コラム |
急拡大する企業間電子商取引
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関 口 和 一 (日本経済新聞社産業部編集委員兼論説委員)
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米国でインターネットを使った企業間の電子商取引が急拡大しようとしている。消費者相手の「ビジネス・トゥー・コンシューマー(B2C)」市場に対し、企業間取引は「ビジネス・トゥー・ビジネス(B2B)」市場と呼ばれるが、米調査会社、フォレスターリサーチの分析によると2004年にはB2Bの市場規模は2・7兆ドルに膨らむという。特にパソコンや自動車、オフィス製品分野などで成長が期待される。企業間の電子商取引は企業の部品や材料の調達コストを大幅に引き下げるだけでなく、過剰在庫の有効活用など経済全体の効率化も促そうとしている。 |
米B2B市場は600サイト |
米国の企業間取引のネット市場は現在、約600のサイトがあるといわれる。化学業界の「ケムコネクト」、鉄鋼業界の「eスチール」など各分野ごとに様々な市場が生まれ、B2B向けの受発注ソフトを提供する「アリバ」「コマースワン」といったベンチャー企業も成長している。B2B関連企業の全時価総額はピークで1000億ドルにも上った。 B2Bのそもそもの起こりは94年春に米シリコンバレーに発足した民間の電子商取引研究組織「コマースネット」にさかのぼる。インターネットの閲覧ソフトである「モザイク」がイリノイ大学で開発されたのを受け、インターネットが企業間の電子商取引の道具に使えないかと考えた。米国には国防分野の「CALS」や「EDI」といった各界ごとの電子商取引システムは存在したが、オープンなネットワークであるインターネットを使えば、企業グループや業界の壁を超え新しい電子商取引が可能になると思ったからである。 インターネットを使った企業間の電子商取引システムが初めて具体化されたのは、96年から本格的に稼働した米ゼネラル・エレクトリック社(GE)の電子部材調達システム「TPN(トレーディング・プロセス・ネットワーク)」である。GEの子会社、GEIS(GE情報サービス)が始めた新サービスで、電球の製造部門などで部品調達に大きな実績を挙げた。GEISはさらにこれを一般企業にも広めて行こうと、閲覧ソフトで当事最大手のネットスケープ・コミュニケーションズと提携して「アクトラ」というソフト会社を設立。提携は後に解消されるが、そのころからB2B市場の成長をにらんだ様々なソフトやサービスが登場した。 |
B2Bインテグレーションが重要に |
B2B分野を扱う米国の企業は大きく分けて3種類ある。一つは電子調達や電子取引のためのソフトウエアを提供する会社。二つめは実際に仮想ネット市場を運営する会社。三つめは様々なネット市場を相互に接続できるようにするソフトウエアを開発したり、相手の企業が本当に間違いないかを認証したりする「B2Bi(インテグレーション)」サービスを扱う会社だ。この春にも有力セキュリティー会社のベリサインがB2Biを手掛けるウェブメソッズ社と提携、企業向けの相互認証サービスを始めた。 中でも特に注目されているのは一つめの電子調達ソフトの会社だ。米国ではカリフォルニア州に本社を置くアリバとコマースワンという二つの会社が主導権争いを展開している。アリバが独フォルクスワーゲン社に自動車の部品調達システムを提供すれば、コマースワンは米ゼネラル・モーターズ(GM)やフォード・モーターに同様なシステムを提供するといった形でB2B市場での覇権を狙う。 個別のネット市場では「ケムコネクト」や「eスチール」のほかに、建設業界の「バズソー」、石油業界の「ペトロコスム」、様々な製品分野を扱う「ベントロ」などたくさんの会社が生まれた。化学製品でいえば50市場、ヘルスケア商品では40市場があるといわれる。しかしネット市場もまだ誕生したばかりの過渡期であり、将来的には各分野とも三つくらいのサイトに整理統合されるだろうというのが関係者の見方だ。 B2Bで有望といわれる商品分野を見てみると、パソコン、自動車、オフィス製品などが挙げられる。いずれも商品の仕様が規格統一されており、型番さえ入力すればはっきりと製品を特定できるものだ。米国では電子商取引で有望な分野は一般に「MRO」業界と呼ばれている。これは「メンテナンス、リペア、オペレーション」の頭文字の略で、いずれもあらかじめ商品が特定され、しかも需要が定期的に発生する分野だ。日本でもオフィス製品の宅配を手掛ける「アスクル」が成功しているが、MROに相当する。 |
期待分野はパソコン、自動車、石油化学 |
B2Bの将来的な市場規模を予測すると、フォレスターリサーチの予測では、2004年までにコンピューター・エレクトロニクス製品が約6000億ドルの規模となり、最も大きい市場が見込まれる。次いで自動車の4000億ドル、石油化学製品の3000億ドルが続く。一方、2004年までに各分野ごとの取引がどれだけ電子商取引に置き換わるかとみると、やはりコンピューター・エレクトロニクス製品が最も高くて40%。自動車分野が26%、紙・オフィス製品の市場が24%となる。配送・倉庫業も20%が電子取引になる見通しだ。 B2Bの電子商取引が期待されているのは、従来の紙ベースの取引に比べ処理にかかるコストが大幅に削減できる一方、取引自体のスピードも上げられるからだ。産業界全体で見れば、大量生産販売システムで必ず問題となる過剰在庫をオークションのような形で再販売するなど、経済全体の効率を高められるという利点もある。米国の大企業では人件費など部材調達にかける取引コストは伝票一枚当たり約120ドルにも上っているといわれるが、「それを電子化すれば10分の1程度のコストで処理できるようになる」とコマースワンのロバート・キミット社長は指摘する。 さらにB2BもB2Cもインターネットという同じ土俵で取引をしていることから、互いの取引を連動させた一大サプライチェーンを作ることもできる。企業間の取引は大型電算機時代にもネットワーク化されていたわけで、新しい電子商取引が持つ最大の意味は企業から個人までつながれた新しい市場メカニズムが作れることにある。 日本でも中古建機市場では早くからB2Bの電子取引が行われてきた。最近ではコンビニエンスストアや宅配業者のネットワークを活用した「日本型EC」と呼ばれる新しいビジネスモデルも登場している。複雑な流通構造を抱え、非効率性や過剰在庫などが指摘される日本企業にとっては、こうした電子商取引の推進は商慣行や流通制度の転換を促すだけでなく、国際的な産業競争力を高める重要な決め手となるに違いない。 |
日本でも電子商取引推進の施策を |
電子商取引の推進は短期的には痛みを伴うこともある。通産省とアンダーセンコンサルティングが実施した調査によると、電子商取引の普及によって、日本では今後五年間に約110万人の雇用に影響が出ると分析している。米国でも景気低迷と情報化が同時進行した90年代前半には大企業の雇用削減が進んだ。だが90年代後半になると、ネットワーク化に伴うアウトソーシングとベンチャー企業の登場が相次ぎ、今度は雇用は増大に向かった。通産省の調査でも最終的には5年間で86万人の雇用純増が期待できるという。 森喜朗新首相は所信表明演説で「IT革命を起爆剤とした経済発展を」と力説、歴代首相では初めて公式の場で「IT」という言葉を使った。しかし米国ではクリントン大統領が97年7月にインターネット電子商取引の推進策を発表しており、日本のスタートはいわば3年遅れともいえる。米政府は「文書削減法」や「電子情報自由法」といった法律を制定、IT革命を促すために政府自らも電子化に努めた。日本では税法上求められる領収書の保管など、文書申請、捺印など紙や印鑑をベースとした取引形態が続いている。個人情報保護やセキュリティー対策など電子商取引の普及に必要な施策はもちろんあるが、まずは電子商取引の普及を阻む法制度や商慣習の見直しから始めるべきである。 |
関口和一(せきぐち・わいち) 日本経済新聞社産業部編集委員兼論説委員。1959年埼玉県生まれ。82年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社。88年フルブライト客員研究員として米ハーバード大学留学。英文日経記者を経て90−94年ワシントン支局特派員。96年より編集局産業部編集委員、2000年から論説委員として主に情報通信分野などを担当。文化庁著作権審議会専門委員、早稲田大学、明治大学の非常勤講師も兼務する。著書に「パソコン革命の旗手たち」(日本経済新聞社刊)、共著に「サイバースペース革命」「サイバービジネス最前線」(以上日本経済新聞社刊)、「モダンタイムス2001」(日経BP社刊)などがある。 |
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