論 文
 
インターネット時代を生き抜くための情報ネットワーク戦略

 

杉 井  鏡 生
(インフォメーションコーディネータ)

 

●変革のリスクと変革しないことのリスク

 バブル崩壊以降の未曾有の不況にもようやく薄日が差し始めた。しかし今回の不況からの脱出は、かつてのように身を縮めてやり過ごすだけのリストラ策でしのげば、以前と同じ明日が復活するというわけにはいかない。なぜなら、いま企業を取り巻くビジネス環境はグローバルな大競争時代に突入するという大きな転換点にあるからだ。
 そこでは、旧来型のビジネス・スタイルは通用しない。企業には、新たなビジネス・スタイルに対応した抜本的な業務改革と経営体質の変革が求められている。こうした組織や業務の抜本的な再構築をともなう経営変革は、身を縮めるだけのリストラ策よりもリスクが高いように思われるであろう。しかし企業が次世代を生き抜くためには、いまや変革をしないことのほうがはるかに大きなリスクとなっているのである。
 企業変革の鍵を握るのは、インターネットをはじめとした情報ネットワークの活用である。米国企業は80年代に日本よりひと足早く構造的な産業停滞を経験した。その後90年代を通じ、米国企業は新たなビジネス・スタイルを構築するために、情報ネットワーク技術を先進的に活用することで再び世界のトップランナーへと返り咲いたのである。
 「郵政白書」によると、民間企業設備投資に占める情報化投資の比率は、1997年時点で、米国の34%に対して日本は13%と決定的な差がついている。しかも、90年代後半以降はその差がさらに拡大傾向にある。
 情報化投資というと、大企業有利と思われるかもしれない。確かに中小企業の情報ネットワークの利用は遅れている。しかし在来型のメインフレーム系の情報投資と違って、インターネットをはじめとする新しい情報通信ネットワークは、規模ではなく素早さと知恵の勝負となる。米国では、小回りの効くベンチャー企業がインターネット技術を活用して大企業を脅かす存在となっている。今日の企業間競争は、「大が小を食う」時代から、「速が遅を食う」時代へと移っている。ビジネス戦国時代ともいうべきいまこそ、革新への意欲を持つ中小企業にとって大きなチャンスの時代ともいえよう。
 

●情報化投資にも必要な戦略志向

 だからといって、やみくもに情報化投資を進めればいいわけではない。インターネット関連の技術を導入したけれど効果がみられないという声も少なくない。情報通信技術が必須であるからといって、旧来のビジネス・スタイルのまま、新しい情報技術だけを導入しても投資効果が上がらないのは当然である。
 情報化投資においても、「どれだけ投資をするか」というだけでなく、ネットワーク社会におけるビジネスの方向性を的確につかみ、「何を狙って、どのような方法で投資をするか」という戦略思考が欠かせない。
 インターネット時代の情報化戦略は新しいビジネス・スタイルへの対応がキーワードとなる。新しいビジネス・スタイルは、顧客起点型マーケティングへの転換、コア・コンピタンスをベースに他の企業や生活者とネットワークで連携した価値連鎖の構築、それらを実現するための情報の経営資源化とオープンで素早い経営体制の確立が柱となる。
 新しい情報技術を従来の情報システムの延長上で使うだけでは真の革新をもたらさない。いまやどの企業でも、会計処理などの目的でパソコンの1台くらいは導入されているものだ。しかし従来の情報システムは、顧客志向というよりは、供給志向の生産体制を前提にし、ピラミッド型組織の情報管理に適してつくられたものであった。
 しかしこれでは、市場の声を的確につかみ、組織内外の情報を共有して素早い意思決定を求められる新しいビジネス・スタイルには対応できない。インターネットの技術を導入するのは、単にそれがブームだからではない。インターネットの技術は安価で使い勝手がいいと同時に、なによりも、従来の組織の壁を越えたオープンなネットワーク連携を実現できるところに真髄がある。
 ただしそれはインターネットを導入すれば自動的に実現できるわけではない。使い方次第なのである。企業自身の変革への意思なしにインターネットの技術を導入しても十分な効果を得られないことを肝に銘じておく必要がある。
 

●ワンツーワン・マーケティングに欠かせない情報ネットワーク

 では、具体的に新しいビジネス・スタイルに対応するために情報ネットワークが果たす役割をみていこう。まずはじめは、顧客を起点としたマーケティングへの対応である。
 これまでの工業化社会では、比較的均質な市場ニーズを前提に、画一的な商品の見込み生産を行い、それ売り込む、といったプロダクト・アウト型のマーケティングが成り立った。しかし、右肩上がりの成長が終わり、顧客のニーズが多様化し激しく変化する時代には、従来のマス・マーケティングの手法や、勘と根性による営業は通用しなくなる。これからの時代は、一人ひとりの顧客を起点として市場に密着したワンツーワン型のマーケティングが求められる。
 こうしたワンツーワン・マーケティングの実現に、インターネットをはじめとする情報技術が欠かせないツールとなる。従来の商品と売上の管理を目的とした営業システムでは個々の顧客毎の嗜好やニーズをつかむことができない。だからといって、人海戦術で個々の顧客へのきめ細かい対応を実現しようとするとコストがかかり過ぎる。こうしたときに、顧客への密着度を高めつつ作業を効率化できるシステムへの移行が必要となる。
 たとえば、顧客ごとの売上伝票、問い合わせ、苦情など、これまで別々なシステムにあった情報を統合化されたデータベースで一元管理できるようにすれば、個々の顧客ごとに、最適なサービスを提供することが可能となる。こうしたシステム手法をCRM(カスタマ・リレーションシップ・マネジメント)という。顧客個々のニーズに応えることで顧客満足を高め、顧客とのコミュニケーションによる相互関係を築くことで継続的な取引を実現することが可能となる。
 

●きめ細かな顧客対応と営業活動の効率化を同時に実現

 さらにインターネットを使えば効果的となる。書籍のインターネット販売で大手書店をも脅かす米国のアマゾン・ドット・コム社は、膨大な書籍データベースを無料で提供するとともに、利用者の検索履歴や購買履歴の分析から、それぞれの好みに合った書籍を推奨するレコメンデーション・システムが強力なマーケティング・ツールとなっている。
 ネットワークでは、購入の如何にかかわらず、商品ごとの閲覧回数などから顧客がどの商品に関心を持ったかを細かくチェックすることができる。もちろん、個人に関する購買履歴情報等の扱いは個人情報保護への慎重な配慮が必要だが、いわばリアル・タイムのデータベース・マーケティングが可能になるというわけだ。
 また、店舗数や店員の数に縛られることなく、電子メールなどにより幅広い顧客の問い合わせに答えることも可能である。ウェブページには店頭や紙のパンフレットでは十分に説明し切れない商品やサービスについての情報も詳しく掲載することができる。まさに、きめ細かな顧客対応と効率的な営業活動が同時に実現できるというわけだ。
 そればかりでなく、インターネットは商品に関する情報市場としての役割も高まっている。インターネット利用者は、オンライン上で購入するか実在の店舗で購入するかはともかく、ウェブページ上で商品やサービスの情報を十分にチェックしてから購入を決める傾向があるからだ。インターネットが普及をすれば、オンライン上に情報のない商品やサービスは、はじめから選択の対象を外されてしまう時代が来るかもしれないのである。
 

●2003年に日本の企業間電子取引市場は68兆円に

 インターネット上の電子商取引でいま最も注目されているのがBtoBといわれる企業間取引である。昨年、通産省とアンダーセンコンサルティングが発表した見通しによると、日本の企業間電子商取引は、1998年の8兆6200億円から、2003年には68兆4000億円と、5年間で8倍に拡大する見込みという。全企業間取引に占める比率でみると、1998年の1.5%から、2003年には11.2%と全体の1割に達する。
 8倍になっても全体の1割程度といえなくもないが、実態はそれを上回る可能性がでてきた。昨年の夏以降、様々な業界を対象にしたオープンな企業間の電子取引市場設立の動きが一気に加速したからだ。
 三菱商事、三井物産、米eスチールによる鋼材を対象にした「eスチール」、ソフトバンク・コマースと米バーティカルネットによる多種業界毎の取引をサポートする「バーティカルネット」、住友商事による自動車修理部品の取引サイト(名称未定)、三菱商事によるポリエステルチップを対象にした「ポリエステルチップ・ドット・コム」、伊藤忠、住友商事、米メタルサイトによる鋼材取引の「メタル・サイト」など、次々と手があがっている。いずれも2000年中にオープンを予定している。
 

●ネット市場の進展で激動する企業間取引

 インターネット・ビジネスは、情報通信産業やいかにもインターネットならではのニッチ・ビジネスばかりが話題になっている間はまだ本物ではないと言われた。しかし上記のような旧来型産業においても、インターネットを通じたオープン市場型の企業間電子取引が一気に加速すれば、ネットワークは日本の産業全体に大きな影響を与えることになる。こうした事態が進めば、従来の固定的な系列取引に安住していた企業も新たな競争に直面せざるを得ない。その一方で、系列の壁に市場を閉ざされていた企業には新たな市場参加への機会が生まれてくるであろう。
 今日のような変化が激しい時代は、変化に対応できるスピードと変化にともなうリスクを最小化できる経営組織が求められる。そのため、企業経営は自社の得意とするコア技術やノウハウに特化する「選択と集中」の経営戦略を求められる。その一方、それ以外の分野では、様々なコア技術を持った企業とのネットワーク型のパートナーシップ戦略が求められる。これからの時代はネットワークで連結されたサプライチェーン全体での競争力が決め手になってくる。
 そこでは、固定的な系列にこだわらないオープンな組織提携への対応と、それをスムーズにマネジメントするための組織を超えた情報ネットワークの構築が不可欠である。そのとき、古いビジネスの枠に閉じこもっていれば時代に取り残されてしまいかねない。
 

●組織としての知恵を生み出す情報システムへ転換

 ネットワーク社会は知恵の大競争時代でもある。それに対応するためには、情報を経営資源として活用する仕組みと、情報を知恵に変える組織風土が求められる。これまでの企業における情報の役割は、定型的な枠組みのなかで個別の業務を管理するためのものが多かった。それは情報を活用し、新たなビジネスの革新を生み出す知恵の創造には適応できない。
 そのためには、まず、従来の業務レベルの情報についても、業務管理のためだけでなく、必要な部署で必要な人が活用できるように共有化することが求められる。さらに、旧来の情報システムが扱ってこなかった、非定型的な情報についても組織全体での迅速な流通と共有を図ることが求められるようになる。
 とくに後者は大事だ。従来の情報システムは伝票データなど数値情報を主に扱ってきた。しかし組織の知恵の源泉となるのは、そうした数値データだけではない。企画書、報告書、伝達、稟議書から日々のコミュニケーションまでの様々な非定型情報によって支えられている。こうした情報が組織間で断絶していたり、個人のなかに埋もれていたのでは組織としての知恵にはならない。また、異なった部門や組織間の交流がなければ、新たな知の創造は生まれない。
 

●ネットワーク全体の付加価値を高める連携戦略

 こうした情報共有と情報交流を進めるシステムは、電子メールやグループウェアなどの普及によって可能になってきた。とはいえ、ネットワークを支社や営業所にまで全社的に広げてグループウェアを利用することは、大企業でないと費用効果の面で無理だと思われてきた。しかし、これもインターネットの普及で大きく状況が変わってきた。社外とのネットワークにインターネットを使うことで、高価な専用通信回線ではコストの合わなかった小規模な営業所や取引先との接続も可能となってきたからだ。
 従業員170名程度のある建設部材メーカーではインターネットを介して、協力工場、設計事務所、携帯端末を持つ外回りの営業担当者、大口取引先の顧客企業とネットワークを結んでいる。これにより外回りの営業担当者は、いちいち会社に戻ることなく上司との連絡が可能となり、直行直帰型の無駄のない営業活動が実現する。
 また、出先から素早く生産・在庫等の情報を確認できるため、正確な納期を伝えることで顧客サービスも高まる。一方の協力工場や設計事務所も、受注状況を迅速に捉えることで的確な生産計画を立てたり、顧客の声を反映した製品の設計も可能になる。
 このように、インターネットを活用することで、中小企業でも本格的なネットワーク・サービスを利用できるようになる。そして何よりも大切なのは、全てを社内に抱え込むのではなく、取引先から顧客までを含めたネットワーク型の連携によってネットワーク参加者全体の付加価値を高めることが可能になることである。そのためにも、顧客満足を高めることを目標に、情報を経営資源として生かし、ビジネスのスピードと効率を向上させていくネットワーク戦略がこれからの企業経営に欠かせないものとなってくるのである。
 


情報誌「岐阜を考える」2000年
岐阜県産業経済研究センター


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