巻頭論文
 
日本の21世紀に向けた情報通信産業の戦略と展望

 

加 藤  邦 紘
(NTTサイバーコミニュケーション総合研究所 所長)

 

1.はじめに

 経済を扱う雑誌を見て、「インターネット」という言葉が登場しないものは、ほとんどないといっていいほど、昨今は、インターネットを経済活動の道具として活用する例が世の中に満ち溢れている。そして、このインターネットを使った新しいビジネスを先駆的に立ち上げ、経済の活況を呈している国がアメリカである。
 インターネット革命に沸くアメリカは、史上稀に見る景気拡大を続けている。しかし、そんなアメリカも、80年代は、リセッションと呼ばれる不況にあえいでいた。それが、このインターネットブームに乗り、息を吹き返し、今や世界経済で「一人勝ち」と言ってよい状況になっている。もともと、コンピュータ分野で高い技術力を持っていたアメリカであるが、リセッションの間に、コンピュータ通信の更なる発展を予測し、大学などの研究機関を中心に、積極的に投資を行ってきたのが、現在アメリカの繁栄の元になっているといえる。
 一方、日本は政府が講じる様々な経済政策にもかかわらず、長い不況から脱することがなかなか出来ないでいる。情報化の推進が、日本経済の立ち直りに必須だといわれているが、本稿では、日本の経済を復興させるために、情報通信産業が取るべき戦略について私案を述べたい。
 

2. インターネットがもつ潜在的能力

 平成11年度版通信白書によると、日本国内には約3000万のインターネットホームページがある。そのホームページの利用方法としては、オンラインショッピング、オンラインバンキング、オンライン広告などの経済活動上のツールとしての活用や、各種情報サービス、ひいては、個人の趣味に関する情報の交換などがあり、その内容は多岐にわたっている。また、一般消費者には見えにくい例ではあるが、企業間取引の道具としてインターネットを利用するという動きも活発化している。
 しかし、インターネットが本来有する潜在能力を考えると、利用場面は、更に広がる。現在、インターネット上で繰り広げられている情報提供や電子商取引における情報表現形式は、テキスト、多少の静止画・グラフィックス、小さなウィンドウ内に表示される動画と相場は決まっている。これは、「現状」のインターネットという技術的な制約条件に縛られているためである。端末機器、および、それを接続するネットワークの機能・性能が高まると、更に進んだ情報表現が可能となり、展開できる応用範囲は大きく広がる。
 そのような応用の典型例としては、医療分野、教育分野等々が挙げられる。まず、医療分野を考えてみよう。高速ネットワークを使用することにより、過去の診断結果などに関する医療データ(ここではX線写真のような高解像度画像を想定)をデータベースに蓄積し、全国どの診療機関からでも、過去の診断データを読み出し、治療に役立てることができるようになる。また、医療機関が希少な地域にいる住民を対象とした、ネットワーク経由での医療サービスというような例も考えられる。教育分野について考えてみると、遠隔地にいる生徒同士が仮想的に教室を共有するような環境を提供することが可能になり、物理的な距離の壁を超えた様々な教育機会の創造および提供が考えられる。これは、学校教育だけでなく、生涯学習、社会人教育などの分野に大きなインパクトを与えるであろう。また、世界中の博物館・美術館を接続することにより、従来の教科書の枠を大きく超えた豊富な教材提供もできるようになる。
 更に、現在繰り広げられているオンラインショッピング、オンライン広告について考えてみても、取り扱う商品を店先で実際に手に取って扱う感覚での表示が可能になり、この分野の市場規模拡大は間違いない。
 このように、インターネットの潜在能力を考えると、現状はまだ革命の第1段階に過ぎず、端末やネットワークの高度化により、応用範囲は大きく広がる。現在、オンラインショッピングがインターネット応用分野の一つとして隆盛を誇っている背景には、注文・支払い・決裁などのトランザクション処理が、現状の端末やネットワークの性能・機能の中で、ある程度のパフォーマンスを実現できるからと見ることができる。企業間取引などにインターネットが使われている例についても然りである。
 日本のインターネットビジネスが米国に対して出遅れ、既に勝負がついてしまったかのような論調が世の中にあふれているが、インターネットの潜在能力が最大限に引き出されるまでにはまだ道程があり、日本が巻き返すチャンスは十分にある。
 

3. これからの日本の情報通信産業がとるべき戦略

 それでは、これからの日本の情報通信産業が取るべき戦略としては何があるのだろうか?結論からいうと、1)移動通信、2)光ファイバ、3)情報家電 の3点が、重要な鍵を握ると私は考えている。これら3点は、いずれも日本の情報通信産業が世界的に強みを発揮できるものである。以下に、これらについて概説する。
 

3.1 移動通信

 携帯電話は、国内普及台数が6千万台に迫り、有線電話回線の加入者数を超えた(平成12年3月末現在)。携帯電話は、四六時中身につけて使うことが前提で設計されており、いつでもどこでも、という手軽さがもっとも顕著に現れる端末機器である。さらに、昨年サービス開始されたi-modeに代表されるように、携帯電話は、単なる電話ではなく、メールの送受信や、各種情報サービスの享受が可能な情報端末としての性格をどんどん強めてきている。この傾向は、来年(2001年)サービス開始が予定されている次世代移動通信システムIMT2000の開始により、より拍車がかかるであろう。IMT2000では、現在のi-modeに比較して数段上の情報通信速度が実現されるため、テキスト中心の情報提供しかできなかったi-modeによる第1段階のサービス限界を脱却し、静止画、動画、グラフィックスを駆使した、表現力豊かなサービスが可能となる。i-modeおよびIMT2000は、そのサービス提供を日本が世界に先駆けて行う技術であり、特にIMT2000については、世界中の関係者の目が日本でのサービス開始に注がれていると行っても過言ではない。
 

3.2 光ファイバー

 現在、多くの家庭で、アナログ電話回線がインターネットアクセスに使用されているが、ISDN、CATV、ADSL、あるいは、衛星通信といった技術をベースとしたより高速のインターネットアクセスへの乗り換えが徐々に始まっている。この高速系への乗り換えの究極にあるのが、光ファイバーによるアクセスである。光ファイバーを利用した超高速のインターネットアクセス環境を利用することにより、高解像度の静止画・動画、あるいは、3次元的な動きを伴うグラフィックスといったメディアを自由自在に扱うことが可能となる。
 インターネットアクセスが低速度であるという現状について、インターネットホームページの略称WWWを、World Wide Wait (本当はWorld Wide Web)と揶揄する向きもあるが、光アクセスを究極の姿とする高速アクセス系が普及することにより、この状況は大きく改善される。究極的には、約2時間の映画を1秒で転送できる性能も夢ではない。
 インターネットの中核を構成するネットワークは、既に多くの部分が光ファイバー化されており、現在は、家庭や事業所どに置かれる端末から、中核ネットワークにアクセスする部分の光ファイバー化が急ピッチに行われている。NTTでは、平成12年年度第3四半期に、本格的な光アクセスサービス(最大10Mbps)を、世界に先駆けて月額1万円程度の定額制で試験提供開始する予定である。
 

3.3 情報家電

 ここでは、パソコンをベースとした端末に代わる、新しいインターネット端末を総称して「情報家電」と呼ぶこととしたい。パソコンは多機能であるが、操作が複雑で、かつ、起動時間が長いという問題があり、いつでも手軽に利用できる端末とは言い難い。これからは、パソコンを補完する形で、新しい形の端末、すなわち情報家電が普及していくことが予想される。情報家電の狙いは、家電の手軽な使い勝手と、ネットワーク接続されることによる利便性の向上にある。デジタル放送への移行が徐々に進行しているテレビは、情報家電の代表的な例であり、放送局から視聴者へという一方向の情報提供しか出来なかったものにネットワーク接続による双方向性を加味することにより、様々な新サービスの提供が可能になりつつある。また、冷蔵庫や電子レンジをインターネット接続するという例まで出現している。
 技術的な面から考えると、情報家電は、ネットワークの整備状況に呼応して発展するはずである。超高速のネットワークが普及し始めると、映画等の大量コンテンツを一気に端末機器にダウンロードした後で、ゆっくり鑑賞するという使い方が考えられる。このような使い方の実現には、端末機器が大容量記憶を備えている必要があるが、端末メモリの容量はおおよそ10年間で100倍のペースで伸びており、技術の流れはこの方向にある。日本は、家電の開発に強みを有する企業が多数有るが、この強みを生かし、情報家電分野に進出していくことは、これから必須の事項になるであろう。
 

4. まとめ

 インターネットは、その技術的潜在能力を考えてみると、現在はまだ革命の第1段階にある。インターネット革命の追い風に乗り、大いなる繁栄を享受しているアメリカ経済に対して、日本は出遅れたという論調が大勢を占めているが、本稿で述べたように、日本にはこの革命を更に発展させる芽がいくつもあり、先行するアメリカに追いつき、追い越す可能性は疑う余地もない。
 ただし、経済・技術のグローバル化が進行している昨今である。本稿で述べた日本の強みと、海外各国が持つ強みを併せて、地球規模でのインターネット革命に向かって検討を進めていくことが、今後はますます重要であることも最後に付け加えておきたい。
 


情報誌「岐阜を考える」2000年
岐阜県産業経済研究センター


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