■はじめに

　平成１２年４月から介護保険制度が実施される。これに伴ない、現行の老人医療費、老人福祉費の一部が介護保険に移行する。厚生省は介護費用総額を平成７年度価格に基づき平成１２年度で４兆1,600億円（給付費3兆6,700億円、利用者負担4,900億円）と推計し、第1号被保険者1人当たり保険料を月額2,500円と試算していたが、平成11年6月に全国市町村会がまとめた保険料試算では、月額約3,000円弱と修正した。その結果、平成12年度の介護費用総額は、当初予定より膨らむことが予想される。
　そこで本稿では、これまで老人医療費として支払われていたものが、介護保険にシフトすることによってわが国の医療界がどんな変化を受けるかについて述べることにする。

　それでは、まず何が医療保険から介護保険にシフトするのだろう。介護保険は原則として、在宅サービスと施設サービスに分けられる。これまで老人医療費で支払われたもので、平成12年4月以降介護保険の給付対象になるサービスは次の7つである。

1.在宅サービス


(1)居宅療養管理指導料
　居宅療養管理指導とは、要支援・要介護者に対し、医師、歯科医師、薬剤師、管理栄養士、歯科衛生士が提供する療養上の管理および指導のことである。現行の寝たきり老人に対する訪問薬剤管理指導料、訪問栄養食事指導料、訪問歯科衛生指導料がこれに該当する。ここで、医師、歯科医師による居宅療養管理指導とは、�T.居宅介護支援事業者等に対するケアプラン策定等に必要な情報の提供、�U.介護サービスを利用する上での留意事項・介護方法等についての利用者や家族に対する指導・助言をいう。

(2)訪間看護
　訪問看護とは看護婦等が居宅を訪問し、療養上の世話または必要な診療の補助を行うことをいう。現在は、要支援・要介護者に対し、医療機関および訪問看護ステーションが提供しており、医療保険上の老人訪問看護がこれに該当する。ただし、老人に対する精神科訪問看護は医療保険のままであり、介護保険へは移行しない。

(3)訪問リハビリテーション
　訪問リハビリテーションとは理学療法士や作業療養士などが居宅を訪問し、必要なリハビリテーションを行うことをいう。現在は、要支援・要介護者に対し、医療機関が提供しており、現行の寝たきり老人訪問リハビリテーショシがこれに該当する。

(4)通所リハビリテーション(老人デイケア)
　通所リハビリテーションとは介護老人保健施設、病院等に通わせ、当該施設において必要なリハビリテーションを行うことをいう。現行の老人デイケアがこれに該当する。ただし、老人に対する精神科デイケア、重度痴呆患者デイケアは医療保険のままであり、介護保険へは移行しない。

(5）短期入所療養介護(医療系ショートステイ)
　短期入所療養介護とは介護老人保健施設、介護療養型医療施設などに短期入所させ、看護、医学的管理下における介護、日常生活上の世話を行うことをいう。現行の診療所老人医療管理や老人保健施設短期入所ケアがこれに該当する。



2.施設サービス



(1) 介護療養型医療施設
　介護療養型医療施設とは�T.療養型病床群、�U.介護力強化病棟、�V.老人性痴呆疾患療養病棟の総称である。介護保険の給付対象となるのは当該施設に入院している要介護者に、提供される療養上の管理、看護、医学的管理下における介護などの世話および機能訓練その他必要な医療である。

（2）介護老人保健施設
　老人保健施設とは、元来、病院の入院サービスと在宅を結ぶ中間施設として創設されたものである。介護保険の給付対象となるのは、当該施設の入所者に、一定の施設サービス計画に基づいて提供される看護、医学的管理下における介護および機能訓練その他必要な医療並びに日常生活上の世話である。

　次に、老人医療費から介護保険へいくらシフトするかが問題となる。表1は日本医師会のシンクタンクである日医総研が一定の前提条件のもとで、推計した結果であるが、在宅サービスで4,811億円、施設サービスで1兆9,028億円総計2兆3,839億円がシフトすることがわかる。
　しかし、こうした推計を行うことは困難を極める。というのは、依然として介護保険と医療保険との区分けが未分化な所が多々存在するからである。例えば、図1は医師による居宅療養管理指導の範囲を示したものだが、現行の診療報酬上の「寝たきり老人在宅総合診療料」の範囲が示されているだけで、この中で医療保険と介護保険の線引きをいかに行うかは示されていない。したがって、表1においても、医師・歯科医師が関与する部分については推計未定となっている。
　一方、介護施設で一定の医療行為が必要になった場合、どのくらい介護保険と医療保険の併給を認めるかも不明確である。この点に関して厚生省は表２のような資料を示しているが、医療現場からは現実問題として高齢者を要医療と要介護の２つに分けることは非常に難しいという声が上がっている。
　さらに介護療養型医療施設においては、長期療養者に対して提供される基本的な診療行為に関する費用（基本診療料、検査、投薬、注射、一部の処置）は包括制で評価する一方で、療養型病床群で日常的に行われているその他の医療行為に関する費用（薬剤管理指導料などの指導管理、X線単純撮影、リハビリテーションなど）は出来高で評価されることになっているが、この点についても金額ベースでどのくらいを出来高払いが占めるかも明らかになっていない。



表１　老人医療費から介護保険への移行額の推計（億円）

項　目　名 平成８年 平成12年 在 宅 サ ｜ ビ ス 1.居宅療養管理指導 (1)医師・歯科医師 (2)歯科衛生士 (3)薬剤師 医療機関 保険薬局 (4)栄養士 27 未定 16 10 6 4 1 90 未定 45 44 17 27 1 2.訪問看護 (1)病院・診療所 (2)訪問看護ステーション 531 184 347 1,928 450 1,478 3.訪問リハビリテーション 病院・診療所 17 17 49 49 4.通所リハ（ディケア） (1)病院・診療所 (2)老人保健施設 903 355 548 2,467 1,015 1,452 5.短期入所療養介護（ショートステイ） (1)診療所 (2)老人保健施設 133 5 128 276 24 252 在宅サービス小計 1,612 4,811 施 設 6.療養型病床群 7.介護力強化病院 8.老人性痴呆疾患療養病棟 9.老人保健施設 1,610 5,809 120 3,633 8,075 3,246 340 7,367 施設サービス小計 11,172 19,028 老人医療費　合計 12,784 23,839

注

(1)療養型病床群等における老人医療費は食事療養費を含んだ数字である。ただし、食事医療費を除く患者負担は含んでいない。 (2)老人保健施設の場合、食事費はすべて利用者負担のため、上記金額には含んでいない。 出所）日医総研





表２　介護保険と医療保険の区分け　――　施設サービス

	医　療　保　険	介　護　保　険
介護老人保健施設 （老人保健施設）	対診にかかる医療行為 老人保険施設の入所者に対して他医療機関が行った老人保健施設では通常行えない一定の処置（透析等）手術など	医学的管理の下における昨日訓練その他必要な医療行為 入所者の病状が著しく変化した際に緊急その他やむを得ない事情により老人保健施設で行われる施設療養（緊急時施設療養費）
指定介護療養型 医療施設 （療養型病床群など）	療養型病床群のうちの医療保険適用部分の入院患者の治療（40歳未満や40〜64歳の特定疾病以外の者等の長期療養） 介護保険適用部分における入院患者が急性増悪した場合で、転棟等ができない場合等に介護保険適用部分で行われた医療 介護保険適用の療養型病床群等の入院患者に対する透析や人工呼吸器の装着など、リストアップされた行為以外の医療行為	長期療法者に対して提供される基本的な診療行為（基本診療料、検査、投薬、注射、一部の処置） 介護保険適用の療養型病床群等の入院患者に対して日常的に行われるその他の医療行為 （リハビリテーション、Ｘ線単純撮影など、具体的行為がリストアップ）

　このように、老人医療費から介護保険にシフトするサービス内容とその金額については不透明な部分が多いが、厚生省はこれに老人福祉サービス（1.49兆円）を含めて、介護保険制度下の介護総費用を4.3兆円（平成12年度予算概算要求ベース）と見込んでいる。しかし、これはあくまでも公的介護保険の財源規模であって、企業が21世紀の成長産業として興味をもっている介護保険の市場規模ではない。
　そもそも介護保険は要介護高齢者のランクに応じて給付の上限を決めており、これを超える費用は全額自己負担になる。したがって民間保険を併用する場合も十分に考えられる。
　介護保険制度下で発生する自己負担は次の５つに要約される。
　まず第一は、サービス利用時の自己負担である。介護保険の給付対象サービスでの、実際に利用する際には原則として一割の自己負担が求められる。いわば病院での窓口負担にあたる。
　第二に、典型的な「上乗せ」の場合である。つまり介護保険の給付の上限を超えてサービスを利用する際にかかる費用である。この部分は介護保険とは関係なく、一般市場でのサービスの価格そのものになり、保険給付の場合と異なり、全額が自己負担になる。
　つまり、医療保険では保険診療と自由診療の混在、いわゆる「混合診療」は認められていないが、介護保険では「混合介護」を認めているわけである。例えば、保険給付の限度内で月4回の短期入所介護（ショートステイ）を利用できる場合でも、介護計画では月6回の利用にする。4回分は介護保険の給付で賄い、超過した2回分は自己負担にすることができる。
　第三に、上乗せとは別に「横出し」と呼ばれる部分がある。もともと介護保険給付の対象にならないサービスの種類のことである。介護保険は、在宅で12種類の給付対象サービスを定めているが、このほかの配食、緊急通報、寝具乾燥、移送、外出介助といったサービスは「横出し」になる。こうしたサービスは基本的に全額が自己負担になる（表３参照）。
　第四に、高齢者が要介護認知を受けた結果、給付対象にならなかった場合である。65歳以上の第一号被保険者になっても、要介護認定で「自立状態」との判定を受ければ保険給付はされず、介護サービスの利用は自己負担になる。
　ここで留意すべきは、40−64歳の第二号被保険者では、要介護状態になっても脳卒中や初老期痴ほうといった特定の原因でない限り保険給付は受けられないということである。仮に64歳以下の人が運悪く交通事故にあい、寝たきりの状態になっても介護保険の支給対象外で、介護サービスの利用は自己負担である。
　そして第五に、高齢者の家族が介護のために仕事を続けられなくなった場合に生じるコストである。一時休職という形で企業が何らかの手当を支払う場合もあるが、退職を余儀なくされた場合は介護者である家族は収入を失い、間接的に介護費用が発生する。 介護保険制度下ではこうした介護保険の枠に収まらない費用が発生する場合は、市町村の福祉施策や介護保険料の引上げによって、対処することが認めているが、多くの自治体は新たな財政負担を伴なうので消極的である。



表３　公的介護保険と民間介護保険の役割

上乗せサービス 公的介護保険での回数を超えて受けるサービス 差額ベッドなど 横だしサービス 配食サービス 移送サービス など   公的介護保険 自己負担（１割） 公的介護保険の自己負担部分 (注)網掛け部分が民間介護保険がカバーできる対象

　したがって、今後、民間保険会社が公的介護保険を補完する目的で新しいタイプの商品を開発することが予想される。
　表4 は主な保険会社の代表的な介護保険商品を示したものだが、現在のところ、民間版介護保険は損害保険会社の商品と生命保険会社の商品とに大きく分かれる。損保は介護にかかる費用を幅広く対象としており、�T病院や介護施設に毎月支払う費用�Uホームヘルパーの派遣や介護用品の購入などで毎月かかる費用�V住宅改造などにかかる費用―の三分野が補償の中心。ホームヘルパーの派遣など、公的介護保険で一定のサービスを給付する分野もあるので、希望に応じ必要な分野だけ契約することもできる。
　一方、生保の商品は、介護が必要な状態になると一時金が支給されるほか、年金も支払われるという商品が多い。介護状態にならなかった場合には「健康ボーナス」と銘打った給付金を出す場合もある。
　しかし、保険料とそれに見合う現金給付の額は、生保、損保、それぞれのなかで会社ごとの差は小さい。したがって、今後は、民間保険会社とタイアップして、介護サービスの現物給付を手掛ける機関や企業が増えることが予想される。
　つまり、「介護の市場化」が今後進むわけである。これに対して、医療界は今のところ、沈黙を保っているが、介護の市場化が過度に行き過ぎた場合は、介護制度は国民からの制裁を受けるだろう。しかしその一方で、ホンコンやマカオを飲み込んだ中国のように資本主義と社会主義の併存も考えられる。いずれにしても「介護の市場化」と「医療の社会化」の綱引きがまもなく始まることは想像に固くない。



表４　主な保険会社の代表的な介護保険商品

会社名	代表的な保険	加入年齢	概　　　　要
東京海上	介護費用保険 （掛け捨て、積み立て）	12〜70	�T．医療費用・介護施設費用 �U．介護諸費用（介護用品の購入など） �V．臨時費用（住宅改造、介護機器購入など） ※�T〜�Vの費用を補償（上限あり）、選択契約可、保険金や保証額も自由に設定 ※寝たきりや痴ほう症状が180日以上続いた段階で支給
三井海上	介護費用保険 「ＷＥＬＬ」 （掛け捨て、積み立て）	15〜70
住友海上	介護費用保険 （掛け捨て、積み立て）	15〜70
日本生命	ナイスケア	20〜70	「ふれあい家族」は世帯主の要介護で年金 「夢年金」は要介護状態で介護資金
	レインボープラン	−	�T.死亡　�U.年金払い　�V.介護保障の３コースから組み合わせ契約 ※介護状態が180日以上で支給
第一生命	介護サポート	15〜60	要介護状態で介護給付金を支給 ※介護状態が180日以上で支給
明治生命	新介護保険 ナーシング	35〜70	�T.介護見舞金、介護年金（要介護時で支給）　�U.死亡保障　�V.入院保障（1日5000円）　�W.健康ボーナス（要介護にならない場合に支給） ※�T〜�Wを希望に応じて組み合わせる ※介護状態が180日以上で支給
アメリカン ファミリー	スーパー介護 年金プラン	18〜63	介護年金：痴ほうや寝たきりで一時金と年金（介護状態が続く限り支給） 高度障害年金：高度障害で一時金と年金（65歳まで支給）、死亡保険 ※寝たきりは6ヶ月、痴ほうは3ヶ月で支給