平成8年度グループ研究

ぎふものづくり基盤研究会報告



はじめに
 日本は、戦後ものづくりの技術と高い商品開発能力のマッチングが幸いして高い経済成長を続けたが、一九八五年のプラザ合意による大幅な円高を背景として、機械金属工業のなかには生産拠点を海外に移す動きが目立ち、空洞化現象がおきている。このような過程の中で、本来ハード面の開発に欠かせない非常に重要な生産面のソフト、すなわち職人的熟練が喪失されようとしている。「ぎふものづくり基盤研究会」では機械金属工業の職人的技能に焦点を当てて、その内容を明らかにするとともに、この技能をいかにして伝承し、高度化していくかについて検討を行った。

1 岐阜県の機械金属工業の特質
(1) 東海地方の機械金属工業の集積と流出
 東海地方は昭和30年代には、全国製造業就業者の30%以上を擁し、自動車と工作機械については全国生産の40%以上のシェアを持ち、日本経済の一割を担うまでの地位を確立するまでに至ったが、近年、製造拠点の海外流出が加速し、空洞化と同時にこれまで追求し続けてきた量産効果の期待はほとんど不可能になると同時に、ピラミッド型構造の下請中小企業では系列化の維持が非常に困難になりつつある。

(2) 岐阜県機械金属工業の特質
 岐阜県では戦後、名古屋地域の機械工業の郊外への移転拡張などにともない、県内にも下請工場の増大がかなり多くみられ、漸次中京地区メーカーへの部品供給の基地としての脇役的性格を強めてきた。
昭和40年代以降は、受注圏も拡がりを見せたが、近年は経済の低成長と大企業の海外進出による空洞化の影響を受けて、県の機械金属関係事業所数も漸減傾向がみられ、憂慮すべき状況になっている。

2 生産に対する熟練工(職人)のかかわり
 ものづくりにたずさわる職人のタイプを大別して三種類に分類した。

(1)手作業あるいは工芸的職人(クラフツマン・スペシャリスト)
 材料の吟味と調達、仕事の手順の決定、工具や道具の選定が正確で、完成までを一人でおこなう一貫作業型の、ものづくりの原点としての能力を持った技能者。(検討対象から除外)

(2)国が積極的に養成する職人(マイスター)
 ドイツで長い歴史を有する国の職人養成制度。マイスターの職業範囲は非常に広く、数100種におよび、試験に合格すれば一般の知識人と同じく社会的地位も高く尊敬の的になる。

(3)万能型の熟練工を目指す職人(メカニック・ゼネラリスト)
 アメリカ型職人。仕事の達成と製品のコストを下げるためにの工夫を重ねて、量産と大量消費の社会を築きあげた。高品質よりむしろ低価格による大衆化に努め、規格品を考案し互換性を発明した。

3 日本における技能工と熟練職人
 日本は、戦後アメリカ的な経営方法と生産システムをモデルにして品質と量産の両立をはかり、機械化→自動化→省力化→無人化を目標に「追いつけ・追い越せ」の努力を続けてきた。このため、仕事を徹底的に分業化することによって単能工としての技能が生産の中心的役割を果たす工場を指向する企業が増加した。一方、戦後高度成長時代に創業した中小企業の経営者の多くは、多能熟練職人としての能力を発揮して機械工業の活性化に寄与してきたが、いづれも空洞化時代を迎えて受注量の減少・高齢化・後継者難・産業構造の転換期と相まって消滅の危機の渦中にあるといえる。

4 新しい熟練職人の重要性
 戦後の日本の製品は先進諸国から「安かろう・悪かろう」の評価を受けてきたが、わずか十余年の間に「性能がよく・安く・早くつくる」技術をマスターし、少なくとも工業製品に関してはまもなく先進国の仲間入りを果たした。
 しかし量産社会への傾斜が技術開発や工場技能者の存在感を希薄にし、職業としての技術や技能の魅力が失われ、就業者数も大幅に減少している。
 この修復にはまず人間と技術・機械の好ましい関係を再構築することが重要で、「物をつくるよろこび」といった技能への愛着をもたせる教育についても再確認する必要がある。
 生産現場の高齢化と後継者が不足している状況からの脱却のために、技能により高い知的要素を加えた新しい職人像を具体化して、高付加価値化した製造業へ比重を移すことが、日本経済を自立し続けるための必須の条件である。

5 製造業の生産技術に関するアンケート調査結果
 このアンケート調査は、「ぎふもづくり基盤研究会」における調査研究の一環として、県内の主な機械金属関係の製造業220社を対象に、熟練作業者の状況や技能の社内での位置づけと伝承などについての実態を調査することを目的として行った。

○熟練作業者の状況
・熟練作業者を必要とする企業71.4%
・熟練作業者による工程の比率30.6%(平均)
・熟練作業者の平均経験年数
   5〜9年29.2%
  10〜14年27.7%
  15〜19年20.0%
・熟練作業者の最終学歴
  高卒78.5%
  中卒32.3%
  専門学校26.2%
・職人的技能の位置づけ
   現在も将来的にも重要
86.2%
・職人的技能の担い手
  特定個人で担っている(全体) 9.2%
  うち50〜99人事業所17.6%

○熟練作業者の伝承・教育などについて
・職場教育
  マンツーマンで行う企業50.8%
・熟練作業者に対する優遇措置がない企業49.2%
・優遇措置の内容は、給与面で優遇が主、
 人事面での優遇は少ない。
・熟練技能の伝承は可能86.2%
・職人的技能の高度化、伝承に際しての問題点
  マニュアル化、データ化しにくい64.6%
  個人のセンスに左右される56.9%
  根気が必要で若者気質に合いにくい44.6%

6 今後の方向と提言
 今後、機械金属工業の目指すべき分野が超精密、複雑、多機能、小型化などであり、単に熟練職人の持つ腕の伝承だけでなく、加えて技術的な知識も要求されることになる。「ぎふものづくり基盤研究会」では、この問題の対策を検討した結果、企業、教育、行政、社会に対して以下の項目を提言・要望する。

<提言>
  1. 企業に対する提言
    ○企業トップのものづくり基盤重視と社内環境の整備
    企業トップが長期的な展望に立って、OJTによる研修制度などものづくりに適した社内環境を整えることが重要である。また、熟練技能保持者に対して優遇措置を講じて伝承にも配慮すべきである。

    ○技能者の学習意欲に対して勉学の場を与える
    社内で従業員の希望に沿って高度な専門教育の場を提供する制度を設ける必要がある。

  2. 行政に対する提言
    ○産・学・官の交流による工業振興の場づくり
    ものづくりに対する共通の認識に基づいて産・学・官が相互に連携・交流を図りながらより実効性のある方策を求める。

    ○ものづくりに関係する情報の収集・提供及び交流
    国内・外の研究、先端技術、ものづくり関係の情報を収集、整理し、必要に応じて提供あるいは交流し、企業の技能の向上に役立てる。

    ○表彰と助成制度の活用と充実
    既設の熟練技能者に対する表彰制度の十分な活用を図るとともに、社会的に権威のあるものにするための方策を講ずる。技能者の養成については、県の助成制度を拡充し、広範な活用を図る。

  3. 教育に関する提言
    ○ものづくり重視の教育の場の設定
    体験学習、現場見学などをカリキュラムに組み込んで、ものづくりに対して前向きのイメージを与える必要がある。

    ○教育界と産業界の積極的な相互交流の促進
    教師を民間企業へ積極的に研修派遣し、ものづくりの体験、生産管理など工場でのシステムを学習する。一方、学校教育の場においても、企業から技術者を受け入れて、現場のおもしろさを直接学習する。

  4. 社会に対する要望
    ○技能者の社会的地位向上の確立
    ものづくりに携わる技能者が誇りを持って働ける職場の形成に対し、行政・教育の協力とあわせて社会の理解を得られるように要望する。


情報誌「岐阜を考える」1998年冬・春合併号
岐阜県産業経済研究センター


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