論 文 | |
企業生き残りとインターネットの意義--ECの分析--
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我 妻 新 吉 (NTT・技術部 技術評価担当部長)
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1.はじめに | |
情報通信技術、とりわけ、インターネット技術を利用せずに21世紀のデジタル社会で事業を伸ばすことは不可能に近いといわれています。これは大企業だけでなく中小の企業にも当てはまることだと思います。パソコンとLANを自社内に準備し、自社のホームページを立ち上げればよいといった単純な話ではありません。 米国では、パソコンやインターネットを利用できる人とできない人の間に生じる格差を示す「デジタルデバイド」が注目されていますが、これは個人間だけでなく、企業間にも生じてくるものと思われます。インターネット技術を積極的に取り組む企業とそうでない企業では、同じ業種であるにもかかわらず、株価が2桁も3桁も違う現象が既にでています。つまり、インターネット技術がもたらすデジタル革命(情報技術:Information Technology:ITとインターネットを初めとするネットワーク技術の融合によりもたらす社会変革を以降デジタル革命と呼びます)が急速に進展する21世紀で勝者となるためには、経営者の意識改革が不可避といえそうです。日本の経営者層の中には、コンピュータやインターネットのことはよくわからないので、部下に一任してしまう場合が多いようですが、これでは21世紀のデジタル社会にふさわしい姿へと企業を変革させて行くことは難しいでしょう。大切なことはデジタル革命が社会に与えるインパクトを充分理解した上で、将来に向けた経営戦略を描いていくことだといえます。 21世紀のデジタル社会ではインターネット技術そのものよりもインターネットによって何ができるのかを学び、それがどんな変革をもたらしうるのかを理解することが大切です。本文では、この主旨にそってインターネットの仕組み、インターネットから導き出されるデジタル革命の意義、EC(電子商取引)について述べてみます。 | |
2.インターネットとデジタル革命 | |
![]() 電話機を通じて、NTTなどの電話交換機を介し、特定の相手と話するのが電話です。 この場合、相手と自分の回線は常に一定の帯域、言いかえると、自分専用の道路を確保し、その間、他の車(別な人同士のお話)は利用できない仕組みとなっています。これを回線交換と呼びます。 この仕組みは1876年米国のグラハムベルが発明して以来、100年を超える長い歴史を持ち現在に至っています。一方、自分専用の道路では、無駄が生じる場合があります。 電話していても何もしゃべらない場合もあるわけで、このときには他の車に道路を使ってもらった方が道路の効率はあがるわけです。効率があがると私達にとっては安い料金として反映されるわけです。このみんなで道路を共用する方式をパケット交換と呼びます。 このパケット交換が原型となって現在のインターネットが誕生しました。 パケットとは小包のことですが、この小包を規則正しく送り届けるルールをIPプロトコル(Internet Protocol)と呼びます。このIPプロトコルに準拠したネットワークを広義のインターネットといいます。インターネットは電話交換網と異なり、自律分散的に制御、管理されるため、だれでもが手軽に短期間で構築でき、しかも、どことでもコミュニケーションできます。 | |
元米国通信会社AT&Tのアイゼンバーグはかつて、「ネットワークに賢さを持たせるべきか」という問題提起をし、現在のIPプロトコルを基盤として世界津々浦々に広まったインターネットの存在を背景に、賢さをネットワークに集中配備すべきではないと主張しました。これは、回線交換は高価で希少なため、一元管理している電話会社が賢さをネットワークに配備すべきであるという従来の考えを否定しています。 | |
3.EC3.1 ECとは | |
![]() ECが産業界にもたらす変革は多々ありますが、最も大きいものは、売り手と買い手が直接つながる仕組みの登場でしょう。インターネットによって、売り手と買い手が直結することによって取引コストが激減します。デルコンピュータはオンラインショッピングによって顧客自身にオーダメイドのパソコンを発注できる仕組みを作り上げ、事業として大成功しています。近い将来には自動車もオーダメイドが当たり前になることが予想されます。 ECは事業主体の関係で3つに分類されます。 ・BtoB(Business to Business):企業間取引 ・BtoC(Business to Consumer):企業と消費者間での取引 ・CtoC(Consumer to Consumer):近い将来の消費者間取引
通産省とアンダーセンコンサルティングの調査によると、1998年の日本のBtoB市場規模は9兆円、BtoCは650億円とされています。その規模の差は大きく、BtoBのEC化がはるかに進んでいるといえます。これは企業のこれまでのIT化が積極的に進められたからですが、今後、携帯電話によるアクセス(iモード)を含む消費者側のインターネット利用が急増すると、BtoC市場も著しく伸びることが予想されます。調査では、1999年のBtoC市場規模は1900億円で前年の3倍、2003年には3兆1,600億円になるだろうといわれています。ちなみに、2003年のBtoB市場規模の伸び率はBtoCほどではないものの、絶対額は大きく、68兆円といわれています。 | |
![]() ![]() 図4.日本のEC市場規模 | |
ECの歴史を振りかえってみると、1960年代の大規模なコンピュータのオンラインシステムの開始、1970年代の大規模な銀行間取引システムの開始にさかのぼることができます。今になってECが注目を集めているのは何故でしょうか?それは、インターネットというオープンなネットワーク上で新たな展開を見せ始めているからといえます。それまでのEC(とまだ呼ばれなかった時代のEC)はクローズドなネットワーク(専用線)で特定された相手との商取引を行ってきたわけです。それがこの10年程度でオープンな環境であるインターネットを通じて不特定の相手とも商取引が可能になりました。 | |
3.2 ECの特徴 | |
次に最近の商業サイトの特徴を分析してみたいと思います。
(1) 情報提供
(2) 情報収集
(3) 受発注
(4) 配送
(5) 電子決済 | |
3.3 BtoB事例紹介 | |
前節では主にBtoC市場のEC分析を試みましたが、ここではBtoB市場で実際に事業を行っているユニークな企業を紹介してみます。
ミスミ(http://www.misumi.co.jp)は金型用部品、FA用部品、切削工具などを中心とした生産財を通信販売することで事業を拡大した流通商社です。1999年3月末決算で年間売上高380億円と必ずしも大きな会社ではないのですが、デジタル革命を睨んだ新しい経営コンセプトに基づき、景気のよくない状況下での成熟産業の中で高い利益率をあげています。
現在、ミスミは機械系の事業で約700社のメーカと5万を越えるユーザの間をつなぎ、ユーザが求める部品について最高のベンダを提供できるシステムを指向しています。従来の金型部品産業は地域化し、細分化しており、小さなメーカは特定地域外には販路を持たず、地域の大きな需要者に依存する構造となっていました。この小さなメーカは大企業の垂直囲い込み型の経済構造の中で、歴史的にきわめて高い水準のサービスを提供したといえますが、グローバル化する生産体制の中で行き場を見失いつつあります。これに対して、ミスミはそれぞれの商品についてユーザのために全国のベンダの中で最も優秀なところを探すという「購買代理店」に徹しています。これは小さなメーカにも全国的な販路を提供し、水平展開型の産業構造の中で生き残れる可能性を示しています。
ミスミは常に顧客にベストのものを調達し提供するために「持たないこと」を会社の特徴として標榜し、取引に必要な固定資産やシステムの類はほとんどアウトソースしています。利害を共有する顧客を集め、それぞれの顧客がバラバラでは形成しえない取引の場を提供し、使う側も儲かる仕組みを実現しているのです。
この新しい事業スタイルは、インターネットを初めとする情報通信技術をたくみに活用し、さらにはデジタル革命の意義を先取りしているからこそ、従来の商習慣からまったく異なる、創造的な破壊を見事に成し遂げつつあるものといえます。
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4.終わりに | |
インターネットですべてのことがより良くなっていく訳ではありません。インターネットで世界中の人々と気軽にコミュニケーションできたとしても、フェースツーフェースのコミュニケーションの方が良いに決まっています。人間は本来アナログ的な生き物であり、究極もアナログの世界で満足を求めるわけです。お酒を酌み交わしながら、あるいはカラオケしながらコミュニケーションすることまでインターネットがやってくれるわけではありません。ただ、インターネットに置き換えた方が効率的な分野については、デジタル社会では淘汰されていくということです。 デジタル社会において企業には二つの方向性があると思います。ミスミのようにデジタル革命をよく理解し、ビジネスの効率をとことん追求するとともに新しい事業形態を創造するか、アナログの世界に残って顧客への満足度をより高めていくかです。商品知識のない店員を置いているようなパソコンショップなら、インターネットを通じて安く買えるECに劣るでしょう。しかし、高い商品知識を持ち、顧客の立場に立って適切にアドバイスできる店員を置いているお店なら、その存在意義は十分あると思います。 ECによりデパートは不要になる、インターネットにより会社の階層構造(社長、部長、課長、社員)は消滅し中間管理職は不要になる、とよくいわれます。しかし、企業と顧客がインターネットで直結したとしてもデパートが生き残っていく道がないわけではない、社長と社員がインターネットで直結しても部長や課長が活躍する場がないわけではないと思います。特定の一社がすべての分野において最高の製品を提供しているわけではありません。社長がすべて、細かいことまで直接社員に指示できるわけではありません。複数の企業の製品を組み合わせたソリューションを提案できれば、さらには、社員一人一人の能力を把握し、社長の指示内容に応じたプロジェクトを企画できれば、中間層の存在意義は明確となります。従来の仕組みに則り単に製品を売ったり、社長の指示を伝言ゲームのように伝えるだけではない、新しい価値観を創造し、新しいワークスタイル、ライフスタイルを導き出すような事業が今後重要になるものと考えます。 私達は待ったなしで大きなデジタル革命の流れの中にいます。その流れをもはやだれも止められません。ですからそれを前向きに捉え、勇気を持って挑戦していただきたいと思います。わが国の場合、大多数の企業では豊富な経験を有するベテラン達によって重要な意思決定する場合が多いと思います。ベテランとは過去の栄光に浸り、苦手なインターネットを避け、創造的な破壊を煙たがる方という意味です。 デジタル社会では若い感性が重視されます。先日、マスコミで15歳の米国少年経営者の話が取り上げられていました。中学3年のジョンソン君は米国でインターネット関連企業2社を経営しているとのことで、今回、子供向けマルチメディア教育事業を行う東京の企業の社外重役として迎えられたというものです。このような例は稀かもしれませんが、人生経験豊かな理性に基づくアナログ社会から感性中心のスピードの求められるデジタル社会にシフトしているのは事実のようです。これはまさに左脳中心の時代から右脳中心の時代に変わろうとしているのですが、それに気付かず、あるいは見て見ぬ振りをし、世の中の急激な変化を好まないと思う経営者はせめて若者達の足をひっぱらないこと、出る杭を打たないこと、芽の出そうな若者達を伸ばす努力を怠らないようにしていだきたいものです。 |
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