特集論文 |
「21世紀の新たなライフスタイルと交流社会〜女性の視点で」
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(株)電通 電通総研副主任研究員 鈴木 りえこ
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21世紀の日本が抱える最重要課題のひとつは、 少子化の進行を抑えることである。 現在の人口を維持するために必要な合計特殊出生率 (1人の女性が平均して生涯に生む子どもの数) は2.08だが、 1998年の日本の合計特殊出生率は1.38であり、 日本は世界の中でもイタリアやドイツに次ぐ少子化の進んだ国となっている。 このまま少子化が進行すると、 日本はいずれ消滅することになる。 少子化の原因は何か。 このテーマについて女性の意識を中心に分析し、 少子化の進行を緩和するために望ましい21世紀のライフスタイルについて、 私見を述べてみたい。 |
晩婚化・未婚化 |
少子化を招く最も大きな要因は、 「晩婚化」 と 「未婚化」 である。 80年代になると、 若者たちが結婚しなくなった。 結婚しても晩婚で1人目を生んだ後、 それ以上生むことを控える人が増えている。 この現象が出生率を低下させている要因のひとつだ。 これまで日本人は結婚すると、 平均して2.2人の子どもを生んできた。 一方、 戸籍上の結婚をしていないカップルから生まれてきた 「婚外子」 の割合は、 30年以上1.2%前後とほとんど動いてこなかった。 日本とは制度や環境がかなり違うが、 スウェーデンでは婚外子の数は全体の50%以上、 イギリスやフランスでもおよそ30%を占め、 日本とは大きな差がある。 結婚しないと子どもを生まない傾向にある日本では、 晩婚化が進んで未婚率が高まると、 出生率に直接的な影響を与えている。 日本大学人口研究所次長の小川直宏教授の分析では、 女性の一生をハードル競争にたとえると、 51年〜73年までの第1次少子化の時代には、 一斉に人生をスタートした女性が結婚するハードルは低かったが、 3人目、 4人目と子どもを生むところでハードルが高くなった。 ところが、 90年〜95年では、 女性が結婚するまでに大きなハードルができた。 やっと結婚しても、 1人目の子どもを生むためにはさらに大きな障害がそびえている。 95年の時点では、 女性の27%が一生結婚しないか、 結婚しても子どもをもたないという状況なのだ。 51年には、 子どもを持たない女性の割合は7%以下だったから、 女性の出産に対する考え方と行動が著しく変わっていることを表している。 しかし、 未婚の女性たちは結婚そのものを否定しているわけではない。 総理府の調査でも20代〜30代の女性の過半数が 「なんと言っても女性の幸福は結婚にあるのだから、 女性は結婚する方がいい」 と答えている。 結婚した方がいいと考えながらも、 結婚までのハードルは高く、 そのハードルを越える努力もしない。 この辺の女性たちの感情を、 どのように判断すればよいのか。 これが21世紀の 「超・結婚しないかもしれない症候群 (ハイパー・シングル・シンドローム)」 の行方を占う鍵になる。 |
21世紀をよりよく生きるために結婚しない |
高学歴の場合、 女性の生涯未婚率は男性を上回る。 とくに大卒ではその傾向が著しい。 一方男性は中卒の生涯未婚率が高いのだ。 一生独身で通す男性は学歴が低く、 反対に未婚で通す女性は学歴が高い。 この10年間、 女性の大学進学率 〔短大を含む〕 は男性を超え、 男女の差は年々拡大しつつある。 一生結婚しない女性はますます増えていくのだろう。 聖路加国際病院精神科部長の大平健氏は、 日本女性が結婚しなくなった理由を、 「結婚して損をするから」 と結論づける。 現代女性には結婚しない自由が許されているのだ。 「かつて女性は生きるために結婚したが、 いまではよりよく生きるために結婚しない選択をしている」 ということができるだろう。 では、 現代女性が 「よりよく生きるための結婚」 とはどのようなものだろうか。 結婚情報サービスのオーエムエムジーの調査では、 未婚女性の90%近くが 「結婚してもいまの生活レベルを落としたくない」 と答えている。 現代女性にとって 「経済的な安定」 とは 「ロマンチックラブ」 が芽生える前提条件として存在するものなのだ。 愛知淑徳大学の小倉千加子教授は、 現代女性の結婚条件を 「3C」 とまとめている。 「十分な収入」 (comfortable)、 「互いに理解しあえる−価値観が同じ」 (communicative)、 「家事などに協力的」 (cooperative) というのがトレンドだ。 ところで、 夫に3Cを求める女性自身は、 夫に何を与えることができるのだろうか。 「いい男がいない」 という女性たちの心理を分析すると、 女性側にも自己アイデンティティがなく、 自己決定ができないという共通点がある。 女性側にも自信がないようだ。 いまの状態が心地いいのは、 概して、 自分が傷つかないから、 安全な状態から抜け出す勇気がないからなのだろう。 また、 小川教授によると、 この10年間で現代女性が最も主張するようになった結婚条件は 「夫の親との別居」 である。 子どもの数が少なくなり結婚相手が長男である確率がさらに高くなるこれからは、 結婚はますます難しくなるだろう。 あるいは、 妻の両親と同居する 「マスオさん現象」 が加速するだろう。 親との同居に関連して、 夫の精神状態は自分の親と同居している場合よりも、 妻側の両親と同居している方が安定している 。 同居しないまでも最近のカップルの多くは、 妻の実家の近くに住む傾向が強い。 このように、 結婚における女性主導の傾向は、 今後ますます高まるだろう。 |
「バービー症候群」 |
「パラサイト・シングル」 とは、 社会人になっても親元を離れず、 自分の収入を自分のしたいことに使っている未婚の男女のことである。 ちなみに、 未婚女性の80%以上は、 親と同居している。 20代〜30代前半の女性では、 親との同居率が80〜90%を占め、 30代後半になっても約60%が実家にとどまる。 ほとんどの女性が仕事を持っていても、 生活費はほんのわずかしか入れていない。 彼女たちは自由に使えるお金を持つ余裕派の消費リーダーでもある。 未婚女性はかなりの収入を得るようになっても、 独立志向が高くならない。 彼女たちの40%が親との同居の理由を 「(自立は) 経済的に無理だから」 と言い、 30代では40%が 「親と一緒の方が安心できる」 という理由で実家にとどまっている。 仕事をしている未婚女性のうち、 独立意識に基づいて一人暮らしをしている人は7%にすぎない。 また、 家事についても、 彼女たちの過半数が、 日ごろあまり行っていない。 この家事嫌いの傾向は若いほど強い。 おそらく専業主婦である母親が家事の大半を担うことで、 家事を嫌い生活費を実家に入れないパラサイト・シングル族が、 大量に生み出されているのだろう。 結婚前に親から独立している人ほど結婚率が高いため、 未婚者がいつまでも親と同居する傾向が続くとすれば、 未婚化現象に歯止めはない。 未婚女性たちの多くは、 「お姫さま」 のように育てられ、 着せ替えの 「バービー人形」 のようにかわいがられてきた。 父親もまるで宝物のようにかわいがっている。 子どもを持つとしたら男の子より女の子の人気は高まり、 「一人っ子だったら娘を望む」 という人が過半数を占めている。 娘を好むのは、 母親が娘を着飾り、 アクセサリーのように連れ歩くことができること、 結婚しても自分たちの側にいて何かあったら面倒を見てくれることを期待している面がある。 「一般的に言って、 女性は苦労を知らないために現状に満足することができず、 常により大きな幸せを求めつづける」 と、 分析するのは大平健氏だ。 家では何もせず、 必要以上に物を与えられ、 着せ替え人形状態だった娘たちが、 結婚生活にそれ以上の幸せを求めているなら、 それは無理というものだ。 ずっと以前から同じように母親にすべてを任せてきた多くの男性たちがパートナーなのである。 豪華な結婚式のあとは、 めでたしめでたしで終わり、 とはいかないだろう。 「本当は怖い結婚生活」 が待ち受けている。 幼いころから何もかも用意され、 家庭内でちやほやされて育ってきた 「バービー症候群」 は、 娘時代から 「親」 という 「魔法のランプ」 を与えられた。 アラジンのランプのように、 こすれば魔人が現れて何でも望みをかなえてくれる。 たとえば、 大手旅行会社によると、 最近では20代女性たちの海外旅行が減った。 反対に、 増えているのは60代と30代女性、 10歳以下の子どもの3世代家族旅行だという。 60代の豊かな両親が、 ポケットマネーで娘と孫を連れて海外旅行へ出かける。 ちなみに義理の息子は仕事をしながら留守番役だ。 娘が離婚して子連れで帰ってくると、 多くの父親は喜んで迎えている。 しかし、 経済的に親を頼ることができるバービー症候群は、 これまでラッキーだっただけである。 いずれは魔法のランプを手放さなければならない日が来る。 ランプもいずれオーバーホールが必要になり、 娘が手入れし磨かなければならないだろう。 それでも、 女性の多くは努力を惜しみ楽を求め続けている。 東京学芸大学の山田昌弘助教授は、 苦労して幸福になる道よりも、 楽で不幸になる道を選ぶのが多くの日本女性の特徴だ、 と指摘している。 |
育児のブランド化 |
父親を含め若い親たちの多くは、 「友達親子」 の関係を理想とする。 それが理解ある親の姿だと誤解しているのだろう。 この背景には親が精神的に成長していないという現実がある。 子どもに秩序や倫理を教えることは、 親としての権威と尊敬を得ていることが前提である。 その役割を果たすことができない親たちは、 結局子どもと友達のようにつきあうことしかできない。 それがまた楽なのだ。 また、 他の先進諸国と比べて、 日本では育児を楽しむことができる母親は少ない。 たとえば、 80年代に実施された育児に関する母親の意識を調べた調査では、 フランス人の約77%、 イギリス人の70%、 アメリカ人の49%が 「育児は楽しい」 と答えている一方、 日本では20%前後にとどまっていた 。 育児を楽しめない傾向は韓国にもみられる。 日本でも徐々に育児を楽しむ母親の割合は増えつつあるが、 母親たちが育児を負担だと考えているのは、 子育てが子どもの成長を見て楽しむものではなく、 教育の占める割合が大きいからではないだろうか。 現在育児に奮闘中の母親たちは偏差値世代で、 すべてをマニュアル通りに行ってきた。 これまで自分で考えることをしてこなかったため、 子育てに対する自分自身の考えをもたない。 自己実現のために 「完璧な母親」、 「完璧な子育て」 にこだわり、 育児書や育児雑誌や友人からの情報に従って右往左往している。 若い女性たちが出産に躊躇するのは、 子どもを持ってしまうと一生完璧な母親を演じなければならないという強迫観念があることも一因だ。 よい母親役を演じる自信がなければ、 子どもをもってはいけない、 と彼女たちは思っている。 「完璧な母親」 を演じる自分自身もまた、 ブランドなのである。 精神科医の斎藤茂太氏は、 子どもに過剰な愛情を注ぐ母親は、 パチンコに熱中して子どもを死なせてしまった母親と根本的には変わらない、 と分析している。 前者は 「子どもを愛している自分を愛している」 というミーイズムで、 自分のしたいパチンコを優先させる母親と比べて大差がないのだ。 |
21世紀の新しいライフスタイル |
99年春 「男女共同参画社会」 基本法が制定された。 少子化が急速に進むなか、 子どもを生みたいという女性にはできるだけ生んでほしい、 一方、 少子化で労働力不足になるため女性にも可能な限り働いてほしい、 という一見矛盾している2つの要望を、 なんとか実現するためには、 「男女共同参画社会」 の構築が不可欠となっているのだ。 日本政府が男女平等の推進に向けて本格的に動き出したのは、 国際婦人年世界会議がメキシコで開催された75年に遡る。 「男女雇用機会均等法」 や 「女子差別撤廃条約」 の批准、 「育児休業法」 など、 女性の権利も確実にみとめられてきている。 問題は他の諸国では女性政策や女性の社会進出が急速に進む一方で、 日本側の速度が遅れ気味なことである。 たとえば、 国連開発計画が毎年発表しているジェンダーエンパワーメント測定 (GEM) によると、 政治・経済界における日本女性の進出度は世界第38位であり、 この順位は年々後退する傾向にある。 日本では男女平等意識が進まない理由のひとつに、 男性だけではなく女性にも役割分担意識が強いことがある。 他の先進諸国とは異なり、 日本では結婚すると女性にはパワーを掌握する場ができる。 たとえば、 日本の家庭の大半では妻が家計を担っているが、 アメリカでは過半数は夫が握っているのである。 社会進出を目指して厳しい環境に身を置くよりも、 妻の座というぬるま湯が用意されていた。 ぬるま湯に蛙を入れて、 湯の温度を少しずつ上げていくと蛙はそのまま死んでしまうという実験がある。 国際文化研究センターの落合恵美子助教授によると、 専業主婦がその座を守りつづけるには、 夫がリストラされない、 死なない、 離婚しないという3つの条件が満たされていることである。 リストラによる中高年の自殺が増え、 離婚率がフランスを抜いた日本では、 すでに主婦の座はぬるま湯ではなくなっている。 男女共同参画社会とは、 男女に拘わらず誰でも自由なライフコースの選択ができ、 自分の意志で社会活動に参加し、 男女が互いに支えあい喜びと責任を分かち合うことができる社会のことである。 日本では、 概して、 男女ともに役割分担意識が根強く、 それぞれ社会・家庭・地域人などという総合的な要素から成る完成された人間像を形成してこなかった。 そこで、 総合的な人間としてそれぞれが欠けた部分を補い、 役割に基づいて平行線をたどってきた男女が互いに歩み寄り、 新しいライフスタイルを築いていくことを目的としている。 その基盤となる男女共同参画社会基本法は、
総理府男女共同参画室の名取はにわ前室長は、 これまでの日本男性の生き方には人権が認められず、 男性は人生に対する充足感に欠けていた、 と指摘している。 男女の役割分担は戦後の高度成長期に強化されたのだ。 企業戦士である夫を支える専業主婦の姿は日本型経営システムのひとつだった。 だが、 その機能は終わりつつある。 国をあげて経済至上主義を掲げ無理を続けた結果起きてしまった社会構造のひずみを、 この辺で本来の姿に戻す必要がある。 これまでに述べた現代女性の意識変化もまた、 偏った役割分担が生んだひずみのひとつである。 |
まとめ |
日本は母性社会であり、 昔から女性は活力に溢れていた。 20世紀の初頭では、 欧米諸国に比べても日本女性の労働力率は高かったのだ。 専業主婦が増えたのは男性がサラリーマン化して都会に集中し核家族が増えた戦後である。 いったん家庭に入った女性たちが、 社会の一員として何かしたいと望む時に、 多様な選択ができる社会を早急に作ることが求められている。 「女性は日本最後の含み資産だ」 と、 名取氏は語る。 少子社会の到来で確実に起こる労働力不足の解消には、 高齢者・女性・移民などの活用があげられている。 そのなかで、 高学歴化した女性たちを活用することが最も効率的な経済活性策と考えられている。 ところが、 30代後半から50代前半の女性では高学歴ほど専業主婦になっている。 専業主婦になれる女性の夫の収入は多く、 少数派になっている。 そして、 高学歴の女性ほど育児が負担であると考えている。 子どもの教育以外に 「自己評価」 を高める手段が限られ、 閉じ込められてきた女性の能力を活かす事が日本の再生へとつながる近道なのだ。 長引く不況で夫一人の収入で一家を支える時代も終わりつつある。 どちらかが失業した場合に対する備えも現実として重要となっている。 21世紀を迎えるいま、 日本人の価値観の大転換が求められている。 国際社会の変遷に取り残されないためには、 日本社会全体の構造を変えていかなければならないだろう。 「男女共同参画社会審議会」 会長だった岩男壽美子教授 (慶應大学当時) は、 男女共同参画社会基本法の制定は、 国際社会で活躍する日本のビジネスマンにとっても不可欠な条件、 と指摘している。 多様な価値観を持った人間が競いあう国際舞台に立つ前に、 グローバルスタンダードに適応した男女平等という人権意識を育むことが国際人として欠かせない資質のひとつなのだ。 企業の対策としては、 出産・育児にかかるコストを女性特有のものと考えるのではなく、 将来の労働力再生産のためのコストとして、 男性にも平等に負担させる方向へ進むことが一案だ。 男性も必ず育児休暇をとらなければならない北欧型の 「パパ・クォーター制度」 をはじめとして、 企業内保育園などの導入を率先して実行すべきである。 時短をはかり、 育児中の男女にはフレキシブルな勤務体制を認め、 パートタイム労働者の権利をフルタイム労働者と同等まで引き上げることも検討するべきだろう。 家事・育児の負担を男性にも担ってもらう一方で、 女性も経済的な負担を受け持つことを考えなければならないだろう。 バービー症候群の女性たちが生きていけるのは、 日本に根強く残る役割分担意識のおかげである。 男女ともに責任ある一人の自立した人間として、 これまで誰かに頼って甘えていた意識から抜け出すことが、 新しいライフスタイルを築く基本である。 |
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