コラム
 
インターネット時代の企業経営の核心

 

坪 田  知 己
(日本経済新聞社電子メディア局次長)

 

 インターネットが、産業革命以来の歴史的な社会・経済革命を作り出しつつあることは、ここ1-2年で世界共通の理解になってきた。
 インターネットに必須のルーター(経路制御用のコンピュータ)を開発してきたシスコシステムズが、3月下旬にマイクロソフトを抜いて世界最高の時価総額を持つ会社になったことは、パソコンの時代からネットワークの時代への変化を象徴するできごとだと多くの人が指摘している。
 本のネット販売で急成長したアマゾン・ドットコムや、オンライン証券のチャールズ・シュワブなどの成功例は多くの本で紹介されているので、ここでは割愛する。問題は、「時代の変化の核心は何か」ということだ。
 

第一はスピード

 インターネット時代の経営の鉄則の第一条は「スピード」だ。
 どういう意味で「スピード」かと言えば、ジェームズ・マーチン著の『経営の未来』(TBSブリタニカ刊)に登場する、「サイバーコープ」というインターネット時代の企業像がわかりやすい。
 「サイバーコープCybercorpとは、サイバネティックスの原理を使う、サイバースペースの時代に最適な企業のこと。また周囲の変化や競合状況や顧客のニーズの変化にリアルタイムで対応できる抜けめない感覚を備え、必要に応じて他の組織の有する能力(コンピタンス)とバーチャルな事業活動を展開したり、俊敏にリンケージできるサイバネティック・コーポレーションのこと。そして、急速な変化に対応できるようにつくられ、自己学習し、進化し、迅速に変身できる企業のこと」
 これは非常によくできた定義だと思う。要約すれば「リアルタイムに環境に対応」「リンケージ能力=協創能力」「自己学習能力」が必要ということだ。ちなみにサイバネティックス(cybernetics)とは「人工頭脳研究」と訳され、神経を通じた人体の統御の仕組みを解析する学問だ。つまりサイバーコープとは、人間のように刺激を受けると反応し、最適の対応をしようとする仕組みを会社組織の理想に据えようという考え方だ。
 この考え方に近い企業として真っ先に上げられるのは、パソコン業界世界第二位のデルコンピュータである。
 この会社の事業モデルは「ダイレクト・モデル」と呼ばれるもので、顧客から直接注文を受け、組み立てて配送する。
 他のパソコンメーカーは、新製品を開発すると、作りだめをして量販店に送り込み、大々的に宣伝して一気に販売しようとする。デルの方式はBTO(ビルド・ツー・オーダー)と呼ばれる受注生産方式で、顧客はハードディスクの容量やメモリーの容量などを指定できる。この受注の大半がインターネットで可能だ。
 また、デルは、部品メーカーにもインターネットできめ細かく調達情報を流している。
 ジェームズ・マーチンが言う「周囲の変化や競合状況や顧客のニーズの変化にリアルタイムで対応できる抜けめない感覚を備え」「他の組織の有する能力(コンピタンス)とバーチャルな事業活動を展開したり、俊敏にリンケージできる」を実践している企業だ。
 同社のマイケル・デル会長は、現在34歳。大学生の時に創業して約20年だ。今年3月に、デル会長とパネル討論をする機会があったが、いじわるな質問にも、さらりと受け答えるスマートさに舌を巻いた。
 彼は、ビル・ゲイツ(マイクロソフト会長)、スティーブ・ジョブズ(アップルコンピュータCEO)などといったカリスマ型の経営者ではない。仕事を合理的に進め、従業員に働きがいのある環境を用意する「大人(たいじん)」の風格のある経営者だ。
 

社員にオーナー意識を持たせる

 その、デル・コンピュータのダイレクト・モデルは、トヨタ自動車のかんばん方式をインターネットを加味して磨き上げたもので、非常に合理的に出来ている。ライバル社の製品在庫が30-40日と言われるのに、デルは6日という超スピードだ。経営効率の極致といえるほどだ。そのためにデルのシステムはクールで非人間的な、超合理主義の印象を持たれがちだ。
 ところが、デル会長は、社員にオーナー意識を持たせることが重要だと言う。社員一人一人が、デル社のオーナーであるという自覚を持ち、不断の学習、業務の改善、新事業へのチャレンジをするような企業風土を持たねばならないと言うのだ。デルの言葉で言えば「社員がベストを尽くせるように、知識と権限を与えて、高い『オーナー意識』を持たせる−−会社をこれまで以上に成功させるうえで、これほど効果的なものを私は知らない」(『デルの革命』、マイケル・デル著、国領二郎監訳、日本経済新聞社刊より)ということだ。
 私は、94年に『マルチメディア組織革命』(東急エージェンシー刊)という本を出版した。この本は多くの人に「勇気づけられた」「いままでぼんやりとしかわからなかったことがよくわかるようになった」などと、多くの人から手紙をもらい訪問も受けた。
 この本の中で一番言いたかったことは、これまでの組織は、経営者が部下に指示・命令する「コマンド駆動型」だったが、これからは、全員で考え、ビジョンを一致させた上で、経営者と社員が役割分担しながら経営を進める「ビジョン駆動型」でなければならない−−ということだった。
 それを象徴する言葉として、以下の言葉を『真実の瞬間』(ヤン・カールソン著、堤猶二訳、ダイヤモンド社刊)という本から引用した。

 人はだれも自分が必要とされていることを知り、感じなければならない。
 人はだれも一人の人間として扱われたいと望んでいる。
 責任を負う自由を与えれば、人は内に秘めている能力を発揮する。
 情報を持たないものには責任を負うことはできないが、情報を与えられれば責任を負わざるを得ない。
 

自律・分散・協調の経営へ

 情報化社会とは、「コンピュータやインターネットを使わねばならない社会だ」と多くの人が信じている。さらに経営者は、そうした道具を使って、管理をより強め、強力に会社をコントロールしたいと考えている。それは間違っている。
 過去20年ほどの世界の企業の中で、もっとも象徴的な衰退を演じたのはIBMだった。IBMは、同社の誇るべき製品だった大型コンピュータのシステムのように、「集中管理」「中央統制」の会社で、社員の階層は13層あり、超官僚主義企業だった。
 この考え方をそっくり裏返しにしたのが、サンマイクロシステムズである。1982年に当時26歳の若者4人が創立したこの会社は、IBMの秘密主義に対抗して、「オープン」をポリシーとし、「自律・分散・協調」のコンピュータ・システムを売り出した。現在、インターネットの必須の製品は「サンマイクロシステムズのサーバー、シスコシステムズのルーター、オラクルのデータベース」と言われるほどだ。
 インターネット文化はサンの標榜した「自律・分散・協調」で成り立っている。「自律・分散・協調」とは、一人一人の社員が自分の責任として物事を考えて処理し、しかも協調によってチームとしての力を発揮するような組織形態だ。つまり企業経営のあり方は中央統制から自律・分散・協調に向かっていることを、コンピュータ・システムが先取りした恰好だ。
 経営のスピードが早くなれば、企業取りまく環境(技術、市場、社会など)の変化を一つ一つ企業トップに上申し、判断を仰ぐ形ではついていけない。「わが社は何を目指し、どういう行動規範を持っているか」を企業トップが明示し、社員はその場で判断・実行できるものはそうして、より大きな問題を上申する形にしなければならない。つまり1000人の会社なら、1000人の頭脳をフル回転させ、環境変化に立ち向かわなければならない。
 情報を常にオープンし、全員で考え、判断し、成果を全員が分かち合う風土をどう作っていけるか−−インターネット時代の企業経営は大きな転換点を迎えている。
 


情報誌「岐阜を考える」2000年
岐阜県産業経済研究センター


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