介護ビジネスをとりまく環境と今後の可能性について



渡邊(司会)  本日はお忙しいところお集まり頂きありがとうございます。この座談会では、介護保険制度にともない介護ビジネスがどうなっていくのか、それを介護経済という視点でとらえた場合にどれくらいの可能性があるのかなどについて、西さんより問題提起を頂き、それをベースに議論したいと思っております。
 本テーマを設定した背景といたしましては次の三点があります。豊かな高齢者の増加が一層進展する21世紀前半においては、シルバービジネス、シルバーマーケットの分野は、巨大な成長産業となる可能性があるというのが一点目、厚生省の社会福祉基礎構造改革が目指す方向としては、従来の行政措置に対して利用者がサービスを選択し契約するといった市場原理の導入により、特に介護分野については介護保険制度の導入に伴って、質と量の両者を備えた民間の介護サービス事業者が多数参入して介護マーケットを形成し、円滑に機能させることが課題になっているというのが二点目、介護関連ビジネスが市場拡大することによって、地域経済の活性化、雇用確保、新規開業など多方面へ大きな経済的効果をもたらすことが期待されるというのが三点目です。
 それでは、まず最初に辺見さんから介護保険制度のねらいや介護ビジネスへの期待などについて、最近の動向も含めてお話頂きたいと思います。


介護保険制度の背景

辺見  介護保険制度を考えなければならない背景には、介護期間の長期化とか重度化とか、人口の高齢化に伴う介護問題がより重要になってきたことがございます。介護に関してこれまで老人医療と老人福祉という2つの制度の中で提供されてきたわけですが、それぞれ利用の仕方とか負担の仕方とかに違いがあります。こうした状況を今後の介護問題に対応するためには変えていかなければいけません。また在宅を重視した医療と福祉を一体化したサービスの提供が必要であります。サービスを利用するにあたっても、これまでの福祉サービスの措置制度のような、利用する人が行政に申し込んで、適切なサービスを行政から提供してもらうのではなく、むしろ必要な人は必要なサービスを市場から買うと、これに対してどう支援するのか、こういった形の発想の転換が必要であります。介護保険制度はある意味で自己責任というのを念頭におきつつ、一方で社会連帯を考えながら、高齢者全体の自立を図っていこうというものなのです。
 介護ビジネスへの期待ということにつきまして、特に事業者との関係で言いますと、介護保険制度の中では、事業者を指定するという制度を設けております。これまでの福祉サービスのように、行政が事業者に委託して、委託をされた事業者からサービスを受けるという仕組みから、一定の基準を満たした事業者に対しては都道府県知事が指定をし、指定をされた事業者のどこからでもサービスを受けることができるというものに変わります。サービスの上乗せ、横出しというサービスの形で、他のサービスと組み合わせてサービスが行われる場合であっても、保険の部分は保険から給付されます。上乗せの部分は自己負担となるというもので、こうして組み合わせたサービス利用も制度的には可能です。このように柔軟なサービスの利用が可能となります。併せて提供主体の多様化といいますか、これまでは社会福祉法人中心であったところを、基本的には法人格があれば、あとは基準を満たせば参入ができる仕組みにすることによって、より効率的で柔軟なサービス提供を可能にするといったねらいがあります。
 現状ということでは、そもそも介護保険制度をめぐりまして、与党間でだいぶご議論がありまして、特に保険料の負担をめぐりましては、半年間は徴収しないというようないろんな意見がありましたが、ご意見を受けまして、政府としての対応を11月初めに出しました。
 現在それを踏まえまして、介護保険法の円滑実施に努めていこうというところであります。基本的には、多様な民間事業者の参入を促していこうというところのスタンスは変わりません。数的なことでは、11月初めに臨時で調査しましたところ、在宅の事業者で約5000件、そのうち株式会社、営利法人が1500件ほど、社協以外の社会福祉法人が1500件、あとは医療法人、社協などその他法人から申請が上がってきています。ただ社会福祉法人はこれまでサービスを提供しておりましたので、手を挙げるのが早いと思うのですが、これから新たに参入してくる営利法人は多いのではないかと期待しているところです。
渡邊  どうもありがとうございました。また、今の点を踏まえた議論は、後ほど頂くことにいたします。引き続いて、西さんより本座談会を進めるうえでの、問題提起となる論文を書いて頂いておりますので、ポイントとなる事項についてお話をお願いしたいと思います。


産業化に向けた3つの課題

西  最初にこの論文を書くにあたっての私のスタンスを申しますと、福祉分野の産業化を推進する立場と受け取ってください。しかし、完全に市場化させているわけではない社会保険という枠の中で、福祉の産業化を進めていくことになることから、いくつかの問題点が存在するということは指摘しておきます。すぐ頭に浮かぶのは薬でして、薬は完全に市場化されていないことから、医療保険の庇護のもとで日本の製薬会社は国際性が全く無く、国内産業としてしか成長しなかったのです。社会保険のもとで産業化していくのに気をつけなければならないのは、社会保険が庇護しすぎると、国内産業としてしか成長しないということです。これからの時代としての国際化を考えると甘い期待を持つことはだめで、介護保険の外の分野でもきちんと産業として成立しなくてはいけないという気持ちで書いております。
 そこで最初の問題提起として、通産省の資料などにはいろんなことが書かれていますが、社会保険というのはそんなにバラ色ではないということを申します。価格というのを市場で決めるのでなくて、雲の上で決まった価格に従わなければならないことが大きな問題点です。ホームヘルプ事業というのが在宅介護のメインになっていますが、私は介護福祉士の学校の校長もやっておりまして、今の社会では介護福祉士の資格を持っていない人が多数参入してきているという状況を把握しております。これは人が足りないのであって、きちっとしたトレーニングを受けているとは言えない人たちが、たくさん入ってきています。そして厚生省が定めた単価では、常勤の若い人達を雇えるかという点に危惧があります。「卒業生が安心して働ける場を作れ」という学校で教えている個人的な立場から発言しているのではなく、少しでも給料を高くして、社会的にも若い人たちが喜んで常勤で働ける職場を用意しておかないと、パート中心では産業としては発展できないことは確実で、その観点からの指摘です。しかもパートで働く人をきちっと指導する常勤の職員が非常に不足しています。その点からも雇用の拡大というバラ色にはなかなか繋がっていかないのです。常勤の若い人を入れて次の時代を担えるような産業にするための環境整備が必要なのです。
 二点目としては、人間によるサービスを省力化・効率化し、バックアップする機器の製造分野については将来性があるものの、現段階では、人間工学など人間に代わるロボットの活用等についての研究開発は進んではいないのではないかという点です。何故ロボットかと言いますと、福祉の仕事で一番重要なのは人間と人間との触れ合いで、それを大切にするためには、人間以外の業務を他のものに代えていくことが必要です。事実、犬とか動物を使って、介護する人をサポートするという試みがなされていますが、将来を考えれば、介護者をサポートするロボットを積極的に開発してもいいのではないかと思います。先進諸国の中でも日本のロボット技術は進んでいますから必ず使うことができると思います。産業分野のロボットは人間とロボットが一緒に働かないことが前提ですが、この分野は人間とロボットとのインターフェイスが重要なので、その辺を配慮しなくてはいけないのですが、最近ロボットの技術が進んでいるから期待できると思います。ロボット以外でも人間の仕事を効率的にする分野に積極的に目を向けて、ホームヘルパーの専門性、技術性を高める観点からバックアップする必要性があるかと思います。
 もう一点は、福祉用具や福祉器具といった「もの」に関しては特定の人の用品という限定した考え方ではなく、バリアフリー、ユニバーサルデザインの意識をもっと高める必要があるという点です。日常生活用品の売り場でも簡単に購入できるような「もの」にしなければ、この市場の可能性もそれほど期待できないのです。現状では限られた流通ルートでの非常に限定された市場ですが、高齢者や障害者向けだけでない幅広い消費者を想定した日常生活にも利用可能な商品としての開発、流通システムの構築が必要であると思います。バリアフリーやユニバーサルデザインは、通産省でも盛んに言われるようになってきましたし、例えば西武デパートの障害者用品売り場は非常に優れていて、東京の中では非常に高く評価されています。担当者からは、どこの売り場でもユニバーサルに置いていきたいと思っているがなかなか難しいという話を聞きました。やはり将来の方向としては、そちらに向かわないといけないのではないかと思います。最近は、障害者もマリンスポーツなどいろんな分野で町に飛び出してきています。そうゆう点からしても、ユニバーサルデザインという意識を浸透することによって、安定した市場の中での積極的な産業として育つことができるのではないかと思います。
 要するに、介護保険のプラスの部分を考えた場合に、それをよりプラスにしていくために、人材の教育訓練、人材を雇用できる市場をどのように作っていくか、人材をもっと効率的にしていく分野をどうしていったらいいのか、そこでいわゆるグッズやその他の機器を広く開発し流通できるかということが問われているのです。
 国際的にも高齢化の問題は先進諸国だけでなく、中国でも身近な問題となっています。その点からも日本で高齢社会を支えるための制度面のみならず、実際の技術的な面、産業的な面を早急に開発していく必要性があるのではないかという観点から論文を書きました。論文では紙面の制約もあり、また原稿に書くとなると多少論理的、実証的に書かなければならないので、堅くて面白くない論文になっていますが、ここでは自由闊達に議論していただければと思います。
渡邊  ありがとうございました。それでは、最初に挙げられた点、介護の報酬体系のもとでパートの雇用拡大はあるかもしれないが、常勤の部分についてはなかなか若者に魅力のある職場にはならないのではないか、雇用の拡大に今のままではうまく繋がらないのではないかという点について、老人福祉施設の経営者として現場で取り組んでいらっしゃる立場から、石原さんと山田さんにご意見を伺いたいと思います。それではまず石原さんお願いいたします。


基礎教育を重視する

石原  20数年前から介護の仕事に取り組んできましたので、過去と現在の状況、これからについてお話したいと思います。昭和51年に特養をスタートした時には、何の資格も無くて、介護は誰にでもできるのだという大前提のもと、そこらへんのおばさんに、お気の毒な人たちに哀れみだとか同情といった、いわゆる優しい気持ちさえあれば、誰にでもできるのではないかという状況でした。それだけでは、たまたまそこの中にいい人が混じっていればいいのですが、そうでない場合は、お年寄りの側にすれば、誰が夜勤するかによって安心な日や不安な日があるといったように、基準があいまいで、そのような社会情勢の中では専門性の必要性を社会自体も考えられませんでした。これから介護保険の時代になりまして、介護計画ケアプランを立てる時代になってきますと、ただ優しいだけとか人柄がいいというのでは対応できなくなってきて、専門性が求められてくると思います。介護計画を作るのに、見通しがあるとか、知識の引き出しをたくさん持っているとかでないと、きちっとした質の高い介護計画が立てられません。寝たきりの方を寝たきりの状態にせずに、いかにおしゃれをして頂き、車イスに移って頂き、家の中とか地域の中で移動した生活が可能にできるか、痴呆のお年寄りの問題行動は、お年寄りが問題なのだという捉え方ではなく、問題行動を良くするためには、どうゆう介護の手順の計画を立てて、問題行動を軽減していくか、などを考えるには相当の専門性が必要になってきます。私は介護福祉士と作業療養士の学校を持っていますが、この分野は、人間学といいますか人間相手の仕事ですので基礎教育からきちんと積み上げた教育システムが必要だと思います。介護福祉士のコースは、人間相手の仕事であるときちっと認識して入ってきてくれていて、お年寄り相手の仕事であるということを覚悟しているのです。それでもお年寄りの重度の方に接するのは心が痛むという人、心理的にどうしても近づけないという人は、ふるいにかけられていくのです。一方、作業療養学科に来る学生の中には、学力がどっちこっちということではありませんが、自分達は資格を取ったら、将来先生と呼ばれるのだということをうすうす感じていて、頭で勉強しよう、そこだけでいいのではないかと思うような学生が多いような気がします。たとえどんな専門分野であれ、原点は障害を持った方にどう接することができるか、本来はそこなのです。生徒を毎週現場に出していますが、コースによってキャッチの仕方がやはり違うのではないかと体験的に感じています。例えば教員なんかでも実践で非常に高いレベルのことをできる経験を積んでいる人でも、資格で落とされて、ペーパーで例えば大学院を出ているとか、教員の経験が何年あるかで、教員の基準がそこで決定されてしまうことがあるのですが、その辺に、学校をやっていまして非常に矛盾を感じています。私はもう少し現場というものを分かっている人に何らかの形で道をあけて頂いて、人間理解という基礎教育を大切にしたシステムにしなければならないと思います。
 そして、これから在宅介護というのが重要になって、絶対量が増えてきます。施設は常勤で雇える率が高いのですが、在宅の場合は常勤とパートの率でいうとほとんどがパートでなければ継続できません。私がアメリカ視察で行った在宅介護をやっている企業では、1800名の社員がいる中で、ホームヘルパーの比率が7分の1でした。何故かというと、訪問看護婦とホームヘルパーの収入を比較すると、ホームヘルパーの収入が5分の1しか無いからなのです。しかし北欧などでは、ホームヘルパーと訪問看護婦の比率は10対1か1.5くらいで、利用者サイド、住民の必要性から申しますと、訪問看護婦よりホームヘルパーのほうが10倍くらい本当は必要なはずなのです。にもかかわらず、アメリカでそうゆう現象が起きるのは、ホームヘルパーがそれだけの社会的評価しかされていなくて、収入につながっていないために発展していないのが現状です。その辺のところを今後システムとしてどう整えていくのかというところが問題だと思います。
渡邊  2つの大きな問題、教育の問題とそれに絡んで資格の問題、報酬の関係でいきますと特に介護は需要が多いにもかかわらず、報酬が低いとなると需要と供給の間でミスマッチが生じるという問題が提起されました。それでは引き続きまして、山田さんお願いします。


リーダーシップのとれる人間の養成を

山田  教育の問題を片づけてから介護に入っていかないと大変なことになるということを、以前から思っています。社会福祉学科という名前がついた学科のある国公立大学がいくつあると思いますか。10校は無いと思います。そうゆう中で、社会福祉士だとか介護福祉士を資格にしようとしているわけです。そこに流れ込んでいるのは専門学校なのですが、これは大きな間違いを起こすと思います。看護学校のことを考えてみればわかるのですが、現在准看を無くそうとか、正看を充実させようかという状況ですが、かつては足りないから医療法人で専門学校を作っていいですよと、中学卒業して専門学校へ2年間行けば准看になれる制度を作ってしまったのです。それがずっと尾を引いてあまりにもレベルが低すぎるので、准看を無くすとともに、正看護婦も短大、四大にしなければいけないという議論が、盛んに行われています。それと同じ問題が社会福祉士、介護福祉士にも起きようとしているのです。確かに高齢化が急に来てしまったから間に合わないというのはわかりますが、社会福祉がどうゆうものかというのを、もう一度原点から学問として教えないといけません。今までやってきた社会福祉のやり方というと、お上が決定してこうやれと言われてやってきたというのが現実です。「介護というのはそんなものではないよ、福祉はサービスになったよ」と、急に言葉を変えたところで、現場はついていけないのです。考え方を変えようとしても、リーダーシップを取る人間がいません。リーダーシップをとる人間を養成しないで、「それ現場で人を作れ」といって右往左往させるのでは、最初に言ったように、准看制度と正看制度で混乱して困っているのと同じように、10年後に介護の面で起こると思います。ですから、教育問題の原点をきっちり押さえて介護保険に入っていかないといけません。保険でやっているから余計怖いのです。というのは、医療保険でも同じですが、訴訟の問題がありまして、無資格・有資格の問題が、その病院を閉鎖に追い込んでしまう現在、医療も福祉も企業が入っての状態で、介護も同じような状況に追い込まれていくことが予想され、非常に危惧しております。
渡邊  サービス産業に入るその入り口の所で、そもそもサービスを担う社会福祉士、介護福祉士の養成のあり方、教育のあり方について発言が出ましたがその辺についていかがですか。
西  お二人がおっしゃったはその通りなのですが、別の見方からしますと、制度はスタートしていてこれからどうするかという状況であり、教育問題については、私達研究者の社会的責任だと思っております。事実医者の場合、医科大学の教授というのは患者を診ているのが仕事で、社会福祉の教授というのは、歴史や哲学、社会学、法学などを勉強していた人が多かったのです。しかし最近社会福祉の中でも、介護の実践をしてきた人がようやくぼつぼつ教授として出てきました。大学自体がそうゆう人達を増やして指導者を養成しようとするのが、数少ないのですが出てきました。そうして指導的役割を果たす人材をまずは養成することが必要です。それから、看護婦の方ですが、福祉に関する基本的なことさえ知らないという状況からすると、看護教育の中で、福祉にもきちっと通じる人を育成することが必要です。ドイツの場合は、老人介護士(老人看護士)といって看護協会に所属して看護婦の資格を持っています。そういうように両方の資格の相互乗り入れを考えて積極的に考えています。今早急にすべきことは、指導者となる人を確保していく、あとは今までと同じように、簡単な教育で人材を埋めていくことで、指導者無しでは、人材を埋めていくことは、危険だと思います。責任は教育を担当している我々が、もう少し広い視野で次の教育のあり方を検討していかなければならないと思っています。
辺見  ホームヘルパーに関しましては、養成研修1級、2級、3級とありますが、ホームヘルパーというか訪問介護の指定基準を議論する際に、3級の取り扱いについて審議会においてだいぶん議論がありました。つまり、指定事業者としては2級までにとどめるべきだという議論です。結果的に指定基準としては3級のホームヘルパーも含めることになりましたが、3級に対しては若干低めの報酬設定を考えるということで準備を進めています。一方で3級の研修について、時間を減らすべきではないかという議論もあります。これは雇用とか産業とかの関係もあるわけですが、介護の充足率というのが全体で3割くらいで、これはニーズが上がってきていないのと供給が上がってきていないという2つの理由がありますが、介護労働力を確保していくというのが一方で重要なことです。そうゆう観点から経済界を中心に3級ヘルパーの養成時間をもっと緩めてもいいのではないか、そうすることによってヘルパーに参入しやすくしてはどうかという提言もありました。審議会の議論では、むしろ介護の質を高めることの方が重要ではないかということで、結果的にはこうゆうことになりました。とりあえず3級というのを入れる形でセットしましたが、報酬を下げる形にはしています。これがこのままずっといくべきなのか、将来的にどう考えるのかについては、今後介護職というのを社会的にどう評価していくのかを含めて必ず議論になってくると思います。
 人の国際化という点に関しまして、近隣諸国の労働力を介護現場で使ってはどうかという話もあります。今の外国人雇用行政のスタンスからすれば、単純労働力はまだ国民的議論、慎重な議論が必要で、専門職種は一定の条件の下に受け入れていこうというもので、そうした中で介護職というのは専門的なものか単純なものか今後見定めていかなければならないと思っています。
渡邊  観点を少し変えまして、介護サービス産業の現状としては、福祉を営利事業としてやっている企業はなかなか経営が厳しいということも聞いております。その一方で今後、制度導入に伴って大きくなる産業として注目を浴び、民間の参入が増えることも期待されますが、参入の動向、産業の将来性という観点から加藤さんにご意見を伺いたいと思います。


信頼性のある市場の形成

加藤  私どもはサービス産業を広く所管しているのですが、今大きな構造転換ということで、特に利用者の視点からみたサービス供給ということを考えていかなければならないと思っています。サービス産業の第3者評価、格付けみたいなことを広くやって、利用者本位にビジネスモデルをできる限り変えていくような環境整備や情報ネットワーク整備をやっているわけです。根本は利用者本位のサービス供給体制のあり方はどうするかということをずっとやっています。
 最近は、医療福祉の分野についても民間の参入とかNPOがその間でどうゆう役割を果たすべきなのかという議論を行っています。医療福祉を統括してケアサービスと広く言っていますが、利用者本位のケアサービスを供給するためには、どうしたらいいか、どうゆう市場環境を整備したらいいかというのが私どもの基本的発想です。今、民間介護生活支援サービス研究会というのをやっていまして、12月中旬に中間報告として、提言を出す予定にしております。提言の内容になることを踏み込んで申し上げますと、まず介護保険制度に伴って、民間事業者、NPOが参入できるようになったということで、当面4.2兆円の市場が登場してくるといわれているのですが、私どもはやはり信頼性のある市場がきちんと形成される必要性があると思っております。 いろんな担い手が持続的に仕事ができ、かつ社会的な評価、あるいは本人もそれに対しての誇りを持てるような市場にしていくというのが信頼性のある市場を整備していくための1番目の要素として必要だと思います。加えて、ケアマネジャーの報酬レベルなり、社会的評価についても併せて議論していかなければならないと思います。利用者本位のサービス提供ということになってくると、在宅介護支援事業者、ケアマネジャーの機能というのが非常に重要になってくると思われますので、それについてどう考えるかというのが一つの大きなポイントになってくると思っています。信頼性のある市場を形成するための2番目の要素は、いい意味でのパートナーシップ、PPP(パブリック、プライベート、パートナーシップ)だと思っています。社会保険という仕組みの中でのサービスということですから、一般のサービスと介護サービスは違います。保険者としての市町村、あるいは都道府県と民間事業者サイドがいかにパートナーシップを築いていけるかがポイントで、利用者に対する具体的なサービスの評価の情報提供をするためにも、事業者からの情報開示も必要になると思います。現在、事業者の情報開示を求める特段のルールをいろんな形で官民連携、PPPの中で整えていくかということを検討しております。事業者にとっては短期的には厳しい要素があるかもしれませんが、利用者本位のサービスが提供される、あるいは評価情報を整えていくことが重要なことではないかと思います。そういったPPPの場が各地域ごとに出来上がっていくということが、ゆくゆくは信頼性のある市場において持続的に利用者本位のサービスが供給されることの大きな前提になるのではないかと思います。
 今まで福祉の世界ではなかなかパートナーシップという状況とは異なっていたので変えていかなければならないというので、関係機関が模索をしているのではないかと思います。それは市町村サイドだけではなくて、商工サイド、具体的には商工会議所、商工会においても同じだと思います。先進的な事例として、札幌商工会議所のように、自らサービス提供事業者や居宅介護支援者そのものになったりというような取り組みを始めているところもあります。これから商工会議所、商工会も介護サービスを含めて高齢者の生活支援という意味で、言ってみればコミュニティビジネスですが、地元密着型のコミュニティビジネスをいかに起こしていくかが問われています。その時に福祉サイド、医療サイドの方々と、商工事業者との連携がどうしても必要になってくるのですが、現在、連携をできる場が無いので、そういった場を作っていかなければならないと思います。私ども中小企業基本法の改正をやっており、その中で新規開業支援策を従来とは違った形で抜本的に強化するということにしているのですが、特に異業種、この場合だと商工と福祉の連携促進、ネットワーク化ということについても、いろんな形で支援できるようなメニューを取りそろえています。地元に密着した形でのPPPの形成、それによって本当に市場を動かせるプレーヤーが育つような場づくりが必要だと思います。
 やはり、介護サービスだけに限定して考えると、市場は発達しないのではないかと考えています。各種の生活支援サービスや健康増進のためのサービス、生き甲斐づくりのためのサービス、医療サービスなども含めて、トータル的なケアサービスととらえて、その上での信頼性のある市場の育成、そのために何をやっていったらいいのか、政府・自治体は何をやっていくのか、民間事業者は何をやっていくのか、最終的にはPPPはどうやって形成できるのかなどが、ケアサービスとして広く考えていく時代に来ていると思います。
 こうゆう介護保険制度ができあがったというのはある意味では画期的ではあるのですが、この制度を契機として、ケアサービスの市場育成、地元におけるコミュニティビジネスの発展、利用者本位のサービス提供ということを考える時期にきていると思います。
渡邊  商工会議所、商工会が地盤沈下などの問題を抱えている中で、この分野の役割は地域との関係という意味では非常に重要だと思うのですか、こうゆう動きを起こされているところ、声を掛けて全国的に展開しているような商工会議所、商工会はあるでしょうか。
加藤  札幌商工会議所以外では、東京商工会議所が母体となって、東京都からNPO法人の認証を受けていますが、「生活福祉21」という日本全体をカバーしている組織体を作っています。具体的には、福祉住環境コーディネーターといって、高齢者の介護、医療、住宅のリフォームなど、高齢者が自立して生活できるためのコーディネーターを養成しているもので、既に7千人登録しております。また、情報ネットワークで市町村事業者をつないでいこうというような取り組みも始めています。しかし総じてまだまだという感があります。
 日本商工会議所レベルでは、全国の商工会議所が集まったワーキンググループが出来上がっています。これまでの商工というと、本当に従来型の商工の枠の中で、地元の経済を活性化することを考えてきました。これからは、福祉あるいは元気な高齢者に対するきめ細かなサービス提供といった地元のコミュニティビジネスなど、新しい領域にチャレンジしていくべきではないかという問題意識を持って真剣に議論していただいています。ただ、福祉、医療の方々と商工会議所サイドの連携は、市町村の福祉、民生サイドとのコンタクトはほとんど無かったのです。例えば商店街の空き店舗を改装して、高齢者の全てのニーズを満たす「生活福祉コンビニ」的なことをやろうという構想がある場合、これを具体化させるには商売だけの発想ではできなくて、人間の身体だとか、精神だとか、心とかそうゆうもののケアできる人と一緒にやらなければ事業としてできないのです。うまく連携プレーを図って、それをだんだん積み上げていくと先程のPPPになっていくのかと思います。
 町村の商工会のほうにも、全国商工会連合会という組織がありますので、同じような検討をお願いしているのですが、むしろ町村の方は民間事業者がなかなか参入してくれないという悩みを抱えているのです。介護だけであれば公的セクターで対応する部分もあるのでしょうが、今後ケア産業として、高齢者の生活支援だとか、健康増進とか、生き甲斐増進だとかを考え、これを公的なセクターがやるというのではなく、民間の地場産業としてコミュニティビジネスを発展して、きめ細かくサービス供給してもらうようにすべきです。そのサービス供給者とともに、利用者の代理人的な立場に立って、利用者として何が必要かというのをきめ細かくわかりながら、事業者との間に立ってサービスの提供のあり方について交渉できる人、こうゆうものを介しながらケアサービス全体を提供していくというのは大事です。現在、新しい取り組みを開始したところです。
 今関心が盛り上がっている介護保険制度は、商工事業者のマインドを転換させる革命的インパクトがあると思いますし、我々からすればそれを中小企業基本法の大改正の中で、中小企業対策を抜本的に見直して、従来は団体を作らないと中小企業として支援できなかったところを、緩い連携グループみたいなところも支援できるような形で、言ってみればネットワーク化の支援みたいなものをやりつつあります。この分野においてもこれを使ってもらえるのではないか、事業者もやる気になれば我々としても支援できるのではないかと思っています。
渡邊  それでは次に、福祉用具、介護機器メーカーとしての実際の開発現場にいらっしゃる 浅野さんからご意見を伺いたいと思います。


心のケアをロボットで

浅野  要介護者が介護機器を使う目的といたしましては、自分で出来ることが増えること、安全を確保すること、そして介護者の身を守ることなど大きく3点あろうかと思います。しかしこれらは当たり前のことでありまして、今後介護保険施行後は、事業者の生産性を上げるということが、介護機器のメーカーとしての大きなテーマになろうかと思います。
 介護保険制度が施行され、介護機器に対するニーズが高まる状況が予想される中で、介護機器においては、レンタルサービスが中心になるかと思われます。その様な中、レンタルサービスの事業者が営業展開をスムーズに図るためには、適正な在庫が必要であり、また介護保険制度のサービス指定事業者ということであれば、消毒が義務づけられていると思います。このようなことから、コンパクトに収納が可能であり、搬入・撤去が簡単であることが、事業者の生産性を高めることにつながっていきます。また、軽量化を図ることも大変重要なことです。しかし、要介護者の安全が確保されていることが原則であろうかと思いますが、この辺に着眼点をおいて開発を進めていきたいと思います。今後、主婦を中心として福祉の現場で働く女性が増加していくことは間違いないことだと思います。そのようなことからも介護機器のコンパクト化・軽量化・組み立てやすさなど、使用者が簡単に使用でき、しかも安全面を充分に配慮して開発を進めていかなければならないというのが第1点であります。
 それから実際に介護機器を用いて事業を行う在宅福祉サービスとして訪問入浴サービスがあります。移動入浴車を用いて在宅の高齢者へ入浴サービスを行うわけですが、浴槽の軽量化・コンパクト・給湯排水時間の短縮・消毒の行いやすい素材の選定といったことも、これからますます進めていかなければならないことだと思っております。私どもデベロは昭和47年に移動入浴車を全国で初めて開発いたしました。今後につきましては、サービス事業者の皆様の効率化を図り、事業収益の向上に役立つ移動入浴車の開発に努めていきたいと考えております。
 そして、今後ますますクローズアップされてくることとして心のケアの必要性があろうと思います。介護保険制度の実施を前にして、介護はプロに心のケアは家族にと言われています。在宅介護サービスを拡大されている事業者の方は多いかと思いますが、一方で心の問題というのは、非常に深刻になるかと思います。今後、家族の関係というのは希薄になっていくと思われます。そこに経済の低迷による雇用の問題なども大きくかかわってくるかもしれません。その様な中で、バービーちゃんが売れていて、ソニーのアイボ君も爆発的な人気のようです。これらについては、直接シルバーマーケットの中でのヒット商品ではありませんが、平均寿命が延びてくる中、伴侶を亡くした後、長きにわたって1人で生活するなかでロボット技術を活かして心のケアをしていける機器として、非常に潜在需要があるように思います。
 また、高齢化が進み若年層は減っていくわけですので、労働力の確保という意味から福祉の現場においても、海外の労働力の輸入を考えていくべきではないかと思います。東南アジアの国々には、非常に親を大切にする国がたくさんあると聞いております。今後は、外国人のヘルパーさんに対しても解放的になるのではないかと思います。このような外国人の就労問題も緩和される必要があると思いますが、その様な人たちが住みやすいまちづくりも進めていかなければなりません。
西  介護を独立した分野として考えると、いろいろ問題があるのですが、広い産業分野で考えると、健康増進といったケア産業の一部分として捉えると、赤字部門があったとしても企業としては成立する事が可能かと思います。年とった時に、安心感を持てるという点からいうと、企業の信頼性という点が重要なポイントになるかと思います。その意味からすると、介護だけで採算性を問題にせずに広い分野で採算を取れるようなシステムを持っていることが必要になるのではないでしょうか。
 実際に医療行為を見ていても、赤字か黒字かは病院全体として経営が成り立つという考え方で、個別の分野については赤字、黒字という部分は考えていないので、生活全体を支援するという視点にすれば、介護部門の多少の苦しいのもクリアーできるのではないでしょうか。
 今までの本業ではやっていけなくなったが、介護がビッグビジネスになるので、そこでどうにかしよう、この介護分野に入って何とか活路を見出していこうという企業では厳しいし、期待できないと思います。今までの部分はある程度安泰だけれども、しかし発展を考えると高齢化に向けて参入したほうがいいと考えて先行投資のつもりで入ってくる企業が多ければ、この分野も逆に伸びる可能性が出てくると思います。
 商工会、商工会議所など地元の産業に係わっている人が、福祉にもっと係われるように行政は段を降りて、商工会や商工会議所と仲良くしながらやる姿勢をとってもいいのではないでしょうか。私は青年会議所とよくつき合っているのですが、お金は親父が稼いでくれるので、自分たちのクリエイティブなことをどんどんやっています。福祉の分野なんかにも入り込んでいるのは事実です。但し、青年会議所は連続して継続して事業を進める母体ではありませんので、発案したものを引き受ける場所を是非用意して欲しいと思います。40歳で定年で、新しく出た芽が萎んでいくのです。その芽を伸ばすようなことをすれば、福祉の分野も多分に入って来るのではないかと思います。この主題と少し離れるかもしれませんが、あまり介護、介護という方向にいかないほうが、明るい将来が見えるような気がします。
加藤  介護の話というのは、非常に重要で、やるべきことは多々あると思います。その中であえて申し上げますと、予防とか健康増進の重要性を今こそ指摘しなければいけない時期だと思います。やはり介護の状態にならないようにするために、いかに地域のなかで関係者が連携を図っていくか、そのための仕組みづくりが重要だということです。東京都足立区では、介護の予算の一定割合を予防のために回そうというルールを決めています。自治体の中には、介護の方には予算が回っても、予防とか健康とか重要なことはわかっているのですが、なかなか予算がいかないという実状があると思います。それを一定のルールを決めて、介護事業をやるうえにおいては、健康増進事業も併せてやっていこうということでやろうとしています。あるいは、健康増進をした高齢者の人に一定のインセンティブを与えていこうと、自治体がいろんな形でインセンティブを与えてあげる、民間もそれに連動する仕掛け、知恵が今求められているのではないかと思います。健康とか予防とかいうところを併せていくと、介護だけでなくて医療も取り込んでいこうということになっていくし、それだけではなくて、高齢者の生きがい増進が本当は必要だということで、だんだん話が発展していくのだと思います。今、介護保険制度の中で信頼性のある市場をきちんと作っていく、純粋な民間マーケットとは違いますので、きちんとした環境整備をするというのが必要です。それに加えて、予防とか健康づくりの仕掛け作りが必要なのだと思います。さらには高齢者の生きがいづくりのようなコミュニティビジネス興しみたいなことを考えていかなければならないと思います。そうゆう大きな発展戦略の中で、今の介護を考えていくことが必要になるのです。
 さらに、商工会議所、商工会、青年会議所を主体とした事業者、NPO の人達が、将来の発展戦略を踏まえたうえで今何をすべきかを考えていかなければならないと思います。
石原  介護を考える時に、家族介護にも報酬を出そうという話があるのですが、そこには寝たきりの人は寝ているものだというのを前提にしてしまっています。寝たきりの人は寝かせっぱなしにした方が要介護度は高くなるのですが、本当は寝たきりの人をきちんとケアして手をかけると軽減したり活発になってきたりするのです。重度だけど、これだけ手厚くするとここまで軽減するというのが現実にあるのです。ここの所に手厚くするというのが今までの制度の中にないものですから、重度のところだけを見てしまうところに大きな問題があると思います。かつて民間の保険会社も介護保険を出したことがあるのですが、どれだけの間寝たきりだからこれだけ出るというのでした。寝たきりにしてはいけないのに、寝かせっぱなしにするからあとでもっとお金がかかるようになってしまうのです。必要なところにお金をきちんとかけるシステムにしなければいけないと思います。


意識革命が必要

山田  加藤さんの言われたことは非常にいいことだと思うのですが、残念ながら10年遅いのです。私は10年前にそれを言っていまして、それを厚生省が一時取り入れたことがあったのですが、厚生省は健康増進についてもう一つ踏ん張れなかったのです。通産省のそういった意見が10年前に厚生省とリンクしていれば、非常にいいことができて今のように介護問題で切羽詰まった状況にはなっていなかったと思います。10年前に厚生省で健康増進施設というのを打ち出していまして、当時、私は岐阜県でも第1号の施設を作りました。いわゆるメディカルフィットネスというところに着目して、21世紀のフィットネスはこうあるべきだという命題で作って、今も続けているのですが、一緒にやってきた他のほとんどのところが潰れてしまったのです。何故かというと、若い人を対象にしたフィットネスクラブは残っているのですが、医療的なところを加えて病気にならないように健康増進を目的としてやったところはほとんど残っていないのです。流行に乗れなかったというか、その頃は若い人はファッションの一つでフィットネスクラブを見てたのです。厚生省のもう少しの踏ん張りが10年前にあれば、今言われた通りのことが、すでに行われていたのです。アメリカでヘルシーピープル2000というのがありますが、それのスタートラインの時でした。そこにいましたが、当時今やらなければだめだということでスタートしたのです。
 過去のことはともかくとして、今後どうするかについて、やはり厚生省、通産省、労働省が一緒になって働く人達の健康増進というものを考えたほうがいいです。介護といってもたかが、介護の対象になるのは高齢者の人口の1割で、9割の人が1割の中に入らないようにする方を考えることが重要だと思います。当然介護保険は大切で、介護ビジネスも大切ですが、プレホスピタルケアとしてもケア産業の考え方でなければいけないと思います。介護ビジネスというと、何だか人の弱みに突け込んで仕事しているように思われがちなのですが、健康づくり産業となれば全国民がそれに乗れるのです。介護というと、若い人はまだまだ先だと思ってしまうので産業として成り立たなくなってしまうのです。
 もう一つは意識革命です。意識革命の中で、先ほど商工会等の話が出ましたが、それは非常に大切なことです。介護ビジネスという言葉はありますが、まだまだなじんでおりません。福祉ビジネス、医療ビジネスという言葉は、現在の日本にはありません。福祉関係者、医療関係者が手を取り合って介護に取り組んでいかなければならない時に、介護がビジネスだと言われると医療、福祉関係者は一歩も手が出なくなってしまうのです。われわれが仕事をやっていても、「何だ介護で儲ける気になったのか、今までのポリシーは何だったのか」と言われてしまうのです。何も金儲けをするためにやるのではなくて、介護する人・される人を、助けようと思ってやっているのですが、ビジネスという言葉自体が、日本では医療福祉の人達にとっては何となくさわってはいけないタブーだという意識が強いのです。これを打破しないと、介護ビジネスは発達しないと思うのです。実は私どもの病院が商工会に入ろうとした際に、「商売でないので商工会に入ってはいけません」という返答だったのです。そうではなくて医療経済というようなことも考え、町一体でやっていかなければいけないということで結局入りましたが、「商工会に入って儲ける気か」といった反応がくるのです。それでは日本の医療福祉は進まないのです。私は岐阜県の経済同友会にも入ってやっていますが、ドクターサイドからは、「何でそんなところへ入っているのか」と言われる時があります。「医療経済は大切で、そこでの産業おこしというのが21世紀には絶対あるはずだ」と盛んに言うのですが、なかなか認識してもらえないのです。アメリカのGNPの約1割が、医療福祉分野で占めているのです。日本ではなかなかそうなっていかなくて、それは結局医療がただだとか、介護はお上でやってもらえるものだということで定着してしまったからなのです。これを意識改革できれば、すごいところまでビジネスとして繋がっていきます。最近は、これまでの制度からはすこしづつ規制緩和がされているので、岐阜県だけでも、経済おこしということを考えるならば岐阜県は違うのだというところをどんどん県サイドでもPRして、景気の起爆剤としてやっていけば、かなりのところまではいくと思います。


利用者本位のサービス提供

加藤  今までビジネスというとお金儲けという意識があって、医療福祉の世界ではビジネスという言葉自身が使われにくかったと思います。それを転換するためには、私自身は医療福祉のビジネスは、全人的で最後は人間そのものにかかわるビジネスで、最終的には利用者本位のサービス提供ができるようになる利用者本位のビジネスであるというようにならないといけないと思います。お金儲けのためにサービスを提供して、それがビジネスなのだという観念がある限りは、なかなかうまくいかないのです。もう一次元上に上がって、持続的に事業をやるためにお金はもちろん儲けるのだけれども、それは何のためにやっているのかというと利用者のためのサービスを提供するのだというような考え方がきちんとしなければならないのです。
 プロダクトウエルフェアの議論が最近言われるようになったというのは、サービス提供を公的機関がやることがあれば、NPO、民間企業がやる場合もあれば、社会福祉法人、医療法人がやる場合もあって、それからコミュニティづくりを地域において、きちんとやっていくのだということに連携ができるかどうかが問われているからです。今まではたこつぼが多くて、県の中でもたこつぼ、市町村の中でもたこつぼ、ましてや商工と福祉は全くたこつぼで、お互い顔を見たことがないという状況で社会システムが成り立ってきました。これからはコミュニティを作っていくための連携をして、そこに非営利活動も営利活動も出てくるという形の新しい理念が必要だと思います。
西  これから新しい時代を作っていくにあたって、本当に地方分権として、地方自治が確立していくことをすればもう少し時代が変わると思います。介護保険が地方自治の出発点だと言いながら、政治的な影響のもとにどうしても厚生省からの指示を出さざるを得なくなり、上乗せやろうとしているところ、横出しをしようとしているところが非常にやりにくくなったという状況になってしまいました。どうも政治を含めた霞ヶ関が、たてまえでは利用者本位だと言っているのですが、やっている行動は非常に狭い範囲での利用者本位なのです。ですから、財政の問題は残っていますが、本当の地方分権を進めていかないと、地方分権を確立させていかないと、健康のためにといっても、視点を変えれば、日本人程健康に関心が高い国はないのです。自分の血圧を知らない人は日本中どこへ行ってもいないのです。太ったらいけないというのもみんな知っていて、アメリカで知っているのは、ハイソサエティだけなのです。日本の公衆衛生が培ってきたすべての人の健康に対する配慮なのです。逆に健康増進すれば、介護が必要でなくなるかというと、必ずしもそうではない側面がたくさんあるというのは承知しておいて頂きたいと思います。健康増進や介護が生活の問題に結びついていなくて、霞ヶ関から言われるから健康増進をやるのだということでは長続きしないと思われます。それぞれの地方自治体が主体的に介護を幅広く考えて、行動することが迫られているのです。今の厚生省は、介護保険でせっかくやろうとしていたことが、どんどん後退させられています。また、健康増進について「健康日本21」というのを、もうじき出そうとしてやっているのですが、それについても福祉との融合性がなかなかとれていなくて、悪く言えば縦割りになっています。それを例えば岐阜県は、霞ヶ関の縦割りの弊害を解消して、ビジネスを健康と福祉の方にも入れていいのです。ビジネスというのは、別の言い方をすると効率的にその人のためにという形にもっていくことです。場合によっては岐阜県の県民税を少し上げてそうゆう分野に金を使うようなシステムを形成することは可能かと思います。やはり介護ビジネスにあまり限定しないで、広い形で取り組むことが必要です。
 先ほど石原さんの言われたことについて、状態を良くすると点数が下がるというのは、医者も同じですが、医者の場合は良くすると精神的満足が得られるというのがあって、福祉のほうではそのへんのところが見えてこないからいろんな弊害が出るのです。それは今の制度をちょこちょこなぶるよりも、全体を膨らましていく中で解決していかなければならないと思います。制度がマイナスに作用していることはあるのですが、それを変えることはなかなか難しく、社会が変わることで社会が評価する形をとっていかないと難しいと思います。
辺見  地方分権という視点は非常に重要で、私どもは介護及び生活支援事業ということで、平成12年度当初で130億円、今度の介護保険の特別対策で2倍か3倍になるかと思いますが、市町村が介護及び生活支援に取り組んだ時に補助金を出すということを用意いたしました。私どもの経験から考えて非常に危惧していることは、地方の考え方として介護サービスの周辺サービスの生きがい対策等は理解が得られにくい、民生部局では当然意識は高いのですが、財政部局の理解が得られず優先順位が落とされるというのがあるのです。今回の介護保険の仕組みの中で、要介護者の発生を抑えて介護費用を効率化すれば、全体の介護保険料に影響するという仕組みが、市町村が介護保険者になるという仕組みを取ることによって、内在することができたのです。こういったことをもって、うまく自治体の中で理解を得られるようになればと考えております。
 石原さんがおっしゃった「良くした場合の」というのは、成功報酬ということですか。
石原  そうゆうことではなくて、6ヶ月間寝たきりの人には何かもらえるというシステムをむしろ否定的に捉えていまして、それが住民の意識を後ろ向きにしているのではないかということを言っています。介護する人の立場ではなくて、受けるほうの立場からの話です。
辺見  かつて、頑張った時の評価をしてくれという議論はありましたが、介護の場合は劇的に回復するわけではなくて、維持させるだけでも大変だとか、在宅の場合は誰が貢献したかを判断するのが困難だとかあって、結果的には将来の課題となっています。ただ施設の場合は要介護状態が良くなったからといってお金を出すわけではないのですが、良くなったことがわかる、これは一つの情報開示なのですが、外から評価される仕組みを考えています。


需給のミスマッチをどうするか

渡邊  介護の部分に、民間サービスの役割を期待し、市場性を生かしていくとすると、行き着くところは効率性ということになるのですが、そうすると一方で需給のミスマッチという問題が出てくると思うのです。今までは潜在化していたものが、単に顕在化するだけかもしれないのですが、全国レベル、地域レベルでの需給のミスマッチという問題がどうなっていくのかという点についてはいかがでしょうか。
西  需給のミスマッチというのは、どの産業でもあるかと思うのです。ミスマッチというのはそれぞれの産業が考えていくことで、需給が常にきちんとマッチッングしていたら笑いが止まらない産業で、そんなのはありえないのです。福祉の分野は初めてビジネスとして見ようというものですから、ミスマッチのことばかり気にしてしまうのです。それをどうマッチングさせながらやっていくのかというのがユーザーの立場を考えながら、やっているのであまり気にすることはないのです。
渡邊  例えば、かなり地方の山奥で高齢化率が40%〜50%になろうとする所があるのに対して、介護サービスを提供する主体が主に便利な都会にいるとすると、交通費とか時間コストを考えると山奥にサービスを提供しようとする意欲がなかなか生まれない可能性があります。 そういったところに対して、どうやってサービス供給を確保できるかと言う観点で申しておりますが。
石原  私どもは岐阜県内を対象に、在宅のサービスをしています。つなぎの寝間着は非常に日本では広がっていて、全国の在宅介護支援センターにぶら下がっていて、人間をつなぎの抑制寝間着を着せて人生の最後を送らせています。岐阜県の人は、最後はそうゆう寝間着を着ないで死ねるようにするということを私どもの究極の目的としています。可能かどうかわかりませんが、それを達成させるために県内の事業者であろうとして県内にとどまっています。
 岐阜県というのは非常に過疎が多くて、辺鄙な所が多いのです。今、揖斐郡という過疎の村が多いところで研究グループを作って勉強していまして、非常に不便なところで、なおかつ最も経費を抑えながら介護保険だけでは不可能でしょうから、それにどれほどコストを乗せるか、協力してお互い歩み寄っていけば、効率的にサービスを行うことが可能かという研究をしていまして、最終的には数字をきちんと出したいと思っております。他から入手することはできないのでそれは自分たちでやらなければならないと思ってやっています。一番のネックは、そうゆう地域ほど、行政や住民の意識が我々の必死な思いに比べて乖離しているのです。自分たちは介護が必要になれば、そこの村を出なければならない、我々は死ぬまでそこに住ましてあげたいと思っているのですが、住民サイドは世間体だとか人様のお世話になるのはといったことが意識の中にあって、町へ出ている子供もそんなのがあって、引き取るつもりですというのがあって、お年寄りにしてみればあきらめの心境というか、そうゆうミスマッチがあるのです。そこをどう埋めていくかというのが、一番大きな問題になっています。
浅野  私どもの会社があります茨城県も、県北の方は山村過疎地がありまして、介護保険制度の中で、一般の市町村よりも介護報酬が高くなるところがあるかと思います。私どももサービス提供をしている会社がありまして、水戸と土浦に営業所がありまして、現在片道50キロメートルのところまで、入浴サービスに伺っているというケースもございます。事業者としてみれば、4月以降どうゆうふうにしていったらいいのかというところで、非常に悩んでいるところです。介護保険の対象者は、時間の要望というのがあるかと思うのですが、それに応えなければいいサービスには繋がっていかない。これを踏まえますとコストは上がると思うのですが、その辺のコストパフォーマンスをどうしていくのかは人件費の比重が大きな事業ですので、重要な課題だと思います。その辺をうまくコントロールしていかないと、現状では山村過疎地のサービス提供は非常に厳しいと思います。今までサービスを受けられたものが、受けられなくなってしまうというのも無きにしも有らずかとも思います。
西  山村過疎地の問題というのは、介護保険だけの問題ではなく、山村過疎地をどうするかということの基本がないことにあると思います。ただ金を配っているだけで、本当にそこで生活を支えることは何なのかということを詰めて考えないと、逆に僻地の指定を離れると、金が来なくなるから困るというのです。金だけで山村過疎地を守れる時代では無いはずです。
 人間の心の問題ですけど、かつての豪雪地帯では冬になれば高齢者や病人などは町へ降りてくるのが、当たり前の社会でした。今は皆山奥でもどこでも本当は生活できないのに年中生活できるような錯覚を持っています。都会までは来なくても、山をおりた町の中心部で生活できるような仕組みを、真剣に考えないといけないと思います。一方で山林防衛隊のようなものを組織して、山村僻地問題について、もっと真剣に考えないと、厚生省の介護担当でうまくやろうとしても無理で、ある程度過大なお金をかけてという対策を今の段階ではせざるを得ないと思います。
加藤  今まで、そのような地域はどちらかというと交付税、補助金などのお金で補填するという構造の中できたわけですが、介護保険制度の意味したところは、お金で解決するのではなくてサービスで解決するのだといったときに、お金での補填のメカニズムの限界が出てきたのです。そこに市町村がサービスできるように権限と財源をきちっと手当しかなければいけないのです。お金から現物給付に変わっていったときに、どうゆう地方分権の体制を引いていかなければならないか、真剣に考えていかなければならないと思います。
西  昔開拓地については開拓保健婦というのが派遣された制度があったのです。普通ではやっていけないところでは、人材を派遣する制度を作ってやっていたのです。ホームヘルパーも、学校出たばかりの人をそういったところで2年くらいやってもらうというような制度をつくることも考えられます。ただ2年間生活を楽しめるような環境整備は必要です。そうゆう僻地をささえるサービスのためには、開拓保健婦のような制度も必要かと思います。


介護保険をきっかけに地方主権確立を

山田  自治体のあり方というのが大きな問題で、岐阜県知事は地方分権ではなくて地方主権だと言っています。 介護保険が動き出すのは地方主権のいいスタートラインだと思うのです。このチャンスを逃したら、また元の木阿弥になるのだと思います。岐阜県は99市町村ありますが、その中の首長たちは、介護保険の値段を「隣はどうだ」と言って、隣とのバランスばかり気にしています。あれをまずうち破らないといけません。「うちはこんなに高いのだけれども、こんなに良いサービスケアができるよ」ということを言える首長がどうしていないのしょうか。介護というのは安かろう悪かろうではダメで、いい介護をされようと思えば、当然金がかかるのです。介護がビジネスチャンスというのであれば、サービスを良くすることが一番なのです。そうなれば少々高くても岐阜県が最高のサービスをしていれば、そこから福祉のテクニックだとかビジネスのやり方だとかを発信できるのです。ところがみんな隣を気にして横並びでいる間に、県の担当課が「早く出せ、早く出せ」というものだから、みんな煮詰まらないまま出して、非常に低い水準になっています。これでは絶対良くならないのは確実で、この状況は岐阜県以外も同じだと思うのです。今まで、首長が中央に寄りかかり過ぎていたのです。やはり選挙ですべてが左右されるので票に繋がることしかやらないというところに起因しているのです。ですからこのタイミングが、すべてにおいて一番いい時期です。早く親離れをして、地方主権を実行する時です。あとから振り返っていい時期だったと言えるようにしないといけないのです。
渡邊  介護ビジネスというのはそこだけを見るのではなくて、産業全体を視野に入れて大きく考えることが必要であること、また介護保険制度には地方分権の流れや、中小企業基本法改正における流れと共通したものがあり、その大きな流れの中で、この問題を考えていかなければならないということを感じました。本日は、皆様どうもありがとうございました。



情報誌「岐阜を考える」2000年
岐阜県産業経済研究センター


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