介護サービスの充実発展のために、産業界への期待
―― 介護保険制度の経済的効果 ――
介護保険制度の経済的効果に多大な期待を寄せている向きが少なくない。国は、介護サービスを措置制度から社会保険制度へ大きく転換し、サービス提供者に民間事業者の参入を大幅に期待している。確かに保険者である市町村は、民間事業者によるサービス提供を前提とした介護保険事業計画を策定している。しかしながら、社会保険制度は国が定めた価格によりサービスが提供されるために、一般市場とは異なる環境の下にある。このため、介護保険制度による経済効果は、限定された範囲に止まらざるを得ない言えよう。その制約された限界を脱却することを含めて、経済的効果について私見を述べよう。ここでは、介護保険に関連する人の面と物の面から検討してみる。なお、その前に医療に関連する産業を概観する。
医薬品と医療用具
社会保険制度としての先輩格の医療保険を例に、産業との関連を見る。医療に関する主な製品である医療用医薬品と医療用具を比較すると、医薬品の輸出金額は医薬品生産額の0.7%、輸入金額は11.2%である。一方、医薬品生産額の30.6%相当の医療用具では、輸出金額が医療用具生産額の21.5%、輸入金額が54.9%である。前者は、国内閉鎖的な産業で、後者は、国際的に開放された産業になっている。前者は、統制された薬価のもとで、国内での安定企業として発展した。最近になり、薬価の切り下げ等の改革が行われ、国際競争力のある産業に発展すべく努力がなされている。介護保険に関連する産業が、この様な国内で安住する産業になっては、その発展性が無いと言えよう。
介護サービスに直接かかわる人材確保
医療における人材は、医師・歯科医師を中心に、法定の資格制度のもとに多職種が参加している。かつては、医師が中心で、その他の職種は補助的な業務として低い給与によっていた。しかし現在では、専門職としてその多くが常勤で働いている。一方、介護は家族が行うものとされ、家庭内で処遇できない人を施設に入所させ、素人又はそれに近い人が施設内で介護を提供していた。現在は、介護職に専門性の導入が図られているものの、今だにその多くは、短期間の訓練のみで介護者として従事し、しかも在宅介護においては非常勤の形態が少なくない。介護保険制度においてもその基本は変わらないため、現在想定されている介護報酬額では、民間企業の多くは常勤の介護職を確保することは容易ではなく、特に在宅者には、非常勤職員が対応する可能性が高いと言えよう。
一般に、産業の基盤をなす人材を多数の非常勤職員で占める場合には、その人々の指導的な立場の常勤職員が必要不可欠である。医療分野では、医師が専門職であったからこそ、過去の医療に見られたように、医師が中心で、それと安価な補助職員という形で医療を行うことができた。医学の進歩に伴い現在では補助職員に対しても適正な給与を保証する体制になっている。
介護業務自体は、素人の業務からようやく専門職の業務に発展しようとしている段階で、専門的な立場から介護業務自体を適正に指導できる人材が著しく不足している。
指導的な役割を果たすことができる職員は、業務の内容を十分理解し把握していなければならない。現状では、十分な訓練を受けているとは言い難い非常勤職員を、管理監督する人材の確保は困難ではなかろうか。
この様な状況から脱皮しない限り、介護は素人が行う業務からの脱却が困難で、そのためパートを主体とした産業に止まり、提供される事業内容の発展を期待することは困難である。介護業務の実証的な研究を踏まえた真の意味での専門職の養成確保が急務と言えよう。
介護者の生産性を高めるために
医療サービスは治療が目的で、時に麻酔により患者の意識を低下させる行為が含まれている。一方、介護サービスは、欠陥等のマイナス面ではなく機能的に可能な面に着目して生活を支援する行為で、生活者の自立を損なうことがあってはならない。このため、人間と人間との触れ合いを通じたサービスが重要になってくる。「施設における職員数に比例した入所者との対話についての調査」において、極端に職員が少なくなった場合に、入所者との対話が消滅し、支援の内容は生存に不可欠な行為のみになっていったという報告がある。
医療の場では、患者家族はお見舞いのみで、医薬品・医療用具等を駆使して働く専門職に医療行為を任せている。介護においても介護者の身体的負担の軽減を図るために機器の導入が図られている。しかし、介護は医療と異なり相手を支援することであるから、ある面では対話が最も重要なことになり、その他の行為は可能であればロボットに任せてよいとも言えよう。なお、ここでのロボットは、産業用ロボットとは異なり、人間と共同して働くロボットでなければならないのが特徴である。現在、ようやく医療用ロボットの開発研究が始められてはいるが、部分的でも介護者を支援する機器及び人間との接点に十分配慮した機器開発が期待されよう。
労働力人口が減少するなかで要介護者が増加することが見込まれている現在、早急に、介護者が人間として要介護者に接することができる方向での労働生産性を高めることに、産業界が貢献することを期待したい。
ノーマライゼーションを基盤に
1981年の国際障害者年のテーマ「完全参加と平等」を支える哲学としてノーマライゼーションの原理が紹介され、わが国においてもこの概念が浸透、定着してきている。さらに、バリアフリー、ユニバーサルデザインの考え方が広まり、通産省内において共用品・共用サービス普及のための具体的施策が議論されている。
現在では、まちづくり、住宅関連分野において、バリアフリーが一般化しようとし、移動手段に低床バス車両、電車の降乗車の際の段差の解消、駅構内の改装が普及し、都市の様相が一変する方向に来ている。この様な状況を踏まえて福祉用具においても、特記される生活用品としてのあり方から、共用品として発展していくことが期待されよう。
介護は、生活支援であることから、日常生活において共用品が広く普及していれば、介護を要する段階になって改めて使用する用具・機器というのは、特殊な分野の福祉用具に限定されてこよう。さらに、余暇の拡大に伴って趣味生活の楽しみが膨らみ、障害を持っている人も海に山に、スポーツ、観劇、観光と広く行動し、その結果共用品・共用サービスが普及拡大される時代がそう遠くはないと言えよう。そこでは、一般市場と同じ論理で、流通経路も発達し、消費者主権のもとで、効率的に産業の拡大が図られることになろう。
一方、特殊な福祉用具としてその使用目的が特化された分野では、国内市場が小さくとも、国際的な市場を視野に入れて、競争力のある産業として発展する可能性を有している。
この様な発展は、既に在宅医療の分野で見られており、病院内で専門職が使用していた医療機器が、在宅医療においてコンパクトで素人でも使えるようにどんどん改善が進んでいる。そして、それらの機器の故障、補修に対応するための組織が作られ、人工呼吸器のように命にかかわる機器については、24時間365日対応できる体制が確立してきている。特殊な福祉用具であっても、社会的にその有用性が認められる機器であれば、その改善が積極的に進められてくると言えよう。一時代前には、福祉用具といえばスウエーデン、デンマーク製が便利で使いやすいと言われてきたのが、今度は逆に日本製が国際市場に出回ることになろう。
おわりに
医療保険に関連する医薬品産業は、国内の安定した市場の中でのみ発展し、医療財政厳しい現状のなかでその対応に苦慮している。他方、医療用具を主とする医療機器産業は、国際的な活動を展開し、在宅医療という新しい分野に挑戦しようとしている。
介護保険制度に関連する産業は、制度内で安定成長することなく、ノーマライゼーションの理念に基づいて、日常生活にかかわる分野から、さらに生活の拡大に対応できる分野に対応し、一般市場の中でさらに国際性豊かな産業に発展することを期待したい。
情報誌「岐阜を考える」2000年
岐阜県産業経済研究センター