平成7年度調査研究

21世紀型地場産業を目指して

−イタリアに学ぶ中小企業戦略−




第1章 これからの中小企業とその支援策

1 経済の構造変化と中小企業
  1. 経済の成熟化と経済のグローバル化により、特に地場産業では少数の優良企業が残り、産地が解体し始めている。既存中小企業の転換と新産業の創出が不可欠である。
  2. 我が国に立地できるのは、高い生産性をあげ、高いコストを吸収しうる企業
  3. 新しいビジネスチャンスは、市場のニッチ化と環境、福祉、医療などの問題解決型の新しい分野に展開

2 中小企業集積の変化
  1. 中小企業集積は、地域内分業の解体→地域間分業の拡大(国内低コスト地域に生産機能が流出)→国際分業の進展→地域工業集積の解体のプロセスで進展
  2. 一方、新たな工業集積の例として、シリコンバレーと北イタリアが挙げられる。イタリア企業には光と影の両面があるが、光の部分はデザイン開発力と伸縮的専門化(専門企業のネットワークで柔軟に変化に対応)。クイックレスポンスによりプロダクト・イノベーションを進める工業集積のあり方は、貴重な示唆を与える。
  3. 高度情報化社会における工業集積の特徴は、ソフトな開発機能を中心に、試作、エンジニアリングとコアの生産技術が関連を持って集積し、拠点を形成する形態で、生産機能の一部は他地域あるいは外国に依存し、ソフトな機能の一部は拠点とリンクしつつ、他地域に立地するという集中と分散が交錯する形態である。

3 中小企業の経営戦略
  1. 地域経済を維持、振興のうえで、内需開拓が重要だが、そのためには研究開発、デザイン開発などの創造活動が極めて重要である。
  2. 買い手市場であることから、潜在需要の掘り起こしと需要サイドに立った製品開発が不可欠。新しいマーケティング手法の開発と差別化競争を行う必要がある。
  3. 新事業のヒントは自社、取引先企業、地域などに隠されている。そこでは、リスクを積極的に負い、創造的な事業を展開する企業家活動が重要である。
  4. 各企業が専門化し、相互依存して事業範囲を拡大するには、異業種交流が有効

4 中小企業の課題
  1. 中小企業が存続、発展するには、自立化し、創造活動の展開により専門化する必要。専門化の形態は、製品開発型、エンジニアリング・サービス型、試作型など
  2. 製品開発を進めるには、需要サイドの情報入手、需要サイドと供給サイドの双方向のコミュニケーションが必要である。
  3. 技術・技能を形成する社会的なシステムの構築、リスクキャピタルの供給も重要

5 必要な支援策
  1. 新しい価値の創造などソフトな活動が決め手であり、行政支援の対象として重要なのは、人材形成とそのための学校やミュージアム(美術館、博物館、デザインセンターなど)などのソフトなインフラの整備である。特に専門的な職業教育を行う学校や特定のテーマを有するミュージアムが重要な役割を果たす。
  2. 例えばドイツ・フォルツハイム市は、四つのソフトインフラ(宝石博物館、技術博物館、デザイン大学、職人学校)の整備により地場産業(宝飾産業)を再生

第2章 イタリアに学ぶ中小企業戦略

1 中小企業経営のパフォーマンスと特徴
  1. イタリア経済の担い手は中小企業(従業員の八割、平均企業規模八名程度)であり、北部から中部にかけての伝統的工業地帯や新興の「第三のイタリア」などに自立性の高い産地を形成している。
  2. 産地の業種は繊維、家具など伝統産業から機械、電子などの先端技術産業と広範
  3. イタリア中小企業の経営パフォーマンスのデータ分析は容易ではないが、付加価値に占める利益や投資額などからみると、一般的に小規模であるほど優れている。
  4. 新規開業率は七〜八%で、北部地域で高い。
  5. イタリア中小企業の特徴は、ア)家族経営、イ)規模拡大を志向せず、安定した高い利益を追求、ウ)ニッチ市場を確保するための製品差別化戦略、エ)独自の技術、品質、デザインなどの特徴をもった専業メーカー、オ)輸出前提の経営戦略、カ)経済環境の変化に素早く、柔軟に、積極的に対応、キ)地縁、血縁の人間関係を中心とする水平的な企業間ネットワークを形成

2 中小企業集積地の特徴
  1. 産地の特徴は、製品別、素材別、品質別に形成されてきたが、最近では、こうした特徴は失われつつある。
  2. 日本の中小企業と同様、多数の中小企業の分業によって製品が作り上げられている。
  3. 流通・販売経路はシンプルで、流通業者に製品を委託する方法が伝統的だが、見本市や展示会で小売業者に直接販売する経路も重要
  4. 需要の変化や市場の変化に産地全体として伸縮的に対応する。

3 中小企業を支えるインフラと産業政策
  1. 市場情報の収集、人材育成などの企業支援サービスを各産地が自給できる体制を企業、組合、経営者、第三セクター、自治体、国などのレベルで重層的に形成
  2. ミラノ、フィレンツェ、ボローニャ近郊産地では大学や研究機関と緊密に関係
    例 ボローニャ大学芸術学部やミラノ・ボッコーニ大学MBAの「ファッション・ビジネスコース」、フィレンツェ大学は「ポリモーダ」(ファッションビジネス専門学校)と乗り入れ
  3. 支援体制の事例
    <プラート ─ 毛織物産地>
     工業インフラの整備、技術支援組織の設立、小企業の販売・投資・展示などの支援組織の設置、人材育成のための「繊維技術研究所」など
    <アンコーナ>
     ISTAO(アドリアーノ・オリヴェッティ経済・企業経営研究所)で企業家育成、人材育成を実施
    <ビエラ ─ 高級毛織物産地>
     「研究都市」株式会社(第三セクター)設置により、各種産業サービスを統合、繊維部門の職業教育、応用研究、技術移転を実施
    <コモ ─ 絹製品産地>
     繊維人材育成協会、シルク・ビジネス・サービスセンター、シルク技術研究所など
  4. 新規開業は八〇年代半ばに成立したマルコーラ法とデ・ヴィート法により支援

4 イタリアのデザイン・システム

<イタリアの家具産業の成功要因>
  1. 伝統技術の継承で、レスタウリコ(家具修復業)の存在と国立専門学校が設置
  2. デザイン力と、この背後にあるデザイナーと企業家の協力関係と価値観の共有
  3. 機械メーカーなどの関連企業や金融支援などの支援体制が整備されている。
  4. イタリアの市場と消費者のデザインに対する感性

5 おわりに
  1. イタリアにおける中小企業と集積の構造とメカニズムは、カンパニズモと呼ぶ地域主義や郷土意識を知らなければ理解できない。こうした地域分権の文化風土の中で、地域の中小企業支援制度は地元企業家のリーダーシップによって設立され、運営されている。特に、人材育成が様々なレベルで実施されている。
  2. 経済環境が大きく変化する中、日本の中小企業も自前の差別化した製品やサービスを開発することが必要である。デザインや企画、素材、技術やノウハウ、(特殊な)機械などに特徴を絞り込む、差別化が不可欠である。

第3章 ロンドン・デザイン・ミュージアム (略)

1 デザインとミュージアム
2 ロンドン・デザイン・ミュージアム
3 デザイン・ミュージアムから学ぶこと

第4章 岐阜県地場産業の方向

1 変わる日本経済の基礎的諸条件と地場産業

 日本経済は四年連続実質ゼロ成長が続いているが、基礎的諸条件に重大な変革が起き始めている。とりわけ、成熟化、我が国経済のグローバル化、ボーダレス化に伴い、地場産業の成長と発展を下支えしてきた日本的なるものが、近年、次々と音を立てて崩壊し始めている。
 今後、地場産業の存立基盤に決定的に影響を与える次の五つのシステムの崩壊がもたらす構造変化への戦略的対応いかんが、これからの地場産業の盛衰を決することになる。
  1. 右肩上がりの経済成長システムの崩壊
     右肩上がりの量的拡大は完全に終焉しつつあり、地場産業はこの事実を踏まえた新たな経営方向を確立すべきである。
  2. フルセット型経済成長システムの崩壊
     国際的比較劣位の産業も、優位の産業もすべて一国で抱え込んだフルセット型のシステムは崩壊を始めている。我が国の企業は、国際的比較優位の分野に特化し、国際的比較同等あるいは劣位の分野は諸外国に委ねるオリジナリティーとグローバルといった経営姿勢が不可欠である。
  3. 高価格型経済成長システムの崩壊
     人件費、地価などの生産コストや生産性格差、複雑な流通経路、経済規制、過度なデザインなどによる高価格システムは崩壊し始めている。価格革命・価格破壊を起こさずして我が国の持続的成長は困難である。
  4. 生産分業型経済成長システムの崩壊
     我が国の産業では、様々な企業がリンクし、社会的分業生産を行っている。これが、我が国の製造業の強さの根源である。しかし、グローバル経済、ボーダレス経済の進展の中、我が国伝統的下請制は、大きく変貌しつつある。このシステム型の地場産業の先行きは極めて暗い。
  5. 企業優先型経済成長システムの崩壊
     物的豊かさを手に入れた生活者の最大関心事は心の豊かさに移っているし、地球環境も著しく破壊されている。また、ボーダレス経済、グローバル経済の中でこのシステムを持続することは許されない。経済優先、企業優先の時代から生活優先、生活者優先の時代を迎えたのである。

2 岐阜県地場産業の経営方向

 我が国地場産業の成長と発展を保障してきた日本的システムの崩壊の中、岐阜県産業は、今後勝ち抜いていくために、時代変化を直視し、次の新しいタイプの地場産業に自らが主体的に変身する必要がある。
  1. 市場創造型地場産業
     「自分のビジネスは自分の手で創る」という強い気概を持ち、自立化自活型地場産業に自らが主体的に変身する必要がある。岐阜県製造業の下請比率は非常に高く、環境依存型下請企業像が明確であり、脱下請、自立化は全国のどこよりも先駆けて展開していく必要がある。自立型地場産業になるために欠かせないのは、技術力・開発力・販売力といったソフトな経営資源である。
  2. 利益志向型地場産業
     利益意識を全社員が持ち、利益重視型経営戦略を重視した計画をつくる必要がある。先行投資である研究開発費、教育訓練費、広告宣言費などの未来経費は、三%から五%以上かけ、利益生産性を高くしなければならない。
  3. 顧客密着型地場産業
     顧客第一主義経営を実践し、お客様のニーズやウォンツに中心を置いたマネジメントの実践である。
  4. ネットワーク型地場産業
     最近、異業種交流活動による外部経営資源の内部経営資源化戦略が、本格的に構築し始めている。異業種交流とは、グローバル時代を勝ち抜く自立化のためのネットワーク戦略であり、異業種交流が社会的に認知されてから、約二〇年にして、ようやく本来の活動にその重点が移り出してきたといえる。
  5. グローカル型地場産業(ボーダレス型地場産業)
     グローカル型地場産業とは、地方に立地している地場産業ではあるが、経営活動は世界を視野に入れ、国際的事業活動が行われている地場産業のことである。グローカル型地場産業づくりには、トップ自らが世界的地場産業にしようと高い目標を全社員に高らかに掲げ、社員の主体的な参加の下に、問題点を可能な限り定量的に洗い出し、現実的なプログラムとプロジェクトを策定することである。
  6. 全天候型地場産業
     全天候型地場産業とは、好不況に左右されない強靱な経営体質を持った地場産業のことをいう。
     全天候型地場産業づくりには、マーケットの全天候型(ある特定のマーケットに過度に依存する経営を改めよということ)と財務の全天候型(不安定に強い財務基盤を持てということ)が必要である。
  7. 人材集約型地場産業(人材育成型地場産業)
     人材集約型地場産業とは、積極果敢なユニーク人材が豊富に存在する地場産業のことである。
     そのためには、普通の人々を素晴らしい人材に変身させてしまう組織風土の形成と人材確保への十分な思いが必要である。
  8. 3S型地場産業
     3S型地場産業とは、3つのS、つまりスピード(意思決定や対応の速さ)、シンプル(組織、課題が簡潔・簡単)、ストレート(情報や物がストレートに流れる、組織の透明度が高い)を売り物にした地場産業のことである。
  9. 価格崩壊型地場産業
      生産の空洞化、消費の空洞化、海外からの製品輸入に対抗するには、革命的なコストダウンが必要であり、物づくりの見直し(デザイン、研究開発の段階からコストを徹底的につくり込むこと)と流通の見直しが必要である。
  10. 情報武装型地場産業
     情報武装型地場産業とは、情報受信力、情報管理力、情報創造力、情報発進力の四つの情報力を有する地場産業である。しかし、地場産業において特に弱いのが、情報受信力と情報発信力であり、これからは、これらへの努力を行い、コストをかけるべきである。



情報誌「岐阜を考える」1998年冬・春合併号
岐阜県産業経済研究センター


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