論 文 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
福祉ロボットの現状と今後
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土 肥 健 純 (東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授)
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1.はじめに | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
科学技術の進歩は、 人間社会のあらゆる場において、 素晴らしい恩恵をもたらすとともに多くの問題も発生させた。 しかし、 少なくとも先進諸国における医療と福祉の分野においては、 その功績を認めることができる。 特に、 わが国では、 医療技術の進歩により平均年齢80歳という世界最長寿国の実現に大きく貢献している。 その反面、 わが国は、 21世紀初頭に国民全人口の4人に1人が65歳以上の高齢者となり、 その一方出生率の極度の低下による少子化の進行という欧米諸国もかつて経験したことのない本格的な少子高齢社会を迎える。 この急速な少子高齢化において、 障碍者のみならず高齢者の生き甲斐の支援、 生活の質の高揚とその維持、 自立生活の支援など、 高齢者に対する生活支援技術は、 国民の健康を支える医療技術や健康管理機器と共に極めて重要である。 そのため、 高齢者の自立や介護における支援技術として、 わが国の優れたロボット技術を駆使した福祉ロボットの開発が大いに期待されている。 また、 この種のロボットは、 今後増大する在宅ケアにおいて、 家族の負担を軽減し、 家庭生活の混乱・破壊を避けるという重要な役目も担っている。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2. ライフサポートテクノロジー1) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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3. 環境と障碍 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
人間にとって便利な道具の発明や環境の改造は、 多くの場合、 機能が正常な人間を対象としている。 そのため、 怪我、 病気、 あるいは老化などにより本来あるべき機能が失われたり、 傷害を受けたりすると、 従来の道具や環境では生活に支障を来す場合も出てくる。 すなわち、 人間が障碍を持つか持たないかは、 人間機能と環境との関係に大きく依存している。 したがって、 そのような人が日常生活や社会活動する際に不便を感じたり不利益を被らないように、 また彼らを世話する人が不便を感じないように、 活動領域の物理的環境を整えたり、 便利な道具を開発することにより快適でバリアフリーな社会を実現する必要がある。 特に、 わが国が21世紀初頭に迎える少子高齢社会では、 高齢者の自立や介護を支援する福祉ロボットの開発が大いに期待されている。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
3.1 介護に対する工学的支援 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
高齢者や障碍者に対して質の高い介護を目指す場合、 下記のことが考えられる。 1) 介護人の数を増やす 2) 質の高い介護を行う機器を開発する 3) 介護における雑用や単純作業用の機器を開発し、 少数精鋭で質の高い介護を集中的に行う しかし、 わが国の場合、 介護法案の成立と共に介護者の数を増やす方向にあるが、 通常障碍者にかかる費用の約80%が人件費であることを考えると、 増大する高齢者数にあわせて単純に介護者の人数を増やすことは本来非現実的である。 ドイツなどの徴兵制のある先進国においては、 宗教上の制約などの正当な理由により兵役につけない若者に対して、 通常の兵役期間よりも長く介護や福祉の仕事に就くことで兵役を免除するなど、 極めて経済的な介護体制を整えている。 特に、 衣食住等にかかる費用を除いた平均的サラリーマンの可処分所得が、 かなり以前から福祉国家で高税率のスウェーデンよりも低いわが国では、 未来の勤労世代に増税等の高負担を強いるような福祉政策は避けるべきである。 したがって、 高齢者介護を在宅ケアに求めるわが国の方針では、 第一に高齢者の生き甲斐を支え、 少しでも自立期間を延ばす支援機器の開発が必要である。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
3.2 若年障碍者と高齢障碍者 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
長寿社会における様々な問題を検討する際、 高齢者を障碍者あるいはその予備軍として捉える傾向がある。 確かに身体機能の低下や障碍に対するノーマライゼーションやバリアフリーの視点からは共通に取り扱える問題も多いが、 その反面、 障碍などの現象やそれに対する支援目的が同じでも、 多くの場合その具体的解決方法が異なる。
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3.3 福祉ロボットのユーザ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
病気や障碍にかかわらず健康に老いることは、 今後の長寿社会に於ける重要なテーマであり、 かつ健常高齢者の割合は必ず年々増大する。 そして、 この健常高齢者こそが、 福祉ロボットのユーザとして最も期待できる人達である。 しかし、 たとえ健常高齢者といえども通常高齢化に伴い少なからず何らかの機能低下を有している。 一般に、 多くの高齢者に認められる機能低下は、 障碍とは区別すべきものであり、 また、 日常生活に支障をきたすような機能低下ですら高齢者自身も周囲の人も高齢化に伴う当然の現象として受け止めており、 それを障碍としては扱っていない。 そのため、 福祉ロボットのユーザとして期待される健常高齢者には、 下記の点を考慮する必要がある。
1) 障碍としては扱えない範囲の (軽度の) 機能低下を有する 2) 心身の機能低下は時間と共に進行する 3) 障碍者として扱われることには強い抵抗がある 4) 機器に対する使用意欲が低い このような視点で設計された福祉ロボットであれば、 単に健常高齢者のみならず、 老若男女を問わず広く使用されることが期待される。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4. 医用福祉ロボットの特徴2) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
医用福祉分野のロボットには、 医学や歯学分野における医療行為全般、 それに付随する検査関係、 院内作業関係、 看護や介護等の行為、 医学的研究、 および医学教育の場において用いるものがある (表3)。 これらの中で、 検査・診断、 治療、 リハビリテーション、 および福祉に携わるロボットは、 患者、 高齢者、 障碍者など人と直接接触して作業するため、 下記の4点において工業用ロボットと大きく異なる。 1) 直接被介護者や患者に接触する 2) 処置内容や作業内容が一律でなく変化する 3) 動作の試し、 およびやり直しができない 4) 特別な専門家でなくとも容易に操作できる 特に、 工業用ロボットの安全性が、 人とロボットの作業領域を分けることで実現しているのとは大きく異なる。 したがって、 本分野への工業用ロボットの安易な応用は極めて危険である。 また、 医療福祉分野のロボットを開発するのに際して、 最も重要な基本的設計方針は、 人間の従来の作業動作を真似るものではなく、 目的とする処置、 要求される機能、 実現可能機能とから設計することである。 これは、 医療行為における処置作業、 日常生活における自立動作や介護動作などは、 人間の身体機能にあわせて工夫されてきたものであり、 決してロボットなどの機械に適した作業方法ではないからである。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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5. ロボット技術とパワーアシスト技術 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ライフサポートテクノロジーの基礎的共通技術、 中でもハイテクノロジーと言われる技術には下記のものがある。 この中で、 パワーアシスト技術は、 ロボット技術と同様にメカトロニクス技術の一形態であるが、 パワーアシスト技術は、 その特長から高齢者に対する福祉機器のみならず中年以上の人に対する機器にも極めて役に立つ要素技術である。 1) ロボット技術:人間が不得意な動作や作業を代行させることができる 2) パワーアシスト技術:説明、 訓練、 あるいは練習をしなくても使用できる 3) バーチャルリアリティー技術:説明がいらず直感的に理解できる情報を提供できる 4) マルチメディア技術:様々な情報のやりとりが誰にでも容易にできる 5) 材料:複雑な構造、 重量、 大きさなどの諸問題を新材料の開発で解決できる 現在の福祉機器は、 上記のようなハイテクノロジーを使用した物から簡単な工夫のレベルのものまで様々である。 なお、 福祉機器の場合、 上記の技術を駆使しても、 その使用環境が悪ければ機器本来の性能を発揮することは困難である。 そのため、 一般的には使用する施設や家屋の設計 (広さ、 レイアウト、 段差、 階段) も考慮する必要がある。 しかし、 ハイテクノロジーを駆使して素晴らしい福祉機器を実現しても、 そのハイテクノロジーは、 影に隠れた存在であり決して表に出るものではない。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
6. 福祉ロボットの例 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
日常生活において緊急度の高い支援対象は、 排泄、 入浴、 および移動である。 これらの支援は古くから問題になっているにもかかわらず、 未解決のままになっている。 これらの問題をロボット技術やパワーアシスト技術により解決しようとする試みが先進諸国において行われており、 わが国がその中心にあるといって過言ではない。 なお、 リハビリテーションロボットは、 内容的には医療分野に含まれるロボットであるが、 一般的には福祉ロボットの範疇に入れることが多く、 またそのほうが解り易い。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1) リハビリテーション分野 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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2) 移動・移乗支援分野4) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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3) ベッドおよびベッド周りの支援分野 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
離床は自立の基礎であり、 高齢者の寝たきりを防ぐには、 離床しやすいベッドは重要である。 一方、 離床できない高齢者に対しては、 ベッド上での生活のしやすさ、 および介護のしやすさが要求される。 簡単なメカトロニクス機構ではあるが、 電動ギャッジベッドは、 移乗の第一歩として自立と介護の両面において必要な支援機器であり、 ベッド面の高さ調節機能も、 介護に不可欠である。 また、 在床者をベッドからストレッチャーなどに移動させるとき、 20年ほど前は抱きかかえロボットなどの研究が行われた。 現在では、 パワーアシストによる移載機能付ストレッシャーと6)、 ロボット技術を応用したベッドで、 介護者が直接在床者に触れることなく手元のレバー操作により、 在床者をベッド上を動かすことでこの問題を解決する試みもかなり進んでいる7)。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4) 食事関連分野 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
食事関連の福祉機器としては、 食事そのものの支援とその準備である調理、 および食事後の後片づけを支援する福祉機器が主な対象である。 調理や後かたづけに関しては、 福祉機器と言うよりも一般の家電製品の開発に期待した方が良いものが多い。 一方、 食事介護に関しては、 食事介護ロボットの研究開発が古くから行われている。 これに対して、 チャップリンの映画 「モダンタイムス」 の影響が大きいせいか、 通常、 ロボットなどの機械に食事の介護をさせることに非人間性を強く感じ否定する人が殆どである。 しかし、 現実は逆で、 食事介護を受ける人の多くは食事以外楽しみのない環境にいるため、 食事ぐらい自分の意志で好きな順番に自分のペースで食事をしたい人が多い。 これは、 若年障碍者だけの問題ではなく、 自立心のある高齢者も例外ではない。 理想論では起こらない問題である。 人による介護では、 介護者に気を使って被介護者が自分の意志やペースで食事が出来ず、 また、 介護者が忙しいときは実に非人間的な介護になっている現実を認識する必要がある。 そのため、 若年障碍者のみならず高齢障碍者にも扱える食事介護ロボットの開発には大きな意義があり、 その研究もわが国で進められている。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
5) 排泄支援分野 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
排泄は、 人間の尊厳に関わる重要な行為である。 そのため排泄支援機器の開発は、 高齢者の自立維持や介護者の負担軽減に欠かせないが、 実用化が最も困難である。 現在実用化されている洗浄装置付きトイレは、 排泄後の処理の省力化や局部の清潔保持に大きく貢献しており、 今後とも更に高機能のものや使いやすいものが開発されるであろう。 腰下洗浄トイレブースは、 非衛生的になりがちな下腹部の清潔に主眼を置いたトイレとして実用化されている8)。 これらはメカトロニクス技術を応用した排泄支援機器といえる。 また、 洋式トイレの便座への着座と起立が容易な昇降機能付便座は、 単純なメカトロニクス技術の応用であるがその効果は大きい。 その他、 メカトロニクス技術を複雑に応用した排泄支援機器の開発も種種試みられてきたがアイディア倒れものもが多い。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
6) 入浴支援分野 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
わが国の入浴形式が、 腰の深さほどの浴槽に首まで浸かり体を温めるため、 浴槽への出入りは高齢者や障碍者にとって極めて困難で、 介護者の肉体的負担のみならず介護者および被介護者ともに転倒の危険がつきまとう。 そのため、 被介護者を浴槽に出し入れするためのリフターが、 簡単な家庭用物から大掛かりな施設用のものまで開発されている。 施設用のものは、 多少なりともメカトロニクス的な技術が使用されている。 しかし、 この入浴形式はわが国に特有であり、 シャワー浴主体の諸外国では入浴に関する介護負担の問題はほとんど起きていない。 したがって、 入浴支援においては、 機能面ではシャワー浴を主体とした支援機器とし、 わが国の入浴形式を対象とする場合には、 自立や介護の支援ではなく精神面を支援する機器と理解する必要がある。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
7. デモンストレーションと実用化 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
21世紀の長寿社会を控え、 わが国としては実用に耐え得る介護ロボットの開発が要求されている。 確かに鉄腕アトムのようなロボットが実現されれば、 一度に多くの問題は解決されるであろうが、 わが国の長寿社会はその到来を待ってはくれない。 したがって、 機能レベルは低くともできることから1つ1つ解決していく必要がある。 例えばロボットの力仕事をする面と、 精神的な側面を分けて実現することも1つの方法である (図4)。 このレベルであっても、 高齢者の支援に早期に役立つのみならず、 理想的なロボットを開発する第一段階としても重要である。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8. 福祉工学の今後 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
21世紀初めのわが国は、 勤労世代の急激な減少と高齢非労働世代の増大という超高齢社会に突入するが、 精神的・経済的活性の維持には、 高齢者の日常生活の自立を支援する機器の開発が急務である。 また、 高齢者の長期的介護の立場からは、 被介護者よりも介護者の立場に立った支援機器の開発が重要となる。 このような高齢社会を豊かに支える手段として、 家電製品のような感覚で使用できる様々な支援機器の実用化は重要である。 その際、 主な使用者が老いた妻あるいは同居先の主婦であるため、 非力な彼女たちにとって使いやすいことが必要で、 安全性とともに誰でもが簡単に訓練無しで使えるものの開発が重要である。 最後に、 実用的な福祉ロボット開発に関してはライフサポート学会の大会論文集が、 機構と制御に関しては日本ロボット学会の学会誌が、 アイディアでは日本機械学会ロボメカシンポジウムの論文集が参考になると思われる。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
参考文献 |
■土肥健純 (どひ・たけよし) 1947年東京生まれ。 77年東京大学大学院博士課程修了、 工学博士。 81年同大学工学部助教授を経て88年から現職。 研究分野は医用精密工学、 手術支援、 福祉機器など。 93年第35回科学技術映像祭科学技術庁長官賞受賞。 |
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