特 | 集 | 論 | 文 |
大塚 弘美 |
(総合研究開発機構研究企画部研究員) |
はじめに
3.1 地方行政
住民が地方行政に対してコスト意識をもち、 地方自治体に財政規律が要請される環境になると、 地方自治体に期待される役割は大きく変化する。 国の政策メニューのなかから補助対象事業をかき集める役割から転じ、 限定された財源を効率的に活用して、 地域の発展に寄与する事業の組み合わせを独自に考える総合的な政策企画能力が求められるようになる。 地方自治体は、 独自に企画した政策を推進し、 住民候補者たる国民にどの程度の負担でどのような地方行政サービスを提供できるかという情報を開示し、 自治体間で画一的な指標では必ずしも図れない魅力を競い合うことになる。 一方で、 国民はこうした情報に基づき各自の価値観にあった地域を選択していく。 このような国民の 「足による投票」 は、 国民の多様な志向を満足させ、 国民全体の厚生水準を高める。 また、 志向によって住み分けられた住民の存在、 活動は地域の魅力を左右する重要な要素であることから、 地域を舞台にした住民の活動が地域の個性をさらに深化させていくことになるであろう。
地域差を認め、 効率性と個性で競い合う環境では、 地方自治体は失敗のリスクを負う。 現存する自治体のなかには、 財政破綻・住民不在など自治体存続の危機を迎えることもあろうが、 地方行政があくまでも地方行政組織のために存在するのではなく住民のためにあることを再度認識してみると、 こういう事態についても、 国民一人ひとりが、 より志向にあった地域に住みかえた一つの結果であり、 国民全体の厚生水準は向上していることになる。 むろん、 公平性の観点から社会的セーフティーネットは依然として必要であるが、 利害関係をともにした地域グループから真の弱者の個人を対象とするセーフティーネットへと転換することによって、 資源配分の歪みを是正できる。
また、 住民の行政に対するコスト意識から、 地方行政に対して住民間の真摯な議論を呼び起こす効果も期待できる。 地方自治体職員ばかりではなく、 住民、 企業、 大学といった様々な地域主体の地域政策に対する熱意が高まり、 地方議会が活性化すると同時に、 行政への市民参加の意義が深まる。 なぜなら、 現状のコスト意識の希薄な参加は、 様々な行政への要請のなかでの優先順位や要求間の整合性といった総合的な視野を欠いており、 個人的な近隣問題や関心の深い特定の政策課題の解決を利己的に主張するのみで終わりかねなかった。 しかしながら、 住民が行政に対してコスト意識をもつことによって、 住民間に多くの政策課題のなかから自分達がどれだけの負担で何を捨て何をどのように実現するべきかという現実的な議論を呼ぶからである。
地方自治体に対する効率性の要請は、 住民に市町村合併という思い切った行政改革さえも現実的な対応の選択肢として認識させることになる。 特に、 財政移転への依存度の高い地方圏の中小都市や農山漁村については、 市町村合併がもっとも優先度の高い検討事項となるだろう。 昭和の大合併以降、 社会資本整備の進展などにより住民の生活圏域が拡大していることもあって、 小規模な地方自治体に関しては、 地方行政にかかる固定費を削減し、 高度な公共サービスを低いコストで効率的に供給できるようになる市町村合併の利点は大きい。 一方では、 市町村合併による住民数の増加と面積の拡大は、 住民にとって役所がいわば 「遠い役所」 となり、 公共サービスに対する住民ニーズの反映が難しくなるという住民便益のトレードオフの関係も指摘されるものの、 全国の町村の一人当たり歳出が政令指定都市を除く市の一人当たり歳出のおよそ二倍であることからも、 こうした地域においては、 広域化の損失よりも便益が上回ると判断されるケースが多いと推察される。
3.2 地域経済
地方自治体に財政規律が要請されるようになると、 公共事業の実施に社会資本としての生産性・有用性の観点から厳しい選別がかかり、 主に需要効果 (フロー効果) を期待するような事業の実施は困難になる。 そのため、 これまでのように公共事業の連続的な需要効果 (フロー効果) によって地域経済を維持することはできなくなる。 また、 グローバル規模での市場の一体化が進行しているなかで、 我が国の産業は知識集約的な商品・サービスに特化していく必要もある。 それゆえ、 地域経済の発展に向けた施策の力点は物的な社会資本整備から起業家育成、 事業者間のコーディネートなど人的資本形成・連携・蓄積を促進するソフトな施策へと移り、 企業の立地環境や就業環境の魅力の向上に向けた地方自治体の活躍がますます期待されるようになろう。
地方圏の小都市においても、 交通・情報通信ネットワーク整備の進展によって市場への時間距離は縮小しており、 情報通信ネットワーク上の情報伝達や市場への商品運搬にかかる費用面での競争条件の劣位は克服されつつある。 また、 人々の商品・サービスへの志向は多様化を極めており、 その商品に魅力を感じる潜在的なマーケットは小さくても、 広大な市場を対象にして、 こうした潜在的消費者を確実につかむことで成功は可能であり、 いかにオリジナルな付加価値を商品に添えられるかどうかが課題となってくる。 そのため、 こうした独自な付加価値を創造する、 知恵を生み出す人材が最も重要な生産資源となり、 人々が知恵を生み出しやすい環境づくりが求められる。 バーチャルな情報網による情報収集・交換も触発の一つの機会であり、 これが創造へと結実する可能性もあるが、 創造力を刺激する最も重要な機会は、 顔を見合わせるリアルな人間関係にあるといわれている。 そこで、 ピアプレッシャー (仲間うちで競い合う圧力) に富んだ開放的な人的ネットワークづくりに努め、 人的資本の外部性が生まれる環境を整備することをつうじて、 革新が生まれ、 ある特定分野で卓越した小集積の形成へとつながれば、 それに魅力を感じ、 興味をもった人材の外部からの獲得も容易になる。 こうした知恵の蓄積によって地域が特定分野における専門性の高い小集積へと育ち、 さらにそれら小集積の産業と近隣の小集積の産業とが生産資源の共有などの戦略的な連携に及ぶならば、 人的ネットワークが厚みを増すとともに触発の機会が一層増加し、 これが新たなイノベーションの土壌となっていく。 そして、 ここでのイノベーションの実現が、 さらにその専門分野で有望な人材を引き付けるといった好循環を生みだせる可能性もある。
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