論 文 |
次世代インターネットの主役として注目される携帯電話
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服 部 桂 (朝日新聞社 出版局「ぱそ」編集部 編集長)
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昨年秋頃から業界では、「日本最大のインターネット・プロバイダーがもうすぐ誕生する」という話が聞かれ始めた。それは何と、パソコン通信の最大手だったニフティやPC−VANがインターネット中心に衣替えし300万人を超える利用者を誇る@NiftyやBIGLOBEのことではなく、NTTドコモが運営する携帯電話のインターネット・サービス「iモード」のことだという。 iモードは基本的に、携帯電話の画面やキーを使ってインターネットにアクセスし、いろいろな情報提供を受けられるサービス。電子メールをやりとりしたり、簡単にニュースや天気予報を読んだり、ゲームで遊んだりキャラクター画像を入手したり、レストランやチケットの情報を検索したり、株式情報の配信を受けたりオンラインバンキングを行うなど多様なメニューを利用できる。パソコンやモバイル端末のように大きな画面やきちんとしたキーボードは備わっていないが、いつでもどこでも手軽に使えるところが特徴だ。おまけに何分もかかっていちいち立ち上げる手間も要らず、電池も格段に長持ちする。 基本的にはインターネットのウエブサーバーと同じ仕組みを使ったサービスだが、携帯電話の画面の大きさに合わせて簡便な表示をする「コンパクトHTML」という方式でホームページを作れるので、現在のホームページと互換性があり、各社がいっせいにiモード用のコンテンツを作り始めた。通常の通話料金に月額300円を払えば、ほとんどのサービスは無料で使え、金融、レジャー関係の有料サービスもたくさんある。例えば、かわいいキャラクター画像を配信してくれる「いつでもキャラっぱ!」などのサービスは、毎月100円で利用でき、すでに100万人の若者を中心とした人たちに利用されており、最近では松下幸之助語録が読めるサービスも加わり、ビジネスマンにも好評らしい。 iモードでは驚くべきことに、有料情報の加入率が延べで約80%に達し、だいたい40%の利用者が2つ程度のサービスに加入している状況だという。これは商品の単価を安くし、難しい支払い手続きをせずとも電話料金と一緒に利用料が払える手軽さが受けたためと考えられる。無料情報を提供する企業も、宣伝効果が期待できるばかりか、アクセスのパターンから生きたマーケティング情報を得ることができる。レコードやビデオのレンタルを行うTSUTAYAを展開するカルチュァ・コンビニエンス・クラブでは昨年末、iモードの電子メールを送って3万人の会員に30分以内に回答を寄せてもらうよう依頼したところ、2000人近い回答があったという。 いずれは1000万人レベルの利用者に対する、オンライン・マーケティングができるインフラが出現するわけで、新たなマスに対する大きな市場の出現を期待するサービス提供社も雪だるま式に増えている。いまやサービスを公式に行うサイトは600近い。まだゲームやエンターテインメントが中心とはいえ、一般には「インターネットでは利益が出ているサービスはわずか」と言われる状況で、ここでは着実に電子コマースの実績が上がりつつある。現在はNTTドコモの公式サイトに登録されたサービスが中心だが、それを経由しないでiモード用コンテンツを作っては公開している、いわゆる「勝手サイト」と呼ばれるものが9000以上もある。公式サイトは内容などに規制があるものの、サービスの案内を一括してやってもらえる上、料金の徴収代行などを行ってくれる。 そうした規制やメリットを無視したボランティアのサイトが出てくるほど、iモードには新しいサービスとしての魅力や勢いがあるということなのだろう。 ところがこのiモードの状況も、サービス開始当初は全く違うものだった。NTTドコモでは昨年1月に、広末涼子をキャラクターに採用し、2月22日からiモードのサービス開始をすることを大々的に宣言した。 記者会見が行われた会場には当日、広末目当ての関係者が多数押し寄せたが、発表内容に対する反応は決して好意的なものではなかった。携帯電話でインターネットのアクセスができ、銀行や証券会社、チケット予約など70社ほどのサービスが受けられるというサービス内容の説明に対しては、「インターネットをあんな小さなモノクロの画面で使っても必要な情報が得られるのか? 携帯端末やパソコンでいいじゃないか」という反応が多かった。また「初年度の契約数は200〜300万、3年後に1000万」という同社の見通しについても、大方が楽観的すぎると考えた。広末涼子をフィーチャーしたのも、実はその前に記者会見を行ったがほとんど誰も来てくれなかったため、苦肉の策としての演出だったという。 ところが契約者数は2カ月で12万、6カ月で100万に届き、そして毎月60万のペースで増えつづけ、ついに今年の3月には500万を達成。300万レベルの大手@NiftyやBIGLOBEを完全に引き離し、ついにはNTTドコモが国内最大のインターネット・プロバイダーになってしまった。iモード1周年パーティーで立川敬二社長が、年内の1000万達成や、携帯電話へのiモード標準搭載を宣言するに及んで、この勢いは単なる一時的な現象ではなく本格的な変化の前触れであることが明らかになってきた。 その立川社長もiモードの成功は予想外だったことを認めているほどで、携帯とインターネットの組み合わせは当時は誰の目にも明らかなことではなかったのだ。 リクルートからヘッドハントされ、iモードの企画を担当した松永真理ゲートウェイビジネス部企画室長も最初は苦労の連続だったという。社内でモバイルバンキングの効用を役員に説くのに苦労した松永さんは、NTT各社の株価をiモードの電話でブックマークしておき一瞬で見せるデモをしたら、すぐに理解してもらえて企画がすんなり通ったという。当初の利用者はほとんどが20代の若者だったが、株価情報などの金融情報が充実するに従い、中高年のビジネスマンが増えてきた。 また企業のイントラネットにiモードを利用する実例も増えている。同じ部著の人がiモード経由で、予定やデータを共有して仕事に役立てるグループウエア的な使い方が伸びている。コンパックのビズポート、NECのスターオフィスなど、各社がいっせいに製品を投入し始めた。またバイク宅配便サービスのダットジャパンは、センターからの配達指示や確認を行うのにiモードを利用している。データの交換と携帯電話が一緒になっているので、確認や連絡を効率よく行える。こうして個人ばかりでなくビジネスでの利用も活発になることで、携帯電話を情報端末として使う社会的なインフラとしての姿が整いはじめた。この成功に携帯電話サービスを行う他社も手をこまぬいているはずはなく、直ちにEZサービス(DDI/IDO)やJ−スカイ・サービス(J−フォン)などの類似サービスを開始したが、まだiモードには当分追い付けそうもない。 いまや日本では携帯電話は加入電話を追い越し、今年度中に携帯電話とPHSを合わせた加入者は5770万人に達する。世界では2003年に10億人が利用するという予測も出され、その勢いは衰えそうもない。国内最大手のNTTドコモは、2010年には8000万加入を目指すが、音声による利用は頭打ちになると考えており、この数字を実現に導くのはインターネットに代表されるデータ通信だと考えている。 インターネットの世界では米国に大きく先んじられた日本だが、iモードを中心としたモバイル環境ではどうやら1歩進んでいるようだ。NTTドコモの松永さんも、その成功の秘訣を「iモードの成功は、親指でキーボードを打てるゲーム世代の感性と、メールなどを使う場合の日本語の表現力がマッチしたせいではないか。米国で最初に発明されたテープレコーダーやファクスが、日本で先に大きく花開いた例もある。七十九年のウォークマン、八十九年のゲームボーイに続いて九十九年のiモードを加えた『モバイル三兄弟』が、十年に一度のメガヒットになってほしい」と語っている。 今年2月末からニューオリンズで開催されたモバイルの展示会CTIA Wireless 2000では、マイクロソフトやAOL、クアルコム、アマゾン・ドット・コムなどの大手が次々に無線系モバイル・サービスへの参入を表明した。AOLのスティーブ・ケイス会長らが基調講演を行ったが、それよりももっと注目されたのがNTTドコモの立川社長の講演だった。米国では無線を使ったデータ通信が立ち上がっていたが、携帯電話を使ったインターネット利用は大きく遅れている。iモードの成功は、米国でも大きな衝撃を持って受け止められた。 また昨年10月にスイスのジュネーブで開催された世界的な情報通信の会議「テレコム99」でも、話題の中心は携帯電話を使ったモバイル通信環境だった。2005年にはインターネットに接続された携帯電話がパソコンの数を上回るとの予測も出され、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長さえもが「パソコン以外にも、モバイル通信がインターネット端末として重要」と宣言するなど、インターネットの主役が携帯電話を中心としたモバイル系が中心になるという見解を示し、ポスト・パソコンの主役は携帯電話になるという意見が大半を占めた。この会議でも日本のプレゼンスは大きく、動画送信も可能にする次世代の携帯電話「IMT2000」のデモを積極的に行っていた。 IMT2000はアナログ、デジタル方式と進化してきた携帯電話の第3世代にあたり、2GHzの周波数帯を使って最高2Mbps(停止したときの速度。歩行時は384kbps。現在の携帯電話では最高28.8kbps)の高速通信を行える方式。これは現在の携帯電話の200倍の速度にあたる。これだけの高速通信が可能になれば、携帯電話で動画を自由にやりとりできるようになり音楽配信などのコンテンツ配信ビジネスにも使える。また国際的に規格が統一されれば、国際ローミングも可能になり、1台の携帯電話で世界中から通信が可能になる。まだ最終的に規格は統一されていないものの、日本でも2001年春から実用化される予定で、iモードはこのサービスに吸収されていくことになるだろう。 iモードは今年も大きく進化する予定だ。まずカーナビに搭載され、GPSによる位置情報とタウン情報を複合したサービスが始まる。カラー液晶や音源を強化したモデルが発表され、カラーのコンテンツや着メロ機能がビジネスになる。TSUTAYAなどは音楽コンテンツをiモードで提供するサービスを考えており、いずれSONYや松下のメモリーカード付きiモード携帯電話がMP3のウォークマン的な使われ方をするようになるだろう。また年末にはJava言語に対応した携帯モデルが出ることで、ゲームを配信したり、プログラムを使った高度な機能を提供できる環境が整ってくる。またSSLなどのセキュリティ機能が装備されるようになり、決済サービスなどが実現する。 iモードの電話が、自分の持っている株を好みの条件に合わせて自動的に売り買いしてくれたり、マルチメディアを使ったオンライン・ショッピングももっと普及し、電子コマースがより一般の人に普及することになるだろう。さらにNOKIAなどの北欧の大手メーカーは、携帯電話で高速にデータ通信を行うBlueToothという機構を開発中で、インテリジェント家電や自動販売機などを携帯電話で操作し、街角の販売機に電話して缶ジュースを買ったりできるサービスも考えられている。こうなると、iモードが示唆する高度な携帯電話の世界は、もともと声による人間同士のコミュニケーションを可能にする機能が限られた電話をボトムアップ式にバージョンアップし、世界中のあらゆるものとコミュニケーションしたりコントロールできる万能端末への進化への1ステップであることが分かってくる。 そうなると、モバイル関係は進化した携帯電話の独壇場になるのだろうか? いくらIMT2000になって高速に動画をやりとりできても、インターネットを携帯電話だけで使うということにはならないだろう。携帯電話では長い文章や大きなデータを扱うのは実用的でない。やはり外に出たとき役に立つ、短いTPOにあった情報を扱う方が合っている。前述の松永さんも「服にフォーマルとカジュアルがあるように、パソコンはフォーマル、携帯はカジュアルという風に使い分ければいい」と、両者の役割は今後も大きくは変わらないことを示唆する。 携帯電話の需要がデータ通信にあるとすれば、やはり今後の方向は電話という従来のモデルを超えたものにならざるを得ない。次世代のインターネットでは、128ビットのアドレスを振ることができ(10の38乗レベルのとてつもない数。一人が10の28乗程度のアドレスを持てる計算になる)、ありとあらゆる物をインターネットに接続することが可能になる。そうした世界では、人間以外にもインターネット電話番号を割り当てることが可能になり、電話するという感覚は現在の意味とは大きく違ったものになるだろう。それはBlueToothが示唆するような、万能リモコンのようなパーソナル・ツールとしての使い方だ。 パソコンが大型コンピュータ、ミニコンに次ぐ第3世代のコンピュータの姿だとすると、携帯電話が進化した次世代機こそが、パソコンの次の第4世代コンピュータ環境を作るものであることが分かってくる。まずは小型であり、24時間持って歩ける機能は、パソコンを持つというより、「着る」感覚だ。すでにウエアラブル・コンピュータという名前で、携帯を発展させた服や装飾品に組み込まれた電話や端末をイメージした研究やデモが世界各地で活発に行われている。そうした近い未来の世界では、ウエアラブル・コンピュータが個人の医療やセキュリティ管理の役割を果し、新しい社会的情報インフラにもなることが想定されている。 まだ電波の割当などの技術的問題や、規格化の行く末、市場の動向による不確定要素もある。そうした万人が常時、携帯端末で情報にアクセスできる環境はまた、現在よりもよりプライバシーやセキュリティの問題も生じうるし、法制度との軋轢も増えてくる可能性がある。しかし今後何年かして振り返ってみると、iモードは本格的な21世紀の情報社会の姿を予感させる最初の1歩だったことが明らかになるに違いない。 |
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