福祉用具関連産業の動向と地域企業の事業展開に向けて

京　極　政　宏
（財団法人　日本システム開発研究所 研究部　地域戦略研究室　調査役研究員）

１． はじめに

　福祉関連分野の産業化への本格的な取り組みが動き出しつつある中、平成１１年８月に通商産業省機械情報産業局長主催の「福祉用具産業懇談会」の報告がとりまとめられた。この報告書¹⁾では、21世紀の新しいパラダイムとなるであろう「多様性の支援」に対応するため、｢思想を持ったものづくり｣の重要性を認識し、図−１に示すフィードバックサークルを産業としての基本的な要件と捉え、それらを構成する機能の向上を図るとともに、このサークルのスパイラルアップ(螺旋状に上昇)を図ることを狙いとして、今後の我が国における福祉関連分野の産業化の方向性及び産業発展のための具体的な方策を示している｡
　また、「福祉用具産業懇談会」では、福祉関連産業を地域密着型産業として捉え、当該産業分野の地域への展開についても、産業化のフィードバックサークルの形成を基本として、地域の積極的な取り組みを強力に支援すべきであるとしている。
　これらの動きに呼応し、各地域においても、福祉用具の研究開発や事業化支援、産業の地域への立地誘導等といった積極的な活動が展開されており、近年、地域振興の中核産業として福祉関連産業分野の集積を図ることを明確化した地域もある。
　ここでは、福祉用具及び共用品に着目して、福祉用具関連産業の現状と今後の動向及び事業展開の一つの可能性について述べる。

（１）福祉用具・共用品の範囲
　本報告書¹⁾では、福祉用具の範囲（図−２）を大きく福祉用具（狭義）と共用品に大別し、福祉用具（狭義）と共用品を合わせた範囲を福祉用具（広義）としている（なお、温水洗浄便座，ホームエレベータ，座席がシフトする乗用車は、福祉用具（狭義）と共用品双方に含まれている。）。福祉用具（狭義）は、家庭用治療器、義肢・装具、在宅等介護関連分野（パーソナルケア関連、移動機器、家具・建具等）、コミュニケーション機器等で構成され、共用品は点字が刻印されている缶飲料や家庭電化製品、音声確認できる機器、操作性に配慮した器具、操作盤の位置を配慮したエレベータ、自動販売機等で構成されている。

（２）福祉用具関連産業の市場動向
　報告書¹⁾によると、我が国の福祉用具関連産業の市場規模は、1993年に在宅等介護関連機器で2,534億円､それを含めた福祉用具(狭義)で7,731億円であったが､1997年度には、在宅等介護関連機器が4,217億円(66.4％増加)､福祉用具(狭義)の市場規模が10,179億円(31.7％増加)と推計されている。福祉用具(狭義)の年平均伸び率は7.1％であり、市場は着実に成長している。共用品の市場規模は、1996年度が10,231億円、1997年度が11,265億円と前年度に比べ10.1％の増加となっている（表−１）。



（３）福祉用具等における流通構造
　福祉用具流通業は、「介護ショップ」、「百貨店・ホームセンター等の一般流通(以下福祉用具一般流通という）」、「レンタル事業者」、「通信販売」等の多様な業態により構成されているが、本報告書¹⁾では、福祉用具の流通部分を主として担っている「介護ショップ」及び「福祉用具一般流通」に着目した流通構造の分析が行われている（図−３）。
　平成10年度の調査結果によると、多くの福祉用具が「介護ショップ」を通じて流通し、主な販売先は、「自治体関係(給付やレンタル)」が41.2％、「福祉施設」が16.7％、「一般家庭」が13.6％等となっている。

　ここでは、先に述べた我が国の福祉用具関連産業に係わる市場動向を踏まえ、地域密着型産業といわれている福祉用具産業と地域との関わりについて整理する。

（１）福祉用具の持つ特性
　福祉用具は、身体機能が低下している人の機能を補完するものであるため、他製品と比べて配慮すべき点が数多くある。福祉用具産業の地域的展開を考えるうえで、福祉用具に求められる配慮すべき点を示すと次のとおりである。
（２）福祉用具産業と地域の関わり
　福祉用具の特性に示したように、福祉用具は利用者の身体的機能及び使用環境に配慮した商品であり、これらの多様なニーズに対応していくためには、福祉用具を供給あるいは提供する産業基盤（必ずしも全生産プロセスをも含めるものではない）が利用者近くに存在していることが望まれる。こうした観点に照らして、福祉用具産業が他の産業分野と比べ地域密着性が高いといわれる視点は以下のとおり整理できる。
（３）地域からみた福祉用具産業への期待
　現在、数多くの地域で、高齢化の進展への対応や産業振興等のため、様々な方策が検討されている。そのなかでも、高齢者の生活の質の向上、既存産業の活用・高度化は地域活性化のための重要な要件である。地域からみた福祉用具産業への期待について整理すると、以下に示すとおりである。
　以上述べたように、福祉用具産業は、地域活性化のための要件を満たす産業であり、地域の特徴（気候、地形、風習、人口構成等）を優位性に変えることのできる産業である。

　地域における福祉用具産業の捉え方の一つの切り口として、福祉用具が利用される場面から考えることが出来る。すなわち、生活場面のなかで、福祉用具が必要（活用）できる場面を「利用者」、「居住環境」、「周辺環境」、「社会環境」の４つに大別して考えるアプローチである（図−４）。

（１）福祉用具関連産業を捉える場面の想定


場面１（利用者）	…	健常ながら身体機能の維持を図るあるいは加齢、障害等により身体機能が低下している利用者自身の自立を支援することを目的とする場面
場面２(居住環境)	…	利用者の生活の中心となる居住環境に着目し、より快適な生活を営むための自立支援及び居住環境改善を目的とする場面
場面３(周辺環境)	…	居住環境と取り巻く周辺環境に着目し、利用者が快適な居住環境から社会へ参加するための支援を目的とする場面
場面４(社会環境)	…	ノーマライゼイションの実現に向け、社会システムとしての快適な社会基盤を整備することを目的とする場面



（２）生活の各場面における地域ポテンシャルの活用
　生活の各場面で求められる福祉用具と地域における既存産業のポテンシャルの活用可能性について整理したものを表−２に示す。各場面における各種のニーズは多種多様であるが、地域における福祉用具産業を各生活場面で捉え、各場面での特性あるいは特徴を的確に把握し､もって､これらニーズと地域の既存産業のポテンシャルを融合することができれば、地域における福祉用具産業への期待に十分に応えることが可能となると考えられる。

（１）福祉用具関連製品の商品アプローチのイメージ
　福祉用具を製品として大きく分けると、図−５に示すように４つに分類することができる。利用者の個別の状況ごとに製品が異なるオーダメイドから、高齢者等に配慮したユニバーサルデザインまで、福祉用具の範囲は大きな広がりがある。
　福祉用具は身近なニーズに対応するため、比較的多品種少量生産の傾向が強い。流通においても対面性が強いことから、企業の規模に関係なく参入しやすい産業と考えられている。ただし、大企業では、これらの個別対応を行うことは極めて困難な場合が多い。
　このような状況のなかで、今後生活の質の向上に対する要求の拡大に伴うさまざまなニーズに対応していくため、地域における当該分野の産業基盤の確立が急がれている。
　折しも、2000年４月から公的介護保険が導入され、利用者ニーズ等の急速な拡大が見込まれることから、利用者の生活の質の向上を図るため、地域企業による福祉用具等の関連製品あるいは関連サービスへの積極的な取り組みに、地域住民から大きな期待が寄せられている。

（２）福祉用具関連産業に参入するポイント
　企業が福祉用具関連産業への参入に向けて検討を始めるためには、図−６に示すように、産業のフィードバックサークルのどのポイントに参入するかを十分に考慮しなければならない。選択の仕方によって、必要とされる技術やノウハウの種類が大きく影響すると考えられ、この違いにより企業が取り組むべき方策の内容も大きく異なる。それゆえ、事業化を図るための第一ステップとして、自らが有するポテンシャルを踏まえつつ、参入のポイントを十分に検討することが肝要である。

（３）企業の現状の把握と参入のために必要な要件
　事業化に向けての参入のポイントを踏まえ、企業が具体的に福祉用具関連産業界に参入するための必要な要件としては、企業そのものが持っている既存技術あるいはノウハウ等のポテンシャルと福祉用具に対するニーズをマッチングさせることが必要と考えられる（図−７参照）。
　具体的には、企業として取り組むべきターゲットを明確化するために、福祉用具等の需要動向や流通動向を把握しつつ、ターゲットに関するニーズや市場性、地域の環境（地域特性等）及び企業の有するポテンシャル等に関する情報を総合的に検討し、どのような場面でどの技術がどのように使えるかを想定・検討し、実用化に向けての問題点・課題を抽出する。これを踏まえ、問題点・課題を解決するために活用できる機能（例えば公設試験研究機関等）の状況を的確に把握し、事業化に向けて取り組むことが重要である。

（１）開発に欠かせないニーズの把握
　福祉用具の特性から、利用する立場の意見（生きたニーズ）を適切に把握し、それを製品開発に活かすことが不可欠である。ニーズを把握できてこそ、身体機能に合った製品、調整機能、利用環境への適応性等が可能になる。


1. 潜在化しているニーズの顕在化
   　我が国の福祉関連産業は、これまで、行政における各種制度の枠組みのなかで市場が形成されてきた。このため、利用者の要望や苦情が顕在化しにくい状況にあり、これが、ニーズを潜在化させている大きな要因であると考えられている。しかしながら、福祉関連産業の成長とともに市場構造も大きく変化しつつあり、公的介護保険制度の導入等を踏まえ、今後、利用者のニーズは急速に顕在化してくるものと考えられる。
   
   
2. ニーズの把握から開発・商品化までの連携体制の構築
   　しかしながら、こうしたニーズが顕在化したとしても、それらが産業界に的確に伝わらなければ、より良い製品は市場に供給されない。このため、図−８に示すように、利用者のニーズを収集・整理してから、福祉用具等の特性を十二分に検討したうえで、開発を行うとともに、開発段階で、再度、利用者等の意見を聞きながら、情報をフィードバックし、商品化していくことが必要である。


（２）地域企業が持つ技術ポテンシャルと福祉用具等ニーズとのマッチング

　地域企業が持つ技術ポテンシャルを福祉用具等のニーズにマッチングすることは簡単なことではない。しかしながら、これまで述べてきたように、福祉用具等が利用される場面、あるいは配慮される要件などが整理されていれば、技術ポテンシャルとの融合の可能性が見えてくる。(図ー９)


1. 異業種交流会や地域勉強会等への参加
   　こうしたマッチングを行うためには、自社の持つ技術ポテンシャルを的確に把握することはもとより、福祉用具等に係わる多くの情報を収集・分析し、その可能性を探ることが必要である。こうした情報収集の第一歩として、地域の異業種交流会や各種勉強会等への参加が挙げられる。こうした異業種交流会は、人的なネットワークの構築とともに、相互が持つ情報をぶつけ合い、問題や疑問を解決する糸口をみつける重要な機会である。
   　なお、こうした異業種交流会の性格は主催者側の意向がその会の性格に大きな影響を及ぼす。このため、できるならば、産業界自らが共通の問題意識のなかで、相互に連携しながら、自由な情報交換、情報衝突が行える雰囲気づくりを行うことが必要である。
   
   
2. 福祉の専門家へのヒアリング
   　具体的なニーズと技術のマッチングを行うためには、福祉の専門家（直接現場で活躍している）に直接相談することが大変重要である。福祉の専門家としては、医師や保健婦、看護婦（士）、准看護婦（士）、理学療法士、作業療法士、ヘルパー等の人々が挙げられる。福祉の現場で活躍されているこうした方々は、快く相談に乗っていただける人が多い。
   　福祉の専門家は、福祉用具が利用されるさまざまな場面を経験し、今、現場で求められている者に関する深い知見を有している。こうした情報は事業化に向けて貴重かつ不可欠な情報である。
   
   
3. 現場を知る
   　しかしながら、それらの知識・知見を直接製品に結びつけるのは企業の役割であることから、福祉用具の広がりのなかで、どのターゲットとしていくか、また、どのような流通チャネルで供給していくか等、事業化に取り組む以前にその方向性を明確化することが重要である。

（３）地域にある外部資源を有効活用
　自社の立地している地域には、必ず、公設試験研究機関（県工業試験場等）が立地している。この公設試験研究機関は、地域の中小企業等に対し、技術指導や共同研究等各種支援事業を行っている。また、数々の試験設備を有し、地元中小企業等の依頼により様々な試験やテストを実施してくれる機関もある。 　福祉用具等の商品化に関わる相談等を地域の公設試験研究機関に相談する場合、その担当者が必ずしも福祉に精通しているとは限らない。そのため、これらの相談にあたっては、より具体的な試験項目を精査してから相談する等の配慮が必要である。
　具体的に相談できる内容等は、事前に調べておく必要があるが、地域に現存するこれらの試験機関を活用し、技術的なアドバイスや試験評価等を効率的に行うことにより、事業化に向けてのステップアップを図りたいものである。

（４）企業が持つ販売ノウハウと流通チャネルとのマッチング
　福祉用具関連産業における事業化のなかで、流通販売戦略は極めて重要である。たとえ自社の持つ技術と利用者側のニーズから高品質な福祉用具等が実用化されたとしても、それら情報が流通業界や専門家、消費者等に届かなければ、真の意味での事業化とはいえない。そのためにも、自社の持つ販売戦略のなかで、どのような流通チャネルが最も適したものであるかを的確に把握することが不可欠である。
　福祉用具関連産業の流通業界は大きな変革の時期にさしかかっており、今後、どのような方向に収束していくかが不透明な状況にはあるが、消費者あるいは専門家によりよい製品を提供し、もって、利用者の生活の質を向上するという本質に代わりはないことから、その製品の特徴を最大限活かすための適切な流通チャネルを通じたシステムの構築が求められるところである（図−１０）。

　ここでは、地域として福祉用具関連分野の産業化に取り組んでいる先進的な事例を紹介する。平成１０年度、青森県では、「青森県における健康福祉産業の創出・育成方策に関する調査」を実施し、青森県における福祉用具等に着目した健康福祉産業の創出・育成を図るため、地域として具体的な支援方策を示した。
　報告書⁴⁾では、青森県における健康福祉関連分野の産業化に向けてフィードバックサークルを基本とし、それぞれの機能を�T.双方向情報化、�U.人材の発掘・育成、�V.商品化プロセスへの支援、�W.流通・評価の４つに大別し、個々に県内資源の活用及び産業化への支援方策を検討するとともに、県内に賦存していない資源については、県外と積極的に連携していくという方向性を示している（図−１１）。

　これまで述べてきたように、福祉用具産業は、用具の持つ特性、地域からみた期待等からみて、地域に深い関わりを持つ産業である。
　一方、地域における高齢化への対応や生活の質の向上への対応、既存産業の振興からみて、福祉用具産業は地域活性化の一つの分野として、十分にその役割を担うことが可能である。なお、近年、各地域で福祉用具産業に着目した動きが活発化しているが、それぞれの地域が独自性を発揮しつつも、フィードバックサークルの形成を図るという共通の理念を共有することが重要である。
　これらを実現していくためには、地域の行政機関はもとより、福祉用具産業を支える地域企業の参画が不可欠であるとともに、事業化に向けての具体的な検討を進めていく上で、地域の資源あるいは市場等を十分に考慮しつつ、利用できる機能を十分に活用した方法を確立することが不可欠である。
　地域の企業が福祉産業に新規参入するための具体的な方策については、今回はその一例を示しただけであり、実際には、そのほか数多くの道のりがある。事業化への道は一つではない。新たな事業として福祉産業に関心のある企業は、それぞれの技術やノウハウを最も効果的に活用できる「自らの道程」を切り開いていくことが必要であろう。




【参考文献】
	１）「福祉用具産業政策’９９」（通商産業省機械情報産業局編，平成11年8月） ２）「福祉用具産業政策’９８」（通商産業省機械情報産業局編，平成10年6月） ３）「福祉用具産業政策の基本的方向」（通商産業省機械情報産業局編，平成9年6月） ４）「青森県における健康福祉産業の創出・育成方策に関する調査」（青森県，平成11年3月） ５）「オフィス・アルカディア誘導産業市場動向調査」（弘前市，平成9年3月）