 その心中には絶えず、 疾病・障害、 臥床、 寝たきり、 ボケ、 死の図式 (高齢者生活の不安図式) があるといえる。 寝たきり、 ボケは高齢者の2大不安といわれ、 この不安を回避するため、 寝たきり、 痴呆、 植物人間にならずに速やかに死にたいとの願いを込めた信仰が話題になった時期もあった。 しかし、 60歳での平均余命が約20年以上ある現在では、 これは高齢者の生活観として消極的過ぎるといえる。 人生をもっと積極的に、 有意義に設計すべきではないだろうか。 人はマズローの5大願望説を持ち出すまでもなく、 年齢に関係なく、 (1) 生活における安全かつ自立的な行動、 (2) 家族や社会との連携、 (3) 自己実現を果たしたいとの気持ちを (少なくとも潜在的に) 持っている (人間生活の安心図式)。 この積極的な安心図式に対する基盤を確保してこそ不安図式を消滅させ、 人間らしい、 豊かで安心な生活が確保できるといえる。 従って、 この安心図式の3要素が、 高齢者がやがて経過せざるを得ない心身状態の各ステージ (健康、 機能低下・障害、 臥床、 寝たきり) のいずれにおいても、 何らかの形で保障されていれば、 多くの高齢者において積極的な生活設計が可能となると思われる。 他方、 高齢社会における高齢者の安全や不安の問題は、 高齢者のみに関連しているのではなく、 高齢者以外の社会的成員にも大きな影響をもたらすことを忘れてはならない。 誰もがやがては高齢者になるという自明の事実は抜きにしても、 多くの家庭が両親や祖父母などの高齢者に介護者として関与せざるを得ない。 介護者の視点に立つと、 高齢者の不安は即その介護者を含む家族の不安といえる。 統計によると介護が必要な高齢者は寝たきりや痴呆高齢者を合わせて130万人強、 これが2010年には240万人近くに達し、 これらの介護の70%は在宅で受け持たなくてはならないといわれている。 その上、 この介護者のほとんどは力の弱い女性であると推定されている。 これは介護家族ひいては社会全体に大変な不安状況をもたらす。 安心図式を確保することによる高齢者の自立の促進は、 高齢者の視点からは人間としての尊厳の確保、 介護者からみれば心身負担の減少という両面的な効果を持つといえる。 このような事態に於いて、 高齢者が安心、 安全で、 快適な生活を送るためには、 高齢者ができる限り自立して生活できる環境を整えることが必要不可欠である。 それを可能にするためには、 社会システム全体において高齢者にとって適合性の高い設計をすることが要請されている。 |
3. 高齢者適合環境の拡大と行動の確保 |
高齢者の自立を促進し、 高齢者適合環境の拡大を図っていくためには、 以下の技術基盤を確立することが必要である。 1) 高齢者特性の解明 2) 簡易な高齢者データ計測技術の開発 3) 高齢者特性データベースの構築 4) 高齢者特性を組み込んだヒューマンモデルの開発 5) それを利用した人間適合性評価技術の確立 6) 高齢者特性を反映した規格の整備等 当所では、 1) から6) に至る研究を統合的に展開しているが、 本論では、 明るい高齢社会の建設を目指し、 使いやすさを追求するインタフェース技術として、 高齢者の機能特性変化の主要な特徴とそれに関連する製品、 環境設計等のあり方について述べる。 |
3.1.高齢者の感覚・認知・動作特性変化と製品・環境設計 |
<視覚特性低下と製品・環境設計> a) 視力低下:高齢者では、 視力低下と遠視が同時に進行しているので、 小さな文字を読みとることが非常に困難になる。 すなわち、 低下した視力を補うために、 紙面を目に近づけると、 遠視のため焦点の調節ができず、 文字がぼやけてしまう。 逆に焦点を合わせるために紙面を遠ざけると、 文字が小さくなり読めなくなる。 また、 暗い照明下では、 更に視力の低下が著しい。 高齢者の視覚機能に関するアンケート結果では、 多くの高齢者が視力に関連した不具合を感じている。 例えば、 新聞や薬、 シャンプーなどの使用説明書、 衣類の原料表示や値札は字が小さく読みにくい。 また家電製品のスイッチやボタンのラベルも小さく、 見にくい。 さらに機器の下の方や陰になる暗いところに表示されることが多く一層見にくさを増幅する。 シャンプー等の風呂場で使う製品は、 風呂場の照度の低さや湯気のため小さい字やマークは若者でも読解不能なことが多い。 駅などの料金表示板も比較的高い位置に掲示されており見にくいことが多い。 高齢者のためには必要な情報は、 適切な照度と適切な大きさで提示される必要がある。 辞書類にも高齢者向きに字体を大きくしたものがあり便利だが、 反面それに伴い本の重量が増加してしまうことが問題だ。 今後は、 書籍や新聞は電子化して、 ネットワークにより配達し、 高齢者は自分の視力に応じた好みの大きさの字体で読む時代になっていくだろう。 その他、 小さい段差等の凹凸は見にくいことが多く、 つまずいて骨折の原因となる。 特に夜など低照度下では段差が分かりにくい。 段差のあるところにはわかりやすい表示が必要だ。 近頃では、 ようやく、 バリアフリー住宅ということで、 極力段差を無くすように設計された住宅が販売されているが、 全体の住宅から見ればまだ数が少ない。 また、 バス停において近づいて来るバスが目的のバスかどうかを遠くから判断することは難しい。 高齢者や視覚障害者のためには、 視覚以外の機能による情報伝達を図ることが必要だ。 例えば、 バス停に、 近づいてくるバスの行き先などの音声告知があれば快適となる。 b) 明暗順応機能低下:高齢者では視力の低下があるため、 環境における照明は明るい方が望ましいが、 他方、 明るすぎる光源が直接目にはいるとグレアーを起こし、 しばらく周りが見えなくなったり、 不快なまぶしさ感が残る。 従って、 直接照明等の光源が目に入らないように工夫すると共に、 トンネルの出入口や夜間における照明の点灯・消灯時のように暗い環境から明るい環境あるいはその逆の変化が顕著に生じる場合において、 変化の程度を緩やかにする工夫が必要である。 最近では、 高速道路のトンネルの照明が入り口付近は明るく、 奥に行くに従いだんだん暗くなり、 また出口に近づくと明るくなるタイプを見かける。 高齢者が家庭において真夜中にトイレに行くときの照明にも、 点灯したときは暗く、 時間と共に高齢者の明順応速度に合わせて明るくなり、 消灯時にもゆっくりと暗くなるような設計が快適な暮らしのために必要である。 c) 色覚機能低下:高齢者で特に問題となるのは、 水晶体の黄変等による青色感度の低下及び黄色と白色の弁別が困難になることである。 低照度の環境では、 青系統の感度が低下しているため、 黒地に青または青地に黒で描かれた文字や絵は読みとりが難しい。 同様に水晶体の黄色化により、 黄と白の組み合わせも見にくくなる。 従って、 公共環境における色の使用はデザイン面だけではなく、 高齢者における色覚機能特性を考えた設計が求められる。 <聴覚機能低下と製品・環境設計> 25歳を基準としたとき、 加齢に伴い高周波数域に聴力低下が生じるが、 特に60歳以上での2000Hz以上の帯域での聴力損失が顕著である。 生命研でも高齢者の聴力を若年者と比較したところ、 4000Hzの音に対する感度は20歳代に較べ、 70歳代以上では約40dB以上の低下がみられた。 このレベルの低下が例えば会話に必要な音声の周波数帯で生じると, 通常の大きさの声による会話がささやき声のように聞こえてしまう。 このような聴力低下や大脳における聴覚関連皮質の機能低下に伴い、 生活環境等での聴覚情報の処理能力が低下する。 また、 家電製品の報知音は1960年代以前ではほとんど存在しなかったが、 1990年代では約70%の製品に報知音がつけられており、 今後も増加傾向にある。 しかし、 家庭において高齢者が電話のベルや洗濯機の報知音などが聞き取りにくいとのアンケート結果がある。 家庭で使用されている電気製品の操作確認音の周波数に関して生命研で計測したところ、 多くの製品が2000〜4000Hzの周波数帯域の報知音を使用している。 この周波数帯域は若壮年者にとっては感度の高い帯域で聞こえやすいが、 高齢者では2000Hz以上の周波数帯域で顕著な聴力損出が生じているため聞き取りが難しくなる。 音量を上げることにより高齢者にも聞き取りが可能になるが、 同じ環境にいる聴力が正常である若壮年者にとっては、 うるさく不快な音になる可能性がある。 このように聴覚特性が大きく異なる複数の人間が同一環境内にいるとき、 音情報による提示は騒音等の種々の問題を引き起こす。 音量や周波数帯域の調節など個人的な対応を可能とすると共に、 ユニバーサルデザインによる、 誰にでも聞き易い音の提示を目指す解決などが必要である。 また、 聴覚障害者に対する報知音や警告音の提示は触刺激により代行するなどの方法を採用することが可能である。 公共空間におけるインタフェースにおいては、 さらに、 難聴者のために視覚表示の代替手段を、 視覚障害者のために聴覚表示の代替手段を用意しておくことが望ましい。 生命研においても、 高齢社会に向けて環境における音づくりの標準化に関わる研究をスタートしており、 高齢者にやさしい報知音のあり方について研究している。 <その他の感覚特性と製品・環境設計> a) 嗅覚特性:高齢化に伴いニオイの種類の弁別力の低下や閾値の低下が生じる。 生活環境においては、 食べ物の腐敗臭が区別できなかったり、 火災の際の焦げ臭等の認知が遅れることにより、 危険回避が困難になる。 また、 ごみ臭、 体臭、 化粧品等のニオイに対する感度が低下し、 嗅覚特性の低下していないヒトとのニオイ環境の認知に差が生じ、 問題となることがある。 b) 皮膚機能特性:高齢化と共に触点の減少や発汗機能低下が生じる。 これらは手指の把持力等に影響し、 ドアのノブをまわしたり、 スイッチを押すとき滑りやすくなる。 従って、 ノブ、 蛇口、 スイッチ等の形状や材質の選定に気を配る必要がある。 c) 平衡機能特性:高齢化に伴い蝸牛前庭器官の機能低下が生じ、 段差等における体重移動時にふらつきが生じやすくなる。 廊下、 階段、 風呂場、 トイレなど生活場面の多くに存在する重心移動が生じる環境に手すりの設置や床や道路の歩行面の適切な滑りやすさを考慮した設計が必要になる。 例えば、 道路ではあまりに滑りにくい材質で設計すると、 高齢者に多い、 十分につま先を挙げずに着地する歩行スタイルでは、 足が引っかかり、 かえって転倒事故の増加を招く危険性がある。 また、 雨や雪等による路面の濡れ現象により道路の特性が変わることも考慮に入れる必要がある。 d)温熱感覚特性:高齢化に伴い冷点の減少による温度感覚の低下や体温調節能力低下が生じる。 その結果、 環境の温度変化に迅速に対応できなくなり、 風邪をひきやすくなったりする。 また、 皮膚血流の低下により、 暖房便座やこたつ等で低温やけどが生じやすくなる。 さらに、 身体を露出するトイレ、 洗面所、 風呂等で急激な温度変化にさらされると、 高齢者は血管系の異常を引き起こしやすくなる。 住居等における温度勾配等の設計に配慮することが必要となる。 <認知特性と製品・環境設計> 高齢者は外乱に影響されやすく、 注意が分散しやすい傾向があるので、 関連機器のインタフェースのスイッチ、 ボタンやメニューは選択肢の数を減らすなど、 設計をできるだけ簡明にする必要がある。 使用する文字や記号は外来語、 英語、 専門語等の高齢者になじみの少ないものをできるだけ避ける。 また、 高齢者は視力等の低下に伴い、 小さい文字が非常に見にくくなる。 文字の代わりにアイコンを使用したとき、 認知率が高齢者で顕著に上昇する。 使用するアイコン等の標準化を図ることにより、 高齢者におけるすばやい認知を可能にできる。 さらにアイコンに関する国際的な標準化を行えば、 外国人にも理解が容易な万国共通の快適なサインができあがる。 生命研における生活関連機器の使用感に関する調査において、 ビデオ、 現金自動引き出し機、 オーブン電子レンジが使いにくい3大機器との評価を受けた。 この機器の使いにくさと記憶、 思考、 注意の高次機能の低下との間に興味深い関連が見いだされた。 すなわち、 記憶、 思考、 注意の機能が低下するほど、 使い勝手が低下することが明らかになった。 高齢者の家電製品の使いにくさに影響する要因として、 従来から指摘されている、 高齢者の視力などの視覚機能低下だけではなく、 このような記憶、 思考、 注意などに係わる認知的負荷が重要であることが示唆される。 高齢者は便利で役立つ製品とわかっていても、 認知的負荷の高い、 使い勝手の悪い製品については敬遠し、 機能は低くても使い慣れた製品の使用に甘んじる傾向がある。 これは、 注意力を働かせたり、 頭を使わなければ正しく使用できない製品は使われなくなることを意味する。 今後、 高齢者に優しく使いやすいインタフェースを設計するためには、 機器使用において記憶の負担を少なくし、 操作手順を簡明にするなど、 認知関連機能の低下に十分な配慮をすることが特に必要である。 このことにより、 学習が容易となり、 機械の前で考え込むような事態が減少する。 また、 高齢者は新しい環境や製品に適応しようとする意欲を失いがちとなることが多い。 一見して、 使い方が理解できない、 複雑で、 統一のとれていない操作パネルを持つ製品は高齢者に敬遠されやすい。 従って、 高齢者が親しみを持って、 その機器を操作したくなるような外観や情報提示手法が必要となる。 さらに、 高齢者に使いやすい新製品を開発するには、 高齢者がすでに持っている製品イメージと新製品のイメージを橋渡しするようなハードあるいはソフトのインタフェースが重要になる。 これが実現できれば、 高齢者も新製品に不安な感情を抱くことなく、 親しみを持って近づき、 自然に操作をしたくなることが期待される。 <動作特性と製品・環境設計> 高齢化に伴う筋力低下や認知機能の低下により刺激に対する反応時間の増加が身体各所で生じ、 すばやい行動が困難になる。 しかし、 これらの運動機能は個人差が大きく、 日常的に運動を行っているヒトにおいては、 運動機能の低下が生じにくくなり、 反応時間の増加はゆるやかになり、 運動をしない若年者に優るとも劣らない反応のスピードが保持できる。 高齢者にとって、 社会参加は心身の活性度を高め、 生きる意欲を向上させるために必要不可欠である。 従って、 社会参加を疎外する要因をできるだけ排除することが重要である。 電車の駅の階段の勾配は、 既述の重心移動の問題を含め、 高齢者が不安無く昇降できるものにすることが必要である。 公共的な移動手段として重要なバスの昇降口のステップは現状では規則上限の45に近い40程度が多い。 この高さでは、 筋力の低下した高齢者は乗り降りに非常な苦労を伴うことが多い。 特に降りる際には重心がふらついて転倒する危険性も高い。 高齢者だけではなく、 幼児、 妊婦、 車椅子使用者などが不安無く利用できるシステムにする必要がある。 そのためには、 ノンステップバスを全国的に導入すべきである。 車の運転は高齢者の行動半径を広げるための有力な武器だが、 近年高齢者の運転事故率の増加が報告されている。 これは、 運動機能の低下に加え、 認知判断機能の低下等が重複していると考えられるが、 高齢者の社会参加を促進するために、 高齢者ドライバーの事故を軽減するための工夫が車や交通環境整備に必要である。 また、 高齢者では、 巧緻性の低下により、 多数の小さなボタンが接近して密に配置されているパネルにおいて、 ボタンを選択的に素早く押したり、 押す力を適切なレベルに制御することが難しい。 また、 正しく押したかどうかの判断の材料となる触覚的なフィードバックも低下している。 そこで、 高齢者は複雑なインタフェースの前では不安を感じ、 その機器を使わなくなってしまう。 ボタン等の操作点は操作しやすい形状にし、 操作の結果は光、 音、 振動等でフィードバックを適切に与えることが大切である。 また、 衣類や装具等の操作部分についても扱いやすい大きさ、 形状、 種類を考慮する必要がある。 その他、 缶、 ビン製品、 紙パック製品等に、 力の弱い高齢者、 女性、 子供などが開けにくい製品が多く見られる。 女性は男性に較べつまみ力が弱いだけではなく、 若者に較べ高齢者は指先の力が顕著に低下している。 今後は、 これらの人間特性データを考慮した製品設計がなされるべきである。 |
3.2.高齢者の認知的適合性を高める多感覚統合型インタフェース |
家電製品を初めとする生活関連機器におけるインタフェースでは、 まだまだ視覚的インタフェースの使用が多い。 視覚インタフェースは複雑、 且つ大量の情報提示が瞬時に可能であることを特徴とするに対して、 聴覚インタフェースは、 注意喚起機能に加えて、 情報の時系列的、 逐次的な提示・処理に優れている。 従って、 複雑な情報環境の中で迷いがちなユーザを誘導 (ナビゲート) するのに適した手法といえる。 複雑で多機能な新しいコンセプトの製品の使用を、 機器の使用に慣れていないユーザ、 特に高齢者、 主婦、 子ども、 使用頻度の少ないユーザにおいて可能にするためには、 視覚インタフェースと聴覚インタフェースの効果的な併用が期待される。 例えば、 電話機の簡単な使用において、 簡単なダイヤルの入力は視覚的な情報に依存することが多く、 幼児から高齢者まで誰にでもできるが、 ほとんどの電話機に付属している短縮ダイヤル機能を即座にセットできる人は少ない。 1年に数回しか使わないような機能の使用方法は忘れるのが当たり前である。 そこで、 マニュアルを読めばよいが、 マニュアルもまた滅多に使わないため所在が分からないことが多い。 従って、 この機能を容易に使えるようにするためには、 電話機の中に説明機能が無くてはならない。 この説明すなわちヘルプ機能は勿論視覚的に文字としてパネルに表示することも可能だが、 視力の低下した高齢者が小さなパネルの中の小さな文字を読みとるのは大変だ。 そこで、 選択肢の数がそれほど多くないときには、 聴覚的な音声ガイドによる提示方法が適切であり、 誰もが容易に使える。 今後21世紀では、 テレビ、 携帯電話、 インターネットなどの情報機器による高度情報社会の実現が予測されている。 聴覚機能以外にも、 触覚機能の利用も有効である。 音は注意喚起機能が高いが、 反面、 その情報は周りにいる多くの人の耳にノイズとして入ってしまう。 情報のプライバシーや他者への迷惑を防止するために、 音の代わりに振動を利用した、 携帯電話や目覚まし時計がある。 生活環境における、 これらの機器の使いにくさは必ずしも高齢者だけではなく、 一般的に若壮年者にとっても同様であることが多い。 従って、 若年層、 高齢者のみならず障害者も含めた、 より幅の広い人間特性に適合したユニバーサルな製品づくり、 環境づくりを意識して目指す必要がある。 特に、 21世紀では高度情報社会が出現し、 ネットワークを通じた情報検索や情報交換が全国レベルで推進される可能性がある。 このような状況の下では、 パソコン等による情報ネットワークの利用ができない人々は著しい不利益を被る危険性がある。 このような情報機器に関する高齢者をはじめとする未熟練者が 「情報の前の平等」 を享受するためにも、 使いやすい効果的な多感覚統合型インタフェース (synthetic-modal interface) の確立が待たれる。 |
4. おわりに |
ここまで、 高齢者の機能特性変化の主要な特徴とそれに関連する製品・環境設計等のあり方について簡単に述べてきた。 しかし、 実際に高齢者に適合した製品を設計するには、 単に高齢者特性の理解だけでは困難なところがある。 特に、 設計対象とする製品が複雑な機能を持つものであればあるほど、 その製品の操作には人間の持つ複数の特性が相互に影響し合うために、 設計の困難度は増加する。 高齢者は元来、 幅広い特性を持っている。 さらにユニバーサル製品として設計するのであれば、 若者の特性との適合化も図らねばならない。 これらの問題を解決するためには、 人間特性のデータベース構築だけでは十分とはいえない。 解明された人間特性をモデル化し、 コンピュータ上でモデル化された人間がモデル化された製品を使用して、 製品の適合化を評価するシステムをつくりあげることが必要である。 現在すでに寸法データを具現したコンピュータモデリング技術が開発されている。 今後は、 人間の視聴触などの感覚特性、 注意、 判断、 記憶などの認知的特性、 手指の筋力、 巧緻性などの動作特性を反映したモデリングが求められる。 このようなコンピュータモデリング技術が完成すれば、 計算機上で容易に製品を設計、 評価でき、 安価で適合性の高い製品を数多く製造できることから、 製品の開発期間の短縮、 開発コストの低減など工業製品の国際競争力にも大きく貢献することが期待できる。 さらに、 今まで安全性、 費用、 時間的制約の点で困難であった、 世代にわたる住宅の適合性評価や、 人体ダミー等で行っていた衝突実験など、 製品や環境における人間適合性の計測・評価が計算機上で迅速にでき、 幼児から高齢者に至る幅広い人々に適合した製品、 環境の創出が期待できる。 我々はこのような人間工学的研究を続けることにより、 誕生から死に至るまでの、 人生の多くのステージにおいて、 生活者ができうる限り自立し、 そしていつも生き甲斐を感じながら人生を送れるような技術基盤を確立したいと考えている。 |
■口ノ町康夫 (くちのまちやすお)
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