事例研究
 
企業のインターネット導入事例

 

大 森  正 路
(社団法人中小企業診断協会東京支部理事)

 

1.インターネット利用形態のパターン

 企業におけるインターネット利用形態には様々な可能性がある。
 その多くは以前からよく知られ、現在も活発に利用されている。そして、中に全く新しい、想像もできなかったような事例が見られる。
 はじめに、インターネット利用事例のパターンを挙げておこう。
 

(1) コミュニケーションツール

 最も身近な利用形態である。電子メールやWebサイトを使った掲示板・会議室、メーリングリスト(ML)など、インターネットを各種デジタル・コミュニケーションの手段として利用する。
 グループウェアと総称される各種システムには必ず含まれているため、事例にも事欠かない。また、技術的にも比較的安定し、これからのテーマとしては、適用業務分野の飛躍的拡大が挙げられるだろう。
 

(2) 情報収集手段

 特定の分野に関しては、Webサイトによる情報収集が不可欠の業務手段となりつつある。
 例えば、特許に関する情報や、行政に関する情報などである。これらは、すでに、従来からの方法に取って代わってしまった。
 また、Webサイトによる情報収集が、その優位性を確立しつつある分野として、株価・決算報告等各種企業財務情報、航空券乗車券等各種チケットに関する情報などがある。このほか、情報の所在を調べる(求める情報がどこにあるのかを調べる)場合も有効に利用されている。
 目的の曖昧な一般的情報収集は、導入当初ならともかく、やがて使われなくなってくるものと考えられる。これからのテーマは、「効率的な情報収集能力の獲得」と「これをサポートするシステムの高度化」にあるものと思われる。
 

(3) 情報提供手段

 すでに定番化した分野として人材採用情報がある。Webサイトによる情報提供は、Y2K問題において急速に一般化したように思われる。それまでは、見たい人のための「任意開示」だったものが、社会的要請に基づく「必要開示」へと深化した。
 

(4) 企業内情報ネットワーク

 イントラネットと呼ばれる分野がその中心を占めてきた。これからは、例えばASP事業(Application Service Provider)に見られるように、様々なインターネット利用が広がっていくだろう。
 現状では適用業務分野に偏りが見られる。例えば、金融・公共のように、信頼性、リアルタイム性(即時性)が求められる分野では、導入に慎重となる傾向が強い。しかし、これらの問題は技術的方法により大部分が解決可能と考えられ、本社工場間、あるいは分散した営業拠点等をネットワークする手段は、次第にインターネットへと置き換わっていくものと思われる。
 

(5) 企業間情報ネットワーク

 B to BのECと呼ばれる分野。ビジネスプロトコル(フォーマット、コード体系等)がある程度統一されていることを前提とするため、わが国では全体として導入が著しく遅れている。
 昨年から今年にかけて、総合家電メーカーを中心として、WebEDIの導入に踏み切るところが相次いで現れたが、方式は一部を除き「国内標準」への準拠。しかし、自動車・PC関連電子部品などのように国際取引が重要な部分を占める業界では、徐々に「国際標準」の採用へ向かうものと期待されている。
 注目すべき動きは、むしろ、「受発注」「出荷報告」「支払明細」等に代表されるEDIの分野よりも、技術開発・製品開発におけるコラボレーションや、デジタルコンテンツ商品の伝送など、これまでにはなかったインターネット利用形態だろう。これらの多くは、情報通信系ベンチャー企業や、特異性のある中小企業によって試行されるケースが多い。
 ビジネスモデルとしても、また技術的にもユニークな事例の宝庫となっているが、残念ながらその核心は「企業秘密」とされることが圧倒的に多い。
 

(6) ウェブショップ

 B to C のECと呼ばれる分野である。自社のWebサイトに商品を掲載し、顧客はブラウザから商品を発注、納品物流と代金回収までをシステムとして完結させる。
 この分野は2つの方向に分化しつつある。一つは「インターネットマーケティング」の最前線を指向し、もう一つは「儲けること」を期待していない。

 かつて、B to C のECは、「アイディアの勝負」とされていた。出店に大きな資金を必要としないため、中小企業でもコンセプトとコンテンツにより大きな事業に発展させる可能性ありとする考え方である。
 いまや、このような事例は完璧に淘汰されてしまったように思われる。月商1千万以上を計上し、それなりの利益を上げるにはいくつかの条件が必要だ。この条件を満たした上で、さらに「アイディア」が重要なったのである(詳細は次節で述べる)。
 成功しているバーチャルショップをつぶさに事例研究すると、このような「条件」が浮かび上がってくる。ひとことで言えば「条件」とは、インターネットマーケティングの「知識」と「応用力」それから「資金」「人材」及び不測の事態に対応するための「経験」であろう。

 もう一つの方向は「リアル(現実界の店舗等)」に多少でも貢献すればそれでOKとする形態である。
 商店街や卸協同組合、あるいは消費財メーカーなどが、単独もしくは共同でオンラインショップを開設し、あるいはバーチャルモールへ出店する。その多くは「ほとんど売れていない」。
 事例として取り上げられるような「有名なショップ」でも、その内側をつぶさに見ていくと、驚くほど売れていない。
 また、コンセプトも月並み、技術的にも全く面白くない。かろうじて、例えば「高齢化する地域への貢献」「会員・組合員等の一体感高揚」など「別の目的」が明確になっているのなら、それなりにその存在意義は保たれるのかもしれない。しかし、これはもう、ビジネスとは別の次元に片足を踏み入れていると言わなければならないだろう。

 ここまで、6つの形態に即して、企業のインターネット利用事例を分類・概観した。このほかにも可能性としてなら、いくつかの形態が考えられる。まだ現実の動向として扱うには至っていないように思われる分野は別の機会に譲りたいと思う。
 

2.インターネットマーケティング事例

 通信白書(1999:郵政省)が「ウェブショップの平均月商」をまとめている。これによると、平均月商100万円以上は、ウェブショップ総数全体の11.3%、1000万円以上となると、わずか5.2%である。
 もっともこの数字は前節(1.)で述べたような、はじめから「儲けを期待していない」ショップを含んでいる。それにしても少ない。だが、これがウェブショップ構築・運営の現場から受ける実感にほぼ近い。
 それでは、5.2%のショップは、残り94.8%とどこが違うのだろうか。これを見ていこう。
 

(1) 物流コスト増加に対するアプローチ

 例えば月に1回、ウェブショップのシステム全体に対する評価を行い、これを公表しているサイトがある。これらのサイトで常にランキング上位を占めるショップに共通している第1の特徴は「短納期」である。
 翌日配達、48時間以内全国配達など、多少のバラツキはある。しかし、必ずそれまでには届ける(自宅または指定のコンビニ等へ)。
 社内に在庫がない場合はどうするか。当然のことだが、これだけの短納期は守ることが困難になるだろう。従って次第に在庫が増える。そしてその在庫を管理するために様々なコストが上昇する。無理な物流手配もコストにしわが寄る。
 この問題を解決する方法は2つに1つ。どちらも情報システムの力を借りることになるが、第1は、受注時に在庫を引き当て必要な商品発注をリアルタイムで行う方向。これによって少しでも少ない在庫で品切れを防止する。
 第2の方向は大量の在庫を持つ。そして、発生する大量の倉庫内物流は自動倉庫のようなIT活用によって正確性とコスト抑制を図る。
 どちらの場合も、販売動向に見合うかなりの初期投資(あるいは運用コスト)が避けられない。その負担に耐えられるようなシステムを持つショップのみが、大量短納期個別物流を実現・稼動させることができる。
 

(2) 第2の特徴は「攻めのマーケティング」

 例外なしに「メールニュース」を発行している。概ね毎週1回程度の定期配信、あるいは商品入荷に合わせた随時配信を組み合わせることが多い。登録された顧客のメールアドレスに向けて、商品情報やその他の企画情報を「送り付ける」。
 ショップサイトへと顧客を呼び込むためには、待ちのマーケティングから攻めのマーケティングへと転換することが重要な要素となっている。
 ところで、このメールニュースは「価格情報」だけから構成されているわけではない。何よりもまず読んで面白く、そして、ショップサイトへ出かけようとする誘惑に満ちたものでなければ役に立たない。つまり、コンテンツが勝負なのである。これは片手間ではできない。経験とセンスのある専任者もしくはこれに近い人材の存在が決め手となるだろう。
 

(3) 「総合サイト」

 売れるショップの大半が「総合サイト」を指向している。つまり、「人を集めるページ(イベントや会員の交流、オークションなど)」と「物を売るページ」を分離して、両者を一体として運営する。サーバ及びネットワーク等もそれぞれの目的に応じたスペックの使い分けを行う。
 もちろん、(2)のメールニュースは、このような「人を集める」ための手段としても極めて有効に効果を発揮する。
 

(4) フリクエントポイント(マイレージ)

 ウェブショップは物流を除く他のすべてがデジタルデータで完結する。このため、容易に多段階、複雑なポイント(マイレージ)の付加・運営が可能となる。
 中には、前払いマイレージ(代金を前払いしてポイントのランクを上げてから商品を購入する形態)、バナー経由購入に関してWebオーナーに対するマイレージ付加など、インターネットに固有の各種サービスを取り入れているところもある。
 

(5) One to One マーケティングの徹底

 プレゼントや格安サービス等により、まず新規顧客のメールアドレスを入手する。
 次に誕生日プレゼント等を誘引材料として顧客の属性データを入手する。
 これらのデータに購買履歴情報を加えて、顧客1人1人の条件に適合したマーケティング活動を行う。
 この分野はCRMとも呼ばれ、理論的及び方法的に洗練化・精緻化の傾向を強めている。具体的には、例えば、(2)のメールニュースを、顧客の条件に合わせて個別化(パーソナライズ)したり(パーソナライズドメール)、Webページの構成を、顧客に合わせて個別化する(パーソナライズドWeb)。
 たとえるなら、馴染み客が店に入ると、店の雰囲気(人を集めるページ)と品揃え(物を売るページ)がその顧客に合わせて、瞬時に切り替わるようなイメージである。
 残念ながら、わが国のショップサイトでは、まだ本格的・全面的にパーソナライズドWebを採用したところは現れていない。しかし、一部に試験的断片的に取り入れる動きが始まっている。技術の延長で考える限り時間の問題と言えるのかもしれない。
 


 
 このほかにも、決済手段の多様化・信頼性、メンバーズコミュニティの活用、顧客データベースの効果的な構築運用など、売れるショップサイトには必ずと言っていいほど定番的な仕掛けがある。
 また、これからは社会的弱者をも包み込むバリアフリー指向のページ作りが大切な要因となっていくに違いない。
 これらは、システムとして構築され、経験ある人材によって運用されて始めて成果を生み出す。しかし、これだけではまだ不十分である。
 ウェブショップに魂を吹き込むのは、経営者及び担当スタッフの、常に新しいサービスを提供しようとする「情熱」と、幾度となく遭遇したであろう危機を乗り切ってきた経験に基づく「たくましさ」である。
 自社よりも優れたシステムを持つショップが出現したら。おそらく数ヶ月は必要としないだろう。市場は席巻され、顧客のすべてを失う。そのようなシーンで絶えず新しいサービスと技術を追い求める。これが売れるウェブショップの宿命である。


情報誌「岐阜を考える」2000年
岐阜県産業経済研究センター


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